賃上げの力強いモメンタムを定着させる重要性を提唱
 ――経団連が「2025年版経営労働政策特別委員会報告」を発表

2025春闘を取り巻く情勢

経団連(十倉雅和会長)は1月21日に春季労使交渉・協議における経営側の基本的なスタンスを示す「2025年版経営労働政策特別委員会報告(経労委報告)」を発表した。副題は「『付加価値最大化』と『人への投資』の好循環の加速――『賃金・処遇決定の大原則』の徹底――」。報告は、労働生産性の改善・向上に向けた多様な人材の活躍や円滑な労働移動の推進、能力開発への支援強化などの重要性を強調。2025年春季労使交渉では、分厚い中間層の形成と構造的な賃金引き上げ実現への貢献が経団連と企業の社会的責務とした。賃金引き上げと総合的な処遇改善を両輪とする「人への投資」を加速化することで、賃上げの力強いモメンタムを定着させる重要性を唱え、そのために労使が取り組むべき課題を提起している。

生産性の改善・向上に必要な制度設備と支援策

報告は第Ⅰ部「生産性の改善・向上に資する『多様な人材』活躍推進と『人への投資』強化」、第Ⅱ部「2025年春季労使交渉・協議における経営側の基本的スタンス」で構成。第Ⅰ部では、労働生産性向上の取り組みをさらに積み重ねることで、高付加価値の製品やサービスが提供できるようになり、それが社会課題の解決やウェルビーイングな社会の実現につながるとしている。

DEIのさらなる推進・浸透を

報告は、生産性の改善・向上のカギは「継続的なイノベーションの創出」とエッセンシャルワーカーも含めた働き手の「エンゲージメント向上」にあると指摘。このため、付加価値の最大化に軸足を置いた取り組みが「極めて重要」だとしたうえで、DEI(Diversity, Equity, Inclusion:多様性、公正性・公平性、包摂性)のさらなる推進・浸透や「自社型雇用システム」の確立、労働時間法制の見直し・複線化が不可欠だと訴えている。

「自社型雇用システム」の確立に加え労働時間法制の見直しも

また、付加価値の高い製品・サービスを生み出すには、「人材がエンゲージメント高く働き、イノベーションを創出しやすい職場環境を提供する必要がある」と説く。そのためには「自社の実情を踏まえた最適な雇用システム(自社型雇用システム)」の確立が求められるとして、「メンバーシップ型雇用を継続する企業やメンバーシップ型雇用とジョブ型雇用を併用するハイブリッド運用、ジョブ型雇用への完全移行など、様々な形態が想定される」と例示した。そのうえで、「自社型雇用システム」の確立にあたり検討を要する点として、①採用方法②処遇制度③人材育成④キャリアパス――をあげている。

さらに、労働時間法制について、「『労働時間をベースとする処遇』だけではなく、『労働時間をベースとしない処遇』との組み合わせが可能な労働時間法制へと見直して、複線化を図っていかなくてはならない」と主張。労働者の働き方の多様化に対応し、仕事や役割、貢献度を基軸とする処遇を重視した労働時間法制に改めるよう提案した。そして、「まずは、『労働時間をベースとしない処遇』を可能とする、裁量労働制の拡充を強く求めたい」としている。

労働力参加の拡大と多様な人材の活躍を

深刻化する労働力問題への対応として、報告は、外国人・女性・若年者・高齢者・障がい者・有期雇用等労働者などといった多様な人材の「労働参加率のさらなる向上(量)」と「能力開発・スキルアップ支援による活躍推進(質)」の両面からのアプローチの必要性も指摘した。

人口減少とDX・GXの進展による産業構造の変化に伴う労働需給の変化に対応しながら、国全体の生産性を改善・向上させるために、働き手・企業・政府の能動的な取り組みによる成長産業・分野等や中小企業等への円滑な労働移動を推進するとともに、労働移動に適した労働市場に創り上げていくことを展望。その実現に向けて、働き手には主体的なキャリア形成と能力開発・スキルアップが必要だとした。自らが描く「キャリアプラン実現に主体的に取り組むことが期待される」として、「学び・学び直しによって習得した能力やスキルを実務に活用して職務遂行能力を向上させ、さらなる学び・学び直しにつなげる」ことが効果的だとする。

労働者保護の観点から「解雇無効時の金銭救済制度」の創設も急務

企業にも、採用方法の多様化やリカレント教育等の推進、自社型雇用システムの確立などを推奨。政府等に対しては、「雇用のセ-フティネットを労働移動推進型へと移行する」必要性に加え、「求職者・求人者のニーズが複雑化・多様化する中、マッチングさせる難易度は上がっている」としてハローワークのさらなる機能強化を提案した。あわせて、労働者保護の観点からの法整備として「解雇無効時の金銭救済制度」の創設も急ぐべきだとした。報告は、「政府が検討している制度では、労働契約解消金の上下限の設定が想定されている。これにより、紛争解決に向けた予見可能性が高まるとともに、あっせんや労働審判における解決金の水準への良い意味での影響が期待できる」とみている。

