発効日を「大幅な引上げ額を確保するための過度な交渉材料とすべきではない」と明記
 ――中央最低賃金審議会が2026年度審議に向けた論点と考え方を整理

スペシャルトピック

最低賃金制度における目安制度や発効日のあり方について検討してきた中央最低賃金審議会(会長:藤村博之・独立行政法人労働政策研究・研修機構理事長)の「目安制度の在り方に関する全員協議会」は6月23日、「令和7年度地方最低賃金審議会の審議結果を踏まえた論点と考え方の整理」をまとめた。「論点と考え方の整理」は、同日に開催された中央最低賃金審議会で報告された。各都道府県での最低賃金額の改定の発効では、中央最賃審が示した目安額を上回る水準での改定が目立ってきている。また、発効日を後ろ倒しして設定する地方も増えてきた。「論点と考え方の整理」は、近隣県等との金額のみの比較だけで当該地域の最低賃金額を決めるなどの動機から、地域の実態と乖離した引上げ額を導き出すことは適切ではないと主張。また、発効日を「大幅な引き上げ額を確保するための過度な交渉材料とするべきではない」と明記した。

目安を上回る引き上げや発効日の後ろ倒しが目立つ状況に

毎年の最低賃金の決定では、まず、厚生労働大臣が中央最低賃金審議会に対し、金額改定の目安の調査審議を諮問する(毎年6月頃)。諮問を受けた中央最賃審は、47都道府県の金額改定目安について、A・B・Cの3ランクに分けて示し、厚生労働大臣に答申する(例年8月)。その後、その目安をもとに、各地域の地方最低賃金審議会で公労使による議論が行われ、最終的には各労働局長の決定により、各地の最低賃金が順次発効される。

近年は、中央最賃審が提示した目安を上回る水準での発効が目立ってきている。昨年度の改定では、中央最賃審がAとBランクは63円、Cランクには64円といった過去最高の引き上げ額の目安を提示。その後の地方最賃審の審議では、39道府県が目安を上回る答申を出し、うち11県では、引き上げ額は目安を10円以上上回った。

また、発効日については、年度内で後ろ倒しにする地方が出てきている。これまでは10月中に発効するケースが多かったが、昨年度は11月以降を発効日とする地域が27府県にのぼったほか、年を越えて2026年1月1日以降を発効日とした地域も6県あった。

メディア等からの疑義や予見可能性のき損のおそれから論点に設定

今年2月に第1回の会合を開いた「目安制度の在り方に関する全員協議会」(全員協議会)は、「令和7年度地方最低賃金審議会の審議に関し、近隣県等との過度な競争意識や最下位争いによって目安を大幅に上回る高い引上げが行われたのではないか等の疑義がメディア等から呈されている」ことや、「地域ごとに発効日に大きなばらつきが生じ、一時的に地域間格差が拡大するほか、年度ごとに発効時期が大幅に変動することで、労使双方の予見可能性が損なわれるおそれがある」ことにかんがみ、①近隣県等との過度な競争意識や最下位争いによる目安を大幅に上回る高い引上げの指摘について②ランク制度の在り方について③発効日について――などの点を、2026年度の中央最賃での審議に向けた論点に設定し、3回の会合を経て、6月23日にその考え方(「令和7年度地方最低賃金審議会の審議結果を踏まえた論点と考え方の整理」)を整理。「近隣県等との過度な競争意識や最下位回避の意識による地域の実態と乖離した引上げについての考え方」「発効日についての考え方」という論点についてそれぞれ課題となる点や、これまでの議論経過などを説明したうえで、「対応方針」を提示した。

各論点について対応方針を提示

内容を具体的にみていくと、1つめの「近隣県等との過度な競争意識や最下位回避の意識による地域の実態と乖離した引上げについての考え方」については、最低賃金法第9条第2項で「地域別最低賃金は、地域における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない」と規定され、この法定3要素のデータに基づく審議が原則となっていることを説明。また、「中央最低賃金審議会目安制度の在り方に関する全員協議会報告」(2023年4月6日)でも、「最低賃金法第9条第2項の3要素のデータに基づき労使で丁寧に議論を積み重ねて目安を導くことが非常に重要であり、今後の目安審議においても徹底すべきであることについて合意が得られた」ことを強調した。

