就職氷河期世代支援を積極的に打ち出し、毎年100人規模で募集
 ――プラントメンテナンス大手、山九の取り組み

企業・行政取材

製鉄所や石油・化学プラントの設計・建設をはじめ、オペレーション、構内運搬など、プラント関連事業をトータルで担えることを強みにする山九では、政府が就職氷河期世代の就職支援プログラムを開始して以降、毎年100人規模で、就職氷河期世代を含めた中途採用枠を設けている。50代で採用されて、活躍する社員もいる。仕事に必要な資格や免許の取得を支援する体制も充実しており、同社は、今後も積極的に募集を続けるとしている。

多分野にわたる同社の事業

山九は、2018年に創業100周年を迎えた老舗企業で、従業員数約1万2,400人の業界大手。社名の読み方は「サンキュウ」で、「ありがとう」という感謝の心を表わす。創設者である中村精七郎氏が大正時代の初期、ロンドンの街角で紳士に道を尋ね、お礼を言ったところ、文化も異なり、初対面にもかかわらずその紳士がお礼を言うべき自分よりも先に「Thank you」と返してくれたエピソードが、社名の由来になっている。

同社は、大型機械設備やプラントの設計・建設工事、メンテナンスから物流までと、幅広く事業を手がける。業務分野を大きく分けると、「プラント・エンジニアリング事業」「オペレーション・サポート事業」「ロジスティクス事業」の3事業からなる。

プラント・エンジニアリング事業では、鉄鋼、石油、化学といった産業のプラントの計画・詳細設計をはじめ、プラントを構成する設備・資材を調達したり、設備の製作を行うこともある。また、建設現場までのプラントの輸送を行っており、数千トンにも達する重量のプラント設備を特別な工法で現地まで輸送することもある。さらに、プラントでの大規模な建設工事や、工場設備を安定稼働させるメンテナンスを担い、客先の工場内で常駐する社員もいる。プラント・エンジニアリングにおいて、一貫責任施工体制を持っているのが同社の強みだ。

オペレーション・サポート事業では、プラントでの「構内物流」と「構内操業支援」が主。工場構内の物流では通常、原材料が港湾や倉庫に届き、構内まで搬送される。構内で製作された製品などが今度は構内搬送により、港湾・倉庫に運ばれる、という流れ。同社はこの、原材料の荷役、輸送、保管と、半製品の輸送・保管から、製品の輸送・出荷までを担当する。一方、構内操業では、顧客企業の製造工程の一部を担って、直接製造部門に携わる。具体的には、製鉄所での設備オペレーションなどにかかわっている。

ロジスティクス事業では、港湾物流、国際物流、倉庫管理などを手がける。国内にとどまらず、東アジア、東南アジアを中心に約200カ所の物流拠点を保有している。なお、プラント・エンジニアリング事業でも積極的にグローバルに事業を展開しており、世界最大の海外石油メジャーなどとも取引がある。

様々な業務があるからこそ、それを支える人が大切

こうした事業分野の広さから、同社にはさまざまな職種の社員がいる。プラント・エンジニアリング事業では、設備設計、設備メンテナンス、工事や施工の管理を担当する社員もいれば、重機を操縦したり、溶接を行う社員もいる。オペレーション・サポート事業では、構内での輸送、工場でのライン内作業といった仕事がある。ロジスティクス事業では、コンテナターミナルの管理、輸出入業務、物流センターのマネジメントという業務もあれば、顧客の物流部門に置き換わり業務を担う3PL(サードパーティー・ロジスティクス)などもある。

多岐にわたる業務を担う人材が必要となるだけに、人材確保は同社の生命線だ。だからこそ、同社グループは経営理念に、「人を大切にすることを基本理念とし、お客様にとってなくてはならない存在として山九を築きます。そして、社業の発展を通じて社員の福祉向上並びに社会の発展に貢献します。」を掲げる。

ただ、人材不足に悩む他の企業と同じように、同社もここ数年は、人材確保には苦戦してきた。同社は、事業拡大局面にあることもあり、3年以上前から、毎年、1,000人規模で採用を行っている(新卒採用と経験者採用の割合がほぼ半々)。しかし、建設や運輸関連職種は、もともと業界的にも慢性的な人手不足であり、人材獲得が難しい状況が続いていたという。

社員の年齢構成に谷間があったことも取り組みのきっかけ

そんななかで、政府が2020年度から就職氷河期世代の就職支援プログラムをスタートさせるという発表があった。発表を聞き、人事部ではすぐに、このプログラムを活用する方向で動き出した。

なぜ、支援プログラムに賛同し、就職氷河期世代の採用に積極的に取り組むことにしたのか。同社人事部長の青山勝巳氏に尋ねると、要員確保が難しかったことのほか、社員の年齢構成を理由にあげた。「年齢構成をみると、30代後半~40代中盤の谷間となっている世代があり、就職氷河期世代を含めた年代を絞った採用を行うことで、年齢構成の課題を解消できると考えた」

支援プログラムにより、ハローワークでの求人と、自社での採用情報で「就職氷河期世代歓迎」を強調できるようになった。同社ホームページの「採用情報」ページでは、「就職氷河期世代支援 正社員募集」という単独バナーを設けており、就職氷河期世代の応募を歓迎している姿勢がひと目で分かるようになっている。

就職氷河期世代を意識した求人では、専門職種であり、それまでも確保に苦労してきたフォークリフト操縦、建設物のメンテナンス、溶接、組立を担える人材を主に募集した。

当初は、毎年100人、3年間で計300人の採用を目標に据えた。「定期採用を毎年1,000人規模で行っていたので、その10%程度は採用できるのではないかということで、100人を目標値に設定した」(青山氏)。

