賃上げを起点とした成長型経済の実現が柱
――「経済財政運営と改革の基本方針2025」(骨太方針2025)
賃上げに向けた政府の政策方針
6月13日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2025」(いわゆる骨太方針2025)でも、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2025年改訂版」と同様に、「賃上げこそが成長戦略の要」だとして、賃上げを起点とした成長型経済の実現が柱に掲げられている。2029年度までの年1%の実質賃金上昇の定着に向け、中小企業・小規模事業者の賃上げを促進するために、価格転嫁・取引適正化、生産性向上などに取り組むとしている。労働分野では、賃上げ関連以外では就職氷河期世代への支援も盛り込んでいる。
今年の副題は「『今日より明日はよくなる』と実感できる社会へ」
骨太方針は、翌年度の予算編成に向けて、政権の重要課題や政策の基本的な方向性を示すもの。骨太方針2025は、「『今日より明日はよくなる』と実感できる社会へ」をサブタイトルとして付けた。
4章構成となっており、第1章でマクロ経済運営の基本的考え方を整理。第2章で、賃上げを起点とした成長型経済の実現に向けた政策メニューを提示している。第3章では、中長期的に持続可能な経済社会の実現に向けた経済・財政新計画と主要分野ごとの重要課題を示し、第4章で当面の経済財政運営と2026年度予算編成に向けた考え方を述べている。
30年続いたコストカット型経済は終焉を迎えつつある
方針は第1章の「マクロ経済運営の基本的考え方」において、「『新しい資本主義』の実現に向けた取組によって、30年続いたコストカット型経済は終焉を迎えつつあり、5%を上回る賃上げが2年連続して実現した。石破内閣は、その取組を更に進め、『賃上げこそが成長戦略の要』との考え方に立って、最低賃金の引上げを含め、物価上昇を安定的に上回る賃上げを実現する」と明記。
「国民が『今日より明日はよくなる』と実感でき、ふるさとへの思いを高めることができる『新しい日本・楽しい日本』を実現することを目指す。そのための経済財政運営と改革の基本方針が、本方針である」と強調している。
米国の関税措置には「対応に万全を期す」
米国による一連の関税措置などの当面のリスクへの対応については、「米国による一連の関税措置及びその後の対抗措置の応酬は、これまで国際社会が培ってきた自由で開かれた貿易・投資体制をゆるがせにするものとして、我が国からの輸出を減少させるだけでなく、家計や企業のマインドの慎重化を通じて消費や投資を下押しするおそれがあり、我が国経済全体を下振れさせるリスクとなっている」とするとともに、「また、足元では、食料品を中心とする物価高が継続し、家計や企業は、依然として厳しい状況に置かれている」と指摘。「まずは、これらのリスクへの備え・対応に万全を期す」と強調した。
具体的な対応方法としては、「米国に対して措置の見直しを強く求めつつ、日米が共に成長するための協力関係を力強く推し進めるため、粘り強く協議を続ける」とし、「同時に、関税措置による国内産業・経済への影響を想定し、資金繰り対策など、必要な支援を行うだけでなく、あらゆる事態を想定して万全の措置を講ずる」とした。
また、国内投資の拡大やサプライチェーンの強靱化、対日直接投資の促進、円滑な労働移動などに取り組むとともに、内需の拡大を含め外的環境の変化に強い経済構造を構築するとしている。
物価については「その動向が家計や事業活動に与える影響に細心の注意を払いつつ、令和6年度補正予算や令和7年度予算に盛り込んだ施策に加え、物価や国民生活の状況に応じて、政府備蓄米の売渡し、燃料油価格の定額引下げ、電気・ガス料金支援を追加しており、あらゆる政策を総動員して、国民生活・事業活動を守り抜く」とした。
日本経済全国津々浦々の成長力を強化する
そのうえで方針は、「我が国経済は、これらのリスクに直面する一方で、現在、名目GDPは600兆円を超え、賃金も2年連続で5%を上回る賃上げ率が実現するなど、成長と分配の好循環が動き始めている。コストカット型経済から脱却し、デフレに後戻りせず、成長型経済への移行を確実なものとするため、当面のリスクへの備え・対応に万全を期すとともに、日本経済全国津々浦々の成長力を強化する」と言及。