一方、2025年度の地方最賃審では、近隣県等の答申が出た後で審議を行うことを狙いとして審議会日程を後ろ倒しにする動きも一部の地方にみられたことから、「近隣県等や同じランク内での過度な競争意識や最下位回避の意識の中で、高い引上げ額となったのではないか」という指摘があることや、全員協議会の議論の中で、「目安額に大幅な上乗せをする地域が多数生じる状況が今後も続くのであれば、目安制度の在り方自体を議論する必要があるのではないか」との意見もあったことなどにも言及した。

最下位回避を目的とした実態からかけ離れた引き上げは適切ではない

そのうえで「論点と考え方の整理」は、対応方針として、「令和5年に開催された全員協議会では、『最低賃金法第9条第2項の3要素のデータに基づき労使で丁寧に議論を積み重ねて目安を導くことが非常に重要であり、今後の目安審議においても徹底すべきであること』を確認し、合意が得られたところであり、今後も、この基本的な考え方に基づいて、中央及び地方最低賃金審議会で審議を行うべきである」と主張。

「とりわけ、近隣県等との金額のみの比較だけで当該地域の最低賃金額を決めることや、最下位を避けたいという動機から、地域の実態と乖離した引上げ額を導き出すことは適切でなく、法定3要素のデータを総合的に考慮して地域別最低賃金額を決定すべきである」とけん制。さらに、目安額に大幅な上乗せをするのであれば、「その判断理由を地方最低賃金審議会の公益委員見解等で明らかにすべきである」とした。

また、2025年度の審議では一部で、地方最賃審の開催を予定していたものの、審議せずに審議日程を延期する動きもみられたことについて、「これが仮に他地域の審議結果のみをもって当該地域の最低賃金額を決めたいとの意向によるものだとすれば、法定3要素のデータに基づく審議という最低賃金額の決め方そのものへの疑義を生じかねないことに留意が必要である」とも言及した。

従前は指定日発効について議論するケースは少なかった

もう1つの大きな論点である「発効日についての考え方」では、「論点と考え方の整理」は、「最低賃金法第14条第2項では、『公示の日から起算して30日を経過した日(公示の日から起算して30日を経過した日後の日であつて当該決定において別に定める日があるときは、その日)から』とされている。従前は、多くが『公示日から起算して30日を経過した日』から発効する法定発効であり、指定日発効について議論するケースは少なかった」と、過去の状況を紹介。

しかし2025年度は、中央最賃審の「地域別最低賃金額改定の目安に関する公益委員見解」(2025年8月4日)で「引上げ額とともに発効日についても十分に議論を行う」との記載が盛り込まれたことをふまえ、「地方最低賃金審議会で、引上げ額だけでなく発効日についても議論が行われた結果、特に、中央最低賃金審議会が示した目安額に10円以上の上乗せをするなど、地域別最低賃金額の大幅な引上げがあった11県において、指定日発効とした結果、発効日が例年に比べ大幅に後ろ倒しされる傾向が見られた」と振り返った。

また、「令和7年度は指定日発効が急増し、過半数の27府県で11月以降の発効となったほか、10月1日発効の栃木県から令和8年3月31日発効の秋田県まで発効日に大きなばらつきが生じた」などと、発効日の状況を概観した。

年度ごとに発効時期が大幅に変わると労使双方の予見可能性を損なう

こうした新たに目立ってきた事象について「論点と考え方の整理」は、「地域間の発効日の極端なばらつきは、最低賃金制度の全国的な整合性の観点のほか、一時的に地域間格差が拡大することや、仮に年度ごとに発効時期が大幅に変わるのであれば、労使双方の予見可能性を損なうおそれがあることなどの課題があるものと考えられる」と指摘。

