議事録:第8回旧・JIL労働政策フォーラム
意欲と能力のある女性が活躍できる職場づくりに向けて
~ポジティブ・アクションの実施と企業経営~
(2002年9月24日) 


目次


講師プロフィール

浜田 広 (はまだ・ひろし)

 (株)リコー取締役会長(女性の活躍推進協議会座長)。1957年(株)リコー入社。販売本部長などを経て83年代表取締役社長、96年から現職。
 

矢野 弘典 (やの・ひろのり)

 日本経済団体連合会専務理事。1963年(株)東芝入社。国際部長などを経て、98年東芝ヨーロッパ社社長、2000年日経連常務理事。今年5月より現職。
 

玄田 有史 (げんだ・ゆうじ)

 JIL特別研究員、東京大学社会科学研究所助教授。主な著書に『仕事のなかの曖昧な不安?揺れる若年の現在』(中央公論新社、2001年)等。労働経済学専攻。
 

小林 洋子 (こばやし・ようこ)

 厚生労働省雇用均等・児童家庭局雇用均等政策課課長補佐。1989年労働省(当時)入省。滋賀労働基準局監督課長などを経て、2001年より現職。
 

今田 幸子 (いまだ・さちこ)

 日本労働研究機構統括研究員。1981年雇用職業総合研究所入職。99年よりJIL統括研究員。産業社会学専攻。厚生労働省労働政策審議会臨時委員。
 

問題提起(玄田有史・東京大学助教授)

「女性の活躍推進協議会」の特徴

 きょうは、「意欲と能力のある女性が活躍できる職場づくりに向けて」ということでフォーラムを進めていきたいと思います。私が最初に問題提起し、それからパネリストの方々にご意見をいただきたいと思いますが、ぜひ皆さんからも積極的なご意見、ご発言、またコメント等をいただければと思います。会場全体でこのテーマについて考えていく機会をつくれればと思っております。
 さて、「女性の活躍推進協議会」の報告書、それから協議会の中では「リーフレット」と呼んでおりましたけれども、皆さんに見ていただくために作りました資料を中心にまずお話ししようと思います。
 「女性の活躍推進協議会」は今から1年ちょっと前の昨年7月に立ち上げられました。行政の研究会や審議会などでは、研究者や組合などのいろいろな方々にご参加いただいて議論することが多いのですが、この協議会の特徴は、まずはご参集いただいた皆様にあるかと思います。そこには、きょうご出席の浜田会長、それから矢野専務理事もいらっしゃいますけれども、いわゆる会社の経営者、経営トップの方々が「女性の活躍する機会についてどういうふうにこれから考えていけばいいのか」、「何を行動していけばいいのか」ということを一緒にきちんと議論して、多くの方に情報提供していこうという意味でお集まりいただいたということが、非常に大きな特徴ではなかったかと思います。
 経営トップの方が何をお考えになり、今どういうことをなさっているかは、後で浜田会長、矢野専務理事から具体的にお話をいただきたいと思います。まずはこの協議会が経営トップの方々にお集まりいただいて、ポジティブ・アクションと呼ばれる「能力と意欲のある女性が活躍できる場をつくる」取り組みを考える機会だったということを頭の片隅に置いていただきたいと思います。その上でこの報告書、提言についてご紹介をさせていただきます。
 

「壇上の役員は男性ばかり」

 この提言案の取りまとめに私も参加させていただいたわけですけれども、行政の出す報告書・提言案というのは、あまりおもしろくないものです。提言・報告書の最初には大体、「21世紀になって日本社会は右肩上がりの経済成長が終焉し、少子高齢化社会を迎える中で危機に直面している」と書いてあります。そういう報告書は、大体そこでみんな読むのを止めてしまう。こういうのを読んでも何も変わらないじゃないかと。そこで、経営トップの方にお集まりいただいて、これからメッセージを出していきたいというときに何を最初にお話しすればよいのかについて、ワーキンググループを中心にいろいろ考えました。今回、実際に経営トップの方、それから人事担当者の方、また、活躍されている女性、管理職の方、いろいろな方たちにお話をうかがいました。そして、データ分析が主ではなくて、具体的に生の話を直接お伝えしたいということで、実際聞いた話をそのままの形で情報提供しています。その1つが提言の1ページ目にあります。
 協議会メンバーであるオムロンの立石会長にもインタビューして、なぜ「能力と意欲のある女性が活躍できる場」をつくることについて考えたのか、そのきっかけは何かをお話しいただきました。そこでうかがったことですが、去年の株主総会で一般質問が終盤に差しかかったときに、ある初老の男性がご質問に立たれ、全く予期しないことをおっしゃったそうです。それは「今回選ばれた取締役の方もそうですし、壇上の方もみんな男性ばかりですね。オムロンという会社はこれだけ大きな会社になって、当然、能力・意欲のある女性もたくさんいらっしゃるのに、これでほんとうに大丈夫なんですか。21世紀もこの会社はこういう体制でほんとうに大丈夫なんですか」というようなことでした。
 もちろん、それに対してオムロンとしても「こういうふうに活動しているのだ」というようなことをお話しされたそうですけれども、会長の印象としては、「ちゃんとした説明になっていなかったのではないか」、「もっと具体的にこうしていると説明しなければならないのではないか」と感じられたそうです。
 つまり、「ポジティブ・アクション」と呼ばれている「能力・意欲のある女性の活躍できる場づくり」について、これからは考えていかなければならない。考えるだけではなくて、もしそういうことを株主や消費者から問われたときに、きちんと会社としても説明していかなければならない。もし、会社として「女性の活躍なんてことは考えない」とすれば、なぜ考えないかも含めてきちんと説明しなければならない時代に入ってきているのだろうということです。
 

ポジティブ・アクションとは何か

「「ポジティブ・アクション」という言葉について、先ほどから何気なくお話ししておりますが、ポジティブ・アクションとは何かについてきちんと説明していませんでした。 リーフレットの1ページ目に「ポジティブ・アクション」という言葉の説明があります。「ポジティブ・アクション」という言葉が行政の中で使われ始めたのは、平成11年(1999年)の改正雇用機会均等法のときではなかったかと思います。この第20条の中で、「事業主が雇用の分野において男女の均等な機会及び待遇の確保の支障となっている事情を改善する行動をとるときには、行政が積極的にそれをサポートしていく」とうたわれています。その中で、「ポジティブ・アクション」という言葉が登場しました。 この協議会の中では、一体何をポジティブ・アクションと言うのか、ポジティブ・アクションとは一体何かということを含めて、根本的なところから議論がなされました。法律の文言等にも非常に大きな意味があります。特にここで重要なのは、「優遇ではなくて是正である」という表現とか、固定的な性別の役割分担意識などが原因で男女労働者の間に生じている「事実上の差」を解消するために行動するということです。そして、これからは「能力と意欲のある人であれば、男性も女性も関係なく、もっと活躍できる場をつくっていくことが望ましい」ということをポジティブ・アクションとして改めて取り上げていくことになりました。
 

ポジティブ・アクションの柱

(1)経営トップのリーダーシップ

 ポジティブ・アクション、「意欲と能力のある女性の活躍できる場」をつくるためには、おそらく3つぐらい柱があるということを、提言をまとめるときに思いました。
 1つは、経営トップの方々の考えとその行動です。今の株主総会の例もそうですし、今回いろいろな話をうかがっていて、この活動が普及している会社には、明らかに経営トップの方のリーダーシップがあります。経営トップの方が今やらなければならないと強く思ったわけです。
 実際、それを裏づける資料もあります。旧日経連の調査で「女性の活躍できる場、ポジティブ・アクションの取り組みについて、そのきっかけは何だったのか」を聞いたところ、6割を超える会社が「企業トップの方針だから」と答えました。企業のトップがいわば旗振り役、行動の中心となって「女性の活躍できる場」をつくっていかなければならないということを強く意識され、行動されています。
 物事の決め方には、トップダウンとボトムアップとがあるかと思います。それぞれに一長一短があるかと思うのですが、「能力と意欲のある女性が活躍できる場」をつくるためには、経営トップの方々が率先してリーダーシップを発揮していかなければならない。それがポジティブ・アクションの1つ目の大きな柱であると思いました。
 なぜ経営トップの方々がこの問題に非常に大きな関心を持っていらっしゃるのかを考えますと、こういうことがあるのではないかと思います。
 先ほど半分冗談めいた形で日本経済とか日本企業の行く末が非常に不透明であるという話をしました。この不透明な時代の中で社員は何を見ているか、だれを見ているかというと、やはり経営トップを見ている。「追いつけ、追い越せ」という時代ではなくなり、会社が一体どこに向かって行けばいいのか、いろいろな意味で社員は不安を感じている。その中で経営トップが何を発言し、どう行動しているのかということに対して社員の関心が強まっている。言いかえれば、この不透明な時代だからこそ、今多くの社員の関心が経営トップのリーダーシップに集まっているのだろうと思います。
 こういう言い方をするとよくないかもしれませんが、ある種の経営戦略として、今ここで経営トップが何らかのリーダーシップをきちんと発揮すれば、会社が大きく動いていく。あるいは、リーダーシップを発揮しないことが会社にとって非常に大きなマイナス材料になってしまう。そう考えて、1つの経営戦略として、単に男性と女性は平等であるべきだといった理念だけではなく、この不透明な時代の中で経営トップがリーダーシップを発揮して、会社がもう一度1つの方向性に向けて突き進んでいくための手段として、男性も女性も関係なく、意欲と能力があればだれでも活躍できる場をもっとつくっていく。こうして、経営トップの方々は積極的に乗り出すことを宣言され、行動されているのではないかと思いました。
 

(2)プロジェクトチームの設置

 ポジティブ・アクションの2つ目の柱についてお話します。「ポジティブ・アクション」がアメリカ、イギリスで積極的に議論されることになった1つのきっかけとして、「ガラスの天井」という言葉があります。日本で言えば男女雇用機会均等法を含めて「機会の均等」については議論も進歩し、条件も少しずつ変わってきました。では、スタートラインが一緒であるだけで、すべてが終わりなのか。同じスタートラインであったとしても、女性の場合には、昇進や昇格などで自分自身の能力を生かす機会が食い止められている。そこには個人の努力とか意欲の問題だけではなく、どこかよく見えない、ないしは全く見えないけれども確実に存在する「ガラスの天井」があるのではないか。この「ガラスの天井」の存在に気づき、それを取り除いていくことで一人一人が生かされる場をつくっていく。これがポジティブ・アクションの1つの重要なテーマでありました。
 この「ガラスの天井」という言葉が、「事実上の差」という言葉に現されることになります。では、一体何をもって「事実上の差」と考えるのか。これは、多分個々人によって違うでしょうし、個々の会社によっても違うでしょう。問題は何をもって「事実上の差」と考え、どこに「ガラスの天井」があるかを考えていくことです。
 今回、いろいろな会社にインタビューさせていただいて気づいた2つ目の柱とは、この「ガラスの天井」探しです。「事実上の差」がどこにあるのかを発見する。いろいろなお話をうかがっていてほぼ共通していたのは、「男性、女性に関係なく意欲と能力のある人の活躍の場をつくる取り組みをしている会社は、そのためのプロジェクトチームを持っている」ということです。この問題について具体的に考えるための新たなチームをつくっているのです。それがプロジェクトチームという名前ではない会社もありました。例えばIBMでは「ウイメンズ・カウンシル」、松下電器では「女性輝き本部」など会社によって名前は違いますが、何らかの形で専門チームをつくっている。
 そこで何をしているかというと、会社の中のさまざまな立場にある方、男性、女性、職種、年齢に関係なく、さまざまな方々が集まって、この問題についてきちんと議論し、「会社のどこにガラスの天井があるのか、ないのか」、「何が事実上の差であって、何が事実上の差でないのか」をきちんと考えていく。これがプロジェクトチームの存在意義であると思いました。私たちがお話をうかがった会社でこういうプロジェクトチームがない会社はありませんでした。そういう面でいくと、プロジェクトチームが非常に大きな役割を持っている。
 「ポジティブ・アクションは人事上の問題だから、人事部がやればいいじゃないか」という意見があるかもしれません。しかしながらこれは人事部がイニシアティブをとるのではなくて、会社で働いている一人一人がこの問題について考え、全社一丸となってやっていく必要があります。人事部主導ではなくて、むしろ会社の一人一人が集まって問題を発見することに意味があるのです。
 もちろん、プロジェクトチームの推進役として、立ち上げを指示する経営トップに非常に大きな役割があります。ただ、経営トップがすべてやるのではなくて、プロジェクトチームをつくって、そこで問題点をきっちり洗い出す。そういうプロジェクトチームの存在が非常に大きな役割を持っているのです。まずは経営トップがリーダーシップを発揮し、会社全体でこの問題に取り組むというムードをつくっていく。それがポジティブ・アクションで共通のやり方であると思いました。
 