就職氷河期世代にあたる年齢層で、非正規雇用で働いている人の数を統計データでみる限り、「かなりの母数がある」(青山氏)ことから、多くの人が応募してくれると期待した。実際には、就職氷河期世代歓迎をうたったハローワークを通じての応募だけでみると、応募者は3年間のトータルで約130人。もちろん全世代が応募することができるので、応募者は、30代もいれば、40代、50代の人もいた。

最終的に、3年間で20人強を採用した。しかし氷河期世代枠とは別に通常の中途採用活動で毎年80人程度の氷河期世代を採用しているという。

採用者で最も多い年齢層は40代前半

採用するまでに至らなかった人の多くは、「仕事の内容を詳しく説明したら、思っていた仕事と違ったという人や、職場を案内して見せたところ、やはり自分には合わないと判断した人がほとんどだった」(青山氏)。募集を始める前は、インターンシップの実施も用意していたが、実施することはなかった。

採用に至った人は、ほとんどが募集職種の経験者だった。他の会社で非正規社員として長年、募集されている仕事を続けていた人や、転職回数が多い人、求人が出ていることを知った同社OBにすすめられて応募した人などもいた。

採用された人たちの年齢をみると、30代だけでなく、40代、50代の人もおり、40代前半層が最も多かった。青山氏は「50代で採用した人は、その仕事で長い経験をもつ人。年齢が上でも、職場で十分に活躍できており、実際に会ってみないと、人物は評価することができない」と話す。

専門知識や資格取得のための研修施設も東・西日本にそれぞれ設立

2023年2月中旬までで、採用した20人強のうち90%は定着し、職場で活躍している。中途採用で経験者の場合は、現場でのOJT(On the Job Training)を通じて、職場と仕事に慣れてもらうようにしている。

ここで通常の入社後研修・定着制度を紹介すると、新卒採用では、4月に入社するとまず、創業者の生誕の地である長崎県平戸に建てられた「山九平戸錬成館」で2週間、新人研修を受ける。同社が行う階層別研修はすべて、この「山九平戸錬成館」で行われる。

プラント・エンジニアリングを担う新入社員は、その後、「機工マスターコース」という集合技術研修に移される。このコースでは1年間かけて、鉄鋼・石油・化学などの概要、各産業機械設備の概要、技術計算、設計などを学ぶとともに、演習も行う。現場研修は、鉄鋼なら製鉄所、石油なら製油所などと実際の現場で学ぶ。

座学と実技では、同社は東日本能力開発センター(千葉県君津市)と西日本能力開発センター(福岡県北九州市)と2つの研修施設を持っているが、このコースでは主に西日本能力開発センターで学ぶ。能力開発センターは、溶接技能などの主にプラント・エンジニアリング事業における専門知識習得や資格取得のための研修場所にもなっている。

また、新入社員の定着対策として、「ブラザー・シスター制度」を運用。新入社員に5~6年目の先輩社員をそれぞれ付け、いつでも仕事以外のことも相談できる体制をとっている。

一方、中途入社者については、就職氷河期世代の採用者のところで説明したように、配属後すぐに、OJTを通じての訓練ということになるが、必要な資格をもっていない場合は、資格を取得させるところから始まる。

同社では、入社後の離職は1年目が最も多く、「3年をすぎれば定着する」(青山氏)という傾向を把握していることから、引き続き、入社後3年目までの定着対策に力を入れたい考えだ。

今後は採用効率化や海外人材の底上げにも注力

これからも続く人手不足への対応策として、同社は、国内の各地方拠点でばらばらに行っていた学校訪問などの活動を本社で管理・情報集約し、無駄のない活動に努める方針だ。

また、海外拠点では、現地人材の育成強化にすでに乗り出している。2022年10月、東南アジアの事業統括本部があるシンガポールの隣国のマレーシアに、「山九テクノロジーアカデミー」という人材育成センターを開設した。ここで、マレーシアのほか、インドネシア、タイ、ベトナム、インド、サウジアラビアなどのグループ従業員を教育しており、今年2月にははじめて、階層別研修も実施した。「それぞれの現地で育った人材は、ゆくゆくは日本にも来てもらって活躍してほしい」と青山氏は言う。

そして同社は今後も、就職氷河期世代の受け入れに積極的に取り組む考え。「当社は、『人財』育成制度も、福利厚生も充実しているので、ぜひ、積極的に応募してきてほしい」と青山氏。福利厚生では、本人負担がひと月6,000円の独身寮(水道・光熱費を含む)、毎年2万4,000円を補助するカフェテリアプラン、世帯用の社宅(本人負担:1万円/月)のほか、自宅取得支援金(5年間一定額を支給)と自宅維持費(自宅を維持する費用の一部補助)からなる「持家支援」もある。(なお、寮・社宅費用は年齢によって変動する。上記は20代の場合)

青山氏は「日常生活では使わないような資格や免許が必要な仕事もあるが、研修体制も整っている。本人のやる気さえあればできる仕事だと伝えたい」と話し、来年度以降の応募数の増加に期待している。

(荒川創太、田中瑞穂)

企業プロフィール

山九株式会社新しいウィンドウ

本社:
東京都中央区勝どき6丁目5番23号
創業:
1918年(大正7年)10月1日
事業所:
国内支店40/国内関係会社46/海外現地法人40/海外駐在員事務所1
従業員:
1万2,467人(連結3万1,054人)
※2022年3月現在