【主要企業の賃上げの状況】
主な業界ごとにみる賃上げの状況
 ――主要企業130社の賃上げ回答一覧

春闘取材

主要企業の賃上げ交渉では、大幅な賃上げ回答だけでなく、異例の早期決着と満額回答も相次いだ。主要企業130社の賃上げ回答結果を見ながら、各業界の賃上げ回答の特徴点を紹介する。

トヨタや日産などすべての主要メーカー組合で満額回答――自動車

自動車総連(組合員79万6,000人)の「メーカー部会」に所属する完成車メーカーの労働組合は、11組合すべてが要求に対する満額回答を経営側から受け取った。メーカー部会の各完成車メーカーの回答結果は表1のとおり。

表1:自動車総連加盟の主要組合の賃上げ回答結果
画像:表1

注:トヨタは賃金改善分のみの記載。

(出所:自動車総連公表資料)

トヨタでは、組合側は職種ごとに特定の資格における水準改善額を要求している。今春闘では、「事技職」(事務技術職)の指導職で9,370円、「業務職」の業務職1級で4,670円、「技能職」のEX級で5,470円と、それぞれ引き上げ要求額を設定した。

第1回の労使協議会は2月22日に行われたが、この場で早くも、次期社長が決まっていた佐藤恒治・Chief Branding Officer(現社長)は、賃金と一時金について組合側の要求どおりに回答することを表明。「トヨタの賃金がすでに高い水準にあるなかで、今回の要求は、本来、簡単に応えられるものではない」と述べつつも、「今回の決断は、トヨタのみならず、産業全体への想いをもって、トヨタと一緒に頑張ってくださる自動車産業の仲間への想いを込めて、そして各社で労使の率直な話し合いが進むことを願って、このタイミングでの回答とする」と組合側に伝えた(『トヨタイムズ』より)。トヨタでの早期決着はこれで2年連続。

トヨタだけでなく日産やホンダなども、3月15日の回答日を待たず、2月中に事実上、会社側から満額回答が示されて決着した。

日産の要求・回答額は「賃金制度に基づく改定原資1万2,000円」。賃金制度上、賃金カーブ維持分と賃金改善分を切り分けられないため、こうした表示となっているが、昨春闘に比べ4,000円多い改善額となった。ホンダでの要求・回答額は賃金カーブ維持分と賃金改善分を合わせた「総額:1万9,000円」と2万円に近いレベル。昨春闘の回答は「平均賃金要求に加え、人への投資1,500円(1人平均総額3,000円相当分)だったことから、賃金改善分は大幅増となった。

ヤマハ発動機では、組合側の要求は、賃金改善分7,000円相当(賃金制度維持分を合わせた総額で1万3,400円相当)だったが、会社側は、要求額より高い総額1万5,400円(賃金改善分9,000円)を回答するという珍しい出来事もあり、組合側はこれを受け入れた。

一時金の最終結果をみると、トヨタ6.7カ月(組合側要求どおり)、日産5.5カ月(同)、ホンダ6.4カ月(同)、マツダ5.3カ月(同)、三菱自工6.0カ月(同)、スズキ5.8カ月(同)、SUBARU5.6カ月(同)、ダイハツ5.5カ月(同)、いすゞ6.0カ月(同)、日野4.7カ月(組合側要求は5.0カ月)、ヤマハ発動機6.5カ月(組合側要求は6.6カ月)となっており、日野とヤマハ発動機以外は要求どおりの回答となった。

回答日である3月15日の午後2時に出された自動車総連・金子晃浩会長の談話は、主要組合が引き出した回答について、「各組合の要求に対するこだわりにより、全ての組合で満額の回答を引き出すことができた。この結果は、激化する競争環境の中で人材確保に向けた取り組みを進めていくことや、物価上昇から生活を守ることによって、自社および自動車産業の魅力を向上していく必要があることについて労使の認識が一致したことであり、大変意義のある結果と受け止める」と評価した。

金子会長は同日開いた会見で、物価上昇の生活面への影響や自動車産業が現在置かれている環境に対する経営側の認識などを背景として「例年以上に会社側の理解があった」と振り返るとともに、トヨタなど満額での早期決着が相次いだことで「プラス効果は間違いなくあった」などと話した。

