中小の運輸にもかかわらず他府県からの応募も
 ――積極的に多様な人材の採用を進める大橋運輸の取り組み

企業・行政取材

大橋運輸では、中小の運輸会社であるにもかかわらず、他府県からも求人への応募が届く。トップ主導で積極的に多様な人材の採用を進めており、ここ数年、新卒採用と中途採用の両方で「新しい仲間」を増やしている。採用では、入社してから挑戦したい仕事への本人の思いを重視し、気軽に職場体験できる機会も用意している。近年は、ダイバーシティ経営や健康経営で新聞や専門誌などに取り上げられることが増えている注目企業だ。

昔は男性中心で人手不足に悩む

同社は、愛知県瀬戸市に本社を置く、約90人の従業員が勤務する運輸会社。大型車29台、中型車23台、小型車5台などを保有し、ネジなどの自動車用パーツや、瀬戸の伝統工芸品である焼き物などを配送している。近年は、焼き物は海外輸入品に押されていることもあってウェートは下がっており、自動車用パーツが配送品の中心を占める。

運輸業は、1990年に規制緩和で免許制から許可制に移行。国内約4万社の事業者数が6万社以上に増加する一方、国内輸送量は2000年をピークに減少し、その結果、価格競争が激しい業界となっている。鍋嶋洋行社長は2008年に義父にかわって代表取締役社長に就任したが、下請けが中心だった同社も、当時は価格競争に翻弄されていたという。

多くの運輸会社と同じように、同社も昔は男性中心で業務を行っていた。絶えず人が足りず、管理者も運行に追われる状況だった。

鍋嶋社長就任以来、次々と経営改革に着手

社長就任後、鍋嶋氏はこうした状況を打開しようと経営改革に着手。最初に取り組んだのが、価格競争に巻き込まれないようにするための下請けからの脱却で、「自分たちで直接取引する道を選んだ」。社長2期目で黒字経営に転換させ、現在は、下請け仕事は全体の3%程度にすぎない。

人材面では、これからの労働力人口減少も見通し、「女性を安全・ES(従業員満足)向上に活用しようと考えた」。

まずは、優秀な女性に中小の運輸会社に興味を持ってもらえるように、柔軟な勤務体系を用意。週の勤務日は3日から、1日の勤務時間は4時間から、という条件のなかで、出社時間を個々の都合に合わせて調整できるようにした。「当時はフルタイム求人が中心だったので、こうした求人に、元大手企業勤務の子育て期の女性からたくさん応募があった」という。

「健康」あっての「安全」、から健康経営に着目

「運輸業にとって『安全』は大切だが、『健康』あっての安全。そして、共にいい習慣を身につけることが大切」との考えから、女性を配置して、安全~安全衛生の視点で管理も強化した。社員に安全習慣を身につけさせるために取り組んだのが、健康習慣を増やす食育、運動、睡眠、メンタルヘルス、8020運動(80歳になっても20本以上自分の歯を保とう)などの「健康経営」だ。

食育では、地元の生産者と直接契約し、栄養価が高く、安心・安全な野菜、果物、肉などを購入して、毎年、全社員に配付している。牛肉の最高部位であるフィレ肉の「シャトーブリアン」を配付したこともあるという。バナナ、ゆで卵とトマトジュースは毎朝、自由に取れるようにしており、社員が朝食抜きで仕事にとりかからないようにしている。社内での指導は、社員である管理栄養士(女性社員)が対応している。

運動では、運動習慣をつけるため、社屋の2階にある広いトレーニングルームで、バランスボールを使った運動や健康太極拳などの講習を毎月、勤務時間内に行っている。睡眠では、睡眠障害を把握したり、睡眠の質を高めるため、毎月、睡眠アンケートを実施したり、布団など快眠グッズを社員にプレゼントしている。「仕事と人生を楽しく」との思いから、メンタルヘルスについても不調の予防に力を入れ、社内では、「精神保健福祉士」の社員が相談にのる窓口もあれば、社外相談窓口も利用できるようにしている。

