価格転嫁に応じない行為は優越的地位の濫用の典型的行為に含まれることなどを明確化
 ――公正取引委員会・中小企業庁の企業取引研究会が報告書をとりまとめ

2025春闘を取り巻く情勢

適切な価格転嫁を新たな商慣習としてサプライチェーン全体で定着させていくための取引環境を整備するため、公正取引委員会事務総局と中小企業庁が共同事務局となり、優越的地位の濫用規制のあり方について検討していた「企業取引研究会」(座長:神田秀樹・東京大学名誉教授)は昨年12月、報告書をまとめた。報告書は、価格転嫁の動きは形成されつつあるものの、「なお課題は残っている」と指摘。優越的な地位にあることを利用して、コストが上昇するなかでも価格引き上げに応じない行為は「優越的地位の濫用の典型的行為類型」に含まれるとの見解を示し、法律に基づいた規制を求めた。

<現行の下請法規制下での問題点>

下請法と独禁法の優越的地位の濫用などの運用の見直しを検討

報告書は前半で、デフレ型の商慣習からの脱却の必要性を論じたうえで、後半で、下請代金支払遅延等防止法(下請法)の見直しと、独占禁止法の優越的地位の濫用に関する内容および下請法の運用・執行の見直しについて検討した結果を報告している。

後半は両テーマについて論点をいくつかに分けて論じており、下請法の見直しでは、「適切な価格転嫁の環境整備に関する論点(買いたたき規制の在り方)」や「下請代金等の支払条件に関する論点」「物流に関する商慣習の問題に関する論点」など7項目に分けて、考え方を提起。

一方、独占禁止法(優越的地位の濫用)および下請法の運用・執行の見直しについても、「適切な価格転嫁の環境整備に関する論点(買いたたき規制の在り方)」など6項目に分けて考え方を整理した。

「価格据え置き型経済」を生んだ要素の1つが「企業間の商慣習の問題」

内容をみていくと、前半ではまず、わが国の経済の問題として、1990年代以降、物価も賃金も横ばいで推移してきた「価格据置き型経済」だった点を指摘。報告書は、それを生んだ要素の1つに、「企業間の商慣習の問題」をあげた。

報告書は、国際分業が進化するなかで、「国内サプライヤーのコストカット競争が激化し、1990年代半ば以降大企業と中小企業との間の取引において価格転嫁が進まない商慣習が定着し、価格を始め取引条件を交渉で決めることが前提とされる市場メカニズムが有効に機能しなくなっている可能性がある」と分析。そのうえで、「こうした商慣習を見直す必要があり、それによって、個別企業の経営健全化に資するだけでなく、マクロ経済でみても、市場メカニズムの機能回復を通じて経済のダイナミズム向上に資することが期待できる」と述べて、これまでの商習慣の見直しの必要性を強調した。

価格転嫁の動きが形成されつつあるが、なお課題残る

また、報告書は、近年の価格転嫁の促進に向けた政府の取り組みや、調査結果などを紹介したうえで、「足元では価格転嫁の動き、特に受注者側からも交渉しやすい環境が形成されつつあるとの声も聞かれるが、なお課題も残っている」と現状を評価。「また、最終的に負担を受け止める消費者としても適切な説明がなされ、価格について納得感が得られれば、価格の上昇も受け入れるとの指摘もある」との見方を示した。

そのうえで、「近年においては物価上昇や賃上げの動きもみられるようになってきているところではあるが、適正な取引環境を整備していくためには、このモメンタムを一過性のものとはせず、維持していく必要がある」と強調。「下請法は、前回主要な改正が行われてから約20年が経過しており、『物価や賃金が構造的に上がっていく経済社会』に向けた取引環境の整備という観点からも、十分な内容となっているか検討が必要」だとして、法改正の検討の必要性を訴えた。

<下請法の見直しに関する検討結果>

「買いたたき」規制の要件に合致しにくいものが下請けの経営を圧迫

後半の下請法の見直しと、独占禁止法(優越的地位の濫用)・下請法の運用・執行の見直しについて検討した結果では、報告書はまず、それぞれについて課題をあげたうえで、研究会で出された意見も紹介しながら、解決の方向性を提示した。

下請法の見直しに関する「適切な価格転嫁の環境整備に関する論点(買いたたき規制の在り方)」では、報告書は課題として、現在の同法における「買いたたき」規制の趣旨について触れた。

下請法での「買いたたき」規制については、「親事業者が下請事業者と下請代金の額を決定する際に、その強い立場から、『通常支払われる対価』に比べて『著しく低い額』を下請事業者に押し付けることが、下請事業者の利益を損ない、経営を圧迫することになるのでこれを防止するためである」というのが趣旨となっている。

しかし、報告書は、「近年のような労務費、原材料価格、エネルギーコスト等の上昇局面や、生産量が減少するなどの場合における価格の据置き等の行為は、価格が『従前の対価』から引き下げられるわけではないため、現在の『買いたたき』規制の要件には合致しにくいものの、『下請事業者の利益を損ない、経営を圧迫』されているとの指摘がある」と紹介。