また、一部の地方最賃審から、「地方に委ねることなく、法律の中立性、斉一性を踏まえ、中央において責任をもって結論を導き出すよう要望する」「中央最低賃金審議会において、発効日の在り方や留意すべき点などについて考え方を示した上で、地方最低賃金審議会において議論を深めることが適当である」「発効日の後ろ倒しを当該地域のみで実施した場合、他地域とのバランスの問題が生じるため、制度改正を含め、中央最低賃金審議会で議論すべき」などの意見や要望が出されていることを紹介した。

さらに、全員協議会での議論についても紹介し、「地方から、発効日をどのように決めれば良いのか分からないという声が多く上がっており、一定の目安を示してほしいという意見も聞かれる。地方最低賃金審議会の委員が考えるべき方向性や考慮要素をある程度明確に示す必要があるのではないか」「発効日の決め方について、地方最低賃金審議会の委員の中に迷いや混乱が生じているように思う。中央最低賃金審議会として地方最低賃金審議会に対し、期待していることをメッセージとして改めて示すべきではないか」などの課題意識が示されたことを記載した。

越年発効の背景として5県が高い引き上げ額に言及

「論点と考え方の整理」はまた、地域の実情を把握するため、2025年度の審議で越年発効となった6県を含め発効日が後ろ倒しとなった府県の背景と賃上げへの影響を確認した結果も報告した。

それによると、越年発効となった背景については、熊本県を除く5県が高い引き上げ額に言及した。

越年発効した県での求人賃金の状況について、ハローワークで受理したパートタイムの新規求人賃金を用いて確認すると、3月発効の群馬県・秋田県の両県において、2025年度改定後の地域別最低賃金額を下回る求人の割合は、2025年7月時点では約6割だったが、12月時点では約4割になり、2026年1月時点で3割弱、2月時点で約1割だった。

中小企業の約8割は発効日の後ろ倒しによる賃金の引き上げ時期への影響はないと回答

労働政策研究・研修機構の調査を用いて厚生労働省が集計したところ、発効日が例年より後ろ倒しされて2025年11月から2026年3月となった27府県に本社のある中小企業のうち、約8割の企業が「賃金の引上げ時期に影響はない」と回答する一方、約2割の企業は「引上げ時期を遅らせた(遅らせる予定である)」と回答し、その割合は発効日が遅いほど高くなっていた。

発効日が2026年1月から3月までの間となった6県の労働局において、地域別最低賃金の引き上げの影響率が高い「製造業」「運輸業・郵便業」「卸売業・小売業」など6業種の中小企業・小規模事業者に対して、発効日が後ろ倒しになったことによる賃上げ時期への影響や、その受け止めなどについてヒアリングしたところ、発効日の後ろ倒しをふまえて賃上げ時期を遅らせたか否かについては、いずれの県でも、「例年より遅らせた」とする事業者もいれば「例年どおり」とする事業者もいた。

「遅らせた」事業者の理由をみると、「賃上げ原資の確保」などの準備期間のほか、「例年、最低賃金の発効時期に合わせている」との回答も多くあった一方、「例年どおり」とする事業者のなかには、「毎年決まった時期に賃上げを行うこととしている」との回答が多かった。

賃上げ原資の確保など準備期間が確保できたとの事業者の声も

発効時期が例年より後ろ倒しされたことの受け止めでは、「賃上げ原資の確保などの準備期間を確保することができた」(熊本、生活関連サービス業)、「人件費を削減できてありがたい」(群馬、小売業等)などの意見がある一方、「3月末まで遅らせる必要はなく、10月末や11月初旬であれば準備は整う」(秋田、飲食業)などの意見があった。

発効日が例年より後ろ倒しされたことの労働者への影響を厚生労働省の委託調査でみると、発効日が2026年1月から3月までとなった6県に主な仕事の勤務先がある最賃近傍雇用者のうち、約4割の労働者が「例年と変わらない時期に時間あたりの賃金の上昇があった」と回答した一方、3割台半ばの労働者が「遅れた」と回答した。