(3)具体的な目標の設定

 経営トップがリーダーシップを発揮し、プロジェクトチームをつくり、問題点を洗い出す。では、問題点の洗い出しをするだけでいいかというと、そうではない。多くの会社がやっていたのは、「具体的な目標をつくる」ということでありました。一人一人の能力が性別に関係なく生かされる場というのは、こういう目標を達成したときに初めて会社として実現したと言えるのではないかということで、具体的な目標を持っていらっしゃいました。
 その目標の立て方は、「管理職比率で女性の割合をこれだけにしていこう」とか、「女性の定着率をもっと上げていこう」とか、「男性と女性の間の『事実上の差』となっている家族手当などを廃止していこう」というように、会社によってさまざまです。しかしながら、どういう形であれ、具体的でわかりやすい、実現したかしないかが判断できるような目標を持って行動するというのがポジティブ・アクションでは非常に重要です。単に「男性と女性の平等を実現していきましょう」という曖昧で抽象的な理念では進んでいきません。
 全社一丸となって問題点を洗い出し、状況を改善していくための具体的な目標をつくって行動する。その目標を具体的な目安の出た段階で取り組みを評価し、また、達成状況を公表し、うまくいっていないとすれば改めて目標をつくり直していく。これを繰り返すことによって、時間はかかるけれども、ポジティブ・アクションが少しずつ進んでいく。
 経営トップがリーダーシップを発揮し、会社全体が一丸となり、目標をつくって絶えず革新を進めていく。こうしたダイナミズムこそがポジティブ・アクションの1つのエッセンスではないかと思います。単に「男性と女性が平等であるべきだ」といった理念だけではなく、会社が新しく変わっていく、動いていくための1つの求心力、運動体となっていくという意味で、ポジティブ・アクション、「能力と意欲のある女性が活躍できる場をつくる」ということが、非常に注目されているのではないかと思いました。
 6月は雇用均等月間ですが、協議会の提言もあって、私自身この話をするために都道府県を回らせていただきました。ポジティブ・アクションについては、セクシュアルハラスメントや改正雇用機会均等法のように、法改正を伴うものではありません。そういう面でいくと、ポジティブ・アクションについてお話をするといっても、あまり関心は持たれないかなと思っていました。しかしながら、とてもびっくりしたことに、各都道府県ほぼすべての会場で100名を超える方々にご参加いただき、この話に関心を持っていただいたことに非常に大きな喜びを感じました。東京でも「女性と仕事の未来館」でお話しさせていただいたんですけれども、そこではホールがいっぱいで入り切れずに、もう1つあるホールにサテライト放送しました。そんなことで、こういう問題に対して非常に関心が高まってきていることを実感したわけです。
 今回の提言書では、「こうあるべきだ」という抽象的な議論ではなく、実際に活動をされている方がどう考え、何の効果があると思われているかを具体的な言葉として表現しています。ぜひ皆さんにもお読みいただいて、感想等をお聞きしたいと思います。
 

何気ない日常的な表現の見直し

 もう1つ、ポジティブ・アクションの提言の中で重要であることについてお話しさせていただきたいと思います。
 先ほど3つの柱があるというお話をしました。この柱があることは共通のパターンとして見られるのですが、では、この3つのパターンさえ満たせれば絶対にうまくいくかというと、もちろんそういうわけではありません。
 プロジェクトチームをつくるとか目標をつくるというのは、あくまで1つの仕組みであります。仕組みが変わるためには、中身が変わっていかなければならない。中身が変わるにはどうすればいいのか。少しそのヒントになるかもしれないことをお話しさせていただきたいと思います。
 詳しくは後でお話があるかと思うのですが、去年の7月にこの協議会が立ち上げられた段階では、協議会の名前は「女性の活躍推進協議会」ではありませんでした。正式名称は当時、「女性の活用推進協議会」だったのです。その中で、この議論をしている途中で、メンバーである資生堂の福原名誉会長だと記憶しているのですが、「この名前はよくないのではないか、『活用』という言葉を使うと、何だか人を物のように思って使っているようだ」、「『活用』と言われて嬉しいと思う人はあまりいないのではないか」、「少なくとも資生堂ではこういう問題を考えるときに『活用』という言葉は使わない」とお話しされました。もしかしたらポジティブ・アクションの1つの大事なメッセージがこういうところにあるのではないか。私たちが何気なく使っている表現・考え方をもう一度見直す。そのきっかけが女性の「活躍」と「活用」という言葉の違いにあったわけです。
 こういう話もありました。経営トップの方にインタビューさせていただいて、いろいろ率直な議論をいただきました。「なぜポジティブ・アクションに積極的なのですか」という問いに対して、「会社の理念を実現するためにやっている」と多くの方からお話しいただきました。それに加えて、時々、「女性の感性を生かすことがこれから大事になってくる」というご発言もいただいたわけです。
 私も「なるほど、これからは男性だけではなく女性の感性を生かすことが大事になる」と納得してその場を離れ、今度はその会社の女性の方にお話をうかがいました。そこで「経営トップの方が女性の感性を生かすとおっしゃっていましたよ」という話をすると、女性の方はそれに対して、正直言うと「残念」と言いますか、「がっかり」という表情をされることが少なからずあったわけです。なぜか。
 「女性の感性を生かす」という発言は、実はびっくりするほど、女性にとってはびっくりしないのですが、男性の中ではびっくりするほど女性のハートを射止めていない。「女性の感性に期待するから女性の活躍を」という発言が、能力と意欲のある女性にはあまりヒットしていないのです。
 何が言いたいかというと、これは私の理解ですが、「女性の感性を生かすためにポジティブ・アクションをやる」のではなくて、「一人一人の能力や感性を生かしていくことがポジティブ・アクション」です。「女性の感性」だとか「男性は理性だ」とか言っている限り、これはやはり「事実上の差」であり、意識しないまでも性別の役割分担意識が出ているということではないでしょうか。
 先ほどの「活躍」とか「活用」、「女性の感性」という発言それ自身が間違っているかどうかはわかりません。いろいろな考え方があります。いずれにしても大事なことは、こういう問題に取り組んでいくときに、日ごろ何気なく、あまり疑うこともなく使っていた表現とか伝え方、メッセージの出し方、語り方、コミニュニケーションのとり方一つ一つをもう一度洗い直していく。そういう場をつくっていくことがポジティブ・アクションの中では大事なのではないか。そういう面では、これは「女性のための女性によるもの」ではなく、男性も含めた、場合によっては男性のほうが女性以上に、自分たちが何気なく使っていた表現や意識をもう一度見直して一人一人を生かす場をつくっていく。そのきっかけがポジティブ・アクションにはあるのではないかと思いました。
 いろいろ改めて発見したこともあります。例えば、私たち男性は何気なく、「女性は育児があって、仕事ができないのではないか」というようなことを思っている。しかしながら、実際お話を聞いてみると、急に仕事を休まなければならないというようなことを思っている女性の方ほど、日ごろから緊張感を持って仕事をしています。「女性は育児や出産があって仕事を休みがちだから仕事ができない」というのは、場合によっては勝手な思い込みではないか。もっと現場をよく見て議論していくと、「自分たちは何気ない常識(思い込み)だけで議論しているのではないか」ということを改めて考えさせられる場もたくさんあったわけです。
 

会社の「戦略」としてのポジティブ・アクション

 このポジティブ・アクション、「能力と意欲のある女性が活躍できる場をつくる」ことに関しては、最初にお話ししましたように、この協議会のあり方が非常に特徴的で、経営トップの方がやっていこうというところに大きな特徴があります。そして、トップがリーダーシップを発揮し、全社が一丸となってこの問題に取り組み、「事実上の差」を発見し、取り崩していくようなプロジェクトチームをつくる。なおかつ、そういう具体的な目標をつくって行動し、それを繰り返していく。そういう運動体をつくっていくことが、ポジティブ・アクションを進めている会社の特徴です。
 そういう仕組みと同時に、今自分たちが何気なく使っていたあり方・表現についてもう一度見直し、会社全体のコミニュニケーション、いわば風通しをよくする場、そういう雰囲気をつくっていくときに、このポジティブ・アクションが重要な役割を持っているのではないでしょうか。
 そういう意味では、ポジティブ・アクションとは「男性と女性が平等であるべきだ」という理念の問題だけではなく、場合によってはそれを超えて、もう一度会社が生き生きする、一人一人が生き生き生活し、仕事をするための重要な戦略になるのではないか。そういう意味で「戦略」という言葉を使わせていただいたわけであります。
 それでは、実際に経営トップの方が何をお考えになって、ポジティブ・アクションにどういうふうに取り組んでいらっしゃるかについて、まず、協議会の座長でいらっしゃいましたリコーの浜田取締役会長からお話をいただきたいと思います。
 

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報告(浜田広・リコー取締役会長)

 

ポジティブ・アクションは「重いテーマ」

 私はどうした弾みか、「女性の活躍推進協議会」の旗振り役も務めさせていただいております。いまだに私がほんとうに適任であるのかどうか、自分自身疑問に思いながら、したがいまして大変謙虚に、その都度勉強させていただきながら、去年の7月から会議をやったり、パンフレットをまとめたりしています。どうして引き受けているかと言いますと、まさに意欲と能力のある女性管理職の方々が何人かでお見えになりまして、有無を言わさず、「ノーと言えない日本」みたいな形で引きずり込まれた次第です。
 これは大変日常的なテーマなので、何もこういうメンバーに入ったから取り組んでいるということではないのですけれども、感じておりますのは、2つの理由でなかなかこれは重いテーマだということです。
 1つは、これからの日本にとって大変重要なテーマだという認識です。「重要な」というのは「重い」ということであります。軽い、いいかげんなテーマではない。もう1つは、なかなか持ち上げるのが難しい、これは時間がかかる、推進するのにかなりの時間と根気の要るテーマ・内容だなという感じです。そういう意味で重い。
 玄田先生が繰り返し言われましたが、トップ・マネージメント、経営トップがしっかり意欲的にこのテーマで動いてくれないと進まない。そういうテーマは大体重いテーマなんですよ。そうでないテーマは会社の企業集団の中で、たいてい現場から盛り上がってくる。
 例えば、個別企業の話で恐縮ですけれども、地球環境保全のテーマで、私どもの企業は日本だけでなく世界のランキングでほとんど第1位をいただいているぐらいのところまで来ています。かなりの努力をし、歴史を積み上げて、ある水準に来ております。こんな難儀なテーマは、もともとボトムアップです。「地球環境問題はこのままでいいのか」というような大変熱心な人たちがいて、ほとんどの社員が共通認識を持てる、「おれたちもそう思う」、「私もそう思う」という納得性・コンセンサスがあるテーマは、ほうっておいても盛り上がってくるのです。トップ・マネージメントは、「そうだ、そのとおりだ」とオーソライズして彼らが動けるようにお手伝いをする場をつくるだけでがんがん進むのです。
 きょうのテーマもそうあるべきではないかとかねがね感じておるのですが、なかなかそこまで機が熟して来ない。それで男性側を見ていると、どんな職場でも、どうも男性中心の男社会を当然みたいに思ってまだやっているきらいがある。
 女性サイドを見ていると、いわゆる意欲と能力を発揮して、「生涯キャリアとして仕事を」と思って仕事につかれた方々がどれくらいいるのかを人事本部長に聞いたところ、「年々増えてきております。それは間違いありません。現在は入社時には半分ぐらいまでいるのではないかと思う」ということでした。少し前までは、そんなにはいなかったですよ。どこか腰かけ的に、補助的な仕事にという方が多かった。
 今このテーマは日本でも成果がなかなか見えてこない時期だと思います。だけれども、今が一番大事なので、こういうのをあらゆる職場の中で浸透させ、ムードを盛り上げておかないと、おそらく数年か10年後か、いわゆる少子高齢化その他による労働力不足という時期が来る。そうなってから慌てて動いてもだめなので、今のうちに準備しておけば、あるきっかけなり、ある時代的な流れの中でわっと進むテーマではないかと思います。
 何でもそうだと思うんですよ。当然だと思って推進してもなかなか動かないものが、あるイベントがあったり、アクシデントがあったり、時代の流れがある一線を超えたりすると、わっと進む時期が来る。その時期がいずれ日本でも来るのではないかと思っています。
 

