【労働組合トップインタビュー】
しっかりとした日常活動を行う労働組合が粘り強く交渉して実現した中小の賃上げ
 ――JAM 安河内賢弘会長に聞く 中小金属労組における賃上げの最新状況

春闘取材

写真:安河内賢弘氏

大手企業の大幅賃上げの流れをうけて、中小企業でも積極的な賃上げが行われているのだろうか。300人未満の製造業の中小労組が8割を占める産業別労組、JAM(組合員36万7,000人)の安河内賢弘会長にインタビューし、加盟組合の賃上げの最新状況と価格転嫁の取り組み、今後の中小企業の賃上げに向けた課題などについて聞いた。

――ここまでの回答集計結果をみると、大手の先行回答に牽引されてなのか、中小もここ数年にない高水準の回答結果となっている。現時点でどう評価しているか。

JAMの最新の闘争状況報告(5月9日発表)をみると、300人未満の平均賃上げの妥結額の平均は8,489円、率では3.14%となっており、JAM結成(1999年)以降で断トツに高い数字だ。連合の集計でも、賃上げ率は30年前の水準に匹敵する。しっかりとした水準の賃上げを獲得できている。新聞記事を見直すと、昨年11月、12月ごろのアナリストの賃上げ予想は、定昇相当込みのトータルでの引き上げ率で2.8%だった。こうした数字と比べても、大幅に上回る水準であり、アナリストたちには予想が外れて「ざまあみろ」と少し思っているところだ(笑)。

「これからは物価が上がっていくんだ」という共通の認識に、国全体がなっていくかどうかを一番見誤っていたから、予想が外れたのだろう。それに伴って、企業も価格転嫁に動き出すということについても見誤っていたのだろうし、なによりも労働組合がちゃんと交渉するということを見誤っていたのではないか。この3点の誤りから、アナリストは予想を外したのだと思っている。この3つのいずれかが欠けたとしても、今回のような賃上げはできなかっただろうし、労働組合が果たした役割は非常に大きかったと言える。

機能した春闘の横並びの機能

大手の交渉では、会社側が先行して回答を出したのではないか、という言説もかなりあるが、私はそうは思っていない。最初の段階で、ユニクロやコジマといったリテール業界の企業が賃上げを表明したが、こうした業界は、個人消費が伸びていかないと自分たちの会社の売り上げも伸びないので、「賃上げの機運を高めていこう」という行動は企業として合理的だ。

同じ金属労協傘下の自動車総連では、こうした流れをうけて、結果的に満額回答が揃うことになったが、トヨタでは最終日までしっかりと様々な課題について労使で話し合っていた。トヨタの直後に、ホンダも満額回答を表明し、自動車の満額の流れが決まっていくことになったが。基幹労連は、総合重工の各組合が1万4,000円の賃金改善、定昇相当を含めれば2万円という高い要求を掲げ、会社側は、最初は非常に厳しい反応だったそうだが、IHIの満額回答に他の労組も牽引される形となった。自動車の流れをうけて、金属全体が満額の方向に流れた。

JAMの大手でも、島津労組が満額回答をうけるだけでなく、初任給の引き上げも別原資で獲得して組合側の要求を超える回答となるなど、満額の流れができあがっていった。こうした流れを見ると、横並びで春闘をやっていくということが、強く機能したのだと言える。春闘交渉があったからこそ、賃上げができたと言ってもいいのではないか。

中小でもしっかりと日常活動している組合が賃上げを獲得

中小については、「大手が満額だから中小も満額」という流れにはなっていないものの、大手の流れに乗りながら、賃金格差から生活が苦しいことや、物価上昇が生活を直撃していることを訴えて粘り強く交渉し、しっかりとした回答を引き出したと評価している。

ただ、中小の交渉結果(同じく5月9日発表)をみると、回答にバラツキが見られる。賃金改善・ベアの回答を切り分けて集計できる300人未満の組合(537単組)のなかで、9,000円を超える賃金改善・ベアを獲得したところが74単組ある一方、1,000円未満が27単組ある。ちょうど5月11日に全国書記長会議があり、現場の交渉実態を聞いたところ、日常の組合活動がしっかりできていて、企業間取引においても価格転嫁ができているところが、しっかりとした回答が出ているとのことだった。中小についても、労働組合があるからこそ賃金が上がったのだと捉えている。

だから、6月に発表される4月の「毎月勤労統計調査結果」で、実質賃金がどうなっているかに注目している。労働組合があるからこそ賃金が上がったということであれば、(組合のない事業所も対象である)毎勤統計上の実質賃金は上がらない可能性がある。私個人としては、そこは悲観的に見ており、実質賃金はそれほど上がらないとみている。だからこそ、労働組合として、「労働組合がないと賃金が上がらないよ」「労働組合がちゃんと交渉しないと賃金が上がっていかないよ」ということを、しっかりと世の中にアピールしていかないといけない。

――中小でも経営が思わしくない企業もあったと思うが、そういった中小ではどのように賃上げ交渉し、賃上げを獲得したのか。

やはり「人手不足」への危機感は、労使共通して持っている。コロナ下で、雇用は雇用調整助成金によって守られたものの、残業がなくなったので、賃金が実質で目減りし、優秀な若者から会社を去って行くという現実を労使で目の当たりにした。こうした状況から、経営側の危機感が非常に高く、たとえ業績が悪くても、賃上げせざるをえないという状況があっただろう。

だから今春闘では、会社側がJAMの情報にとても注目して、中小の経営者でもJAMのHP(ホームページ)をチェックしたり、地方では同じ地域のJAM加盟企業の回答を気にして、交渉を進めるという様子が見られた。そういう意味では、今回は、賃上げ相場が形成されたと言える。