パナソニック、日立などすべての中闘組合で満額の7,000円決着――電機

電機連合(組合員56万5,000人)では、闘争行動を背景に産別統一闘争を展開する12の中闘組合すべてが、要求に対する満額を獲得した。

中闘組合は、パナソニックグループ労連、日立グループ連合・日立製作所労組、全富士通労連・富士通労組、東芝グループ連合・東芝労組、三菱電機労連・三菱電機労組、NECグループ連合・日本電気労組などといった顔触れ。中闘組合は統一して、「開発・設計職基幹労働者」(30歳相当)の個別ポイントで7,000円の水準改善を要求したが、すべての組合で要求どおりの7,000円の回答を受けた(表2)。なお、各中闘組合の賃金体系維持分は、6,000円~8,000円と電機連合では説明している。

表2:電機連合の中闘組合の回答状況
画像:表2

(出所:金属労協公表資料)

2022春闘では、日立製作所、東芝、NEC、村田製作所の4組合が満額を獲得したが、過去の実績をみると、そもそも中闘組合で満額回答が示されることは珍しく、電機連合によれば、すべての中闘組合で満額回答を獲得したのは、個別ポイントでの水準改善を要求する現在の要求方式に移行した1998年以降で初めてのこと。

電機連合の神保政史委員長は3月15日に開いた会見で、賃金の回答結果に対する受け止めについて「経営側と人への投資の重要性を確認して、導き出した回答であり、高く評価したい」と話した。

産別統一闘争では、中闘組合が要求額とともに、回答額についても足並みを揃えていくのが基本となる。そのため、電機連合では、回答指定日の直前に、「この水準を下回る回答が出れば、ストなどの闘争行動に移る」という意味合いを持つ「歯止め基準」を決める。今春闘では、回答日から2日前の3月13日に「歯止め基準」を「5,000円以上」と決定。従来は、歯止め基準ぎりぎりで決着する組合が多くなることが通常のケースだが、最終的にすべての組合が満額回答まで交渉を追い上げることに成功した。神保委員長は、「中闘組合間の連携を密にしたことが、最終的に満額回答につながった」「統一闘争の良さが出た」と評価した。

一時金については、業績連動方式を採用する組合が多いものの、要求方式をとる組合の回答をみると、日立製作所が「年間6.1カ月+特別加算3万円」(組合要求は年間6.3カ月)、三菱電機が年間5.8カ月(同年間6.1カ月)、富士電機が年間6.0カ月(組合要求どおり)、沖電気工業が年間4.1カ月(同年間5.0カ月)となっている。

総合重工組合は足並みを揃えて賃金改善1万4,000円を獲得――鉄鋼、総合重工、非鉄

鉄鋼、造船重機、非鉄業界などの組合でつくる基幹労連(組合員26万8,000人)の主要組合では、総合重工と非鉄総合の大手が、2023年度の賃上げ交渉に臨んだ。なお、日本製鉄、JFEスチール、神戸製鋼の鉄鋼大手は、昨年の交渉で2022年度・2023年度の2年分をまとめて交渉して決着済み(2022年度3,000円、2023年度2,000円の賃金改善。なお、鉄鋼大手の賃金構造維持分は6,900円)。

総合重工では、三菱重工、川崎重工、IHI、住友重機械、三井E&S(マシナリー)、キャタピラー日本(製造)、日立造船の各組合が揃って、賃金改善分だけで1万4,000円を要求し、三井E&S(マシナリー)以外で満額回答を受けた(表3)。総合重工での満額決着は1974年以来49年ぶり。なお、基幹労連によると、総合重工各社の賃金構造維持分は6,000円。三井E&S(マシナリー)では、満額に届かなかったものの賃金改善額を1万円台に乗せた。

表3:鉄鋼、総合重工、非鉄の各大手組合での回答状況
画像:表3
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注1:鉄鋼総合メーカーは、2022年春の交渉で2022年度および23年度の賃上げ交渉を行った。

注2:鉄鋼総合メーカーの賃金構造維持分は6,900円、総合重工は6,000円、非鉄総合は5,000円と公表されている。

(出所:金属労協、基幹労連公表資料)