「雇用継続型」か「再雇用型」か

 それから、経営者の一人として、自分自身、何かひとつ歯切れの悪いところがありまして、それは私がかねがね持論にしていることです。男女共同参画、全く同感・賛成です。けれども、ただ1点だけ違う。男性と女性では造物主が役割の違うものを与えてくださっている部分があるいうことです。はっきり言いまして出産育児であります。
 私は会社の中でも言い続けてきております。会社に入って社内結婚、大いにおめでとう、賛成だと。結婚後も仕事を続けられる、大いに賛成、会社も歓迎だと。せっかく仕事になれたのに辞められたら困るわけです。男性であれ女性であれ、なるべく継続して働いていただきたい。だけれども、子供が生まれたら辞めたほうがいい、辞めなさいと個人的には言っております。
 この非常に難しい1つの事項である「出産育児」、女性が役割としてもっているものをめぐって、対応の仕方が2種類あります。「雇用継続型」、「就業継続型」のように育児休業を設けるのと、それから、私が今言っている「辞めて再雇用型」、「再就職型」と言うのでしょうか。この2つでは私どもリコーでも、継続就業型の育児休業システム、1年間ぐらい完全に休業して職場に復帰するというものを導入しています。やはりそのほうが極めて現実的で、やりやすくていいのです。私どもではかなり前からこれを会社の中の制度として取り入れておりまして、もう300人近く利用されていると思います。そして、ほとんど職場に復帰されております。関連会社までそれを推進しております。
 しかし職場としては、いろいろ難しい問題を抱えております。1年間、その人が復帰できるような状態でその職場を維持することは容易ではないのです。代わりをあてがいますと、復帰されたときに1人余ってしまう。代わりを採用しないと、残った方々にオーバーワークがかかる。それに専門性まで加わったら、なかなか大変な問題ですが、私どもではかなり推進しているのではないかと思います。
 

「中国に学ぶ」

 このテーマでは欧米、特に欧州の北のほうですが、結婚されても、あるいはその後に復帰して、女性が仕事にずっとついておられる就業比率の高い先進国があります。それに学んでいかなければならない。そういう国々でも、1960年代か70年代ぐらいまではそうでもなかった。今の日本みたいな様子だったような統計数字を見たことがあります。
この10年間、経営陣にとって「アメリカに学べ」というのがあります。しかし、かつてはそうではなかった。「日本的経営に学べ」だったのが、90年を境目に180度変わりまして、「アメリカ経営に学べ」となりました。
 私は、それに対していささかの疑問を出し続けております。日本の経営が反省をし、大いにアメリカに学ぶべきものが20%か30%ぐらいはある。しかし、それ以上はないと言い続けているわけです。
 一方、身近な国である中国に日本が学ぶべきものがある。こういうことはまだ聞かれたことがないのではないかと思います。中国に対しては今、物のつくり方から経営のやり方から、日本、あるいは日本以外の国が出かけていって教え続けている関係です。けれども、このテーマに関しては、ひょっとしたら欧米よりも中国のほうが世界的な先進国ではないかという感じがしております。
 まだ詳しく調べてないのでこれ以上しゃべれませんけれども、私どもは中国での生産体制についてかなり歴史をもって進めていて、販売体制をつくり込んできました。そして、全中国に私どもの販売網を構築しつつあります。支店が14ある中で、何と支店長14人のうち8人が女性なのです。管理職ではなく、もうブランチのトップですよ。ブランチのトップの8人が中国では女性なんですね。
 そういうような事実を見ても、このテーマに関しては中国の様子、歴史、文化、生活ぶり、仕事の中での様子などを謙虚に学ばなければいけないのではないかと感じ始めている昨今であります。
 
【玄田】 浜田会長から「何年かかかるかもしれないけれども、やはり浸透させていかなければならない」、「後から慌てても遅い」、「少子化という社会は必ずやってくる。そのときのために、今行動しておかなければならない」というお話をいただきました。
 ポジティブ・アクションというと、何となく人事労務畑の話のような気がするのですが、これはある種の投資、ほんとうの意味で人的な投資であると思いました。投資ですので、すぐ成果が出るとは限らない。しかし、ちゃんと投資をしておかないと、後からあせってもだめです。もちろんリスクはありますが、ここでだれかが勇気を持って、この場合は経営トップが非常に重要ですけれども、勇気を持って投資をしていくことが非常に重要であります。多分、ポジティブ・アクションを経済用語で表現するならば、「人事労務」よりもむしろ「投資」に近いのではないかということを改めて思いました。
 中国の話に関しては、今初めてうかがって、言われてみると確かに、我々が学ぶべきところがたくさんあります。先ほど「自分たちが先入観で使っているものや考え方を改めていかなければならないのではないか」というお話をしましたが、中国から改めて学ぶことも、私たちが持っているある種の常識を疑うということと共通しているのではないかなと思いながら聞いておりました。
 「子供が生まれたら女性は会社を辞めたほうがいい」というお話はいろいろ反対のご意見もあるかと思いますが、それは後のディスカッションにとっておきたいと思います。
 続きまして、日本経団連の矢野専務理事に今回のポジティブ・アクション、また協議会でも議論になりました目標などさまざまな観点についてお話しいただきたいと思います。
 

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報告(矢野弘典・日本経済団体連合会専務理事)

ポジティブ・アクションについての考え方

 玄田先生からお話があったように、平成11年の改正男女雇用均等法で「ポジティブ・アクション」という考え方が盛り込まれたわけですけれども、その考え方がこれからの国、あるいは企業の将来を考えて、企業にとっても、また働く側にとってもほんとうに正しく理解されているのだろうかということを心配しておりました。
 日経連の時代からポジティブ・アクションの正しい理解を深めて浸透させていこうということで、「女性の活躍推進協議会」の発足当時、あるいはその準備段階から参画して、私自身もメンバーの1人としてやってきました。ぜひ、この協議会の精神が十分生かされ、広く周知されて、女性のより一層の活躍を促すことができればいいなと思っています。
 この提言については、一口で言えば女性に同じ土俵に立って仕事をしてもらおうという考え方で、必要な条件整備をしようということだと思います。何も女性に下駄を履かせるという意味のものでは全くありません。
 また、「男性は仕事、女性は家庭」といった固定的な役割分担などの考え方が、実際、当然の前提のようになっているとき、それに対して改めるべき点があったら改めていったらいいということだと思います。
 大事なことは、これは強制されて行うものではなくて、各企業が個々の実態や考え方に応じて自主的に取り組んでいくべきものだということです。「どのような目標を立てるか」、あるいは「目標を達成するまでの期限をどうするか」といったようなことは各企業の判断にゆだねるべきであると思います。
 ポジティブ・アクションとは、意欲と能力のある方が、その能力を発揮できる職場をつくるための手段であるということです。この基本的なプリンシプルがちゃんと伝わりませんと、無用な誤解を生み、ほんとうの意味での賛成者を得られないのではないかと思います。私どもは、ポジティブ・アクションをこれからの日本にとって必要なことだと考える立場に立って、この協議会に今後とも協力させていただきたいと思っております。
 

人材活用のキーワードは「ダイバーシティ」

 冒頭言われました大きな流れ、耳にたこのできるような話ですけれども、グローバル化とかIT化、少子高齢化、あるいは価値観の多様化とかといったようなことに今各企業はほんとうに真剣に取り組んで、ある意味では生存をかけ、競争力を強めるための努力をしています。
 こうした状況の中で、企業、産業、経済はいかにあるべきかということは、これまでも日経連では労働問題研究委員会報告の中でいろいろ取り上げてまいりました。
 その中で私どもが一貫して申し上げていることは、きょうのテーマは「女性」ということですけれども、女性に限らず、働く人の多様なニーズにこたえられるような選択肢を用意する。そして女性も含め高齢者の再雇用の問題、あるいは長期的には外国人雇用の問題などまで含めて幅広く取り組んでいく必要があるということです。
 今年5月、日経連と経団連が統合して日本経済団体連合会(日本経団連)が設立されたわけですが、その冒頭、奥田会長が「多様な価値観を生むダイナミズムと創造、それを支える共感と信頼ということでこの新団体を運営し、各メンバーの企業・団体に協力を求める」と述べています。
 もともと人間は多様な価値観を持つものであるにもかかわらず、日本のこれまでを振り返ってみると、どうしても画一的な生き方を志向し過ぎてきたのではないかという反省がある。しかし、21世紀はそれぞれが自分の価値観に従って個性的な豊かさを求めていく時代になっていくのではないかということであります。
 当然、企業のあり方も、より多様性というものを許容するような、そういう仕組みづくりをしていく必要がある。個人や企業がそれぞれ多様な目標を持ち、その実現に向かって活動する。それが新しい経済や社会を創造し、新しい市場、技術、雇用を生み出していくことになると思っております。
 日経連ダイバーシティ・ワーク・ルール研究会の『原点回帰─ダイバーシティ・マネジメントの方向性』という報告がございます。私どもは、21世紀における人事・労務・人材活用のキーワードはダイバーシティ(多様性)であると考えまして、これはそのダイバーシティ・マネジメントの方向性について2年がかりで研究した報告書でございます。
 ダイバーシティ・ワーク・ルール研究会のメンバー(委員)は男女15名ずつ、合計30名で、アドバイザーには玄田先生にも入っていただいて討議をしたわけです。委員は30歳前後の人事労務担当の方々にお集まりいただきました。日経連、あるいは今の日本経団連もそうですが、研究会とか部会といいますと、平均年齢が非常に高くて、50歳台から60歳台というところですから、この研究会は日経連始まって以来の若々しい研究会でした。自由に発言してもらおうということで、合宿などをしながら意見をまとめていったわけでございます。そしてでき上がったのがこの報告書です。
 先ほど来、「トップ・マネジメントの考え方、理念、思想というものがいかに大事であるか」というお話が繰り返されてきました。この報告書では、奥田会長(日経連)の考え方のほか、「経営者が語るダイバーシティ」ということで、大國さん(王子製紙会長)、北城さん(日本アイ・ビー・エム会長)、常盤さん(花王特別顧問)、普勝さん(全日空最高顧問)、福原さん(資生堂名誉会長)、山路さん(日本テトラパック会長)が若い委員のインタビューに答えています。
 今大きく動こうとしているこのポジティブ・アクション、あるいは女性の活躍に関する問題について、私どもはもっと広く「ダイバーシティ」という観点からとらえているわけですが、こうしたご発言の中で、経営トップがどう考えているかということがおわかりいただけるかと思います。
 ダイバーシティとは何かというと、それは単に一般的な「多様性」というだけでなく、私どもでは、「多様な人材を生かす戦略である」という考え方を基本に持っているわけです。つまり、従業員の属性、男女とか、あるいは国籍とか、信条とか、そういったいろいろの属性を持った人たちが企業の中にいるということがむしろ企業の強みである。平等取り扱いということが法律などで決まりますと、とかく義務感でそれを受け止めることがあると思います。しかし、義務感ではなく、むしろそれは戦略である。「それを生かすことが企業を強くする」という考え方、あるいは「社会を強くする」という考え方、「戦略としてのダイバーシティ」「戦略としてのポジティブ・アクション」という考え方を持っているわけでございます。
 