「『賃上げこそが成長戦略の要』である」とあらためて強調し、「持続的・安定的な物価上昇の下、日本経済全体で1%程度の実質賃金上昇を定着させ、国民の所得と経済全体の生産性を向上させる。この実現に向け、中小企業・小規模事業者の賃上げを促進するため、適切な価格転嫁や生産性向上、経営基盤を強化する事業承継・M&Aを後押しするなど、賃上げ支援の施策を総動員する」と述べるとともに、最低賃金の2020年代全国平均1,500円という目標に向けて「たゆまぬ努力を続ける」と強調した。
物価上昇を上回る賃上げに向けた柱は中小の賃上げ計画実行など
第2章の「賃上げを起点とした成長型経済の実現」では、①物価上昇を上回る賃上げの普及・定着~賃上げ支援の政策総動員~②地方創生2.0の推進及び地域における社会課題への対応③「投資立国」及び「資産運用立国」による将来の賃金・所得の増加④国民の安心・安全の確保――の4つの分野にわたって、政策を掲げている。
このうち、「物価上昇を上回る賃上げの普及・定着」に絞って詳しくみると、「中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画の実行」と「三位一体の労働市場改革及び中堅・中小企業による賃上げの後押し」が取り組みの2本柱となっている。
「中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画の実行」では、2029年度までの5年間で年1%程度の実質賃金上昇を目標に掲げ、その実現に向け、「価格転嫁・取引適正化」「生産性向上」「事業承継・M&Aによる経営基盤強化」「地域の人材育成と処遇改善」に取り組むとしている。
価格転嫁・取引適正化については、「官公需における価格転嫁のための施策パッケージ」に基づく取り組みとして、低入札価格調査制度および最低制限価格制度の導入拡大・活用、「中小企業者に関する国等の契約の基本方針」に基づく物価上昇に伴うスライド対応や期中改定、国・独立行政法人等及び地方公共団体において必要となる予算の確保などを進める。
また、中小受託取引適正化法の執行体制を強化するとともに、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の周知広報を徹底する。
生産性向上支援ではデジタル支援ツールを活用
生産性向上については、飲食業、宿泊業、小売業などの12業種において策定した「省力化投資促進プラン」に基づく官民での取り組みの目標を達成するため、2029年度までの集中的な取り組みとして、デジタル支援ツールを活用したサポート、全国的な伴走型支援、複数年にわたる生産性向上支援を行う。
さらに、地域の経営人材を確保するため、都市部の経営人材が副業・兼業の形式で週に1回程度、地方の中小企業等の経営に関与する「週一副社長」の普及やマッチング支援の強化、副業・兼業の促進に取り組む。
地域の人材育成と処遇改善については、大学、短期大学、高等専門学校・専門学校において、デジタル技術なども活用して現在よりも高い賃金を得る「アドバンスト・エッセンシャルワーカー」の育成に取り組むほか、医療・介護・保育・福祉等の人材確保に向けて、保険料負担の抑制努力を継続しつつ、公定価格の引き上げをはじめとする処遇改善を進める。
最低賃金については、適切な価格転嫁と生産性向上支援により、影響を受ける中小企業・小規模事業者の賃上げを後押しし、「2020年代に全国平均1,500円という高い目標の達成に向け、たゆまぬ努力を継続する」としている。
労働者一人ひとりの雇用の質・労働生産性を向上させる
「三位一体の労働市場改革及び中堅・中小企業による賃上げの後押し」に向けた取り組みについては、方針は、「人手不足の深刻化が見込まれる中、成長型経済への移行を確実なものとするためには、労働者一人一人の雇用の質・労働生産性を向上させるとともに、労働市場の流動性を高め、我が国経済全体の生産性向上と持続的な賃上げにつなげていくことが求められる」と強調。
リ・スキリングによる能力向上支援や、個々の企業の実態に応じた職務給の導入、成長分野への労働移動の円滑化という「三位一体の労働市場改革」のほか、多様で柔軟な働き方の推進、個別業種における賃上げに向けた取り組みなどを具体策としてあげた。
リ・スキリングについては、「生成AIが人間の業務を代替することによって、将来的に一部の事務職等の労働需要が減少する可能性があることも考慮して、技術トレンドを踏まえた幅広い労働者に対する効果的なリ・スキリング支援に取り組む」とし、具体的には、AIを含むデジタルスキルに関する教育訓練給付金対象講座を拡大するとともに、全国の非正規雇用労働者などがオンラインで職業訓練を受講することを可能とするとしている。
