「ベースアップ実施の検討が賃金交渉におけるスタンダード」と掲げる
 ――経団連の「2026年版経営労働政策特別委員会報告」

2026春闘の賃上げに向けた動き

経団連(筒井義信会長)は1月20日、2026年の春季労使交渉・協議に向かう経営側の基本スタンスを示した「2026年版経営労働政策特別委員会報告」(経労委報告)を公表した。報告は、筒井会長の序文のなかで「人的投資を拡充・促進し、賃金引上げの力強いモメンタムの『さらなる定着』に向けて、経団連は社会的責務としてその先導役を果たすとの覚悟をもって今年の春季労使交渉に臨む」と表明。賃金引上げの具体策としての「月例賃金の引上げ」について、「ベースアップ実施の検討が賃金交渉におけるスタンダード」だとし、「賃金引上げの力強いモメンタム継続とさらなる定着に向けた重要な柱」だと強調している。

賃上げモメンタムの定着を副タイトルに掲げる

今回の報告の副タイトルは、「賃金引上げの力強いモメンタムの『さらなる定着へ』」。構成は、「Ⅰ.賃金引上げの力強いモメンタム『さらなる定着』が必要な理由」「Ⅱ.賃金引上げの力強いモメンタム『さらなる定着』に向けた基本的な考え方」「Ⅲ.賃金引上げの力強いモメンタム『さらなる定着』の具体策」――の3章立てとなっている。

会長名による序文は、「高市総理は賃金引上げを事業者に丸投げせず、継続的に賃金引上げができる環境を整えることこそが『政府の役割』との方針を表明している。経団連はその当事者としてしっかり取り組んでいく決意を広く発信する必要がある」と強調。「人的投資を拡充・促進し、賃金引上げの力強いモメンタムの『さらなる定着』に向けて、経団連は社会的責務としてその先導役を果たすとの覚悟をもって今年の春季労使交渉に臨む」と表明している。

<Ⅰ.賃金引上げの力強いモメンタム「さらなる定着」が必要な理由>

コストプッシュ型でなく「デマンドプル型インフレ」へ移行する必要

報告の内容をみていくと、「Ⅰ.賃金引上げの力強いモメンタム『さらなる定着』が必要な理由」では、コストプッシュ型インフレからの脱却や、「名目賃金」の継続的な引上げによる「実質賃金」の安定的なプラス化などの必要性を論じた。

報告は、統計上は「明らかにデフレではない」状況となったものの、国民の間に根強く浸透した「デフレマインドが完全に払拭されたとは言い難い」と指摘。米国の関税措置の影響などで先行き不透明感がさらに高まり、企業業績の下方修正や消費マインドの低下を招けば、「デフレ・低成長経済に逆戻りする可能性もゼロではない」との見方を示した。

日本経済の現状について、「資源・エネルギー価格と円安による輸入価格の高騰などを契機に『コストプッシュ型インフレ』に陥り、消費者の生活に大きな影響を与えている」とし、その要因として、2つの供給制約があると指摘。1つは「資源を持たない島国」であること、2つめとしては少子化の進行などによる「人口減少」をあげ、これらの供給制約によって生じている課題を克服するとともに、「高付加価値創出型経済」の実現を通じて、「需要が供給を上回り物価が上昇する『デマンドプル型インフレ』へ移行する必要がある」と主張した。

企業は生産性向上と公正・公平な分配を

一方、企業においては、「国内投資」の拡大、「付加価値の最大化」と「労働投入量の効率化」による生産性の改善・向上に加え、「賃金引上げの力強いモメンタムのさらなる定着を通じた『働き手への公正・公平な分配』が求められる」と言及。また、政府の「パートナーシップ構築宣言」への参画拡大などを通じた賃金引上げに向けた環境整備も重要だと述べた。

報告はまた、中小企業などにおける「賃金引上げ疲れ」の懸念などによる賃金引上げの力強いモメンタムの継続を危ぶむ声もあると指摘して、賃金引上げの力強いモメンタムの「さらなる定着」を通じた「名目賃金」の上昇を継続するとともに、多くの働き手が賃金アップをより実感できるよう、「実質賃金」の安定的なプラス化の実現が社会的に求められていると強調した。