また、この要因の1つとして、「親事業者が、価格の引上げに係る協議に応じなかったり、協議のために前提となる説明や資料提供を行わなかったりするなど、実効性のある協議が行われていないという課題が指摘されている」と説明した。

プロセスに着目した規律を求める意見などを紹介

研究会で出された意見として、取引の実態に関連するものでは、「原材料価格や人件費の高騰にもかかわらず、納入価格への反映を拒否されることが多い」「価格交渉をそもそも行っていない企業もある」「生産数量が減少したにもかかわらず、単価の見直しがなされないケースは現実に存在している」などを紹介。

また、現行の下請法の買いたたき規制に加えて新しい行為類型の規制を検討すべきとの意見も紹介し、「価格に着目したアプローチでは問題解決が難しいため、プロセスに着目した規律と有効な交渉が必要」「商慣習の合理性や誠実な交渉が担保されてこなかったことが、経済停滞の原因の一つになっている可能性がある」「互いの関係の質を高める交渉は、新たな商品やサービスを生み出すなど、発注者(親事業者)と受注者(下請事業者)の双方にメリットがあるものであり、一方的ではなく、実質的な協議を促すような交渉のプロセス面に着目した法改正を強く要望する」などを例示した。

交渉に応じず一方的に価格を据え置く行為は当該類型に含まれる

これらをふまえ報告書は、解決の方向性として、取引上の地位が優越している事業者が、その地位を利用して、取引の相手方の不利益となるように取引の条件を設定することは、「優越的地位の濫用の典型的行為類型である」との見方を示すとともに、「例えばコストが上昇している局面において価格への反映について協議を求めても交渉に応じることなく一方的に価格を据え置く行為等は当該類型に含まれ、下請取引の公正化及び下請事業者の利益を損なう蓋然性の高い行為といえる」と指摘。

こうした理由から、「現在の下請法第4条第1項第5号の買いたたきとは別途、実効的な価格交渉が確保されるような取引環境を整備する観点から、例えば、給付に関する費用の変動等が生じた場合において、下請事業者からの価格協議の申出に応じなかったり、親事業者が必要な説明を行わなかったりするなど、一方的に下請代金を決定して、下請事業者の利益を不当に害する行為を規制する必要がある」と結論づけた。

物流の商慣習では特に発荷主・運送業者間の問題について言及

「物流に関する商慣習の問題に関する論点」では、課題として、特に発荷主・運送業者間の問題について言及している。

前回の下請法の主な改正では、運送サービスについても元請運送事業者と下請運送事業者の取引を下請法の対象とすることにしたが、着荷主と発荷主の間には通常、明示的な有償の運送契約等が結ばれないことから、発荷主から運送事業者への運送業務の委託は自家使用役務の委託取引と整理し、下請法の適用対象としなかった。ただ、「上流の取引が公正化されない限り取引の全体的な公正化は困難」との問題意識があったことから、独占禁止法に基づく「物流特殊指定」を制定して、約20年間運用してきた。

現行規制では、この「物流特殊指定」によって、荷主が物流事業者に対して直接委託する取引と、荷主の子会社が物流事業者に対して再委託する場合も規制の対象となっており、荷主側が代金の支払い遅延を強制したり、代金の減額を求めることや買いたたきすることなどは明確に禁じられている。

独占禁止法上の問題につながるおそれのある行為が高止まり

しかし、報告書は、「この間の遵守状況をみると、独占禁止法上の問題につながるおそれのある行為(買いたたき、代金の減額、支払遅延など)がみられた荷主は、物流特殊指定の施行直後にはごく少数(1~20名程度)であったが、近年は600名前後で高止まりしている」と状況の変化を指摘。

また、「発荷主に対して、人件費を含む諸物価高騰のため、運賃値上げの交渉をしたが、拒否されたため、下請からの運賃値上げの要請にも応じられていない」「発荷主に対して、荷待ち時間の待機料金を請求しようと交渉したところ、『1時間ぐらいで言わないで、2時間くらい待つのは普通でしょ。』と言われ、契約を切られる可能性があったため、それ以上の交渉はできなかった」「契約上は軒先渡しの条件にもかかわらず、着荷主のセンターで店舗別に仕分ける作業をさせられ、費用を負担してもらえない」といった声が運送事業者から寄せられていることも紹介した。

研究会でも、取引の実態に関して、「明示的には発荷主と運送事業者が運送委託契約を結ぶが、実際には運送時期や荷姿などの条件を提示しているのは着荷主であり、その条件に基づき運送事業者が運んだり、作業させざるを得なかったりする構造がある」「実際には運送事業者のドライバーが着荷主に指示されて荷下ろし作業をしている」などの意見があったことを紹介した。

発荷主と運送事業者の取引も他の下請法の対象取引と同様の位置付けが可能

報告書は、物流分野での下請法の適用対象取引を拡大するかどうかについては、拡大すべきとする意見と、拡大に慎重な意見があったとしたうえで、解決の方向性について、「一般に、発荷主と着荷主との間の製造委託や販売等の契約において、発荷主が物品を指定場所に納品すべきことが取り決められ、これを受けて、発荷主が運送事業者に対し運送業務を委託している。このような構造をとらまえれば、発荷主と運送事業者の取引についても、他の下請法の対象取引と同様のものと位置付けられる」と主張。

