「心の病」増加傾向が約4割、年代は10~20代が最多
――日本生産性本部「メンタルヘルスの取り組み」に関する企業アンケート調査結果
スペシャルトピック
調査研究や提言、実践活動により生産性向上をめざす日本生産性本部(前田和敬理事長)のメンタル・ヘルス研究所は2025年11月10日、「メンタルヘルスの取り組み」に関する企業アンケート調査結果を取りまとめ公表した。それによると、最近3年間で「心の病」が増加傾向にあるとした企業は約4割。「心の病」は10~20代が最も多く、37.6%の企業が選択していた。そのほか、「会社の理念や経営方針が従業員に浸透」していない企業の半数で「心の病」が増加傾向にあることもわかった。同研究所の中野博之研究統括は、「従来の個人対応中心ではなく、組織開発のアプローチを中心に据えて孤立を防ぐ」メンタルヘルス対策の必要性を指摘している。
調査は、2002年からおおむね隔年で実施しており、今回は2023年に続き12回目。全国の上場企業2,814社の人事担当を対象に2025年7~8月、郵送およびWEBで実施し、171社からの回答をまとめた(回収率6.1%)。
10~20代の回答割合が前回(2023年)に続き最多
それによると、「心の病」が多い年齢層は「10~20代」が37.6%で前回(2023年)調査(43.9%)に続いて最も多く、次いで「30代」(33.5%)、「40代」(18.8%)、「50代以上」(10.0%)の順だった。
同調査の「心の病」が多い年齢層の推移をみると、2010年調査までは「30代」の回答が圧倒的に多く、「40代」「10~20代」「50代以上」が続いていた。その後、2012年の調査から傾向が大きく変わり、2021年調査までは「50代以上」を除く「10~20代」「30代」「40代」が平準化して年代による差が少なくなっていた。それが、2023年の調査で「10~20代」が最多との回答が突出。今回の調査でも比率は若干低下したものの「10~20代」が最も多かった。
前回・今回の10~20代が最多という結果を日本生産性本部は、「コロナ禍中に入社した若年層がテレワーク等で対人関係や仕事のスキルを十分に積み上げることができないなかで、成長実感や達成感を持ちにくく、孤立感や孤独感を感じやすくなっている可能性がある」と指摘している。
50代以上の増加の背景にリスキリングとライフプランの描きにくさが
また、30代・40代が10~20代を下回っている点について、中野研究統括は「問いが単一回答なので10~20代が上がることで構造的に下がったこともある」と前置きしたうえで、「それでも従来の働き方で歪みが出やすかった世代が、近年の働き方改革の進行でワーク・ライフ・バランス施策の効果が一番表れたのではないか」と推察。「マネジメント面でもハラスメントがだいぶ配慮されるようになってきたり、早めの相談などもできるようになってきている」と話す。
さらに、2021年調査の3.6%から前回調査は7.9%に増え、今回初めて10%台に乗った50代以上の年代層に関しては、「増加の背景にリスキリングとキャリアの問題が考えられる」とした。そのうえで、「デジタル技術の活用が進むなかで、それが使えないと仕事にならない状況になったし、たとえ使えてもそのコミュニケーション自体がストレスになるケースもある」と説明。「今はキャリアの区切り感がなくなり、ゴール設定が困難になっている。60歳で仕事を辞める人は減ったが、いつまで働くのかがわからずライフプランが描きにくい。さらに言えば、介護に手を取られ、仕事に集中できない状況も出てきたりする」などと話す。
「増加傾向」は前回調査より低下も約4割の高水準
直近3年間の「心の病の増減」をみると、「増加傾向」と答えた企業は約4割(39.2%)。「増加傾向」の回答は、2006年調査でピーク(61.5%)となった後、おおむね減少傾向にあったが、前回調査(45.0%)で急反転し、2010年(44.6%)以来の水準となっていた。今回、「増加傾向」の回答は前回調査比で5.8ポイント減ったものの、「増加傾向」が最低だった2021年調査と比べると16ポイント以上高い水準。一方、「減少傾向」は4.7%で、回答率が低下している。