<Ⅱ.賃金引上げの力強いモメンタム「さらなる定着」に向けた基本的な考え方>

日本経済の先行きは緩やかな成長を見込む

「Ⅱ.賃金引上げの力強いモメンタム『さらなる定着』に向けた基本的な考え方」では、交渉・協議の前提となる経営環境と、経営側の基本スタンスについて述べている。

経済・経営の動向では、世界経済について、2024年の世界全体の実質GDP成長率は3.3%と「おおむね堅調に伸びている」などとし、日本経済については、実質GDPでは「成長の伸びにはやや足踏みがみられる」ものの、先行きについては「緩やかな成長が見込まれる」などとした。

企業物価と消費者物価の動向については、国内企業物価は、2024年以降は原油価格の上昇や再度の円安を背景に、2~3%程度のプラス幅での上昇が続いているなどと説明。消費者物価については、2024年以降はおおむね3%前後で推移しているが、2026年は上昇率が徐々に鈍化し、1%台後半での推移が見込まれるとの見方を示した。

企業業績については、日銀短観をもとに、経常利益について引き続き高い水準が見込まれることなどを紹介した。

企業収益の改善・増大に向け、付加価値の最大化に注力を

経営側の基本スタンスについては、「人口減少の進行による労働供給制約の下、企業が原資を安定的に確保し、賃金引上げの力強いモメンタムを着実に定着させるには、労働生産性の改善・向上による企業収益の改善・増大が不可欠である」とし、「そのためには、『付加価値の最大化』に注力するとともに、『労働投入の効率化』を図る『働き方改革』の深化が必要」だと強調。

付加価値化の最大化に向け、生成AIなどを活用し、高付加価値の製品・サービスの開発によって付加価値の増大・最大化につなげることが重要だなどと述べた。また、付加価値化の最大化には働き手のエンゲージメントが高い状態であることが理想だと指摘。さらに、DXやAIなどのデジタル技術の発展による定型的業務の自動化に伴い、「付加価値の増大に資する非定型・創造的な業務を通じた労働力の高度化の重要性が高まっている」などと述べ、わが国企業が持続的に成長するためには、「ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI)」の実装を前提として、女性や若年者、高齢者など「多様な人材」の能力開発・スキルアップを図るなど、労働力の「質」を不断に高めてその活躍を推進することなどが欠かせないとした。

このほか報告は、より柔軟で自律的に働ける環境整備も提唱し、裁量労働制の拡充などを求めた。

労働投入の効率化に向けては、デジタル技術の活用などによる業務の効率化や、適切な労働時間管理などの必要性を訴えた。

モメンタム定着には企業規模にかかわらず賃金引上げの波及が必要

「賃金引上げの力強いモメンタム『さらなる定着』に向けた基本的な考え方」ではまた、「賃金引上げの力強いモメンタムの『さらなる定着』には、企業規模にかかわらず賃金引上げが波及する必要がある」とし、「中小企業においても賃金引上げを継続できることが不可欠」だと強調。

そうした「構造的な賃金引上げ」を実現するには、「賃金は上がっていくもの」との考え方・機運が広く認識されるとともに、「適正な価格転嫁と販売価格アップの受入れ」が「社会的規範(ソーシャルノルム)として浸透することが求められる」との見方を示した。

今回も「賃金・処遇決定の大原則」に則って検討を

報告は今回も、「賃金・処遇決定の大原則」の徹底を基本方針のなかで言及した。

「経団連・企業の社会的責務として、賃金引上げの力強いモメンタムの『さらなる定着』に取り組み、『分厚い中間層』の形成と『構造的な賃金引上げ』の実現に貢献することが求められている」としたうえで、各企業には自社の事業方針・計画と人材戦略をふまえ、「賃金引上げと総合的な処遇改善をコスト増ではなく『人への投資』と位置付けた『賃金・処遇決定の大原則』に則った積極的な検討と着実な実行が望まれる」と記述した。

