AIの浸透が進むなかで重要となる「メタスキル」の獲得と処遇・賃金の改善という好循環の実現
――厚生労働省「2026年版労働経済白書」
スペシャルトピック
厚生労働省が9月29日に公表した「2026年版労働経済の分析」(労働経済白書)は、「AI等技術革新が進む中での労働市場の現状と課題」を分析テーマに掲げた。白書は、AIの技術革新を経済成長につなげるためには、経営戦略と人材戦略を連携させつつ、AI関連の人的資本投資をより一層推進していくことが重要だと強調。また、AIによる雇用創出の可能性を指摘しながら、政府としてのリ・スキリングへの支援の重要性を訴えた。AIの浸透に伴って、特定の業務にとどまらず幅広く応用可能な能力である「メタスキル」の向上が重要になるとの指摘もあることから、「メタスキル」について、その獲得と処遇・賃金の改善という好循環を実現していくことが重要だと提言した。分析テーマを考察した第Ⅱ部の概要を紹介する。
第1章 AIの進化は経済成長につながるか
他の主要国より弱かったIT導入期におけるGDP成長率
白書は、1995~2004年を「IT導入期」、2005~2014年を「IT定着期」としたうえで、これらの時期の日本、米国、英国、ドイツ(以下、「主要4カ国」)の実質GDP成長率の推移を観察した。日本の年平均のGDP成長率は、1985~1994年は3.2%で主要4カ国のなかで最も高かったが、「IT導入期」では1.0%で最も低かった。「IT定着期」には0.5%までさらに下がり、引き続き主要4カ国で最も低かった。「IT導入期」では米国が3.4%、英国が3.1%であり、日本はこれらの国の3分の1程度であったことから、白書は「特にIT導入期において我が国のGDP成長率が伸び悩んでいたことがうかがえる」と振り返った。
日本、欧州諸国および米国におけるIT投資の変化率とGDP成長率との関係をみると、両者にはプラスの相関関係が確認できる。また、「IT導入期」のほうが「IT定着期」よりも相関の程度が大きい。こうしたことから白書は、「『ITの進展初期段階に積極的なIT投資を行った国ほど、GDP成長率がより高まる』という先行者利益が存在する可能性が示唆された」としたうえで、「IT導入期に他国と比較してIT投資が遅れた我が国は、先行者利益の優位性を享受することができず、ITを通じた技術革新の効果を十分に経済成長へ結び付けにくい状況だった可能性がある」と指摘した。
日本企業でのAI利用率はOECD平均の半分以下
次にAIの利用状況をみると、日本は国際的にみて相対的に低い水準にとどまっている。企業におけるAI利用率は、経済協力開発機構(OECD)諸国平均の20.2%に対して日本は9.2%と、半分以下の水準となっている。また、個人におけるAI利用率についても、OECD諸国平均の36.8%に対して日本は26.7%となっている。
OECDの報告書によると、職場に導入したAIによる仕事のパフォーマンスや労働環境の改善効果を最大化するためには、AIと協働するための人的資本投資などの取り組みが重要であると指摘されている。また、AIと協働するための企業からの訓練提供等と労働者の自己学習の両方の実施があったAI利用者は、いずれも実施していないAI利用者と比較して、AI利用前後で「仕事のパフォーマンス」が改善したとする割合が37.0%ポイント高いほか、「身体の健康と職場における安全性」が改善したとする割合が46.2%ポイント高くなっている。
AI関連の人的資本投資をより一層推進することが重要
OECDの報告書はそのほか、AIと協働するための人的資本投資の取り組みについて、日本が国際的に遅れをとっていることを課題として指摘。金融・保険業と製造業について他国と比較すると、AI利用者のうち、AIと協働するための企業からの訓練提供等があったと回答した割合は、金融・保険業では日本が26.9%に対して米国が60.5%、英国が57.2%、ドイツが54.8%となっている。製造業では日本が33.3%に対して米国が62.7%、英国が51.7%、ドイツが54.2%となっている。
こうした結果をもとに白書は、「総じてみると、IT導入期を振り返り得られた知見や先行研究から得られた知見を踏まえれば、今後、AIの活用がより一般化する時代において、AIの技術革新を経済成長につなげるためには、経営戦略と人材戦略を連携させつつ、AI関連の人的資本投資をより一層推進していくことが重要」だと強調した。