また、中高年齢層のセカンドキャリアに向けたリ・スキリングを含め、キャリアプランニングを支援する。さらに、産学協働によるリ・スキリングプログラムについて、毎年約3,000人が修得できるように、提供拠点・プログラムを拡充する。
「人的資本可視化指針」の見直しや人的資本の情報開示の充実を進める
そのほか、内閣官房・経済産業省・厚生労働省が策定した「ジョブ型人事指針」を周知するとともに、「人的資本可視化指針」の見直し、有価証券報告書の人的資本に関する情報開示の充実を進める。
労働移動の円滑化については、官民の公開求人情報の収集・分析や検定のスキル評価を充実させ、職業情報提供サイト(job tag)の機能を強化する。また、ハローワークの体制強化やAIの活用を進め、在職者を含めたキャリアサポートを強化する。
多様で柔軟な働き方の推進については、短時間正社員をはじめとする多様な正社員制度や勤務間インターバル制度の導入を促進するほか、選択的週休3日制の普及、仕事と育児・介護の両立支援、すべての就労困難者に届く就労支援に取り組むとしている。
また、社会保険料を支払う必要が生じる「年収130万円の壁」を意識せず働けるように、労働時間の延長や賃上げを通じて労働者の収入を増加させる事業主を支援する措置を2025年度中に実施するとしている。
さらに、施行から5年が経過した働き方改革関連法の総点検を行い、働き方の実態・ニーズをふまえた労働基準法制の見直しについて検討する。
建設業、自動車運送の賃上げに向けて労務費基準の設定など
個別業種における賃上げに向けた取り組みでは、建設業や自動車運送業の賃上げに向けて、労務費の基準の設定および実効性確保、建設キャリアアップシステムの利用拡大、賃上げに対応した運賃設定や荷主への是正指導の強化などを通じ、処遇改善や取引適正化を推進する。
警備業やビルメンテナンス業の賃上げに向けては、官公需におけるリスクや重要度に応じた割増加算を含め、適切な単価設定や分離発注の徹底により労務費の価格転嫁を進める。
医療・介護・障害福祉の処遇改善について、過去の報酬改定等における取り組みの効果を把握・検証し、2025年末までに結論が得られるよう検討する。
中堅・中小企業による賃上げの後押しについては、事業者の定期的な情報提供を促す仕組みを検討するとともに、地域金融機関・信用保証協会のIT化を進め、予兆管理を強化する。さらに、政府系金融機関、中小企業基盤整備機構または中小企業活性化協議会の支援を通じ、再生支援が必要な企業の連続的なM&Aによる集約化・統合を促進する。
就職氷河期世代への支援ではリ・スキリングや社会参加を支援
「物価上昇を上回る賃上げの普及・定着」以外の分野では、「『誰一人取り残されない社会』の実現」と題して、「就職氷河期世代等への支援」や「女性・高齢者の活躍」に向けた取り組みも掲げている。
就職氷河期世代等への支援では、リ・スキリング支援の充実などの「就労・処遇改善に向けた支援」、居場所づくりなどの「社会参加に向けた段階的支援」と、家計改善・資産形成の支援などの「高齢期を見据えた支援」の3本柱に沿って、従前からの取り組みを強化する。
女性・高齢者の活躍では、女性の所得向上・経済的自立に向け、女性の正規雇用比率が20代後半をピークに低下する「L字カーブ」の解消に資するよう、女性の起業支援、改正女性活躍推進法による男女間賃金差異および女性管理職比率の開示、仕事と育児・介護・女性の健康課題との両立支援、女性デジタル人材の育成、男女間賃金格差の大きい業界でのアクションプラン策定を推進する。
また、地方在住の女性向けのリ・スキリング支援を強化するとともに、スキルを活かした就労を支援する取り組みを促進する。
高齢者には、ニーズに応じたきめ細かなマッチングの推進などにより、多様な就業などの機会の提供を官民連携して推進するとしている。
予算編成では、賃上げ支援の施策を総動員
方針は2026年度予算編成に向けて、「当面のリスクへの備え・対応に万全を期すほか、賃上げ支援の施策を総動員するとともに、日本経済全国津々浦々の成長力を強化することによって、成長型経済への移行を確実にすることを目指す」としている。
(調査部)
2025年8・9月号 賃上げに向けた政府の政策方針の記事一覧
- 2029年度までに物価上昇を年1%程度上回る賃上げのノルムを定着させる ――「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2025年改訂版」を閣議決定
- 賃上げを起点とした成長型経済の実現が柱 ――「経済財政運営と改革の基本方針2025」(骨太方針2025)