また、「発荷主と物流事業者との間でもなお長時間の荷待ちや契約にない荷役等の附帯業務の問題が生じているという課題があることを踏まえると、より簡易な手続により、迅速かつ効果的に問題行為の是正を図っていくことが必要である。そのため、発荷主が運送事業者に対して物品の運送を委託する取引の類型を新たに下請法の対象取引としていくこととすべき」だと主張して、下請法の対象にしていく方向性を提言した。

「下請」という用語は見直しを

下請法の見直しに関してはこのほか、「下請」という用語について、「下請法における『下請』という用語は、発注者(親事業者)と受注者(下請事業者)が対等な関係ではないという語感を与えるとの指摘がある」などとして、「『下請』という用語に対する国民の認識や、発注者と受注者が対等な立場で共存共栄を目指すという意識の高まりを踏まえると、これを機に取引適正化に向けた国民の意識改革をより一層推進させることも企図して、『下請』という用語を時代の情勢変化に沿った用語に改める必要がある」と提起した。

<独占禁止法(優越的地位の濫用)・下請法の運用・執行の見直しに関する検討結果>

研究会では優越ガイドラインでの事例提示などの意見も

独占禁止法(優越的地位の濫用)・下請法の運用・執行の見直しに関する検討結果をみていくと、「適切な価格転嫁の環境整備に関する論点(買いたたき規制の在り方)」については、「サプライチェーン全体で付加価値を上げ、当該利益の適正な分配を促すための方策を強化する必要があると考える。例えば、優越ガイドライン等に具体的な違反事例を示し、発注者と受注者双方の理解を深めることが必要」「サプライチェーンのうち下請法でカバーされている範囲は一部のみであり、大企業同士や中小企業から小規模事業者に対する取引にも課題があるので、サプライチェーン全体で価格転嫁が円滑に行われるような取組を検討する必要がある」といった意見を紹介。

そのうえで、解決の方向性として、下請法の対象取引だけでなく、サプライチェーン全体での円滑な価格転嫁を実現するため、「下請法改正の趣旨を優越的地位の濫用の考え方にも当てはめ、優越ガイドライン等で想定事例や考え方を示すことを併せて検討する必要がある」と強調した。

所管省庁が持つ制度と連携しての課題対応が必要

「物流に関する商慣習の問題に関する論点」では、特に、直接の取引関係にない事業者間の課題〈着荷主や発荷主と下請運送事業者との間における荷待ちや契約にない荷役(荷積み、荷下ろし)を強いられる問題〉について検討した結果を提示。

研究会では、「我が国の消費財取引では、納品先に商品を運ぶための費用が商品価格に含まれている『店着価格制』が一般的である。この中には荷積みや荷下ろしといった附帯作業に対する代金は明記されておらず、事実上、実運送事業者が負担する形になってしまっていることが多い。契約が曖昧になっていることのしわ寄せが実運送事業者に及んでいる」「着荷主と発荷主の間の契約において、契約条件を明確にし、発荷主の引渡し債務の範囲を明示することが重要」などの意見が寄せられたことを紹介。

そのうえで、解決の方向性として、「独占禁止法や下請法は、取引関係がある当事者との間で適用されるため、取引関係がない当事者の問題には規律を及ぼすことが困難である。そのため、事業所管省庁の有する制度と連携して課題に対応していく必要がある」との考えを示した。

事業法の枠組みで適正な契約を事業者に働きかける

2024年5月に公布された「流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律及び貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律」による改正後の貨物自動車運送事業法では、発荷主から運送事業者に運送を委託する場合は相互に、運送事業者間で運送を委託する場合は委託元の運送事業者から委託先の運送事業者に対し、運送の役務の内容・その対価等について記載した書面を交付する義務が課せられた。その書面の具体的な内容については、現在、国土交通省で検討している。

報告書は、「こうした事業法の枠組みによって国土交通省や荷主の事業所管省庁による業界に対する働きかけ等により、着荷主-発荷主間、発荷主-元請運送事業者間、元請運送事業者-実運送事業者間において、荷待ちや附帯業務が生じた場合の費用の負担等について取り決め、適正な契約が結ばれるよう事業者への働きかけを行っていく必要がある」としたうえで、「当該契約が不公正なものであるときには(無償で荷積みや荷降ろしが強要されたり、指定された時間に運んだのに荷主のところで長時間待たされたりするような行為)、『買いたたき』や『不当な経済上の利益の提供要請』の問題として、独占禁止法や下請法による対応も執り得るのではないか」との考えを示した。

なお、研究会メンバーにも加わっている労働組合の連合(芳野友子会長)は、報告書の内容について、清水秀行事務局長の談話で「賃金や物価が安定的に上昇する新しい時代にあったルールづくりに資するものとして評価できる」としており、報告書の内容に基づいた下請法改正案の通常国会提出を求めている。

(調査部)

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