具体的には、「社外」の考慮要素と「社内」の考慮要素を総合的に勘案しながら、労働組合などとの真摯な協議を経て、「各企業が中期的な価値向上に不可欠な『人への投資』として、自社の実情に即した賃金引上げと総合的な処遇改善を決定する必要がある」とした。

<Ⅲ.賃金引上げの力強いモメンタム「さらなる定着」の具体策>

制度昇給は必要に応じての検討が望まれる

具体策の内容をみていくと、「月例賃金引上げ」では、まず制度昇給について、「各企業においては、『自社型雇用システム』確立の一環として、制度昇給のメリットを十分に踏まえながら、働き手のエンゲージメント向上と自社の経営状況・人事戦略に適った制度となっているかを検証し、必要に応じて見直しを検討することが望まれる」とした。

ベースアップにおける配分方法については、ベースアップが賃金交渉の重要な論点となっている基調は2026年も変わらず、「ベースアップ実施の検討が賃金交渉におけるスタンダードであり、賃金引上げの力強いモメンタム継続とさらなる定着に向けた重要な柱であることは間違いない」とし、具体的な検討にあたっては「自社の賃金水準や労働分配率の動向、近年の改定状況等を踏まえつつ、重点配分を基本に据えながら、自社にとって最適な方法を見出す必要がある」と述べた。

例えば、仕事・役割・貢献度を基軸に重点配分を検討する際の有力な選択肢として、「人事評価・成果等に応じた査定配分の拡大」や「職務・役割給など職務等級・資格・階層別の賃金項目における上位等級等への重点的な増額」を提起。その一方で、働き手の賃金水準やライフステージを意識した検討を行う場合には、「賃金水準が相対的に低い者が多いと思われる若年社員や有期雇用等社員、世帯形成期に該当する子育て世代への重点配分が有効な方法」だとした。その際、「全社員を対象に定額支給することで、率換算した場合に賃金水準が低い層が手厚くなるよう配分すること」も一案としてあげている。

有期雇用等社員の賃上げは同一労働同一賃金法制を踏まえて対応

有期雇用等社員の賃金引上げ・待遇改善では、「わが国の雇用者の約4割を占める有期雇用等労働者の賃金引上げ・待遇改善が欠かせない」とし、「いわゆる同一労働同一賃金法制を踏まえた対応が肝要」などと指摘した。

賃金水準自体の改定・見直しについては、「大幅な賃金引上げ実施の結果、賃金カーブの調整・是正と賃金水準自体の見直しの必要性が高まっている」とし、「賃金カーブの調整・是正にあたり、初任給の大幅引上げを行った場合には若年社員の賃金水準との整合性の確認はもちろんのこと、子育て世代や中高齢社員への配分度合いを含めた賃金カーブ全体のあり方の検討が求められる」と述べるとともに、「優秀層やグローバル人材の確保・定着を念頭に、同業他社や国際的な賃金水準、仕事・ジョブの価値と役割等に基づいた中長期的な目標水準の設定と、その達成に向けた方針の策定が望まれる」とした。

能力開発・スキルアップに関連する手当の導入・拡充の積極的な検討を

諸手当では、なかでも職務関連手当について、「人への投資」推進と働き手のエンゲージメント向上の観点から、「技能・技術手当や資格手当といった能力開発・スキルアップ促進と密接に関連する手当の導入・拡充に向けた積極的な検討が望まれる」とした。

賞与・一時金では、「決定方法は企業ごとに当然異なるが、短期的な収益や生産性が改善・向上した企業では、前年を上回る水準が支給できるよう原資を確保する必要がある」などとしている。

最低賃金関連では、まず、法定最低賃金(地域別・特定最低賃金)について、それぞれの最低賃金の水準と特定最賃の設定の有無を確認する必要があると述べたうえで、「地位別最低賃金の大幅引上げに伴い、時間給に換算した初任給(高校卒)との比較検証が求められる」と指摘。

