スト規制法を廃止するまでの結論には至らず
――厚生労働省「労働政策審議会労働条件分科会電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律の在り方に関する部会」報告
スペシャルトピック
厚生労働省は2025年11月6日、「労働政策審議会労働条件分科会電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律の在り方に関する部会」(部会長:中窪裕也・獨協大学法学部特任教授)がとりまとめた報告を公表した。部会では、電気産業に従事する労働者などが争議行為として、停電させたり電気の供給を停止させることを禁止する「スト規制法」について、廃止も含めたあり方を検討。労働側委員は廃止を求めたが、報告は、良好な労使関係のもとでの自主的な取り組みで現在の電力の安定供給が支えられているとは言及したものの、電力システム改革等による影響を引き続き注視する必要性などを理由に「廃止できると判断するに足る変化があったと結論づけることは難しい」と結論づけた。
部会開催の経緯
スト規制法では電気事業の事業主・従事者による争議行為での停電などを禁ずる
日本では憲法第28条で労働者に団結権・団体交渉権・団体行動権(争議権)を保障する旨が規定されているが、民間労働者であっても争議行為のうち「正当でない争議行為」が法律で禁止されている場合がある。その1つが、電気事業と石炭鉱業にかかる「スト規制法」(正式な法律名は「電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律」)。
電気事業関係では、「電気の正常な供給を停止する行為その他電気の正常な供給に直接に障害を生ぜしめる行為」、いわゆる、電気事業の事業主や従事者が争議行為として停電させたり、電気の供給を停止させたりすることを禁じている。同法は、1952年の電産ストなどが「国民経済と国民の日常生活に与えた影響が甚大であったこと等に鑑み」(今回の報告)、翌1953年に制定された。
2015年部会報告は存続の結論も再検討の必要性も示す
同法についてはこれまで、労働政策審議会の同部会が2014年9月~2015年2月にかけて、廃止も含めた今後のあり方を検討。その際の報告書である「今後の電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律(電気事業関係)の在り方について(報告)」(2015年部会報告)は、「現時点では存続することでやむを得ない」と結論を下す一方、「電力システム改革の進展の状況とその影響を十分に検証した上で、今後、再検討するべきである」と記した。
電気事業法改正法の附帯決議にも報告に基づく再検討が明記される
また、政府は2013年から電力システム改革を検討・実施しているが、改革の最終形態となる、送配電部門の別会社化(法的分離)や小売料金の規制撤廃による全面自由化などを盛り込んだ「電気事業法等の一部を改正する法律」が2015年に成立。その際、衆参両院の委員会における附帯決議のなかで、同法の附則に盛り込まれた施行後の検証時期(2025年3月31日まで)も踏まえて、2015年部会報告における「再検討の指摘に基づき、その廃止も含めた検討を行い、結論を得るものとする」とされていた。
そうしたことから、2024年4月から部会での検討を始め、2025年11月までに、3回の現地視察と8回の審議を実施。最終的に、①スト規制法の法的位置づけ②電気および電気の安定供給を取り巻く状況の変化等――という2つの観点を柱にして議論を進め、今後の方向性について結論を出した。
報告における議論事項
正当性が認められない争議行為を確認的に規定
報告の内容をみていくと、1つめの「スト規制法の法的位置づけ」について、2015年部会報告は「正当ではない争議行為」の方法の一部を明文で禁止したもの、とした。一方、今回の報告は、争議行為が一律に禁止されている国家公務員法や地方公務員法と違い、スト規制法はその対象を正当性が認められない争議行為に限っており、罰則等も規定されていないことを指摘。そのうえで、スト規制法上での「正当ではない争議行為」、すなわち「電気の正常な供給を停止する行為その他電気の正常な供給に直接に障害を生ぜしめる行為」とは、「正当性が認められない争議行為を確認的に規定したもので、電気事業における争議行為の一部を禁止したものではなく、行為規範として示すことにより、保護法益である国民経済及び国民の日常生活に支障が生じないようにする役割をもった法律であると考えられる」と整理した。
また、公益事業で、争議行為によって国民生活に多大な影響が生じるときに内閣総理大臣が決定できる労働関係調整法における緊急調整とスト規制法との関係についても言及。2015年部会報告の記載と同じように、スト規制法は「正当でない争議行為の範囲を明らかにしてその防止を図ることを主眼とするものである」一方、緊急調整は「正当な争議行為も含めて一定期間禁止し、その間にあらゆる手段を講じて労働争議を調整・解決することを狙いとする点で目的が異なるものである」と説明した。
