地域間格差の是正を目指して最低賃金のランクを4区分から3区分に変更
 ――中央最低賃金審議会が報告を取りまとめ

スペシャルトピック

中央最低賃金審議会(会長:藤村博之・労働政策研究・研修機構理事長)は4月6日、「目安制度の在り方に関する全員協議会報告」を取りまとめ、最低賃金の目安額を示す都道府県のランク区分について、現在の4区分を3区分に減らすことを決めた。1978年に現在のランク制度が始まってから、各県が所属するランクの見直しは何度か実施されてきたが、ランク数の変更は初となる。最低賃金の地域間格差を是正することが狙い。今年10月の改定に向けて示される改定額の答申から適用される見込み。

<最低賃金の決まり方>

中央最賃審が示す各ランクの目安を参考に各都道府県の審議会が議論

地域別最低賃金の改定審議は、厚生労働大臣からの諮問をうけた中央最低賃金審議会が調査審議を行い、改定の目安を答申として提示する。目安では都道府県をABCDの4つに区分したうえで、各ランクで目安の金額を示す。たとえば2022年度は、AランクとBランクは31円の引き上げを、CランクとDランクは30円の引き上げを答申した。

各都道府県の地方最低賃金審議会は、この目安を参考にして調査審議を行い、改定額を答申して各都道府県の改定額が決まる。最低賃金法第9条第2項は最低賃金の決定で考慮する事項として、①賃金②労働者の生計費③通常の事業の賃金支払能力――の3要素をあげている。

各都道府県が所属するランクは経済指標をもとに決定

4区分によるランク制は1978年度に始まった。各都道府県をどのランクに位置づけるかについては、数年に一度見直されている。たとえば直近の2017年度の変更では、埼玉県がBランクからAランクに、山梨県がCランクからBランクに、徳島県がDランクからCランクにそれぞれ移行している。この所属するランクの見直しは、1人あたり県民所得や1世帯あたり消費支出などの複数の経済指標から作成される「総合指数」をもとに検討される。

<議論の背景>

生活保護との逆転現象の解消で都道府県の最賃格差が広がる

最低賃金の決め方も数年に一度見直されている。2007年度の見直しでは、生活保護受給者のほうが最低賃金水準で働く労働者よりも収入が高くなるという「逆転現象」を解消することが明記された。その結果、東京都や神奈川県のようなAランクに属する都道府県で最低賃金がより引き上げられ、最低賃金の都道府県格差は拡大していった。

2002年度の最低賃金は、最高額は東京都の708円、最低額は沖縄県の604円でその差は104円となっていたが、年々その差は拡大していき、2014年度には東京都が888円、沖縄県が677円で差は211円となり、差額は2002年度の2倍以上に広がった。「目安制度の在り方に関する全員協議会」資料によると、この12年間で広がった107円の要因は「生活保護との乖離解消のための上乗せ」が77円で、4分の3を占めている。2022年度時点でも東京都が1,072円、沖縄県が853円で、219円の差がある。

首相が政労使会議で地域間格差の是正に言及

最低賃金の地域間格差については、3月に開催された政労使会議でも話題にあがった。この会議で岸田文雄首相は「最低賃金について、昨年は過去最高の引き上げ額となったが、今年は、全国加重平均1,000円を達成することを含めて、公労使三者構成の最低賃金審議会で、しっかりと議論いただきたい」として引き上げ額の“平均”について言及したうえで、「地域別最低賃金の最高額に対する最低額の比率を引き上げることも必要」と発言し、地域間格差の是正にも関心をみせた。

あわせて、現在の最低賃金額は全国加重平均で961円と、1,000円の大台到達が近づいているが、「この夏以降は、1,000円達成後の最低賃金引上げの方針についても議論を行っていきたい」と発言した。