第2章 AIの進化による労働市場への影響
米国や英国ではAIによる新産業の創出で労働需要が高まった可能性も
白書はAIの労働市場への影響について、2016~2019年を「AI導入前期」、2022~2025年を「AI導入期」としたうえで、両者を比較しながら考察している。
主要4カ国の就業者数の年平均の変化率をみると、日本は「AI導入前期」がプラス1.4%、「AI導入期」がプラス0.5%、米国は同プラス1.3%、同プラス1.1%、英国は同プラス1.2%、同プラス1.2%、ドイツは同プラス0.9%、同プラス0.6%となっており、「AI導入期に就業者数が減少していたわけではない」とした。
同様に、1人あたり労働時間の年平均の変化率をみると、日本は「AI導入前期」がマイナス1.4%、「AI導入期」がマイナス0.2%、米国は同0.0%、同マイナス0.2%、英国は同マイナス0.1%、同0.0%、ドイツは同マイナス0.6%、同マイナス0.3%となっており、「米国においては労働時間の減少に寄与している可能性も示唆される」とした。
さらに、就業者数に1人あたり労働時間を乗じて算出する「労働投入量」について、年平均の変化率をみると、日本は「AI導入前期」が0.0%で「AI導入期」がプラス0.3%、米国が同プラス1.3%、同プラス0.9%、英国が同プラス1.1%、同プラス1.2%、ドイツが同プラス0.3%、同プラス0.3%となっており、いずれの国でも「AI導入期」に労働投入量が増加している。白書は「ただし、我が国の労働投入量の伸び率は米国や英国よりも低調であり、主要4か国の中で少子高齢化が最も進んでいることに留意する必要がある」としつつ、「米国や英国では、AIによる新産業の創出などにより、労働需要が高まっていた可能性も考えられる」との見方を示した。
製造業でのAIによる省力化等が、生産工程職の労働需要を減退させた可能性がある
白書は、いわゆるホワイトカラーを「管理・専門職」「事務職」の二つに、いわゆるブルーカラーを「生産工程職」「現場職」の二つにそれぞれ分け、就業者数に占める各職種のシェアの変化をみた。
「管理・専門職」については、日本は「AI導入前期」に0.3%ポイント上昇し、「AI導入期」に0.8%ポイント上昇した。米国は「AI導入前期」1.5%ポイント上昇、「AI導入期」0.6%ポイント上昇、英国は同1.8%ポイント上昇、同1.5%ポイント上昇、ドイツは同1.7%ポイント上昇、同2.1%ポイント上昇となっており、白書は「AI導入期において、AIが『管理・専門職』に与える影響の方向性は、各国の動向からは一概にいえない」と分析。「事務職」についても、AIが与える影響の方向性は「各国の動向からは一概にいえない」とした。
一方、「生産工程職」については、日本は「AI導入前期」に0.1%ポイント低下し、「AI導入期」に0.6%ポイント低下。同様に、米国は同0.1%ポイント低下、同0.4%ポイント低下、英国は同0.3%ポイント低下、同0.8%ポイント低下、ドイツは同0.5%ポイント低下、同0.2%ポイント低下となっており、白書は「AI導入期において、AIが『生産工程職』に与える影響の方向性は、ドイツはやや異なるものの、雇用や労働需要を減退させた可能性が示唆される」と主張したうえで、「製造業におけるAIによる省力化等が影響しているものと考えられる」とした。
減衰していた「現場職」の労働需要をAIがある程度戻した可能性も
最後に「現場職」をみると、日本は「AI導入前期」に0.5%ポイント低下し、「AI導入期」に0.2%ポイント低下した。同様に、米国は同1.0%ポイント低下、同0.1%ポイント低下、英国は同1.5%ポイント低下、同0.2%ポイント上昇、ドイツは同0.4%ポイント低下、同0.7%ポイント低下となっており、白書は「AI導入期において、AIが『現場職』に与える影響の方向性は、ドイツはやや異なるものの、減退していた雇用や労働需要をある程度戻した可能性が示唆される」とした。
これらの職種別の分析をもとに白書はブルーカラーについて、「ドイツはやや異なる動きであったものの、AI導入期において、AIが『生産工程職』の雇用や労働需要を減退させた可能性が示唆された一方で、『現場職』において減退していた雇用や労働需要をある程度戻した可能性が示唆された」とした