多様なステークホルダーの参画による地域経済の活性化を

そのほか、労働力不足などの課題を抱える地域経済を活性化するには、地方自治体や地元企業、教育・研究機関などの地域の多様なステークホルダーの参画・連携、地元企業・中小企業の生産性の改善・向上、都市部から地方部への人の流れを創出するための環境整備が欠かせないなどと訴えている。

2025春季労使交渉の経営側の基本スタンス

第Ⅱ部では、わが国を取り巻く経済環境について、世界経済は物価が比較的安定し、先行きも成長の持続が予測されているなか、日本経済も持ち直し傾向の継続が見込まれるものの、不安定な国際情勢とそれに伴う原材料・エネルギー価格の高騰等に「注視が必要」だと分析。2%台で推移している消費者物価(生鮮食料品を除く総合)が「先行きは伸び率の縮小を予想」されていることや、経常利益で高水準の企業業績も「原材料価格の高騰等で減益予想の業種が過半」であることに懸念を示している。

連合の要求水準に理解示すも中小労組の水準設定は「極めて高水準」

連合の問題意識や認識について「多くは経団連と共通」だとし、連合が2025春季生活闘争方針で要求水準を「賃上げ分3%以上、定昇相当分(賃金カーブ維持相当分)を含め5%以上」としたことについても、「労働運動として一定程度理解」するとした。ただし、中小組合の要求水準を「1万8,000円以上・6%以上」に設定したことに対しては、「目安かつ労働運動であることを考慮しても極めて高水準と言わざるを得ない」とけん制。「各企業労使は、自社の実情に適した賃金引上げの水準とその方法を真摯に議論し、適切な方法を見出す責任を共有している」と説いた。

賃上げの「定着」は社会的責務

そのうえで、賃上げの勢いが物価上昇や人材確保への対応を契機に23春闘から劇的に変わったことを踏まえ、「ここ2年間で醸成されてきた賃金引上げの力強いモメンタムを『定着』させ、『分厚い中間層』の形成と『構造的な賃金引上げ』の実現に貢献することが経団連・企業の社会的責務」だと主張。各企業に対しては、賃上げと総合的な処遇改善を「人への投資」として明確に位置づけ、「社会性の視座」に立って、各企業が自社の実情に適した賃上げと処遇改善を決める「賃金・処遇決定の大原則」に則った積極的な検討と実行を求める姿勢を鮮明にした。

月例賃金はベアを念頭に検討を

具体的には、「月例賃金(基本給)や初任給、諸手当、賞与・一時金(ボーナス)など多様な方法・選択肢から、自社にとって適切な賃金引上げ方法を見出し実行することが必要」だとしている。なかでも、月例賃金の引き上げは、働き手の実質的な生活水準の維持や人材の確保・定着の観点から、「賃金・処遇決定の大原則」に基づき、「(定期昇給等の)制度昇給の実施はもとより、ベースアップを念頭に置いた検討が望まれる」と踏み込んだ表現を採用。加えて、働き手のエンゲージメント向上と発揮した能力や業績・成果等の適切な反映を図る観点から、「人事考課に基づいた査定配分の拡大、等級・資格・階層別の賃金項目への重点的な増額など、メリハリのついた賃金引上げの実施が有益」とも付言する。

初任給引き上げ時には若手社員への重点的な賃上げなどの配慮も

近年、大幅に引き上げる企業の増加が目立つ初任給については、「労働力不足に伴う人材の確保や、物価上昇への対応等」をその理由にあげ、2025年も「初任給引上げは賃金引上げ方法の一つとなり得る」としたうえで、その際に「新入社員と若手社員との賃金水準に逆転が生じないようにすることはもちろん、その額差が小さい場合のエンゲージメント低下を考慮」することに注意を払うよう提案。その一例として、若手社員への重点的な賃上げの検討をあげた。

諸手当に関しては、「生活関連手当と職務関連手当に大別して、そのあり方を再確認した上で、必要に応じて見直すことが基本」だとし、その際には「公平性と適正性の確保が不可欠」だとした。そのうえで、生活関連手当については、「同一労働同一賃金法制の趣旨に適合しているかの確認が必要」だとし、職務関連手当は、「『人への投資』の観点から、働き手の能力開発・スキルアップ促進と密接に関連する手当を導入・拡充する方向で検討することが望まれる」との考え方を示している。

