開催報告 第79回労働政策フォーラム(2015年9月18日)つくば開催
国際社会におけるアジアのキャリア教育 ※同時通訳付

写真:壇上の様子

JILPTは、2015年9月18日、労働政策フォーラム「国際社会におけるアジアのキャリア教育」を茨城県つくば市で開催した。本フォーラムは、国際キャリア教育学会(IAEVG)の日本大会に合わせ、IAEVG、アジア地区キャリア発達学会(ARACD)及び日本キャリア教育学会との共催で特別シンポジウムとして開催されたもの。国内外のキャリア形成支援、キャリア教育、キャリア相談に関する研究者、教員、行政担当者等の専門家が参集し、広く情報交換が行われた。以下、労働政策フォーラムの概要を報告する。

一人ひとりの人材の質の向上を

基調講演では、日本キャリア教育学会会長の三村隆男氏(早稲田大学大学院教職研究科教授)が、日本のキャリア教育の変遷について、「職業指導」「進路指導」「キャリア教育」という言葉が誕生した各時代を振り返りながら説明した。

「職業指導」という言葉が入ってきたのは、約100年前の第2次産業革命まで遡る。産業構造の変化に伴い、世襲制で働いていたような人々が大都市に流入し、職を選ぶという課題に直面した。そうした状況で特に不利益を被りやすい若者を支援する「ガイダンス運動」が起こり、若者を対象とした職業指導施設が大阪や東京に開設されていったという。その後、高度経済成長期を経て進学率が急激に上昇するなか、「職業指導」という言葉が「進路指導」に見直され、バブル経済崩壊後に人々の価値観も変わっていく中で、「キャリア教育」が登場。「一人ひとりの社会的・職業的な自立を目指す」と定義づけられたと説明した。

今後、日本が人口減少社会を迎えるにあたり、三村氏は「一人ひとりの人材の質を高めていく必要がある」と強調。「教育のあり方というものは社会の影響を受けざるを得ない」としつつも、「流れに即して行わなければいけないことと、その本質はどこにあるのかということの両方を考察しながら、キャリア発達にかかわる研究や実践を進めていかなければならない」と締めくくった。

キャリア教育の意義の発信を

次に、国際キャリア教育学会(IAEVG)会長であるレスター・オークス(Lester Oakes)氏が講演を行った。同氏は、「キャリア教育にいかなる大義や信念を持っていたとしても、相手に正しく伝えることができなければ意味がない」として「リーダーシップ」の重要性を主張。また、キャリアという世界は単独で存在しているわけでなく、政府、学校、雇用主や労働団体など様々な組織・人間と利害関係を調整しながら対応しなければならないとして、今後もキャリア教育の意義や重要性を社会に発信し、より良いサービスを提供していこうと参加者に対しエールを送った。

若者の才能や可能性を育成する/シンガポール

後半はアジア4カ国の講師がそれぞれの実情を報告。それを受ける形でアメリカの専門家がコメントした。

まず、シンガポールのルイ・ハー・ワー・エレナ(Lui Hah Wah Elena)氏(ARACD前会長/前・南洋理工大学准教授)は、「シンガポールのキャリア発達は半世紀にわたり英国とアメリカの影響を受けてきた」と述べ、80年代後半から教育省が推進してきたPCCG(Pastoral Care and Career Guidance)が現在でも同国のキャリア教育の中核の一部をなしていると説明した。エレナ氏は、シンガポールでは、個人のキャリア発達が将来的に国全体の社会や経済にもインパクトを与え得るという考えのもと、近年では特に若い人たちの才能や可能性を育成することに重点を置いていると指摘。さらに、スキルアップのための新たな取り組みである「SkillsFuture」とともに、職業データベース検索やオンライン学習などを可能とする、国民のためのイーポータルについても紹介した。

西洋と東洋の“ハイブリッドモデル”を/インドネシア

今回のシンポジウムのサブテーマは「西洋の文化は東洋に移植できるか」というもの。インドネシアのムハマド・スルヤ(Mohamad Surya)氏(ARACD会長/インドネシア教育大学教授)は、「キャリア教育というものは、広義においては西洋でも東洋(アジア)においても違いはない」と主張した。文化的な志向を見ると、西洋では個人主義、合理主義、物質主義に基づいているとされ、東洋においては集団主義、情緒、家族的価値観などが重視されると言われる。しかしスルヤ氏は、「西洋と東洋の文化は相反するものではなく、相互に理解・尊重し、補完される関係にあるべきだ」として、キャリア教育の世界における、西洋と東洋の「ハイブリッドモデル」の模索を提唱。その上で、インドネシアにおけるキャリア教育を考えるときは、「多民族国家ゆえの多様性に留意する必要がある」とも述べ、多様性の中での団結・統一を表すキーワード「パンチェシラ(五つの原則=五戒)」に言及した。