電力システム改革の検証結果など6つの視点で前回報告からの変化を確認
2つめの柱である「電気及び電気の安定供給を取り巻く状況の変化等」については、2015年部会報告時からの変化を、①電力システム改革検証によって把握された課題②電気の特殊性③電気の重要性④電気事業における労使関係⑤電気事業の業務⑥電気事業者間の競争環境・連携体制――の6つの視点に分けて、一つひとつ確認した。
「電力システム改革検証によって把握された課題」については、資源エネルギー庁が2025年3月にとりまとめた「電力システム改革の検証結果と今後の方向性~安定供給と脱炭素を両立する持続可能な電力システムの構築に向けて~」における検証結果の評価と課題を紹介。「広域的な電力需給・送配電ネットワーク整備や、700社を超える小売事業者の参入による料金メニューの多様化等について評価出来る」とされたと同時に、DX等により需要が増加する見込みのなかでの供給力を維持・確保していくことや、国際的なカーボンニュートラルへの対応の加速化など「様々なリスクへの対応が挙げられている」ことを指摘した。
DX化の進展で電力需要は増加する見込み
「電気の特殊性」については、電気が貯蓄不可能で、常に需給バランスを一致させる必要があり、需給バランスを崩すと予測不能な大規模停電が発生するという物理的性質に着目した特殊性について、2015年部会報告から「変化はない」との見方を示した。
「電気の重要性」については、電気が引き続き常時不可欠・代替不可能なエネルギー源であり、「DXが進展するなかでより電力需要が増加する見込みである」と指摘。また、国民経済および国民の日常生活における電気の安定需給の重要性が2015年部会報告時に比べ「増大している」とし、自然災害の頻発による電気設備の保全負荷が増大していることなど、「様々な不確実性を念頭に、電力システムのなかで電気の安定供給の確保が進められることが期待される」とした。
労使関係は安定・成熟している
「電気事業における労使関係」については、電力システム改革後、電力労使が対等な立場に立ち、産業・企業レベル等での建設的な労使協議がなされ、団体交渉も真摯に行われていることや、労働協約等において争議行為に関して必要なルールも取り決められていることに言及。そのうえで、「近年では争議行為の実績はなく、引き続き労使関係は安定・成熟しており、労使双方の高い使命感により電気の安定供給に貢献している」とし、今後についても「労使関係は安定・成熟し続けることが期待される」とした。
「電気事業の業務」については、2015年部会報告時に比べ、主に定型・日常業務の自動化・省力化により省人化が進んでいるが、再生可能エネルギー拡大に伴い、「人による判断・対応が必要な発電設備の出力調整への対応等が増加している状況も認められる」と指摘。また、業務内容の複雑化や技術のアップデートによって「複数月~複数年をかけた人材育成が必要な業務も見受けられる」点をあげた。
こうしたことなどから、「電力システム改革の進展により、今後も現場の業務内容や実施体制は不断に変化していくことは考えられるものの、現時点で、事業者内で業務の自動化や非組合員(管理職)による業務の代替が可能と判断するのは困難であると考えられるが、安定供給を支える電気事業の業務の代替性が高まることや、労使の協力による一層の事業の安定性確保が進むことが期待されている」とした。
電力システム改革後も電気事業者間の競争環境に大きな変化なし
最後の「電気事業者間の競争環境・連携体制」については、電力システム改革による発電事業の自由化は行われたものの、発電設備の大半(75%)は旧一般電気事業者等が保有していることや、稼働率・収益性の低下による休止・廃止の進展などで送配電事業が引き続き地域独占となっていることなどを指摘。「電気事業者間の競争環境に大きな変化はない」とした。
また、事業者間の連携体制に関して、電力システム改革により広域融通の仕組みの構築に一定の進捗があったとしつつも、「様々なリスクに対応できるだけのエリア間の融通量には至っていない」と言及した。
結論と今後の方向性
スト規制法を廃止できると判断できるまでの変化はなかった
これらの考え方の整理を踏まえながら、スト規制法の今後の方向性について報告は、まず、「長年に渡る関係労使の尽力によって、安定・成熟しており、労使の高い使命感により電気の安定供給に貢献していることは、非常に重要な論点である。近年、争議行為は実施されておらず半世紀を見ても最後に実施されたのは40年以上前であり、また、その内容についても電力の正常な供給に障害を生じさせるものではなかったところである」とし、「良好な労使関係のもとでの自主的な取組により、現在の電力の安定供給が支えられていることは、本部会における公労使委員の共通した認識」だと述べた。
一方、スト規制法を廃止する場合は、「保護法益である国民生活や国民経済に対する重要性に鑑み、国民や需要家の納得性への配慮が必要となる」ため、「インフラの中のインフラである電気の安定供給に係る様々なリスクがある中で、リスク・マネジメントの観点から、安定供給を支える電気事業の業務の自動化や代替性等の状況を評価し、スト規制法の在り方を検討した」とした。