賞与・一時金は、「短期的な収益や生産性が安定的に改善・向上している企業は、前年以上の原資を割り当てることが基本となる」とし、「社員個々人の配分にあたっては、業績・成果等の評価に基づいて適切に支給する必要がある」と指摘した。

企業内最賃協定が地域に及ぼす影響を懸念

大幅な引き上げが続く法定地域別最低賃金への企業の対応にも触れ、自社の若手社員や有期契約等社員の賃金水準が適法になっているかの確認をはじめ、時間給に換算した正社員の初任給との比較や、自社が該当する産業の特定最低賃金の設定の有無と水準の確認などの締結の必要性を指摘。そのうえで、企業内最低賃金について、連合が「近年、企業内最低賃金協定とその水準の引上げを要求指標に掲げて取組みを強化している」ことを懸念。検討する場合は、「自社の企業内最低賃金協定が、当該地域における特定最低賃金の新設や金額改定の申し出に使用されるなど、『企業内』にとどまらず、同じ産業に属する企業全体に影響が及ぶ可能性があることにも留意する必要がある」と注意喚起した。

実質的に機能していない特定最賃の廃止の検討を

法定地域別最低賃金の引き上げにあたっては、最低賃金法に規定されている決定の3要素(地域における労働者の生計費および賃金ならびに通常の事業の賃金支払い能力)に基づいた丁寧な議論に加え、「影響を受けやすい中小企業の生産性と賃金支払い能力を高めるための環境整備」が求められることを明記した。特定最低賃金については、近年の地域別最低賃金の引き上げで「実質的に機能していないケースが目立っている」として、複数年度にわたって地域別最低賃金を大きく下回っていたり、乖離額が大きいケースは「関係労使に意見聴取した上で各地方最低賃金審議会において廃止を検討する」必要性も盛り込んだ。

「重要性が一層高まる」中小企業と有期雇用等労働者の賃上げ

さらに、働き手の約7割を雇用する中小企業と、雇用者数全体の4割近くを占める有期雇用等労働者の賃金引き上げ・処遇改善についても、「重要性が一層高まっている」との見解を示している。

適正な価格転嫁と価格アップに対する消費者の理解浸透を

中小企業の賃上げについては、経団連の調査で「2年連続で記録的な賃上げ結果となっている」半面、「業績の改善・向上等を伴わない賃金引上げを実施した中小企業も一定数に上る」ことを指摘。企業が賃上げをコスト増と捉えず、「企業経営に不可欠かつ成長の源泉たる『人への投資』との認識に立ち、『成長投資型』賃金引上げと位置づけて、前向きに検討・実施することが望まれる」などと主張。その際、大企業や発注企業側には「適正な価格転嫁だけでなく、中小企業の取組み支援や連携強化を積極的に推進するといったパラダイムシフトが求められる」とした。

そして、中小企業の賃上げ実現のために、「中小企業自体の生産性の改善・向上に加え、サプライチェーン全体を通じて、労務費を含めた製品・サービスに対する適正な価格転嫁の着実な推進」と「中小企業間や一般消費者向けの取引における価格アップに対する理解と共感を社会的規範としていく」といった環境整備の必要性を訴えている。

同一労働同一賃金法制を基本に正社員との均衡・均等待遇を

有期雇用等労働者の賃上げ・処遇改善に関しては、「同一労働同一賃金法制への対応を基本に、正社員と有期雇用等社員との間の均衡・均等待遇を確保することが必要」だとした。また、意欲や能力のある有期雇用等社員には、「積極的な正社員登用や、労働時間・勤務地等をあらかじめ決定した正社員制度の活用、正社員と同様の能力開発・スキルアップ支援等に取り組む」ことにも触れている。

あわせて、政府・地方自治体等の取り組み・支援の必要性にも言及。「経済・社会機能の維持・強化に不可決な業種に従事するエッセンシャルワーカーの処遇改善に向けて、公定価格のあり方の検討も重要」などとしている。

人材の確保・育成に重要な「総合的処遇改善」

「総合的な処遇改善」と人材育成について、報告は、企業が自社の事業方針・計画と人材戦略の実現に必要な人材の確保・育成に向けて、「賃金引上げとともに『人への投資』促進の両輪である総合的な処遇改善・人材育成の取組みが非常に重要」だと強調。働き手のエンゲージメント向上を図りながら「人への投資」を実行・加速するために、「『働きがい』と『働きやすさ』はもちろんのこと、『対象とする社員』と『担当業務との関連度合い』、『働く場所(勤務地限定・無限定)』と『担当する職務の範囲(職務限定・無限定)』の観点から、効果的な施策を検討・実施する必要がある」と唱えている。