登頂ルートは複数あるべき/韓国

韓国のキム・ヒョンチョル(Kim Hyuncheol)氏(国立青少年政策研究院シニアフェロー)は、近年の若年労働を物語る言葉として、「10%の失業率」「20%のニート」「50%以上のテンポラリーワーカー(非正規労働)」という三つの指標を用いて、若者の置かれている状況が「雇用の崖」であることを報告した。また、学生の学力を示す指標は国際的に高い反面、やる気やモチベーションを測る数値が低いことを指摘。「今こそキャリア教育が必要だ」と主張した。

近年、韓国では、キャリア体験活動を推進するため、国家教育カリキュラムを改定。職場体験などが選択できる(試験のない)学期「Free Semester」制度も導入している。さらに今年はキャリア教育法が制定されるなど、様々な取り組みや進展が見られた。その一方で、ヒョンチョル氏は、学校と地域の希薄なつながり、地域の資源不足などを課題に挙げるとともに、「より根本的な問題は、過度な受験競争を生み出す社会や大企業中心のシステムである」と強調。頂上を目指すルートは複数用意されるべきであり、「中小企業にも隠れたチャンピオンは沢山いることを子供たちに知ってほしい」「非常に難しい課題だが、韓国のキャリア開発の最終的な目標はそこにあると考えている」などと訴えた。

キャリアの概念を問い直す/インド

インドのギデオン・アルルマーニ(Gideon Arulmani)氏(IAEVG理事)からは、途上国の視点に立った問題提起として、「そもそも(途上国に)『キャリア』などというものが存在するのか」という問いが投げかけられた。アルルマーニ氏は「キャリアという概念は比較的新しく、ヨーロッパ(の産業革命)で生まれたもの」と指摘。「工場労働者、大学教師、弁護士などの職業は少数派に過ぎない。世界の大半の人々は今も伝統的な職業に就き、親方から仕事を学ぶように、学校以外の場所で教育を受けている。農村でカゴを作る少年に、或いはガラス職人に、『キャリアとは何か』と問う意味が果たしてあるのだろうか」などと述べた。ただし近年はインドにもグローバル化の波が押し寄せ、職業を取り巻く環境が変わりつつあるという。同氏は、グローバル化は避けて通れない問題だとしつつも、伝統的な職業消失への懸念やアウトソーシングの問題点などにも注意を払うべきとの見解を示した。

アジアの指導者の連帯を

4人の報告を受けて、アメリカのダリル・タキゾウ・ヤギ(Darryl Takizo Yagi)氏(カリフォルニアカウンセリング協会前会長/前・兵庫教育大学特任教授)は、それぞれの報告に対する感想を述べた後、アメリカの「キャリアテクニカル教育(Career Technical Education)」について触れ、アジアにおけるキャリア教育分野の指導者たちが、知識や経験を共有し、今後も連帯していくことに期待を寄せた。

キャリア教育の普遍性を考える

本フォーラムのコーディネーターを務めた下村英雄・JILPT主任研究員(日本キャリア教育学会理事)は、「国際キャリア教育学会(IAEVG)の国際大会が日本で開かれたのは約30年ぶり。この間、情報化・グローバル化が進展し、世界の社会経済状況は大きく変化し、アジアも様変わりした。今、我々は、アジア独特のキャリア教育というものを考える必要があるのかもしれない。その一方で、欧米のキャリア教育と共通するものやキャリア教育に求められる普遍的な価値観もあるだろう。例えば、IAEVGが2013年に発表したコミュニケ『ソーシャルジャスティス(社会正義)』は、我々アジア人、特に日本人には価値観を共有できるものではないかと思っている」と述べた上で、「本フォーラムを通じ、アジアと欧米のキャリア教育の共通点や異なるもの、さらにキャリア教育の普遍性についても考える機会になることを願っている」などと述べて、フォーラムの意義を強調した。

(調査・解析部)