「実際に健康意識が高まると、安全意識にも繋がり、社員の安全数値も大きく向上した」と鍋嶋氏は話す。

ES向上に向けて福利厚生の充実や成長支援を図る

そして採用力を高めるため、「ES推進室」を立ち上げた。ES向上のために取り組んだのが、いま述べてきた健康経営のほか、表彰や社内通貨、趣味応援、食事会などの福利厚生の充実のほか、資格支援や図書支援といった社員の成長支援。

表彰では、一人ひとりの社員が「スマイルカード」「サンキューカード」「ナイスカード」をそれぞれ毎月1枚持って、笑顔がいい社員や嬉しいことをしてくれた社員、感謝したい社員の名前が書いてある差し込み口に投函するという取り組みを行っている。多くのカードを集めた社員を表彰し、休暇手当を与えている。趣味応援では、社員が充実した趣味生活を送れるよう、趣味企画を応募してもらい、選ばれた企画に最大で10万円まで金銭補助している。資格支援では、雇用形態を問わず支援している。

「社長の役割は、本来、社員のESを向上させて、モチベーションを上げること。売り上げがどれだけ上がったとか、そんなことをいくら社員に伝えたって、モチベーションは上がらない。ESのための施策をやりすぎて、つぶれた会社など聞いたことがない」と鍋嶋氏。社員数が多くない中小企業こそ、ESに積極的に取り組むべきだと語る。同社は年間で、1人平均10万円以上はESに費やしている。

こうした、女性が働きやすい職場づくりに取り組み、幅広い分野に女性が配置されたことで、女性比率は取り組み当初の3%から20%にまで上昇。女性の管理職比率では4割に及ぶまでになった。

LGBTQの人でも働きやすい職場をめざす

女性活用も含めたダイバーシティ経営で、現在、同社では、2割が女性、1割が高齢者(健康経営の成果)、1割が外国人社員、4.3%が障がい者という社員割合になっている。外国人社員の採用は、多様な視点を取り入れるために10年前から始め、継続的に採用して今では5カ国の人が在籍する。障がい者雇用では、担える仕事の範囲をできるだけ広げる取り組みを実践しており、ある知的障がいのある社員は、努力して入社後に準中型運転免許の取得を果たしたという。

性的少数者LGBTQの人にとっても働きやすい職場づくりを目指している。LGBTQ採用は、1人の入社をきっかけに取り組みが増えて、今では複数の部署に当事者が在籍する。採用当時は、社内には特別の人と感じる従業員もいたが、「研修でLGBTQの人は左利きや血液型がAB型の人の比率に近いことを説明したり、多くの情報を提供することで、社内の価値観も変化していった」。理解が深まったため、現在ではハラスメント研修の一部にLGBTQについての情報を盛り込んでいる。研修以外でも同社は、就業規則を改定して同性パートナーも配偶者に認定し、福利厚生の対象としたり、エントリーシートの性別欄を廃止。希望があった場合は通称名での勤務も認める制度も取り入れている。

「社内の意識を変えるには、知識を高めることが大切。継続的に情報を伝えることで、社員の意識も変わった」と鍋嶋氏は言う。

やりたいこと、挑戦したいことを聞いて採用する

こうした多様性(ダイバーシティ)を尊重した経営・人事管理の姿勢から、同社では採用でも、職種や雇用形態を問わずに人材を募集している。

「この職種で何人必要だから募集するというより、応募してきた人に何がやりたいか、何に挑戦したいかを聞く」というスタイル。新卒採用、中途採用と、採用ルートも分けていない。「採用した人をみたら、結果的に、新卒の人も含まれていた」という感じだ。

採用プロセスで最初に重視するのは、会社の考え方に共感できるかどうか。同社の企業理念は「仕事を通じてお客様や地域に貢献する」。また、行動指針として、「私たちは、絶えず改善に挑戦します/私たちは、時間を大切にします/私たちは、目的を意識します」を掲げている。そのため、「給料がいくらなのか、しか興味がない人や、仕事は何でもいいですという人は、当社には合わない」と鍋嶋氏は言う。