「人への投資」加速する「未来協創型」労使関係の構築・確立を

報告は最後に、企業にとっての働き手・労働組合の存在について、「自社が直面する様々な課題を共有し、その克服に向けて共に取り組んでいく『経営のパートナー』かつ重要なステークホルダー」と位置づけたうえで、「生産性の改善・向上を通じた原資の継続的な確保に向けて、働き手・労働組合の理解と協力」が必須であることを断言。さらに、無組合企業の社員や労組未加入の働き手との「コミュニケーションの活性化」も有益だと付記して、「『人への投資』を実行・加速し、『構造的な賃金引上げ』と『デフレからの完全脱却』を実現して、わが国社会の明るい未来を『協創』する労使関係、すなわち『未来協創型』労使関係の構築・確立」を呼びかけている。

経団連の「賃金・処遇決定の大原則」一層深化することを期待/連合

連合(芳野友子会長)は1月22日、報告に対する見解を公表した。見解は報告が、これまで「賃金決定の大原則」としてきた表現を「賃金・処遇決定の大原則」に変更したことや、「賃金引上げと総合的な処遇改善を『人への投資』として明確に位置付け」たことなどを評価。さらに、報告が「構造的な賃金引上げ」を図るとしている点についても、「連合の掲げる『未来づくり春闘』は、『人への投資』を起点として、ステージを変え、経済の好循環を力強く回していくことをめざしており、当面の安定した巡航軌道のイメージとも基本的に重なるところが多い」などとして、「経団連の『賃金・処遇決定の大原則』がより大きな社会課題を視野に入れた考え方として一層深化することを期待したい」と評した。

中小組合の賃上げ水準では隔たりも

その一方で、報告が中小組合の要求水準を「極めて高い水準といわざるを得ない」と明記したことには遺憾を表明している。「大手企業と中小企業の賃金水準には差があり、人手不足のなかにおいて、中小企業の賃金格差の是正はまったなし」だと反論。経団連および会員企業は、「環境を整えるとともに、取引先に遠慮することなく積極的な賃上げをするよう背中を押す役割を果たすべき」だと主張し、「労働組合の要求に真摯に耳に傾け、労使交渉が行われること」を強く求めた。

なお、「中小企業における賃金引上げには、適正な価格転嫁と販売価格アップが不可欠」などとした点についても「取り組み姿勢は評価できる」とコメントしたうえで「問題は結果」だとして、今後の取り組みの徹底を要請している。

このほか、今回の連合見解は、報告の個別項目についても評価できる点と相違点などを詳細に示している。

適正な価格転嫁の推進に向けて経団連の指導力発揮を求める/金属労協

金属労協(JCM、金子晃浩議長)も1月27日に、報告に対する見解を発表した。見解は、賃上げについて、「物価上昇分を上回る賃上げ(ベースアップ)の必要性を指摘しており、こうした考え方は金属労協と考えを同じくするもの」だと評価している。中小企業の賃上げ原資確保のための考え方も、「金属労協が取り組んでいる『付加価値の適正循環』構築と一致している」と指摘。価格転嫁を進めるために、「経団連の指導力を発揮することが求められている」と記述した。

その一方で、報告が特定最低賃金を「実質的に機能していないケースが目立っている」として廃止を検討する必要性を提起している点については、「経労委報告が重視する、中小や非正規雇用で働く労働者の賃上げの実現や、 地域経済の活性化のためには、むしろ特定最低賃金を積極的に活用していくべきだ」などと反論して、産業労使の取り組み強化の必要性を強く訴えている。

「働き手のエンゲージメントを高める」ことにはつながらない/全労連

一方、全労連(秋山正臣議長)は1月22日、「労働者や中小企業への内部留保の還元をはじめ、大企業がその存在にふさわしい社会的責任を果たすよう求める」などとする黒澤幸一事務局長名の談話を出した。

談話は、報告が「中小企業における構造的な賃金引き上げが必要だとしながら、中小企業自身による生産性の改革・向上をせまるとともに大企業は中小企業における適正な価格転嫁に対応できる収益力の確保が必要だとするなど、自己矛盾に満ちた身勝手な姿勢としか言いようのない方針」だと批判。「このことは経団連自身が掲げる『働き手のエンゲージメントを高める』ことにはつながらない」などと断じた。

月例賃金や初任給の引き上げについても、「若年社員への重点配分が有効とされている一方で、中高年齢層の賃上げについてはまったくふれられていない」などと非難。「24春闘では、多くの中高年労働者はその恩恵にあずかることができなかったが、そうした状況がさらに加速する」との懸念を表明している。

(調査部)