<協議会での労使の意見>

ランク数の削減が格差是正につながるという意見が

ランク数の見直しについて、「目安制度の在り方に関する全員協議会」では2021年から議論が進められてきた。

当初は、現在の4ランク制を維持することと、見直すことの双方を視野に議論が行われた。しかし議論が進むなかで、会議に参加した労働者代表委員からは、「ランクを4つに分けて、原則Aが最も高く、B、C、Dの順に低くなる目安額を出すという構造自体が、地域間の最賃額の差を拡大させてきた一因であり、額差是正の第一歩として、まず4ランクを3ランクに減らすべきではないか」「2014年度以降の目安額で、複数ランクで同額としてきたことは、中賃としてもこれまで最賃額の差が拡大しないように目配りしてきたことの結果であり、この実態からも3ランクとすることが整合的ではないか」といった、ランク数の削減を支持する意見が表明された。

また、使用者代表委員からも、各都道府県のランクを決める指標となる「総合指数」の動向をもとに、「東京と沖縄の総合指数の差が縮小していることを踏まえれば、ランク数を4から3に減らすことは整合的ではないか」という意見があがった。

さらに、ここ数年は政府方針でも最低賃金の地域間格差の是正に対して言及されていることについて、「中賃としても確実なアクションをしないと、存在意義が問われることになるのではないか」(労働者代表委員)として危機感を示す意見もあった。

<変更内容>

見直しでAランクが6都府県、Bランクが28道府県、Cランクが13県に

こうした意見も踏まえて、中央最低賃金審議会は4月6日に報告を取りまとめた。

それによると、ランク区分は従来のABCDの4ランクから、ABCの3ランクに削減されることとなった()。Aランクは埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪の6都府県で変更がない。Bランクに属するのは28道府県。従来からBランクだった11府県に加えて、これまではCランクだった14道県と、Dランクだった福島、島根、愛媛の3県がBランクとなる。Cランクに属するのは、従来はDランクだった13県。

表:地域別最低賃金のランク区分
画像:表1

(公表資料から編集部で作成)

<改正の理由>

各都道府県の経済指標の差が縮小傾向にあることなどを考慮

報告は今回の改正の背景として、「47都道府県の総合指数の差が縮小する一方、地域別最低賃金額の差が拡大している」ことや、「近年はランク間の目安額の差が縮小し、複数ランクで同額が示されるケースもある」ことをあげている。そのうえで、ランク数を3つに削減することが適当という結論に至った理由として、以下の4点をあげている。

1点目は、47都道府県の総合指数の差、分布状況に鑑みると、格差が縮小傾向であることから、ランク区分の数を減少させることに相当の理由があると考えられること。

2点目は、ランク区分の数が多ければ、その分、ランクごとに目安額の差が生じ、地域別最低賃金額の差が開く可能性が高くなること。

3点目は、2014年度以降、4ランクとしつつも、目安審議における検討の結果、目安額を3つまたは2つとした年度があり、目安額を4つ示すほどの差がつきづらくなっていること。このため、最大3つの目安を示す構造となることで大きな混乱は生じにくく、かつ、ランクを減らすことの合理性もあると考えられること。

4点目は、ランク数の変化による影響をできるだけ軽減するため、現行の4ランクから1つ減らした3ランクとすること。

なお、報告は目安制度の在り方について今後の見直しにも言及しており、その時期は5年後の2028年度を目途とすることが適当としている。

最低賃金のあるべき水準は引き続き労使で議論が適当

協議会ではランク区分の変更のほか、全国加重平均1,000円という政府が掲げてきた目標へ近づきつつある状況を踏まえ、最低賃金のあるべき水準についても検討が行われた。

しかし、「持続的かつ安定的に最低賃金を引き上げるために、少なくとも賃金決定の当事者である労使がいる場において、労使で合意した上であるべき水準を設定し、毎年の目安審議ではその目標を意識しながら、最低賃金法第9条第2項の3要素を踏まえた引上げ額を議論することが建設的ではないか」との意見があがった一方で、「政府から全国加重平均1,000円より更に高い目標額が提示され続けると、経営者としては先が見えずに非常に厳しい」という意見もあったほか、「経済や雇用の情勢の予見可能性が必ずしも高い状況ではない中で、毎年の審議会での3要素のデータに基づく自由闊達な審議を縛ることになるのではないか」という懸念もあったことから、意見の一致には至らず「引き続き労使で議論することが適当」という結論となった。