この状況を日本生産性本部は、「職場・働き方の変化がコロナ禍に伴う一過性のものではなく、新たなトレンドとなっており、従来のメンタルヘルス対策では十分に対応できていない可能性が考えられる」として、「職場・働き方の大きな変化に対応した新たなメンタルヘルス対策が求められている」ことを訴えた。新たな対策とは、「現状は、どちらかというとメンタルヘルス不調の早期発見・早期治療やストレスチェック、休業者への対応などをメインに行っているが、そのような個人対応中心ではなく、組織開発のアプローチを中心に据えて孤立を防ぐ取り組み」(中野研究統括)をイメージしている。「多様性を推進していく過程で、マネジメントの難易度も高くなっている。そういった点を見据えた組織的な視点をプラスしていくことで孤立・孤独を防ぐ。心理的安全性やエンゲージメントの向上に取り組む際には、それがメンタルヘルス対策でもあるといった認識を持つことが肝要」(同)だという。
従業員の「心身の健康」と「エンゲージメント」が6割超で拮抗
近年関心が高まっている「働き方改革やウェルビーイング推進の取り組み」の目的としては、「従業員の心身の健康維持・増進」(65.9%)や「従業員エンゲージメント向上」(62.9%)が突出して上位にあがった一方で、「費用対効果が不明確」(45.0%)、「評価指標の設定が難しい」(43.8%)といった取り組みの効果や評価方法に関することが、多くの企業で課題となっている様子がうかがえた。心身の健康とエンゲージメントがほぼ拮抗している状況を鑑みると、まず自社にとってウェルビーイングとは何なのかを見定めることが欠かせなさそうだ。
会社の理念や経営方針が浸透していない企業の半数で「心の病」が増加傾向
次に、「組織風土・取り組みと『心の病』の増減傾向の関係」を尋ねたところ、「会社の理念や経営方針は従業員に浸透しているか」との問いに「(あまり)そう思わない」と回答した企業では「心の病」の増加傾向が50.0%だったのに対して、「(やや)そう思う」と回答した企業では34.2%となり、理念や経営方針が浸透している企業とそうでない企業で15ポイント以上の差が見られた。
さらに、組織風土・取り組みと「『心の病』の増減傾向」のクロス集計を分析した結果、50社以上の回答数があった選択肢のなかで、「心の病」が増加傾向と回答した割合が最も高いのは「理念や経営方針が浸透していない」企業で、「個人で仕事をする機会が増えた」企業や「組織・職場とのつながりを感じにくくなった」企業より、メンタルヘルスの課題を抱えている比率が高いことが示された。
「理念や経営方針を浸透させる」重要性について、中野研究統括は「拠って立つところがあると、比較的なにがあっても耐えられる。企業という組織では、まさに経営理念や経営方針が拠って立つところになるのかもしれない」と考察。さらに、近年の多様性の深化にも言及し、「価値観の多様化が、性別や国籍などといった表層的な話とは別の観点でも重要になってきているなかで、経営理念は同じ組織で同じところを見ていることにつながる。アイデンティティを持ちにくい時代に、ともに見るものがあることで孤立・孤独感が少なくなり、ひいてはメンタルヘルスにも良い影響を及ぼすのではないか」との見方を示している。
ストレスチェック制度導入後10年を経ても課題の傾向に変化みられず
最後に、「ストレスチェック制度の課題」を尋ねた問いをみると、ストレスチェック制度導入後の2017年調査と同様に「集団分析結果の活かし方」を最も多くの企業が課題にあげた。回答率も58.4%から65.3%にまで高まり、この課題の重要性がさらに増している様子が明らかになっている。このほか、「高ストレス者への面接以外のフォロー」(35.9%)と「医師面接勧奨者が面接を希望しないこと」(31.8%)も3割強の企業が課題として選択。「心の病」のリスクが高いと判断された人に対して必要なケアが十分に届いていない状況であることが、組織運営上の懸念材料として示唆された。
さらに、「集団分析結果の周知の範囲と方法」(25.9%)と「職場環境改善における現場の理解」(25.9%)の回答率も微増して、4分の1を超えた。集団分析の活用意識は高いものの、十分に活かせていないと考える企業が多い状況が浮び上がる。こうした結果は、2015年のストレスチェック制度導入から10年が経過しても、課題の傾向に変化がみられないことを表している。
業務や職場の改善活動にストレスチェック分析結果の活用を
集団分析を組織の改善に生かし切れない状況について中野研究統括は、「ストレスチェックの設問は組織要因の項目も多く、単に個人のストレスだけでなく職場の状況も聞いている。ストレスチェックの活用のために職場改善するのでなく、職場改善のためにストレスチェックを実施するという視点を持つべきだ」として、業務や職場の改善活動にストレスチェックの分析結果の活用を提案している。
(調査部)
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