また、地域別最低賃金の引き上げ時期が遅れたことによる影響について、6割台半ばの労働者が「特に影響はなかった」と回答した一方、約2割の労働者が「時間あたり賃金が上昇する時期が遅れたため、仕事に対するモチベーションが下がった」としており、約1割の労働者が「時間あたり賃金が上昇する時期が遅れたため、家計に悪影響が生じた」と回答した。

全員協議会では未組織労働者への波及の観点から後ろ倒しは本末転倒だとの意見も

一方、発効日に関する全員協議会での議論としては、「望ましい発効日の時期や地方最低賃金審議会での審議における考慮要素等に関しては、未組織労働者にも春闘における賃上げ結果を速やかに波及させるという地域別最低賃金の改定の趣旨を踏まえると、引上げ額と引き換えに発効日が後ろ倒しされるのは本末転倒であり、早期発効が重要である」という意見があったことや、「法定発効が基本であり、指定日発効は特別な理由がある場合に限り公労使で十分に議論した上で決定することを明確にすべき」「就業調整の問題など他制度の課題を最低賃金法の枠組みの中に持ち込むことは、最低賃金法の本来の趣旨を歪めるおそれもあるため、できる限り最低賃金法の目的に即して運用することが望ましい」といった意見があったことを紹介した。

他方、「特に令和7年度においては、事業者の予想を大きく上回る高い引上げ幅となった地域もある中で、発効日が後ろ倒しされたことは、企業にとって、賃金原資の確保、給与規程の見直し、就業調整の抑制等の観点から一定の意義があったと考えられる」「発効日のばらつき自体が直ちに問題なのではなく、決定理由についての議論と説明が不十分だった点に課題があり、引上げ額と同程度の重みをもって発効日についても議論を尽くし、その理由を対外的に丁寧に説明することで納得性を高めることが重要である」などの意見もあったことにも言及した。

指定日発効とする場合は公労使委員間で十分に議論して決定を

これらをふまえて「論点と考え方の整理」は、対応方針について、「公労使委員それぞれが、発効日が引上げ額との間で『交渉材料』となっていることへの課題意識や、地方最低賃金審議会における公労使委員間の建設的な議論につながる基盤や指針を示すべきではないかとの認識を示した」ことをもとに、発効日のあり方に関する基本的考えを3点に整理して確認した。

1つめは、指定日発効を選択する場合は、その必要性について広く理解が得られるかなどの観点から、「各地方最低賃金審議会の公労使委員間で、十分に議論して決定すること」とした。

2つめは、発効日を「大幅な引上げ額を確保するための過度な交渉材料とするべきではない」と明記。発効日に関する主な考慮要素として「全員協議会で示された課題、労働者の生活や企業経営に与える影響、例えば災害など様々な地域の事情について、公労使委員間で十分に議論した上で、発効日について判断すること。特に企業の支払いのための準備期間を主な理由として指定日発効とする場合、企業が賃金原資の確保や給与規程の見直し等に要する具体的な期間について、公労使委員間で十分に議論を行うこと」とした。

また、指定日発効とする場合には、「その判断理由を地方最低賃金審議会の公益委員見解等で、できる限り明らかに示した上で決定すべき」とした。

3つめは、「指定日発効とした地方最低賃金審議会においては、その影響等を把握した上で、翌年度の審議を行うべきである」とした。

2026年度以降は中央最賃審が地方最賃審に考え方をふまえた審議の実行を要望

今後の取り組みについて「論点と考え方の整理」は、これら「近隣県等との過度な競争意識や最下位回避の意識による地域の実態と乖離した引上げについての考え方」「発効日についての考え方」の2点については、中央最賃審が地方最賃審に対し、2026年度以降、以上の考え方をふまえた審議を行うことを要望するとした。

(調査部)

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