<政府方針との関係>

政府方針に配慮しつつも、データに基づく丁寧な議論を徹底すべき

報告は、政府方針への配意にも言及している。それによると、近年の目安審議は①法の原則②目安制度③時々の事情――を総合的に勘案して行われているが、この「時々の事情」に含まれる政府方針への配意について、「地方最低賃金審議会の一部の委員において、政府方針ありきの議論ではないかとの認識がある」としている。これについて報告は、「目安額に対する納得感をできるだけ高めるために、最低賃金法第9条第2項の3要素のデータに基づき労使で丁寧に議論を積み重ねて目安を導くことが非常に重要であり、今後の目安審議においても徹底すべきである」ことで、協議会に参加した委員の合意が得られたとしている。

中央最賃審における目安審議や地方最賃審の審議においては、「公労使三者構成で議論した上で決定することが重要」としたうえで、「政府方針が中央最低賃金審議会や地方最低賃金審議会の毎年の審議を過度に縛るようなことがあってはならない」ことを確認している。そのうえで、「政府が、賃金水準あるいは最低賃金の在り方について、広く意見を聞いて一定の方向性を示すこと自体は否定しない」としつつも、「政府方針を決定する際には、公労使がそろった会議体で、現状のデータや先行きの見通しを示すデータ等を踏まえて、時間をかけて議論されることが望ましい」という認識で一致した。

<議事の公開>

報告は目安審議の公開についても触れている。中央最低賃金審議会運営規程では「会議は原則公開とされ、率直な意見の交換又は意思決定の中立性が損なわれるおそれがある等の場合には非公開とすることができる」とされている。報告は、「議論の透明性の確保と率直な意見交換を阻害しないという2つの観点を踏まえ、公労使三者が集まって議論を行う部分については、公開することが適当との結論に至った」としている。

<ナショナルセンターの見解>

中央最低賃金審議会「目安制度の在り方に関する全員協議会」の報告を受けて、連合と全労連はそれぞれ事務局長談話を発表した。

目安制度の信頼向上に資する前向きな結論を評価(連合)

連合は4月6日、清水秀行事務局長の談話を公表。「約2年にわたる公労使三者による熟議の結果、ランク制度の見直しを中心に、目安制度の信頼性の向上に資する前向きな結論を得ることができた」と評価した。

ランク数が4区分から3区分に縮小されたことについては、「地域間格差是正の第一歩となる大きな見直し」として期待を示した。また、最低賃金のあるべき水準の設定についても議論されたが意見の一致には至らなかったことについては、「報告にあるよう、引き続き労使で議論を続けることが必要」とした。

加重平均1,000円到達が近づくなか「誰もが時給1,000円」に取り組む

談話はまた、最低賃金は加重平均1,000円の大台到達が近づいているが、そうしたなかでの連合の取り組みについて、「急激な物価上昇が働く者の生活を直撃する中、最低賃金の引き上げは待ったなしの課題」としたうえで、「生存権を確保した上で労働の対価としてふさわしいナショナルミニマム水準への引き上げと地域間格差の是正に向け、『誰もが時給1,000円』到達を目標に取り組む」としている。

全国一律最賃制や時間給1,500円の引き上げを

一方、全労連は4月7日、ランク区分を4から3に変更したことについて、「CDランクの地域での引き上げを積み重ねてきた成果であり、運動の反映だ」などとする黒澤幸一事務局長の談話を発表した。談話は、目安審議の一部を公開することに関しても、「一歩前進であり、引き続き、地方の審議も含め、全面公開を求めていく」としている。そのうえで、今後の見直しの時期が5年後の2028年とされたことに対し、「到底待てない」として、最低賃金法の改正による全国一律制度の実施や、時間給1.500円の引き上げを求めていく姿勢を強調している。

(調査部)

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