非鉄総合では、三菱マテリアル、DOWA、三井金属で満額回答となっており、三井金属ではさらに、経営側が「生活順応手当4,000円」も追加回答した。住友金属鉱山では、組合側が物価上昇手当として6,000円以上を求めていたが、会社側は要求を上回る同手当1万円を回答した。JX金属では、「インフレ手当支給および直長手当増額(1万円/月・人)」を組合側が求めていたが、経営側は、「特別支援手当・直長手当」として6,543円/月を回答した。なお、非鉄大手の賃金構造維持分は5,000円。

基幹労連の神田健一委員長は3月15日の会見で、「大変革期にあるなかで、ものづくりの技術・技能の伝承、イノベーションの推進に欠くことのできない人材の確保と定着、その先を見据えた人への投資、引き続きの賃金改善の重要性、これらも含めたサプライチェーンの強化、生活の安定・安心を支えるなどの観点から、これらを労使共通のものとして真摯に論じ合い、知恵を出し合いながら、実のある結果として引き出したものであり、高く評価する」と話した。

島津などが満額回答で、複数の組合で1万円を超える賃金改善獲得――機械、金属

JAM(組合員36万7,000人)に加盟する金属・機械の大手組合でも、1万円以上の賃金改善分を獲得する組合や満額回答を受け取る組合がみられた。

島津は「賃金構造維持分7,069円+賃上げ1万1,200円」の総額1万8,269円の満額回答。ほかに、アズビル「賃金構造維持分4,470円+賃上げ5,500円の総額9,970円」、日本精工「賃金構造維持分5,943円+賃上げ9,000円の総額1万4,943円」でも満額を獲得した(表4)。ジーエス・ユアサでは、組合側は賃上げ(賃金改善)分は6,000円を要求していたが、会社側は要求を1,000円上回る7,000円を回答した。なお、JAMの今春闘方針での賃上げ(賃金改善分)要求基準は9,000円。

表4:JAMの機械、金属大手組合の回答状況
画像:表4

注:特段の記載がなければ、回答額のうち、ベア・賃金改善分等のみ。

(出所:JAM公表資料)

JAMの安河内賢弘会長は3月15日の会見で、15日までの先行大手の回答について「JAM結成(1999年)以来、ダントツの数字であり、歴史的な回答が出た」と評価した(※本号に関連記事:安河内会長インタビュー)。

全大手4組合で要求満額か満額に相当する賃金改善を獲得――電線

全電線(組合員2万5,000人)の大手4組合は、すべてで満額か満額に相当する賃金改善分を獲得した。要求額どおりの回答となったのは、古河電工(賃金改善分6,000円)、住友電工(同9,000円)、昭和電線(同6,000円)で、フジクラでは、組合側の賃金改善分9,000円の要求に対し、会社側は同9,100円を回答した(表5)。

表5:電線大手での回答状況
画像:表5

(出所:金属労協公表資料)

「引き上げ分」3%の満額回答や2%台後半の獲得が相次ぐ――化学・繊維などその他の製造業

UAゼンセン(組合員186万6,000人)の「製造産業部門」に所属する繊維・化学などの主要組合では、ベアや賃金改善などの「引き上げ分」について、満額回答を獲得するだけでなく、1万円台にのせる回答も相次いだ。食品など他産別の主要組合でも、ビール会社など1万円に及ぶ賃金改善分の獲得が目立った。

「製造産業部門」の要求基準が「賃金体系維持分に加え、3%以上の賃金引き上げを要求し、格差是正に向けた積極的な上積み要求に取り組む」だったことから、繊維素材や化学などの主要組合は、3%かそれ以上の「引き上げ分」を掲げて交渉に臨んだ。

その結果、繊維素材では、カネボウ(引き上げ分8,260円(3%))、日東紡(同9,120円(3%))が、3%の満額回答を獲得(表6)。化学では、満額回答とはならなかったが、東レが同8,200円(2.61%)、旭化成が同9,100円(2.61%)、帝人が同8,200円(2.43%)で妥結するなど、2.5%近くかそれ以上の「引き上げ分」での決着が相次いだ。衣料・スポーツでは、ミズノが、満額回答に相当する1万円(3.03%)の「引き上げ分」を獲得(要求は1万109円(3.06%))。クラレでは、組合側の要求は「引き上げ分」1万44円(3%)だったが、会社側は、要求を大きく上回る同2万円(5.97%)を回答した。

表6:UAゼンセン製造産業部門の化学、繊維などの主要組合の回答状況
画像:表6

(出所:連合、UAゼンセン公表資料)