面談でその点がクリアできると確認できた人には、職場体験(インターンシップ)してもらう。会社や仕事について、よく理解してもらうことが目的だが、想定される配置先と異なる部署の仕事も体験してもらい、社内の多くの社員と接する機会とする。

特徴的なのは、期間を一定としていないところ。人によって、期間はばらばらだ。また、回数も、1回だけと限定しているわけではない。個人の事情に応じて、何回か、職場体験を繰り返す人もいる。会社のほうから、あえて体験を何度かに分けて、ゆっくりと会社を理解してもらうプロセスを経ることもある。

「入社してから合わなかったということがないように、何度も体験に来れるようにしている。合わなくてすぐ辞めてしまって、その人の履歴書を汚すようなことはしたくない」と鍋嶋氏。採用はむしろ長期的な視点をもっており、以前、太り気味の男性が応募したときは、職場体験と同時に健康指導を行い、採用まで一緒に、体重を落とす作業に取り組んだという。

こうした、開かれた採用の取り組みにより、毎年、10人程度が入社している。最近は、県内だけでなく、他府県からも応募がある。

地域課題に挑戦して、会社や社員を知ってもらう

多様な「人財」が増えるにしたがい、「地域活動」が増えていった。同社は、物流部門だけでなく、個人サービス部門も抱える。具体的には、引越しや生前整理、遺品整理などだ。

「引越し・生前整理・遺品整理は、ネットの一括見積もりなどによって価格競争も激しくなっている。価格競争でなく、お客様に選ばれる方法として、地域で信用される会社を考えた。信用されるために地域課題に挑戦することが、会社の考え方や社員を知ってもらう機会になる」

地域活動では、環境活動として、オオサンショウウオの生息地となっている川の清掃を行っている。安全活動では、小学生の事故の半数以上が1~2年生の事故であることを意識し、毎年夏休み前に、1~2年生を対象に、授業のなかでの交通安全教室を警察と連携して開催している。福祉活動では、11月30日の「人生会議の日」(人生会議:もしものときのために、望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取り組み)にセミナーを開催したり、エンディングノートを地域に無償配布している。また、瀬戸市は愛知県でも高齢化率がトップレベルで、特殊詐欺被害も多いことから、被害抑止の活動も行っている。

健康増進の活動では、社内の健康経営のノウハウを活かし、地域の健康寿命を延ばす活動をしている。毎月、バランスボール・ヨガ・太極拳教室を無料で開催。また、社内の管理栄養士が地域住民に健康無料相談会や地域セミナーを開催している。地域相談会の開催実績はすでに100回を超えているという。

新たなビジネスモデルで運輸でも人が集まる職場をめざす

こうした地域活動を10年以上継続することで、地域からの信頼も高まっており、個人サービス部門の仕事も年々増えてきている。また、市役所や社会福祉協議会、警察、地元ボランティア、大学とも連携ができるようになった。

鍋嶋氏は、「今後は、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる2025年問題や、地域課題に対して、事業や社員を通じて少しでも貢献できるように『人財』を蓄えていきたい」と話す。運輸業は新卒者から応募が少ない業界だが、「新しいビジネスモデルで、人が集まる職場を目指したい」としている。

(荒川創太、田中瑞穂)

企業プロフィール

大橋運輸株式会社新しいウィンドウ

本社:
愛知県瀬戸市西松山町2-260
設立:
1954年3月
従業員数:
90人(男性:73人、女性:17人)(2022年6月時点)
主な受賞等:
「新・ダイバーシティ経営企業100選/プライム」(経済産業省、2000年度)、「健康経営優良法人2021ブライト500」、「健康寿命をのばそう!アワード最優秀賞」(厚生労働省)、「地域未来牽引企業」(経済産業省)