企業の戦略として取り組む必要

 いずれにしましても、この協議会の報告・提言にもありますとおり、トップから当事者に至るまでいろいろな人たちが積極的に参画していくことが成果につながっていくと思います。そして結果として、女性だけでなく、男性にとっても働きやすい、また、自己の能力を発揮しやすい職場環境になっていくというふうに思うわけでございます。
 環境づくりはもちろん大事です。けれども、その当事者の自覚も大事です。この点については、衝に当たっておられる皆様方も十分肌で感じていることであろうと思います。
 私自身の経験を申し上げたいと思いますが、1970年前後、ちょうどアメリカでアファーマティブ・アクションというものが非常に行われ出した時期に、私はそのアメリカにおりました。また、1980年と81年にはジュネーブのILO総会で「家族的責任を有する男女労働者の機会及び待遇の均等に関する条約」がつくられたのですが、そのとき私は日経連に頼まれまして、使用者側代表としてその討議に参加しました。その条約は後に日本も批准することになったわけです。
 そういうプロセスの中で、「アファーマティブ・アクションからポジティブ・アクションへ」という変遷を肌で感じました。1980年・81年のジュネーブの会議では、アメリカの代表が女性の方でありましたが、非常に熱心に取り組んでおられる実態に接しました。また、アメリカの企業を実際に訪ねてみても、今日に至るまでにほんとうに現実の問題として自然に行われるようになってきたとつくづく思うわけです。
 また、私は1990年代の後半までイギリスに駐在して、欧州総代表という立場で地域統括をしていたのですが、女性が実に見事に働いているのです。地域統括の人事・経理担当の責任者は女性でありまして、ほんとうに立派な仕事をしておりました。私自身の女性秘書も、イギリスでは、secretaryと言わないでpersonal assistantと言うのですけれども、非常に有能な人でありました。
 そのほかにもいろいろ優れた女性と仕事をやらせていただきながら感じたことは、ほんとうにこういう状況であれば、男女平等は当たり前で、全く議論する必要がないのではないかと思われました。そういう人は、当然いい仕事、いい機会がどんどん来ますし、私どもも与えます。また、その成果に対して正しく評価して、報酬として報いることができるということであります。
 そういう欧米の実態を見るにつけ、日本も必ずそういうような状況になっていくのではないかと思うわけです。そのとき、「ほんとうに企業の戦略としてそれを生かせるかどうか」ということを考えて取り組んでいくことが必要ではないかと思っております。
 

求心力がやはり大事

 最後になりますが、「多様性」とか「ダイバーシティ」と言いますと、個の尊重といった、やや遠心力、拡散的な部分が強調されるわけでありますが、やはり求心力となるようなものの考え方というのも、欧米で生活をしていて非常に大事なことだと思いました。
 それは何かといいますと、「個人はチームの一員である」ということです。企業であったり、団体であったり、あるいはもっと広く言えば地域社会であったり、国家であったりというものに対して、「自分はどういう役割を果たせるのか」ということを考える行動様式というのが一方で必要でありまして、「自分のためだけ」では成り立ちません。
 私がヨーロッパ全体の統括の経営で基本方針としていたのは、ラグビーの言葉ですけれども「ワン・フォア・オール、オール・フォア・ワン」という言葉です。私はラグビーをやっていたわけではないのですが、非常にすばらしい言葉だなと思って、いろいろな国の人たちが集まっているところで、「みんなが同じ気持ちでやるためにはそれが必要だ」と提言したのですが、非常に受け入れられた、賛同を得たと思っています。そのように個人を大事にする部分と、個人がみんなのためにどういう働きをするのかという両方の部分が私は大事なのではないかと思います。
 日本のこれからのポジティブ・アクションを考えるにしても、ダイバーシティを考えるにしても、そういった両面を考えながら取り組んでいく必要があると思います。
 
【玄田】 きょうはポジティブ・アクションについてのフォーラムですが、ダイバーシティという、最近徐々に注目を集めるようになった考え方をご紹介いただきました。日経連のダイバーシティの研究会には、私も若干関係させていただきましたけれども、非常におもしろいです。お読みいただくと、ポジティブ・アクションを含めて、いろいろなヒントがあるのではないかと思います。
 加えて、ポジティブ・アクションというのは単に「下駄を履かせる」といったことではなく、ちゃんと企業の経営戦略として位置づけることが大事であり、あえて強制されたりするものではないということも含めて、ポジティブ・アクションに対するスタンスをご紹介いただいたと思います。
 次は、この協議会のメンバーではないのですが、女性が活躍する職場をつくることに関して、これまで多くの専門的な研究をなさっている日本労働研究機構の今田統括研究員に、この報告書の感想も含めて忌憚のないご意見をいただきたいと思います。
 

 

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報告(今田幸子・日本労働研究機構統括研究員)


 

提言の意義

 これまでのお話をうかがっていて、「時代は変わったのかな」、「変わりつつあるのかな」、「ほんとうかな」というのも半ばあるのですが、そのように感じました。
 均等法改正作業の過程で、均等法としての整備とともに、「法的な整備だけでは実質的な男女の均等は実現しない」という文脈から、より積極的な方策が必要だという要請を受けてポジティブ・アクションという考え方が提起され、平成9年の法改正(平成11年施行)にその考え方が組み込まれたという経過がありました。そして、これを受けて、「ポジティブ・アクションを推進するため具体的にどうすればいいのか」ということで、国や地方自治体が具体的なプログラムづくりを始めました。そのとき、どうしても一番引っかかる問題が、「ポジティブ・アクションは結構なことだ。女性が男性と同じように働けることはとてもよいことだ。けれども、企業にとってほんとうにできることなのか。企業にとってこんなことをやって意味があるのか」ということでした。
 この方策の意義について、労働組合や働く女性に理解していただくことはそれほど難しいことではなかったのですが、経営側の理解を得るのが非常に難しかった。一生懸命知恵を絞って、「これは企業にとってこういう意味がある」、「ああいう意味がある」というようなことをプログラムの中でわかりやすく説明したわけですが、それでも、なかなか経営側の理解を得ることは難しかったという記憶があります。この問題を考えるとき、私はどうしても最初にそのことが頭をよぎるのですが、今回の報告書及び提言は、そういう意味で非常に画期的な出来事であり、産出物だと思います。まさに日本の代表的な企業のトップの方たちが集まって、「ポジティブ・アクションは経営戦略である」という提言が示されたのです。「女性のための施策」とか、「女性のための平等施策」というのではなくて、現在の企業の置かれている状況をふまえて、「経営戦略」という方向づけで具体的にこの報告書がまとめられている。また、具体的な経営者の生の声として、あるいは企業の人事担当といった人たちの生の声として提言が行われていて、私はほんとうに「時代が変わったのかな」という感慨を持った次第です。
 この提言が、少数の先を見通した鋭い感性を持つ経営者だけではなく、徐々に今後日本の企業に広く定着していくのではないかということを、お三方のご説明をうかがって確信し、非常に心強く感じました。
 ポジティブ・アクションというのは、法的な整備だけでは男女の均等な職場における活動は実現しないという考えに基づいています。それは、玄田先生のご説明で十分ご理解いただけたのだろうと思うのですけれども、企業組織の中には、長く蓄積されてきた慣行とか習慣、従業員の意識とか規範という形で、男女が平等に働けるルールづくりを阻止する要素があるわけです。そうしたものを1つずつそれぞれの企業の中で洗い出して、それを具体的に是正していく試みが必要だという問題意識に立つものがポジティブ・アクションだろうと思います。
 こうしたポジティブ・アクションが経営戦略であるというのは、それにはおそらく今の日本企業が置かれている環境があるだろうと思います。簡単に言えば、今、日本の企業は大きく雇用のあり方や管理のあり方の問い直しを必要としており、変革・革新・改革をすることが重要な課題になっているわけですが、このポジティブ・アクションの考え方が現状の改革にとって極めて基本的なルールづくりにつながる。それがとりもなおさず「戦略」という位置づけになるのだろうと思います。
 これから企業の中で組織レベル、職場レベルでいろいろな改革・見直しが行われ、その成果が企業の雇用のあり方に反映されて、という形で具体的に各企業の中で展開されていくと思いますが、その過程で、今回提示された枠組みが正しかった、あるいは現実性を持った提言であったということが明らかになっていくのだろうと思います。今の時点で大きな旗振りが行われてスタートしたのは非常に意義があった。その意味で協議会の提言は非常に意義があったと思います。そういう点で、私はこの提言に何ら異議申し立てもないですし、大変よくまとまっていて、中身の濃い内容になっていると思います。それで終わってもいいのですが、少し問題提起ということで、日本のポジティブ・アクションの現状について、これからどういう方向づけが可能なのかということを考えてみたいと思います。
 

国によって異なる取り組み

 諸外国の場合でもいろいろこうした試みが行われました。もちろん、それぞれの国の事情によって均等法とか平等法のあり方も違いますし、ポジティブ・アクションというものの位置づけも違います。ただし共通していることは、法的な平等への枠組みとともに、各企業レベル、企業経営サイドからのさまざまの自主的な試みが必要であり、そうした総合的な方向、施策の展開、あるいは改革の展開が必要だということが言えます。そうしたことを共通の地盤としておいて、さらに国々によって少しずつニュアンスが違う、方向づけが違うというのがあるわけです。
 アメリカなどの場合には、アファーマティブ・アクションとして、結果としての平等を実現するために、日本よりも少し強制的な試みがなされています。例えば、「連邦政府と契約を結ぶ企業はアファーマティブ・アクションのプログラムをきちっと講じていなければいけない」という規定がされている。先ほどの議論で「強制的ではなく」という提言が示されましたが、それ受けてということにもなると思いますが、アメリカの場合は、少し強制的な試みがなされているわけです。
 さらに、もう少し強い方向づけとしては、オーストラリアの場合などがありますが、アファーマティブ・アクションを各企業に義務づけている例もあります。プログラムに基づいて自己点検した結果を報告して、それに従ってランクづけが行なわれ、その結果が公表されるというような方法で、アファーマティブ・アクションを実現していく。職場における男性と女性の平等を実現していくための方策としては、いろいろ選択肢があるということです。
 

今後の施策の方向性

 我が国の場合は、均等法の中で、国の責務として、各企業が行うポジティブ・アクションを行政が支援することが規定されています。企業がそれぞれ自主的な試みを展開していくというのが中心です。強制的ではなく行政がサポートしていくという枠組みがあり、経営者の方たちが自主的な、主体的な試みとして、みずからの経験のもとに知恵を出し、今日提示されたような結実物を生み出した。それが今の日本の現状だということです。
 そして、日本の将来の産業社会、日本社会のあり方でどのような方向を目指すのか、企業の発展をどう考えていくかということについても、このポジティブ・アクションは考えさせられる問題であるということが1つの問題提起です。それは、今後の施策としてどういう方向が必要かということであります。
 もう1つは、ポジティブ・アクションとは「平等の実現」ということであると同時に、「それを実現させるための方策を考えること」であり、それを支える方策の中で最も重要な問題が「仕事と家庭の両立支援」であるということです。積極的な女性の活用は両立支援の問題と不可分の関係にあります。
 イギリスなどでは、企業あるいは国の戦略として、「ファミリー・フレンドリー」という発想が基本的な平等実現のための戦略として位置づけられています。「ファミリー・フレンドリー」という考え方は生活支援の重要性を指摘するものです。「ワーク・アンド・ライフバランス」、「仕事と家庭の両立」、「バランスを持った生活」をどのように支えていくか、支援していくか。それが企業にとって大きな課題であり、国の課題である。女性を活用するには、その基礎になる生活支援というものが不可分であるということは極めて重要な視点です。もちろん今回の報告書、提言の中にも十分にそれが含まれていると思いますが、女性を活用すれば、あるいは昇進させればポジティブ・アクションはオーケーというような誤解もなきにしにもあらずです。「均等の実現」と「生活と仕事のバランス支援」は車の両輪の問題だということをコメントして述べさせていただきました。
 
【玄田】 時代は変わったかどうかは非常に大きなポイントだと思います。報告書にも「要は経営者の“本気”が目に見えるかたちとなること」が大事だとか、「ポジティブ・アクション成功の鍵は、経営者の決断にあります」ということがしっかりと書いてあります。たしか「決断」という言葉を使うかどうかは協議会ですごく大きな問題になり、「ちょっと大げさ過ぎるのではないか」という意見がある一方で、「やはり『決断』と言うぐらいの気持ちがないとうまくいかない」というご意見などがあって、最終的に「決断」になった記憶があります。ほんとうに時代が変わったかどうかは、まさに「経営者の決断」にかかっているわけですが、「決断」と言うぐらいですので、実際、これは大変だろうなと思います。
 つまり、「ポジティブ・アクション」が進んでいくときにだれが一番しんどいかというと、もちろん男性も女性もしんどいのですが、経営トップは相当しんどいだろうなと思います。だからこそ、「こんなしんどいことなどやっていられるか」と思う方がいるのは、もちろん無理もないことであります。むしろ多くの方を「これをやってやるか」という気持ちにするためには、一体何が社会として、政策として必要か。先ほど今田さんから問題提起がありましたように、あくまで自主性を尊重するのか、それとも、ある種の強制的な枠組みが必要なのか。
 先週でしたか、厚生労働大臣の少子化をめぐる懇談会の中で、育児休業の取得率について、男性の目標10%・女性80%を義務化すべきかどうかなどという非常に大きな問題提起がなされたと思います。直接的にはきょうの議論と関係はありませんが、どういうふうにして行政がこの問題について取り組んでいくのかは、ムードづくりに欠かせない課題かと思われます。
 今回、この取り組みの中には、トップがやるべきこと、ポジティブ・アクションのためにプロジェクトチームがやるべきことと並んで、行政が何をしていくべきかというようなことも課題ということで取りまとめています。
 ポジティブ・アクションについて議論はスタートしたばかりであります。このスタートした議論をよりよい方向にさせていくためには、どういう宿題が残っているのか、行政として何を課題としてお感じになっているのかを、この取りまとめにご苦労いただきました厚生労働省の雇用均等・児童家庭局雇用均等政策課の小林さんからご説明をいただきたいと思います。
 