今後、不足していく可能性が高い理系人材
白書は、「専門職」のうち特に「理系人材」について、経済産業省の推計をもとに、今後「不足していく可能性が高い」としている。
2023年に大学等を卒業した人のうち、科学、技術、工学、数学のいわゆるSTEMを専攻した人の割合をみると、日本は21.8%でOECD平均の24.1%を下回っており、G7諸国のなかで下位に位置している。また、2023年のSTEM卒業者数を2020年と比較すると、日本はプラス4.6%に対して、米国はプラス7.8%、英国はプラス23.5%、イタリアはプラス16.0%、ドイツはプラス3.7%、カナダはプラス0.7%、フランスはマイナス2.4%となっており、「もとより理系人材の割合が高いドイツや、理系人材の伸びが大きい米国、英国と比較すると、理系人材の供給に差がある」と指摘している。
第3章 AIの進化による人材育成の課題
他国より低い方向に偏る日本の理系人材の所得分布
AIの進展に伴い、政府として、希望する労働者への労働移動支援やリ・スキリングが重要となるが、その際、労働者が身につけるべきスキルについても白書は考察した。
OECDの国際成人力調査(PIAAC)をもとに、各国のなかでの理系・文系それぞれの所得分布をみると、日本の文系分野を専攻した就業者については、米国、英国、ドイツと比べて大きな違いはない。しかし理系人材の所得分布は、上位である「90%以上」に属する割合が低く、中央値未満に属する割合が高くなっている。この背景について白書は、「我が国は、理系分野を専攻した学生の大学院への進学率が高い一方で、大学院卒業者の給与は米国、英国、ドイツと比較して高くないといったことがある」と指摘した。
日本の文系分野の大学院を卒業した就業者は、米国、英国、ドイツと所得分布に大きな差はない。しかし理系分野の大学院を卒業した就業者は、米国、英国、ドイツと比較して「50%以上75%未満」の割合が高く、「90%以上」の割合が低くなっており、所得分布がより低い方向に偏っている。
日本では社会人の過去1年以内での大学での学習割合は0.6%
白書は、少子高齢化の進展に伴い労働供給制約下にあることをふまえると、「『理系人材』の確保に当たっては、大学などの教育機関における学び直しが、希望に応じて幅広い年代で実現されることが重要」だと主張しながら、労働者の学び直しの状況を考察した。
PIAACによれば、25~65歳の社会人における過去1年以内に大学等の教育課程で学習した人の割合は、米国が3.5%、英国が4.3%、OECD平均が3.7%に対して日本は0.6%で、低い水準にとどまっている。
リ・スキリングを行わない理由をみると「仕事や家族の都合で時間がない」は日本が59.8%に対して米国は47.6%、英国は43.4%、OECD平均が47.6%となっており、障壁として学習に充てる時間制約があることがうかがえた。
白書はこうした状況をふまえ「理系人材も含めて、我が国の労働者における学び直しをより一層推進していくためには、時間、費用、情報面における各々の制約への対応が重要となると考えられる」と強調した。
現場人材への労働需要は労働供給を上回る
白書は、2040年に向けて不足が見込まれる「現場人材」について、その育成と人材確保をめぐる課題を考察した。
日本における「大学」の学生数は297.2万人に対して、「専門学校」の学生数は56.9万人、工業高校や農業高校などの「専門学科高校」の生徒数は58.7万人で、白書は「専門学校や専門学科高校などの現場人材を育成する担い手となる教育機関の規模は、相対的に限定的である」とした。専門学科高校については、生徒数が減少傾向にある一方で、工業高校卒業者に対する有効求人倍率は近年大きく上昇しており、現場人材への労働需要が労働供給を上回っている状況にある。
離職者向けの公的職業訓練についてみると、委託訓練における「営業・販売・事務分野」の応募倍率は94.0%だが、就職率は70.3%にとどまっている。一方、「介護・医療・福祉分野」は応募倍率が66.3%に対して就職率が83.4%となっているほか、「建設関連分野」は応募倍率が69.3%に対して就職率が74.1%となっている。
求められる現場人材の供給力を向上させる取り組み