そのうえで、報告は、電気事業に関する現状について、①電気事業の定型・日常業務の自動化・省人化が進む一方で、安定供給確保のために重要となる発電設備の出力調整業務は、再生可能エネルギー拡大に伴い調整負荷が重くなっている②電力システム改革を経ても発電設備の大半を旧一般電気事業者等が保有し、送配電事業についても引き続き独占である③地域間融通は一定の進捗があったが、様々なリスクに対応できるだけのエリア間の融通量にはなっていない――の3点を指摘し、「業務の自動化や代替性等については引き続き電力システム改革等による影響を注視する必要があり、スト規制法を廃止できると判断するに足る変化があったと結論づけることは難しい」と結論づけた。
労働側の反対意見も付記
ただ、労働者代表委員から、「憲法上の労働基本権はすべての労働者に等しく保障されるべきであるとともに、労働関係調整法の公益事業規制および関係労使における健全な労使関係を土台とする自主規制が既に整備されている中、追加的に規制を設ける合理性は存在しないため、スト規制法は廃止すべき」との意見があったことも報告は併記した。
スト規制法の位置づけを電気事業の現状に整合的な形に見直しを
また、報告は、「スト規制法が労働基本権として保障される正当な争議行為に影響を与える懸念は払拭する必要がある」とも追記。
そのため、スト規制法第2条「電気事業の事業主又は電気事業に従事する者は、争議行為として、電気の正常な供給を停止する行為その他電気の正常な供給に直接に障害を生ぜしめる行為をしてはならない」に係る争議行為に関する解釈通知(禁止対象の争議行為の例などを示している)について、①スト規制法の法的位置づけは、電気事業における争議行為の一部を禁止したものではなく、正当性を欠く争議行為を確認的に規定した行為規範であることを明確化すること②電気事業の労使が正当性を欠く争議行為を起こす懸念を示す表現等を見直すこと③行為規範を示すことで電力供給の安定を労使の良識によって守ることでの国の関与を示し、関係労使の協力の下で電気の安定供給に万全を期すものであることを明確化すること――を行うことで、スト規制法の位置づけを「規制的なものから、電気事業の現状に整合的な形に見直しを行うべき」だと提起した。
今後もリスク・マネジメントの進展状況を勘案して廃止を含めて引き続き検討を
今後のスト規制法のあり方については、「安定・成熟した労使関係に加えて、現在、検討されている次世代の電力システムに向けた制度改正による取組の進展の状況とその影響を十分に検証した上で、国民生活及び国民経済の視点からの納得性も念頭に、安定供給を支える電気事業の業務の代替性等の確保によるリスク・マネジメントの進展の状況を総合的に勘案して、スト規制法の廃止も含め、その在り方を引き続き検討すべき」と整理した。
最後に報告は、今般では意見の一致に至らなかったものの、「今後の電気事業を取り巻く環境変化の下においても、労使関係が良好であることについて継続的に国民や需要家の理解を得ていくことや、将来的に労働関係調整法の枠組みの下での事前規制など国民の安心と電力の安定供給を確保するための代替措置に関する議論を十分に深めることができれば、スト規制法の在り方について、さらに一歩踏み込み、公労使委員の共通した認識の下、廃止に向けた議論も可能になることも考えられる」などと指摘。電力の安定供給のための労使の取り組み状況等について確認・共有等を行う場を設け、労使の知見を継続的に蓄積して将来的な検討につなげていくことも提案した。
連合は「存続の結論が示されたことは遺憾」と談話を発表
スト規制法の廃止を求めてきた連合(芳野友子会長)は、報告が公表された11月6日、スト規制法の「存続の結論が示されたことは遺憾である」とする神保政史・事務局長の談話を発表した。
談話は「連合は部会において労働基本権の重要性を踏まえ、スト規制法の廃止を強く主張したが、電力システム改革の影響を注視する必要があるとの理由で廃止の結論には至らず、労働側として反対意見を付さざるを得なかった」とし、「憲法28条が定める労働基本権は労働者にとって根源的かつ重要な権利であり、全ての労働者に等しく保障されるべきことは言うまでもない。また、電気事業は他の公益事業と同様に労働関係調整法の規制に服するとともに、健全な労使関係のもとでの労働協約締結などを通じ、争議行為にかかる自主規制ルールなども整備している。これらを踏まえれば、屋上屋を重ねるスト規制法を存続させる合理的根拠は見出すことができず、同法廃止こそが当然の帰結である」と主張している。
また、次期の見直しでスト規制法を廃止し、「電気事業及び石炭鉱業の労働者の労働基本権を保障することを強く求めていく」としている。
(調査部)
2026年1・2月号 スペシャルトピックの記事一覧
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