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報告(小林洋子・厚生労働省雇用均等・児童家庭局雇用均等政策課課長補佐)

ポジティブ・アクションの概念

 協議会の提言の中で行政に出された宿題がございますけれども、それに入ります前に、ポジティブ・アクションの概念が均等法でどんなふうに位置づけられているかのご説明をしたいと思います。
 (日本のポジティブ・アクションについて規定している)男女雇用機会均等法の第20条は、事業主に何かを義務づけるというものではなく、国の支援について規定されています。まず現状では、個別の会社の方々にそれぞれの実態と考え方に応じて自主的に取り組んでいただく。これが非常に重要であろうということで、各事業主、企業がポジティブ・アクションに取り組むとき、国が支援をしていこうということで設けた規定でございます。
 均等法の中でのポジティブ・アクションの取組とは何か、企業の方に何をやってくださいとこの規定で言っているかということですが、まず、自社の女性の雇用状況を分析していただく。すると問題点が出てくるので、計画をつくっていただく。そして計画に改善措置を盛り込んで、実際にそれをやってもらい、必要な体制を整備していただく。そのようなことをお願いし、これに対して国が支援をしていくということでございます。こんなふうに、均等法第20条の規定はポジティブ・アクションの枠組みを規定しているだけでございまして、その中身は、各会社それぞれの実態に合わせた形で進めていただくのかなと思っています。
 この規定は平成9年改正(平成11年施行)のときに初めて出てきた概念ですけれども、法律上は「ポジティブ・アクション」という言葉は使っていませんが、何かわかりやすい言葉、何か一言で概念をあらわせる言葉ということで「ポジティブ・アクション」という言葉を使っています。
 

行政の課題

(1)提言の普及

 この平成9年改正のときにはセクシュアルハラスメントの規定も新しく設けられました。セクシュアルハラスメントという言葉はいろいろ裁判などもございましたので、非常にはやったわけですが、ポジティブ・アクションのほうはあまりはやらなくて、知らない方がまだまだ多く、「女性の活躍推進協議会」の中でも「そもそもポジティブ・アクションとは何か」から議論を始めていただいたぐらい、なかなか浸透していない言葉でした。行政として、まずは「この言葉をはやらせたいな」という気持ちを持っております。
 今回の協議会はこの20条に書いている国の支援策の一環として始めたのですけれども、企業のトップの方にみずからの言葉でわかりやすく語っていただき、それを外に発信していただいたものと理解しております。企業の方にとって非常にわかりやすい、具体的に何から取り組んでいけばいいのかも非常にわかりやすいものになっているのではないかと思っております。
 行政としては、提言の中で宿題を出されていますけれども、まずはこの提言を広く普及させていきたい。都道府県労働局の中に雇用均等室という国の組織があり、6月の「雇用均等月間」で周知活動を集中的にやっているのですけれども、玄田先生にもたくさん出張していただいて全国でセミナーなどを行い、提言の広い普及を図っているところです。
 それから、各地の雇用均等室で地方版の「女性の活躍推進協議会」をやっておりまして、ここでも当然、提言を地域のトップの方や経営者団体の方に広く普及していくことが、まず行政としての第一の課題、課せられた宿題だろうと思っております。
 

(2)目標設定のベンチマークとなるデータなどの収集、提供

イ ベンチマーク

 さて、協議会の提言の中で行政に出された宿題についてですが、トップにきているのは、個々の会社が(ポジティブ・アクションを進めるための)目標を立てる際にベンチマーク(自社が高いところにいるか低いところにいるかがわかるような物差し・基準のようなもの)として活用できるような情報の収集・提供ということで、いくつかあります。
 「業種や規模ごとの女性の活躍状況や先進的な会社における女性の活躍状況等の各種データを情報収集して提供していく」というのが1つ目でございます。2つ目は、個々の会社で活躍する女性のモデルの事例も含めた好事例を集めて提供する。3つ目ですけれども、会社の顕彰について効果的な方法を検討していく。
 このようなものが出てきた背景を協議会の中の議論も含めてご説明したいと思います。「個々の会社が目標を立てる際に活用できるように」という目的が書いてありますけれども、この目標の話は矢野専務理事からもお話があったかと思いますが、協議会の中でいろいろ議論になったところでございます。
 提言の中では、会社のプロジェクトチームなどの推進担当者に取り組んでいただきたいこととして、「目標を定めてください」、「自社の実態を踏まえた具体的な目標、可能なものについては数値化された目標を立てて、期限も決めてください」ということが書いてあります。これは「いつまでにどのような数字で」というように具体的に示しているわけではございませんし、各企業でそれぞれ定めていただければいいだろうと思うのですけれども、何事も物事を進めていくに当たっては、目標がないとどこを目指せばよいかわかりません。期限と目標がないと、いつまでにどこまで進んだかという効果も測れません。このため、行政としては提言が出る前から、企業にポジティブ・アクションを勧める際には「目標が要りますよね」、「何でも物事は目的地がないと進めませんよね」ということを話していました。そのことを協議会の中で提言としてまとめていただいて非常にうれしく思っております。取り組みの進捗状況を把握できる、そこにたどり着くまでに何をすればいいのかの計画も立てやすくなるということで、目標の設定をお願いしているわけです。
 

ロ 「数合わせ」がホジティブ・アクションではない

 「可能なものについては数値化された目標を立ててください」と言っているのですけれども、目標とは各社の実態を踏まえたそれぞれの目標で構いません。ちょっと気をつけていただきたいのは、例えば女性の管理職比率を10%にするという目標を設定した場合、それに合わせて機械的に女性の管理職比率を10%にしてしまえばそれでいいというものでは全然ないということです。
 そういう数字合わせがポジティブ・アクションではございません。その目標に達するように女性を計画的に育成していく。ちゃんと仕事をできるように計画的に育成し、能力を発揮してもらう。それがポジティブ・アクションです。プロセスが非常に大事です。数合わせをするのが目的ではない。そこの数に至るまでいろいろ知恵を絞って育成していく。それが非常に大事だということで、(数値目標に合わせて機械的に女性を割り当てる)クォーター制ではないですよと書いてあります。
 

ハ 業者や規模ごとの女性の活躍状況のデータを収集、提供

 この目標は各社それぞれが決めるものですが、「何かメルクマールがあったほうが決めやすい」、「標準化されたものが欲しい」という話も出ました。しかし、標準化されたものが欲しいけれども、業種業態で全然状況が違うので、日本でたった1つだけの目標を立てるのはちょっと無理ではないかという議論がございました。そういう議論を踏まえまして、業種や規模ごとの女性の活躍状況などのデータ、先進的な会社になろうと思うときにその目安になるようなデータを集めましょうというのが1つ目でございます。
 現在、協議会の下に作業チームであるワーキンググループがあって、企業の実務担当者に集まっていただき、「どういうデータが役に立つのか」、「どんなふうに収集したら出てくるのか」、「どういうような形で提供すればよいのか」という議論を今、まさにやっていただいています。ぜひ会社の中で役に立つようなものを集めて、発信していきたいと思っております。
 

ニ 「好事例」の収集、提供

 2つ目の好事例についてですけれども、その好事例も「企業の取り組みの事例」と「女性のモデルの事例」の2つがこの中に含まれています。
会社の事例につきましては、自分の会社が進める際に他社の例が非常に参考になるというご意見がございました。特に自分のところでプロジェクトチームをつくれないような中小企業にとって、他社の事例を見ることは、「うちはこうすればよいのかな」と考えるのに非常に役立つだろうという議論がございましたので、事例を収集していきたいということです。
 次にモデルについてですけれども、協議会が提言をつくる際に、多くの活躍する女性からヒアリングをしました。その中で女性から「ロールモデルが欲しい」という声がございました。(会社で活躍している)女性の数が少ないとき、「自分は会社の中でどうやったらちゃんとした仕事を与えてもらえるのだろうか」と不安に思ってしまう。逆に活躍している先輩がいると、「こういう人にならなれるかな」とか、「(自分は)こういう使われ方をするのだな」とか、「私はこういう役割を果たしていけばいいのだな」というイメージがわく。そういう人がいないと、自分のキャリアスタイルを考えていくのが難しい、イメージがつかめないという声を聞きました。
 これは個人的な経験ですけれども、私は旧労働省の出身ですが、女性の先輩がたくさんいます。中には「この先輩はあまりにも偉過ぎてとても手が届かない」と思う先輩もいるのですけれども、「この先輩のようにならなれるかな」とか、「この人のここだけはまねしたいな」とか、あるいは「ここだけは嫌だな」とかいうことが、いろいろ自分がこれからのキャリアスタイルと言いますか、どういう仕事をやってキャリアップをしていきたいかということを考える際に、非常に参考になると思っています。ですので、そういうロールモデルが欲しいという女性の声は、個人的にもよくわかります。
 男性の方はよく「そんなのは別に男性だってないよ」とおっしゃるのですけれども、そうではなくて、男性は多分たくさんいるので、無意識のうちに、「彼は反面教師だ」とか、「この人は立派な人だ」とか思いながら自分のキャリアイメージをつくっていらっしゃるのだと思います。そういう意味では、女性のロールモデルが欲しいというのはよくわかりますし、そういうことの議論もございましたので、ここで協議会と行政の取り組みの宿題として、モデルの事例も含めたポジティブ・アクションの好事例の情報収集・提供が挙げられていると思っています。これも、今、ワーキンググループで実務者の方が話を具体的に詰めております。
 最後に顕彰の話ですが、具体的に今詰めています。「均等推進企業表彰」はこれまでもありましたが、今度、もう少し幅広く対象を選んでいきたいということで、公募制の仕組みにしたいと思って予定しております。10月中旬ぐらいに公表することができるかと思います。応募基準もはっきりさせて応募しやすくしますので、応募していただければと思っております。
 行政としましては、こういう道具立てをしながらいろいろと支援する中で、ポジティブ・アクションをさらに進めていきたいと思っております。
 

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討 論

「個性は性を超える」

【玄田】 今、小林さんからも率直なお話がありました。ある意味で画期的なのは、厚生労働省が「はやらせる」と、この場で断言するなど、非常におもしろいことです。確かにそのとおりで、今回はポジティブ・アクションの研究会ではなくて、言ってみれば「どうやってはやらせるか」を議論するフォーラムです。
 一番の大きな課題の1つは、「ポジティブ・アクション」という言葉がちょっと長いことです。「セクシュアルハラスメント」がはやったのは、「セクハラ」となったのが非常に大きくて、「ファミリー・フレンドリー」も「ファミ・フレ」でいけるかどうか、三角だと思います。
 協議会の中でも、「ポジティブ・アクション」ではなくて、大和言葉がないかとか、いろいろ議論になりました。「ポジ・アク」というのはいただけません。「ポジ」とか「PA」とか言っている会社もあるそうです。もちろん、それぞれの会社で名前があっていいと思いますが、何か、いいネーミングがないでしょうか。
 昔、厚生労働省が労働省時代に、均等で「個性は性を超える」という、隠れたすばらしいコピーがありました。ポジティブ・アクションの精神はまさにこれだと思います。「個性は性を超える」、これをどうやって具体的なものにしていくか。その意味では、このポジティブ・アクションというのは、別に欧米からの輸入ものでもないし、すごく新しいものでもなくて、実は古くて新しい取り組みを改めてもう1回やり直していこうということだと思います。
 

ポジティブ・アクションはもうかりまっか?