専門学校卒業後の就職先は、学習分野との関連性が強い。例えば、工業関係の専門学校を修了した人は、その90.1%が工業関係に進んでいる。また、文部科学省・厚生労働省の調査によると、「現在の仕事は、学校で学んだことを生かせる」という質問に「とてもあてはまる」「ややあてはまる」と回答した就業者の割合は、大学卒業者が52.6%に対して専門学校等卒業者は69.3%となっている。
こうしたことから白書は、「専門学校等と公的職業訓練は、2040年に向けて不足が予想される現場人材の育成・確保に資することが期待できる」と指摘したうえで、「特に、公的職業訓練のうち現場職に関する訓練コースの受講勧奨など、現場人材の供給力を向上させる取組が今後も求められるだろう」とした。
職場へのAI導入が進展していくなかで「メタスキル」が重要に
白書は「論理的思考力、批判的思考力、問題解決能力、コミュニケーション能力など、特定の業務にとどまらず幅広く応用可能な能力」を「メタスキル」と定義したうえで、「今後、職場へのAI導入が進展していくことが見込まれ、企業の事業変革に伴い、労働者の業務遂行時に求められるスキルニーズにも不断の変化が生じていく可能性がある」とした。そうしたなかで、「特定の業務の遂行のためのスキル習得だけではなく、新たに習得が必要となる知識・スキルを特定するスキルや、人間としての認知力等、幅広く応用可能なスキルの習得が重要になると見込まれる」としている。
メタスキルが高い労働者ほど自己啓発への意識が高い可能性を示唆
白書はメタスキルについて、JILPTが就業者を対象に2019年と2020年に実施した調査をもとに分析。具体的には、仕事上で自信があるか尋ねた質問において、「うまくできない時には、やり方を変えること」「優先順位を立てて計画的に実施すること」「自分は何が得意で何が不得意かをわかること」「自分のやり方がうまくいっているかを考えること」「自分の立てた目標が達成したかを把握すること」の5つをメタスキルの要素として捉え、自信がある場合を1点、そうでない場合を0点とし、0~5点でスコア化した。0~2点の人を「低メタスキルグループ」、3~5点の人を「高メタスキルグループ」としている。
それによると、学歴が高く管理職や専門職である労働者は、メタスキルを習得している蓋然性が高いという。また、過去1年以内に学習や研修への参加経験がない人の割合をみると、高メタスキルグループが28.4%に対して、低メタスキルグループは44.7%となっている。
さらに、「学習することは重要かどうか」という質問に対し、「非常に重要である」「ある程度重要である」と回答した割合をみると、高メタスキルグループが90.8%、低メタスキルグループが72.1%となっている。「AIをはじめとする技術革新に対応するために何かを学びたいか、また具体的に何かを学んでいるか」という質問に対し、「学んでみたいことがある」と回答した割合は、高メタスキルグループが62.7%、低メタスキルグループが48.8%となっている。
こうした結果をもとに白書は、「ここでは因果関係までは特定できない」ものの、「メタスキルが高い労働者ほど、自己啓発への意識が高い可能性が示唆される」とした。
獲得が有益なスキルに関する情報発信・見える化を
さらに白書は、メタスキルと賃金との関係性に着目。低メタスキルグループと高メタスキルグループの年収分布を比較すると、高メタスキルグループのほうが年収の高い労働者が多いとした。「必ずしも因果関係まで特定できず、職種によって異なる可能性がある」ものの、「メタスキルの獲得が、賃金水準の上昇等のポジティブな効果につながる可能性が示唆された」としている。
そのうえで、「メタスキルの獲得と処遇・賃金の改善といった好循環を実現していくことが重要」としつつ、「職場へのAI導入が進展していく時代において、メタスキルを含めて、獲得が有益なスキルに関する情報発信・見える化を積極的に進めていくことが重要」と提言した。
(調査部)
2026年11月号 スペシャルトピックの記事一覧
- AIの浸透が進むなかで重要となる「メタスキル」の獲得と処遇・賃金の改善という好循環の実現 ――厚生労働省「2026年版労働経済白書」
- 医療・介護・福祉の現場におけるテクノロジー活用による生産性向上の取り組みを紹介 ――厚生労働省「2026年版厚生労働白書」