企業内最低賃金については、「各地域で成長が期待される産業において、当該産業集積地の魅力向上のために、産業労使のイニシアティブにより特定最低賃金を設定・活用するとの考えの下、当該産業の各企業が最低賃金協定の締結を前向きに検討することは選択肢となり得る」との考え方も示している。

中小企業における構造的な賃金引上げにも焦点を当てる

今回の報告は、地域経済を支える中小企業における構造的な賃金引上げにも焦点を当てている。

報告は「中小企業が賃金引上げ原資を安定的に確保するためには、中小企業自身の取組みに加え、BtoBにおける適正な価格転嫁が欠かせない」と強調し、価格転嫁の状況と「パートナーシップ構築宣言」の状況を確認した。調査結果などによると、価格転嫁率は一定の進展が認められるが、原材料費に比べ、労務費とエネルギー費の転嫁率は低く、発注企業の説明に納得している受注企業の割合は6割にとどまる。また、サプライチェーンの取引段階が深くなるにつれて、価格転嫁の割合は低下している。「パートナーシップ構築宣言」の参画割合は、会員企業では6割強となっている。

そのうえで報告は、中小企業における構造的な賃金引上げに向けた具体策について、「働き手の約7割を雇用し企業数のほとんどを占める中小企業の『稼ぐ力』を強化し、賃金引上げの持続可能性を高める必要がある」と指摘し、「①中小企業による生産性の改善・向上、②サプライチェーン全体を通じた取組み、③政府・地方自治体等による取組み、④社会全体における環境整備を進めることが不可欠である」と提言した。

資本装備率を高め、適切に価格転嫁を

提起した4つの取り組みの具体的な内容をみると、「①中小企業による生産性の改善・向上」では、コスト構造の最適化に取り組むために「主体的に投資を推進して資本装備率を高める必要がある」とするとともに、「付加価値増大分を適切に価格に転嫁・反映することが望まれる」などとした。また、取引先との価格交渉に際しては、労務費の増加分を取引に必要な「人への投資」として丁寧に説明することなども提案した。

「②サプライチェーン全体を通じた取組み」では、「サプライチェーン全体における適正な価格転嫁の定着を通じてマークアップ率を高めていく必要がある」とし、発注者であることが多い大企業は「中小企業など受注者からの価格交渉の申入れに誠実に応じ、説明責任を果たすことが求められる」などとした。

政府・地方自治体は活用実績の検証と政策効果を可視化すべき

「③政府・地方自治体等による取組み」では、政府・地方自治体に対して、「中小企業への投資促進や賃金引上げに向けた取組みの継続・拡充とその周知とともに、活用実績の検証による政策効果可視化が必要」だと指摘したほか、取引コストの低減や中小企業における事業承継に向けた支援の必要性などを訴えた。

「④社会全体における環境整備」では、「BtoBにおける適正な価格転嫁に加え、BtoCにおける適正な販売価格アップを、消費者を含めた社会全体で受入れることが求められる」としたほか、製品・サービスの価格設定にあたり、「原材料費だけでなく、利益とそれを生み出した働き手の労働・労力の対価である労務費(賃金)が当然に含まれることを社会全体で理解・共有する必要がある」などと述べた。

総合的な処遇改善では、柔軟な働き方やリカレント教育の実施などを提言

報告はこのほか、「総合的な処遇改善」における具体策を提起。柔軟な働き方の導入・拡充(テレワーク等)などの職場環境の整備(制度面および設備面)と、リカレント教育の実施などの人材育成・能力開発(制度面および設備面)において必要な取り組みを提示している。

最後に報告は、「賃金引上げの力強いモメンタムの『さらなる定着』や総合的な処遇改善の推進には、労働生産性の改善・向上を通じた原資の安定的な確保が不可欠である。その実現には、適切な緊張感と距離感の下、良好で建設的な労使関係をベースとした働き手・労働組合との協同が欠かせない」とし、「経団連は引き続き、わが国社会の明るい未来を労使で創る『未来協創型』労使関係の構築・確立を呼びかけていく」と締めくくっている。

(調査部)

2026年3月号 2026春闘の賃上げに向けた動きの記事一覧