【玄田】 さて、これから、皆さんからまたご意見をいただきたいと思います。先ほどご紹介いただきましたように、私も今回いろいろ都道府県を回らせていただいて、ご批判もいただきました。ご質問などで私がうまく答えられないものもたくさんあって、その中で特に答えられなかったものは、「ポジティブ・アクションをやって会社に何のメリットがあるのか」という問です。もっと率直に言えば、「ポジティブ・アクションをやってもうかりますか」、「ほんとうにもうかると思っていらっしゃるのですか」とか、「メリットがありますか」、と言われました。私、会社の経営者ではないものですから、「ポジティブ・アクションってほんとうに会社にとってメリットがありますか」と聞かれたときにどうお答えになるかを、浜田会長お教えください。

【浜田】 それは大変難しい質問です。きょう、あした、今年、来年ぐらいの短い期間で考えるなら、そういう問いかけに対して「さあ、どうかな」となるかもしれません。けれども、企業というのは継続して発展することが必須命題ですから、長期にわたって会社を発展させるためにいろいろな傾向を見ていきます。絶対この方向へ進むとなったら、まだまだ機が熟していなくても、早く取り組みますが、早く取り組むほど苦労します。今までのいろいろな経験から、早目に真剣に取り組むときに慌ててはいけません。ロスが多くなるだけです。継続してしっかり取り組めば、それなりの成果、苦労の甲斐は必ず出るという経験をいくつものテーマでやっていますので、ポジティブ・アクションもその中の1つだなという感が私にはあります。
 

出産するなら5、6年休んで

【浜田】 ただ、乗り越えなければならない壁や、決して乗り越えてはならない壁もあります。

【玄田】 それは何ですか。

【浜田】 子供が生まれたら、子供中心に物事を考えるべきだということです。「私は就職活動をしたい」、「仕事を続けたい」、それは母親の自分勝手です。3歳までのお子さんに「父親がいいか」、「母親がいいか」、「だれもいないほうがいいか」、「プロの保育園のほうがいいか」、というアンケートをとってごらんなさい、と言っています。私が3歳未満だったら、「母親以外はノーサンキュー」と答えます。
 というようなことから、会社も困ります。本人が「仕事は続けたい」のであっても、子供のために考えるべきです。だから私は、出産するなら、少なくとも3年は─いや、3年ではだめです。続けて2人産んで育てていただかないと、間をあけたら親も大変、子も大変だから、続けて、5、6年休んでもらいたい。
 当社の37人の執行役員を含む経営幹部のうち1人は女性です。この女性は、子育てを終えてからリコーに中間採用された方です。余人をもって替えがたい分野を持っておられます。
 とはいえ、取り組みやすいのは「継続就業型」です。子どもが生まれても1年ぐらいでどこかに預けて、あるいは夫婦間で協力し合って、仕事をまた始める、継続するというのがどうしても取り組みやすいのです。当社でもそちらのほうは随分進めているのですけれども退職する人がいる。再就職保障というところまで挑戦しなければならないのではないでしょうか。
 個別企業では可能です。5年も休んでいたら会社が消えてなくなっちゃったというのも最近はありますが、それはしようがないとして、消えてなくなってはいないけれども、とても復帰できる状況にない。リストラ、リストラで人を減らしつつ会社が生き延びることに精いっぱいの状態となった場合にどこまで保障ができるのかというような難しい課題を抱えています。
企業にとってプラスと言えば、もう一言しかありません。先ほどいみじくもキャッチフレーズで言われた「個性は性を超える」です。
 これをわかりやすく言えば、女性であれ、男性であれ、個性と能力のある人材が欲しいわけです。男女を問わずなのです。今まではどちらかというと男社会で男性の中からそれを求めて、女性のほうはどちらかというと補助職で、会社側も補助的な仕事・作業で当然だというような風潮がありました。しかし、女性の方々もいろいろな勉強や経験を積んで、そういう職業に向いた人たちがどんどん育ってきている事実を見ますと、男女を問わず個性と能力のある人材を活かすべきです。
 勝手なことを言わせてもらうと、先ほど「5年や6年仕事をやめて子供を育ててからもう1回戻っておいで」と言いましたけれども、会社がこの女性にやめられては困ると言う女性が100人に1人はいると思います。余人をもってかえがたい。男性も同じです。当社の本体だけで1万人の従業員がいますから、絶対やめてもらっては困る、他に引っこ抜かれたら絶対に困るというのは、そのなかでせいぜい100人です。ほかにも優秀な方々はたくさんいますけれども、まだ代替はききます。
 そういう女性は子供さんに堪忍してもらわなければいけない。「我慢してくれ、あなたはとんでもないお母さんの子供に生まれちゃったよ」、「母親はしばらく不在だけれども、世の中のためにこんなに役立つ人なので我慢してくれ」、というような感覚で取り組んでいます。

【玄田】 浜田会長の、一部ですけれども、子どもが生まれたらやめたほうがいいというご意見に対して、反論する方いませんか。リコーの会長に反論できる場なんて、このぐらいしかないと思います。

【浜田】 このテーマだけで反論をあおらないでくださいよ。(笑)

【玄田】 どういう形であれ、トップの大事さは今回も非常に意識しました。ビジョンがはっきりしているとか、人材観がはっきりされていることがとても大事なのかなと思いました。
 もうかるかどうかということについて、能力があるのだったら男性・女性は関係ない、そういう意味では、この不況という時代はつらいことがたくさんありますけれども、ポジティブ・アクションにとって追い風の時代かもしれません。ほんとうにいい人材を使っていかなければ生きていけないのだから。これは非常に厳しい中での金の卵になる可能性があるかなというふうなことを思います。
 

中小企業でもポジティブアクションは可能か

【玄田】 もう1つ、私が質問されてなかなか答えられなかったことを、今度は矢野専務に聞いてみたいのですが。先ほどのこの協議会のメンバーを見た人に、「大企業ばかりじゃないか」、「大企業はプロジェクトチームをつくったりすることができるからいいよ、それに大企業はいい人材が集まるからな」と、こういうことをよく言われたのです。「中小企業では、なかなかそんなプロジェクトチームをつくる暇もないし、人もいないし、女性だって集まらない」、「これはやっぱりあくまで大企業の話であって、話をみんな押しつけるな」、とまでは言われませんでしたが。しかし、中小企業、日本の圧倒的多数が中小企業なわけですから、より規模の小さい企業にもポジティブ・アクションは必要なのか、そもそも可能かどうかということについて矢野専務理事の率直なご意見をいただけないでしょうか。

【矢野】 今、大変世の中は景気が悪いですけれども、私も全国を回って各都道府県の経営者協会の人とお会いしたり、講演会に招かれて、その後でいろいろ懇談したりする機会があります。大企業でも苦しんでいるところもありますし、浜田会長の会社のようにもうかっている会社もありますし、いろいろです。
 つまり、これから景気がよくなったとしても、強い会社と弱い会社の差は大きくなっていくと思うのです。景気が悪いときでもいい会社もあるし、だめな会社もある。よくなっても、ほんとうによくなる会社とそうでない会社がある。
 そのもとは、やっぱり人だと思うのです。特に、大企業の場合でも、ほんとうに人材にそんなに余裕があるというわけではないと思いますけれども、中小企業の場合は余計それが大きいと思います。栄えている中小企業に共通して言えることは、社長が実に立派で、もちろん技術的な優位性もあるし、営業の面でのセグメンタル営業とか、いろいろな意味でニッチ(他企業が手を出していない隙間市場)といいますか、そういうところに注力して非常な成果をおさめているとか、いろいろな特徴を持ったマネージメントをやっているのです。その中で、何よりもすばらしいなと思うのは、人を大事にして、そして活用していくということだと思うのです。そういう意味では、大企業も中小企業も違わない。私は、これからこのポジティブ・アクションということを考えるときに、これはもう中小企業の経営者にとっても大事な、真剣に考えなければならない要素の1つだと思っています。
 

いい人にとって魅力のある会社でありつづけるために

【矢野】 また、働く側から言いましても、いろいろなライフステージがあるわけです。独身で就職して、結婚して出産して、そのときそのときに応じた働き方を今の世の中の働く人は求めていると思います。それに応じて企業も、いろいろな処遇制度、人事制度をつくらなくてはなりません。また、今までのように長期雇用の人だけを目標にしたような人事管理制度だけではなく、短期雇用の人もいるし、派遣の人もいるし、パートの人もいる、そういう雇用の多様化に応ずるようないろいろな制度をつくっていく必要がある。働く人にもそういうニーズが出てきたし、また、人を雇う側にもそういうニーズが出てきたわけでありますから、ぜひ、ワンパターンではなくて複線型の処遇を考えていく必要があるのではないかと思っております。
そして、個々人のほうから見ますと、再就職しやすい世の中にしていかなければいけないと私は思います。その場合に、大企業に勤めていたけれども、再就職で働く場所は中小企業であるかもしれない。おそらく同種の事業をやっている会社ではあるけれども、いろいろな会社があり得る。もっと自分の家の近くで再就職したいということだってあると思います。ですから、そういったいろいろなニーズに合うようにし、また、それを生かしていくことが、いい人を採用するために、いい人にとって魅力のある会社であり続ける基だと思います。
 これから会社の競争力を考えますと、やっぱりいい人が入社してくれて、そして、そういう人が長くいてくれることが大事です。もちろん、長期雇用の従業員の比率は減っていくと思います。いろいろなタイプの従業員が増えていくと思いますが、競争力の根幹になるのは、ほんとうにすぐれたそういう人たちだと思うのです。そういう人たちのためには、景気のいいときも悪いときも企業は門戸を広げているわけでありまして、これは大企業であっても中小企業であっても同じだと思います。そのような環境をつくっていきたいと思います。
 それから、先ほど目標の話が出ましたが、目標をつくることは各社の独自の判断でやったらいいと思うのですが、私は一貫してこの協議会でも主張したのですけれども、ポジティブ・アクションとは「機会の平等」であって、「結果の平等」ではないという考えです。
 機会の中には、プロセスの平等ということも入ると思います。まず考え方をしっかり持ってやっていかなければいけないのではないか。そうしないと、つくった目標はどういう意味を持つのかということにもなって、実効のあがらない制度になるのではないかと思います。
 

人材育成を重視する会社は不況でも伸びる

【玄田】 矢野専務理事のお話を伺って思い出したことが1つあります。1999年に日本商工会議所が実施した「人材ニーズ調査」があります。それは不況下でも成長している企業に非常に細かいインタビュー調査をしたものです。その中で、不況下でも伸びている会社には2つポイントがあって、1つは明確に人材育成を重視している。不況下でも雇用が伸びている会社は、そうでない会社の多分2倍ぐらい、うちは人材育成が一番大事だと回答していて、実際、明確な人材育成観を持っている。
 もう1つは、情報開示をいろいろな意味でしている。つまり、うちはこういう会社なのだということをちゃんと納得して入社してもらう。社員との間に、常に風通しのいい環境をつくっていて、人を育て、なおかつ会社の思っていることをちゃんと従業員に伝える努力を日ごろからまず経営者の方がやっている。そんな会社が伸びていることは統計的な分析からも出ています。
 そういう意味では、中小企業の中でこそ、いわゆる人材育成をしていく上でポジティブ・アクションは、「人を育てる」「人が大事だ」ということと密接に関連しているのかと思いました。
 

女性は昇進したいと考えているのか

【玄田】 今田さんにも伺ってみたいことがあります。やはり都道府県の協議会でよく質問されたのですが、「女性を活用する機会を設ける」と言ったときに、女性自身が活躍したいと思っているのかどうか。例えば、女性も昇進・昇格したいと思っているかというと、多くの女性はそんなことを思っていないのではないでしょうか。女性に「昇進したいか」と聞くと、「いや、そこまでは仕事はしたくない」と、うちの会社の女性はみんな思っている、というように、女性が昇進することについて女性自身がしり込みをしているのではないか。そういう状況で何かやろうとしてもむだではないか。今田さんは、女性の問題と同時に、昇進構造について幅広くすぐれた研究をされていますが、女性の昇進問題について、「女性自身にとって何がネックになっているのか」、「女性自身にもっと手を挙げてやってもらうためにはどういうことが必要になってくるか」ということに関して、どんなことをお感じでしょうか。