賃上げできない企業は市場から退出せざるを得ない

今春闘では、賃金改善・ベアを獲得できず、「賃金構造維持分」のみの回答となった単組が82単組あるが、去年の同じ時期は180単組を超えていた。実に100単組程度が、去年は賃金改善・ベアを取れなかったが今年は獲得できたという状況になっており、「広がり」という意味でも、JAMにおける過去最高の結果となっている。つまり、厳しい人手不足の状況から、「賃上げができない企業は市場から退出せざるを得ない」という段階まで来てしまっているのではないか。

これまでで最高の賃上げを記録したのは、消費税率がアップして物価が上がった2015年の闘争で、このときは「広がり」は見られなかった。このときは、経営的にはむしろ厳しくなることが目に見えている状況で、組合側が「生活が苦しい」と言っても、経営側は「なぜ税金が上がった分、自分たちが賃金を上げなくていけないんだ」という議論になって、賃金改善・ベアを獲得できない単組も非常に多かった。

――中小が賃上げ原資を確保するため、労務費や原材料費などの上昇分を製品価格に上乗せする「価格転嫁」の取り組みについては、JAMでは発足以来、取り組みを続けている。現場を直接見てきた立場として、価格転嫁できる環境づくりは、どの程度進んできたと捉えているか。

価格転嫁の取り組みは確実に前進していることは間違いない。ただ、JAMが実施した「企業状況と取引実態に関する調査」の2022年結果(本号に紹介記事を掲載)をみると、発生したコストのほとんどを価格転嫁できたという中小企業は一部に限られており、そういう意味では道半ばだ。労務費の上昇に伴う価格転換の協議に関しては、協議を「しなかった」という企業が2割にのぼり、そもそも、あきらめている感もある。

業種別に状況をみると、特に自動車産業では、エネルギーや原材料高については、価格転嫁をしっかりやっていく必要があると考える傾向が見て取れる一方、労務費については、企業努力の課題であり、生産性を向上させることによって対応していかなくてはならないという姿勢を崩しておらず、中小にとって非常に厳しい状況にある。ただ、いまは明確なインフレ局面であり、貨幣価値が劣化しているなかでは、労務費の分も当然価格に転嫁されるべきで、この点はしっかりと労使交渉のなかで求めていく必要がある。

理不尽な値下げと同じくらい、理不尽に価格転嫁を求める

今春闘で、現場に繰り返し言ってきたのは、「物分かりの悪い春闘をやろう」ということ。おかげさまで、このフレーズを多くの単組の委員長が使ってくれ、全国に広げることができた。「これまで理不尽に値下げ要求を受け入れてきたのだから、われわれも同じぐらい理不尽に賃上げを求めて、価格転嫁を求めていかなくては、価格転嫁なんか実現するはずがないんだ」と、粘り強く、厳しい交渉をしていかなければならない。

去年までは、1万円を超える賃上げなんかしたら、「会社がつぶれる」と経営側に言われた。しかし、実際にはつぶれなかった。支払い能力主義というものが、いかにいい加減な方針であったかということが証明されたのだと思う。賃上げは支払い能力ではなく、労使の力関係のなかで実現されてきたのであり、これからもそうだと思う。組合がさらに粘り強く交渉することを、来年以降も続けていくことが重要だ。

いま、JAMでは加盟組合企業の4月の価格転嫁の状況について調べている。単組名と紐付けているので、今春闘で獲得した賃金改善・ベア額とも紐付けすることができる。その状況を分析し、価格転嫁が賃金上昇につながるということを証明したうえで、9月の価格改定の議論の際にこのデータをぶつけていきたい。そしてまた、昨年と同じように、価格転嫁の改善の状況をみながら、来年の春闘につなげていきたい。

――今年のような賃上げを来年以降も継続していくために、労働組合としてどのような取り組みを行っていく必要があるか。

これからも物価上昇は続いていくと考えている。欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁のインタビュー記事を読んだが、著しい上振れリスクがあると述べており、その原因は賃上げと言っていた。欧州では賃上げによって物価が上昇していくと想定している。物価上昇が今後落ち着くといっても、マイナスになるわけではなく、欧州はいま、7%、8%程度だが、これが2%、3%程度になるという話で、日本も同じ状況になる。

商品は日本のためだけに作られているのではなく、世界で売るために作られている。高く売れるのであれば、付加価値を付けて高く売りたいというのが企業行動の原則だ。これから日本だけが賃金が上がらないということになれば、欧州では当たり前の商品すら買えなくなるということにつながりかねない。だから、むしろ賃金は上げなくてはならない。

賃金が上がるなかでゆとりを感じられる社会の実現を

2023年も2~3%の物価上昇はあるだろう。であるならば、定昇相当込みで、3%以上の賃上げを実施していかなくてはならないし、賃金が上がっていくなかで、「ゆとり」を感じるという当たり前の社会にしていかなくてはいけない。そうした新しい社会に変えていく大きなチャンスであり、賃上げを今年だけで終わらせず、来年、そして再来年も続け、大転換の年にする必要がある。

「歴史的な春闘になった」と、今春闘を過去のものと捉えるのではなく、今春闘をこれから、「歴史的な春闘」にしていかなくてはならない。だからもう加盟単組には、「すでに来年の春闘交渉は始まっている」と強く伝えている。

プロフィール

安河内 賢弘(やすこうち かたひろ)

1971年生まれ。井関農機労働組合委員長、JAM四国委員長、JAM副会長などを経て、2017年にJAM会長に就任。連合副会長、労働政策審議会委員(労働者代表委員)。

(取材日:5月12日、聞き手・荒川創太)