「製造産業部門」の吉山秀樹事務局長は、UAゼンセンが3月16日に開いた会見で、「会社側も、他産業で多くの満額回答や高水準の回答が続いたことや、賃上げの社会的気運が強まったことをうけ、目先の経営状況よりも、先を見据えた賃上げの必要性に理解を示し、それがこうした回答につながった」と話した。

それ以外の製造業(他の産別)での主要組合の回答結果をみていくと、JEC連合、フード連合、ゴム連合、紙パ連合、セラミックス連合に加盟する主要組合での回答は表7表8表9のとおりとなっている。東ソー(賃金改善分1万3,600円)やキリンビール(ベア1万円)、サントリー(ベア1万円 特別一時金3万円)、バンドー化学(賃金改善分1万円)、レンゴー(ベア一律1万円)、日本ガイシ(賃金改善分1万3,500円)などで、1万円を超えるベア・賃金改善分を獲得している。

表7:JEC連合に加盟する主要組合の回答状況
画像:表7

(出所:連合公表資料)

表8:フード連合に加盟する主要組合の回答状況
画像:表8

注:日本ハムは日本ハムユニオンとしての回答額。

(出所:連合公表資料)

表9:ゴム連合、紙パ連合、セラミックス連合に加盟する主要組合の回答状況
画像:表9

注:賃金カーブ維持分しか記載がない場合は、賃金改善分なし。

(出所:連合公表資料)

総合スーパーの早期満額獲得で先行相場を形成――流通・サービスなど

UAゼンセンの賃金闘争では各加盟組合が経営側から回答を受け、妥結するかどうかの最終決定は本部が行うが、「流通部門」では、本部の妥結承認の第1号(イオングループ労働組合連合会オールサンデーユニオン)が2月22日に出るなど、例年になく、早期妥結が相次ぐとともに、総合スーパーなどが満額を獲得して相場をけん引した。「総合サービス部門」の外食(ファミリーレストラン)では、コロナ下で大きな打撃を受けたにもかかわらず、人手不足を背景に1万円を超える「引き上げ分」を獲得する組合も出た。

「流通部門」の主要組合では、3%以上の「引き上げ分」を含め5%以上の要求を掲げる組合も多いなか、中核組合であるイオングループ労働組合連合会イオンリテールワーカーズユニオンが3月1日に、妥結承認2号として、「引き上げ分」1万1,404円(3.81%)の満額で妥結した(表10)。イオングループ労働組合連合会傘下では、ほかにも早期に高水準の「引き上げ額」で妥結する組合が多く、流通・小売業界での相場形成役となった。また、百貨店や専門店が、コロナ下で厳しい業況にあったにもかかわらず「引き上げ分」の回答を引き出し、全髙島屋労働組合連合会髙島屋労働組合では要求満額の引き上げ分9,000円(2.12%)を獲得した。

表10:UAゼンセンの流通・サービス関連の主要組合の回答状況
画像:表9
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(出所:連合、UAゼンセン公表資料)

正社員組合員の賃上げでみると、「流通部門」では3月16日の時点でほぼ半数(49%)の組合が妥結。同部門の波岸孝典事務局長は、「異例の早さ」と進捗状況を表した。

一方、「総合サービス部門」の外食では、すかいらーくグループ労連すかいらーく労働組合が要求満額の引き上げ分1万200円(3.02%)を獲得し、ジョリーパスタユニオンも3%を大きく超える引き上げ分(1万262円、3.46%)を引き出した。「総合サービス部門」の原田光康事務局長は3月16日の会見で、「人材不足から、人員確保に向けた危機感があり、労使でそれを共有できたことが回答につながった」と話した。

短時間(パートタイム)組合員の時給引き上げでは、おおむね正社員組合員を大幅に上回る率の「引き上げ分」の獲得ができている。ダイエー、カスミ、イオンリテールでは、6%台の「引き上げ分」を獲得し、制度昇給も含めた総額の率では、7%またはほぼ7%に達する。

運輸労連加盟の大手組合の回答結果をみていくと、全日通が、今年は総額で1万円を超える賃上げ(1万550円)を獲得している(表11)。

表11:運輸労連の大手2社の回答状況
画像:表11

(出所:連合公表資料)

(荒川創太)