【今田】 玄田先生の今のご指摘は、女性の活用が議論されるときにいつも提示される問題です。この点については、これまでの日本社会の構造、とくに男女の性別役割分業ということを考えなければいけないし、さらに、これまでの企業の雇用管理のあり方を考えなければいけないと思います。今の女性の意識は、これまでの日本の社会構造及び企業の雇用管理のあり方によって大きく規定されている面があります。一方、制度としては、男女が平等に働くという目標が日本の中に設定されて、改革が行われている。そういう波の中に女性がいて、前向きにいろいろな試みをしているという状況です。そういう意味から言うと、古いレジーム(体制)が大きく崩れて変化しつつある中で、新旧のレジームに片方ずつ足を置いているのが今の女性の状況です。
 これは、男性も同じ状況だと思います。古いレジームの中に片足を置きながら、多くの男性は、女性が仕事をすることが当たり前の状況に身を置いています。職場の女性社員はいうに及ばず、家庭でも、妻が仕事を持ち、娘も仕事をすることが普通の日常になっていて、こうした中で、多くの男性は、職場のパートナーとして、また、家庭のパートナーとして、女性たちの活動の相談者、時には支援者という役割を、望むか望まないは別として、担っている状況です。
 女性の意識については、こうした変化の中で評価しなければいけない問題だと思います。玄田先生がいわれたように、女性の中には、これまでの男性と同じような上昇志向を必ずしも持っていない人達もいるだろうと思います。そこで、上昇志向を持っていないとみえる女性について、彼女たちは仕事をやる気がないとの評価を下す。しかし、そうした判断は、あまり生産的ではないと思います。もちろん、やる気のない人もいるとは思いますが。そうではなくて、彼女たちは、これまでの制度を前提とした出世とか昇進について、ノーサンキューと言っているのであり、これまでとは別の働き方を主張しているのであると考えることもできるのではないでしようか。
 

男性も企業も意識改革しよう

【今田】 女性だけでなくて、これからは、男性にとってもそうした働き方が選択肢としてある。これからの企業はいろいろ多様なニーズを持つ従業員を抱えて、フレキシビリティ・多様性・ダイバーシティというようなものを企業の中にどれだけ担保できるかが、企業が生き残るための大きな課題になっていく。そういう企業の課題を考えた場合に、今お二人の先生方がいみじくも経営の観点からおっしゃっているように、ポジティブ・アクションを企業戦略として位置づけられる企業であるかどうかということがかかわってくると思います。
 そういう意味で、働く女性だけでなしに、男性からも、さらには企業の経営サイドからも、これまでのようなキャリアのあり方について、もう少し限定して言えば出世とか昇進について、ルールを変質させる動きがでてくるでしょう。昇進とか管理的な職業の地位の意味もこれまでとは違った形になるでしょうし、管理的職業の人の役割も少しずつ変質していくものと予想されます。
 そういう状況を考えると、特別、女性だけが男性とは違って出世を望まない、やる気がないと今の状況で判断するのはどうかというのが私の考えです。
 

なかなか普及しないポジティブ・アクション

【玄田】 実際、なかなか人に意識を変えてもらうのは難しいし、行政が人の意識を変えることに対してどこまで関与できるのか、関与すべきか、というのは難しい問題です。この間、ある都道府県の協議会に参加したとき、うちの地域では女性が営業で来ると、「何で女性が来るんだ」と言われたという話をした人がいました。
 これまでのポジティブ・アクションの取り組みの中で、そういうことがあったときには、職場の上司が最初の一、二回はついていって、「この人はできるんです、もし仮に問題が起こることがあれば自分が責任をとります」、というやり方をしてくださいと書いてあるのですが、なかなかそこまで皆さんにメッセージが届かない。これまでポジティブ・アクションの取り組みは行政をはじめとして少しずつではありますがいろいろ進められてきたのですが、なかなか皆さんに届かない。
 実際に行政でポジティブ・アクションの普及をお願いするときに、行政側として何が難しい問題として残っているという印象がありますか。特にこの1年以上の間、この問題にずっとご苦労された立場として、率直にどういうことをお感じでしょうか。
 

まずは好事例の収集だ

【小林】 行政として難しいということになると、取組の主体が企業でありますので、企業の方の納得が得られないとなかなか取組が進まないということです。お話にも出ましたけれども、ここ1年ぐらいワーキンググループをやっている中でもいつも出てくるのが、「ポジティブ・アクションをやると、これだけ生産性が上がった」、そういう数字的なものがないだろうかと、ほんとうにいろいろなところで言われます。
 取組主体である企業が全然納得しないときに、例えば、急に法制的に義務化しても、なかなかうまくいかないので、まずは行政としては、いかに取組のメリットを説明し、自主的に取り組む企業を後押しできるかを考えています。
 そして、後押しする一環として、先ほどご説明したようないろいろな事例を集めていきたいと考えています。その事例についても取組の中身などを聞いてもあまり意味はなくて、要は、その取組を始めたときにどうやって周囲を説得できたかとか、問題が起こったときにどのように対処したらみんなが納得してくれたかと、そういう情報のほうが要るという議論もございます。どういう形で集めるかは今後の話になるかと思いますけれども、例えば人事担当者がポジティブ・アクションを進めるときにネックとなることが出てきたときの対応方法みたいなものもわかるような事例が集められたらいいのかなという気持ちです。浜田会長の力強い、「ポジティブ・アクションはすぐには成果が出ないものなのだから、継続が重要」というお言葉がありましたけれども、できたら短期的な数字があったらいいなという気持ちでいます。
 

ワーク・ライフ・バランスが大きな課題

【小林】 それからもう1つは、ポジティブ・アクションの提言のなかで行政サイドの取り組みに保育所の話が書いてあります。私は、ポジティブ・アクションの大きな柱のひとつは、今田先生もおっしゃっていましたけれども、ワーク・ライフ・バランスだろうと思っています。
 ポジティブ・アクションというのは、別に男女ともに全員が仕事人間になれというような話ではなく、それぞれの個性と能力を生かした形で働ける環境をつくろうということです。ここで、なぜ女性に着目しているかというと、均等法ができたのは昭和61年で、禁止規定になったのは平成11年からなので、それ以前は男女で全く異なる取り扱いをしていました。その結果、事実上、非常に大きな格差がついてしまっており、そのときに、もう少し潜在的能力のある人を引き上げようというのが、ポジティブ・アクションの目指すところの1つなのです。また、働き始める人についても、男性の固定的役割分担意識で「女性にこれをやらせたらかわいそう」とか、「どうせ女性は、できはしない」とか、と最初からあきらめるのは問題だろうと私は思っていました。
 ただ、「女性に着目し」とは言っていますけれども、最終的な姿はダイバーシティ、日本経団連で出しているこの報告書で描いている姿です。ポジティブ・アクションは手法の1つ、目指すべき姿はダイバーシティで、多様な人が多様な形で働くということだろうと思います。その一環として、男性も含めたワーク・ライフ・バランスが1つの大きな課題だろうと思っております。
 

推進企業表彰

【玄田】 先ほどお話がありましたとおり、ポジティブ・アクションを推進するため、いろいろな取り組みが始まったところでありまして、これまでも均等推進企業表彰がありましたが、15年度の表彰分からは奨励賞が設けられます。

【小林】 来年度から厚生労働大臣が表彰するこれまでの優良賞、努力賞の名称を変更して、最優良賞と優良賞とします。都道府県労働局長の表彰は局長賞だけだったのですが、局長賞の名称を優良賞とし、これに加えて、新たに奨励賞といって割と簡単に受賞できるものを設けることを考えています。

【玄田】 何が大事かというと、今まで推進企業表彰というと、100点満点の企業が表彰されるというイメージがあって、「それはとてもうちの会社にはできないな」とはじめからあきらめているところが多いので、今年度からは奨励賞をつくりました。100点満点ではないけれども、1個だけきらりと輝く部分があるとか、逆に、非常に問題があったのだけれども、そこを克服して何とか普通の会社になったとか、いうところも評価しようということです。そういう意味で、先ほど小林さんが何度もおっしゃった、いい例をたくさん集めていきたい。「こういうふうにやればできるのか」、「これだったらうちの会社でもできるのではないか」という事例を少しずつ集めて情報提供していこうというのが今年度の新しい推進企業表彰の1つの取り組みです。
 今回のポジティブ・アクションで、これからの行政に求められている支援についてわかったことがあります。もちろん行政による補助金等の金銭的な援助も必要なのですが、今、皆さんが必要だと思っているのは、むしろ情報面での援助ではないでしょうか。どうすればうまくできるのか。単なるやり方だけではなくて、どういうふうにお話をすれば理解してもらえるのかということも含めた、個別の具体的な例に基づく情報提供がこれからは行政の中でますます必要になってくるのではないかということも今回の協議会の中で感じました。
 

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質疑応答

【玄田】 きょうはこのパネリストの方々にいろいろ、ざっくばらんにお話しいただいていますけれども、せっかくの機会ですので、今までパネリストの意見に対する賛成、反対、また、うちの事例はこうであるということを含めて、ぜひ皆様からお話を伺いたいと思います。

【質問者1】 先ほど浜田会長から、例えば地球環境問題などでしたら、トップから言わなくてもボトムアップで上がってくる、というお話がありました。にもかかわらず、どうしてこれはトップダウンでなければいけないのだろうか、そこのネックは何なのだろうかということです。
もう1つは、先ほど今田さんから、企業が変わった、時代が変わったというお話がありました。私もそういうふうな感想を持つのですが、一方では、ひょっとしたら変わっていないのではないかとも感じます。
 また、標題にもあるのですが、「意欲と能力のある女性の活躍」ということは、「意欲」と「能力」の両方がなければいけない。意欲があって能力がない、または、能力があるけれども意欲がないという場合はどうなるのかなと。または、もちろん両方ない場合はどうなるのだろうか。労働者の側でも、意欲と能力のある女性はもろ手を挙げて賛成でしょうけれども、どこかに不安のある男女労働者は「うーん、ちょっと」と、下からやはり声の上がってこない原因なのかなということも感じます。
 または、そうした場合に、意欲と能力によって評価したときに、日本経団連が主張しているダイバーシティによる評価、複線型雇用管理によって男女ともにいろいろなところに層化して雇用管理をしていったら、それで丸く収まると考えるのかどうか、教えていただけましたらありがたいと思います。

【玄田】 重要な問題提起をいただいたと思います。いいことのはずなのに、なぜわざわざトップから言い出さなければいけないのか。ほんとうに重要な問題はちゃんとボトムアップ推進できるのではないかということです。浜田会長、いかがでしょうか。

【浜田】 私がしたいような質問です。環境問題との違いをいいますと、環境問題は、いろいろなテーマに即取り組んで、今、会社のプラスになるのかというと、いわゆる利益を生み出すという角度から見ますと最初はどうしても持ち出しですよ。だけれども、人間である限り、おそらくみんな共通の、地球環境に対する「先行きの恐怖」があります。ですから、それを何とかしなければいけないということでまとまってくる。
 きょうのこのテーマは、先行きどうだということに対して、それほど実感を持って危機感なり恐怖なりを感じていない。現在、こういう景気状況でもあり、「人は間に合っていますよ」、というような雰囲気もある。「このようなときに、どうして」というような感じもあるから、私の想像ですが、各部門、若い層から、あるいはいろいろな職場から盛り上がってくるにはちょっと難しいテーマではないか。私が協議会の座長だから答えを知っているわけではありません。
 「トップみずから積極的に動かないと動きませんよ、このテーマは」というのは重いテーマです。だから、トップであれ、ミドルであれ、ボトムという言葉は嫌いなので使っていないですけれども、現場であれ、どこからともなく必要だと盛り上がってくるテーマに持ち込んでいかないと、なかなか難しいだろうと思います。
 けれども、現在のところは、トップが熱心に取り組む会社は動き始めているという現実はあろうかと思います。

【玄田】 シュンペーターという人が「創造的破壊」という言葉を使ったそうで、環境問題も一部そうかもしれませんけれども、多分、このポジティブ・アクションの取り組みには、ある種の「創造的な破壊」が必要になるでしょう。先ほどの今田さんの説明ではないですけれども、既成の枠組みを一度壊して、ただ壊すだけではだめで、加えて何か新しく創造していく。では、だれが壊すことができるのか。労働組合でしょうか。多分違うでしょう。
 すると、今あるものを一たん分解してもう1回つくり直す作業ができるのは、最終的にはトップの力が大きいのではないかと思います。そういう意味では、このポジティブ・アクションとはある種の「創造的な破壊」のプロセスの中で起こっていくのかなということも感じたりしました。
 矢野専務、企業は、ほんとうに変わったのか。例えば入り口の問題だけ見ると、実際はあまり変わっていないのではないか。もし変わっていないとすれば、どうすれば変わるのか、その辺の問題はいかがでしょうか。

【矢野】 大変大事な問題指摘だと思います。
 ただいまのご質問に対して直接的な答えになっているかどうかわかりませんけれども、雇用の多様化という現象が今どんどん進んでいます。
 その1つは、従来は終身雇用と言われるような長期雇用があって、それから、いわゆる専門性での雇用がある。それは派遣の場合もあるし、有期雇用の場合もあります。さらに、いわゆる補助的な業務でパートとか、業種によっても違いますけれども、随分変化が生じている。では、それはどうして生じたのか。
 その雇用の多様化の中には、在宅勤務も含まれ、雇用契約の形だけではなしに、働き方全般について言っているわけであります。企業のサイドから見ますと、企業の競争力をつけていくことは必須の命題でございまして、それがなかったら会社は長生きしないし、発展もしないし、長い目で見たら従業員に報いることもできない、世の中に役にも立たない、ということになります。
 しかし、会社がそう願っていても、それだけでは世の中の仕組は変わりません。働く側の意識がものすごく変わってきたということがあると思います。両方の変化がぴったりと合っているかどうかはわかりません。かなりずれがあるかもしれませんけれども、働く側のニーズ、それから雇う側のニーズ、それが大きなところで一致して雇用の多様化という現象が進んでいるのだろうと思います。これからどんどん加速していくだろうと思っています。
 そういう状況の中で、女性の働く場所ということを考えたときに、ライフステージに応じていろいろな働き方があることがプラスになる、双方の利益に一致する、と考えるわけです。ですから、将来は短時間正規とか、そういった働き方も出てくるだろうと思います。
 一方、時間に縛られないで仕事をするという職種もどんどん増えてくる。在宅勤務でコンピュータを通じて仕事について報告をする。これは、時間で管理できない。もちろん、時間でやらなければならない仕事もありますが、成果を重んじる仕事、そういう分野がどんどん増えていくだろう。そういうことが進むので、これから女性にとってもいろいろな選択肢が増えていくことになると思います。
 もちろん企業は今、こういう、特に景気の悪い時期ですから、必死になって生き長らえようとしていて、そのためにいろいろな方策を探っているわけです。一方、ほんとうにこれから長期的に会社を栄えさせようと思えば、すぐれた人を雇い、すぐれた人に長くいてもらうということが絶対条件であります。これは決して新しいものの認識ではなくて、前からあった認識だと思いますけれども、しかし同時に、雇用の多様化も進めていかなければならないと考え出したという意味では、企業の考え方は変わりつつあると言えると思います。
 それから、少し話題がずれますけれども、ワークシェアリングの問題を今検討しています。緊急対応型のほうはスキームを発表したのですが、今、もうちょっと長期的に考えて、多様就業型のワークシェアリングについて検討しています。
 それを突き詰めていきますと、働き方、休み方、全部含めましてライフスタイルの問題にぶつかるのです。そういった議論の中にも、今私が申し上げたような企業と働く側の双方のニーズの変化を取り込んでまとめていきたいと思っています。
 これは、連合や政府と一緒にやっている仕事です。決して単なる観念的な議論ではなく、企業が、あるいは働く人たちがそれを必要としてそういう議論が起っていると私は認識しています。まだまだ入り口にいるのかもしれませんけれども、私は今、これから来る大きな変化の第一歩にいるのだと考えて、その問題を重くとらえてこれからもやっていかなければいけないと思っています。

【玄田】 もう1つ、「能力」と「意欲」、そのどちらかが欠ける人に対してはどうすればいいのだろうか、これは大変大きな問題です。私だったらこう答えたい。
 能力とか意欲は、持って生まれたものではなくて、むしろ会社の中でつくられたり、失われたりするものです。ポジティブ・アクションの隠されたキーワードは「人材の育成」であると考えています。育成される中で能力と意欲が生み出されていったり、失われていったりします。活躍する女性で、「どうして活躍しているのですか」という問に対し、「自分の能力です」と答える人はいません。まず100%おっしゃるのが、「自分は上司に恵まれた」「運がよかった」ということです。それはどういう意味かというと、自分はその会社の中で何かを築き、自分自身が育つきっかけを与えられたからとおっしゃる。
 「最初から能力や意欲がある人とない人がいる」ということは、ないわけではないでしょうが、だれもが能力と意欲のある人材になる可能性を秘めている。そういうときに、女性であるということで失われることがないのか。もしあるとすれば、それこそが「ガラスの天井」であって、それを何とかして少しでも取り除いていくのがポジティブ・アクションだろうと思います。

【質問者2】 実際、どうしても女性のほうが優秀です。男も飯はつくれるし、掃除・洗濯についても、できないことはないけれども、がさつで汚い。これで唯一勝てるといったら仕事。夫婦間で女性のほうが出世した場合、仕事でも抜かれてしまったということで、家庭の中でも卑屈になってしまう。「おれは紐みたいなもんや」というふうに腐ってしまうケースもある。欧米では、割とイーブンで、夫婦でいろいろなものを割り切っているようですけれども、実際、割り切ることができない人が多々いるようです。その辺はどう受けとめていけばいいのか、参考までにお伺いできればと思います。

【玄田】 仕事と家庭、個人との両立というのがこの中のキーワードで出てきますけれども、確かにそういう意味ではきれいごとではなくて、このポジティブ・アクション、家庭の平和を崩すようなことがあっては元も子もないです。家庭との調和ということについて何かいいヒントのようなものは、浜田会長、いかがでしょうか。

【浜田】 共同参画という形でいくと、そういうケースも出てくるのでしょうね。
 私どもの経験からいくと、結婚した夫婦なり何なりで、男女間で能力を比較するというようなことはなかったのです。役割が分担されているので、女性のほうが担当している役割では、もう明らかに女性のほうが優秀で、だから助かっている。男性のほうは男性が能力を発揮できる世界で、ということだったから、そういう問題は起きてこなかったのだけれども、そういうケースが出てくるでしょうね。

【玄田】 今田さん、家庭とメンタルな問題は、確かに大きな問題だと思いますけれどもいかがですか。

【今田】 大きな問題ですかね(笑)。

【玄田】 問題じゃないですか。

【今田】 家庭内での男女の役割分業は、女性が妊娠、出産、授乳をするという生物学的な要因に基礎を持っていることは確かです。その限りで、家庭内に性別分業が存在するのは普遍的なことだといえます。ただし、妊娠、出産、授乳という機能を超えて、育児や家事など家庭内一般の役割を女性が担うというのは、社会や文化が作り出したことであると説明されています。したがって、男女が、家庭において、妊娠、出産、授乳という役割を除くすべての領域で、ともに協同していくという姿は、きわめて自然であるといえます。職業・仕事に関して言えば、妊娠、出産、授乳という機能から開放されているわけですから、男女が同じようなレベルで活動するようになっていくことは何ら問題ないし、働く人も、企業の側も、性の違いに関係なく、仕事して処遇するというのが自然であるといえると思います。
 あとは男女の個人的な問題です。それはいろいろあっていいじゃないでしょうか、というのが私の考えで、男性が優位な家庭もあってもいいし、女性が優位な場合もあっていいと思います。それはプライベートな問題だと思います。暴力的でない限りは、いろいろな闘争があっていいし、もめた結果から権力がこういう関係になったり、ああいう関係になったりすることっていくらでもあることです。勝手にやってくださいと言いたい(笑)。
 ただ、家族の観点では、労働力の再生産(こども)という問題がありますから、これを完全に個人の男と女のプライベートな問題とするのか、ある程度社会的な問題として取り扱っていくのかということは、社会の政策、少子化問題の政策の問題です。けれども、今おっしゃったような家の中での権力闘争というか、男と女のトラブルは、「勝手にしてください」ということではないかと思います。

【玄田】 私が大事な問題提起だと言ったのは、こういう意味です。
 今回も「能力」という言葉が出てきますが、能力とは何かという議論が本来はもっとあってもいいのではないでしょうか。少なくともポジティブ・アクションとは、性別でなく仕事の能力の多寡で判断することです。つまり、人間の存在としての価値の問題とは一切関係がありません。仕事ができる人が人間として価値が高いというわけでも全くないし、仕事ができないから人間としての存在価値が低いというわけではありません。
 仕事の能力は家庭での人間としての存在価値とは一切関係がない。もちろん経済力という意味では仕事の能力は問題になりますけれども。能力とは何かということをちゃんと議論していかないと、そういう当たり前のことが当たり前として確認されなくなったら、それは家庭とか社会とか企業とかに関係なく、この国の不幸だろうと思います。
 もしそういうことをおっしゃる旦那さんがいらっしゃれば、「個人として、人間としてプライドを持っていただきたい」としか言いようがないです。その人がお友達であれば、ぜひそう言ってあげてください。
 最後に、お一人ずつ今回のフォーラムのご感想、ご意見等をお願いしたいと思います。

【小林】 このような場をおかりして私どもの施策の紹介もさせていただき、表彰の関係のご紹介もさせていただいて感謝しています。最初に申し上げましたように、ポジティブ・アクションとは、まさに取り組みの主体である事業主の方の理解が欠かせません。こういう場を利用して、この提言の中身を皆様方に知っていただく機会を得られたことが大変ありがたかったと思っております。
 きょうご参加の企業の皆様は多分人事労務の実務を担当者しているレベルの方かなと思いますし、そうでない場合も、上司に当たられるのではないかと思っております。特に、上司の方に一言申し上げたいのは、上司の方の意識と女性労働者との意識の間に大きなギャップがあると思われることです。女性は、「上司から仕事を与えられていない」と思い、男性上司は「女性は仕事をやる気がない」と思っているようなギャップが垣間見られるようなアンケート結果があります。ですから、まずは女性の部下を使ってみることが大事です。全然使いもしないうちに、「女だから」と言うのはやめていただきたい。この場をかりてお願いしたいことです。

【今田】 きょうの議論が大きな第一歩であることを祈りつつ、私もそういうことについて情報集めや勉強をして、少しでも意味のある情報を蓄積してお伝えしたいと改めて思いました。

【矢野】 企業人は、それぞれがいろいろな役割を同時に果たしていると思います。上司であったり、部下であったり、同僚であったり、時には労働組合と交渉する人であったり、地域に対していろいろな働きかけをする市民であったり、いろいろな役割を果たしているわけであります。そういう意味では、仕事をするということは人と一緒に何事かをなすわけですから、ある意味では人格的な意味合いも非常に重要性を帯びてくる。特に部下が増えるにつれて。それが大事だと思うのです。そういう、人間の修行の場を日本の企業は与えてきたと思います。それが日本的なよさではなかったかと思います。
 今後は女性の下に男性がつくこともあるし、役はもちろん今までどおりあるし、いろいろな形が考えられると思いますけれども、結局やはり人間的な力量ですね。そういったものがこれから重要になってくると思っております。
 今回の協議会の提言、何とかこれを広めるように努めてまいりたいと思いますし、きょうご参加の企業の方々もぜひ認識を深めていただければと思います。


【浜田】 途中で、企業内で女性が活躍している状況を表す数値化した目標の設定はどうかという話がありましたけれども、私は数値目標設定に賛成です。何らかの数値目標がかないと、ほんとうにそれに向かって努力しようと集団を動かすことはなかなか難しい。ただし、この問題はこういう性格のテーマですから、数値を偽ってはいけないという条件つきです。粉飾決算はいけない。(笑)
 それからもう1つ、当局である厚生労働省へのお願いですけれども、表彰制度、大変結構で、喜んで産業界としても受けたいですけれども、選び方は難しかろうなと思います。表彰した企業が続々とその後業績がよくなってくれないと、「女性が活躍したら業績がよくなるよ」ということにならないので、そこまであわせてお願いをしたく存じます。

【玄田】 きょうのフォーラムもそうですけれども、「ポジティブ・アクション」のもともとの意味を考えてみますと、「積極的・前向きな取り組み」ということです。そういう意味では、いかに女性が差別されているかとか、搾取されているかとか、そういう、どちらかというと暗い話ではありません。これを進めていくことによってもっとみんなが楽天的・楽観的になる、その第一歩がポジティブ・アクションの取り組みではないかと思います。
 

(文責・編集部)

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