給与のデジタル振り込みを2023年4月から解禁。本人同意が条件で100万円が上限
 ――労働政策審議会分科会が省令改正案を了承

スペシャルトピック

賃金移動業者の口座に、給与をデジタル振り込みすることを認める労働基準法の省令改正案が10月26日の労働政策審議会労働条件分科会(分科会長:荒木尚志・東京大学大学院教授)で了承された。労働者本人が同意することが条件で、賃金移動業者の口座にデジタル振り込みできる金額の残高上限は100万円。業者が破産しても、労働者の債権は保護される設計となっている。2023年4月1日に施行される予定だ。

労働基準法では「全額」「直接」「現金」が原則

労働者への賃金の支払方法については、労働基準法で、原則、その全額を現金で直接労働者に支払わなければならないことになっている。同時に、施行規則によって、労働者の同意を得た場合には、労働者が指定した銀行口座や証券総合口座への振込も認められている。

今回了承された省令改正案は、労働者の同意を得たうえで、一定の要件を満たした場合には、労働者の資金移動業者の口座への賃金支払いを可能とするという内容だ。

資金移動業者とは、資金決済に関する法律(2009年法律第59号)に基づき、内閣総理大臣(財務局長に委任)の登録を受けて、銀行その他の金融機関以外の者で、為替取引を業として営む者。

資金移動業をわかりやすく説明すると、例えば「インターネット・モバイル型」では、金を送る側(送金人)が資金移動業者のウェブページ上で送金専用口座(アカウント)を作る。送金人がこのアカウントに入金し、受け取り人の指定アカウント(資金移動業者)に送金指示をすることによって、受け取り人は、指定アカウントからその金を受け取ることができる。個人から企業への送金の利用例としては、個人が資金移動業者の口座をつくり、そこにお金を入れておく。ネットショッピングした際に、その代金を口座から販売会社の口座に送金する(スマホ上で送金指示)といった具合だ。

銀行口座から資金移動業者に金を移す手間が省ける

もし、給与の振り込みが直接、資金移動業者の口座にできるようになると、資金移動業者の口座を持つ労働者は、「銀行口座→資金移動業者の口座→送金や決済」という手順ではなく、「資金移動業者の口座→送金や決済」という、より短い手順でお金を扱うことが可能になる。普段の買い物で使う「PayPay」などのスマートフォンの決済アプリを例にとると、これまでは給与が振り込まれる銀行口座からアプリにチャージする手間が発生していた。直接、アプリにデジタル振り込みされれば、チャージの手間を削減できる。

使用者にもメリットが生じる可能性はある。現状、使用者が労働者の銀行口座に給与を振り込む際には、振込手数料が発生している。労働政策審議会労働条件分科会で配付された資料によると、資金移動業者を通して給与を振り込むと、「制度施行後の各資金移動業者のビジネスモデルによるため一概には言えない」が、「仮に安価または事務負担の軽減となる」ケースでは、コスト削減につながると考えられる。

「成長戦略フォローアップ」にも盛り込まれ、2020年から議論をスタート

賃金の資金移動業者の口座への支払いに関する同分科会での議論は2020年から始まった。同年に閣議決定された「成長戦略フォローアップ」で、「賃金の資金移動業者の口座への支払について、賃金の確実な支払等の労働者保護が図られるよう、資金移動業者が破綻した場合に十分な額が早期に労働者に支払われる保証制度等のスキームを構築しつつ、労使団体と協議」したうえで、「2020年度できるだけ早期の制度化を図る」と盛り込まれた。

ただ、分科会の議論では、労働者の自由意思の担保や、労働者の債権の保護のあり方などが焦点となり、結論を出すまでに2年以上の時間を要することとなった。労働者側委員からは、「決済アプリで給与を受け取ることを選ばざるをえなくなるのでは」「資金移動業者が破綻した場合に、労働者の債権を具体的にどのように保護するのか」といった懸念が表明されていた。なお、当初の議論では、「外国人労働者を含む多様な賃金払いのニーズへの対応という点で必要な施策」(使用者側委員)などの見方もあった。

業者は金融庁への登録と厚生労働省からの指定が必要

省令案はこうした議論経過をうけ、労働者の同意を得ることを前提として、資金移動業者の口座への賃金支払いを可能としたものの、いくつかの前提条件を盛り込んだ。

まず、資金移動業者の口座への賃金支払いが認められるのは、資金決済法に基づき金融庁に「第2種資金移動業」として登録している業者。第2種資金移動業については、1件あたりの送金が100万円以下に規制されており、2022年8月末時点で85社が登録している。さらに、厚生労働省から「指定資金移動業者」の指定も受ける必要がある。

破綻しても速やかに全額を弁済する仕組み

さらに、主に以下の要件を満たさなければならない。

まず、口座残高の上限額を100万円以下に設定するか、100万円を超えた場合に速やかに100万円以下にするための措置を講じなければならない。100万円を超えた場合は、その労働者が指定する銀行口座へ移すといった対応が必要となる。資金決済法では、資金移動業者は、送金途中にあるお金と同額以上の金額を履行保証金として保全することが義務づけられており、万一、資金移動業者が破産した場合は、履行保証金を元に利用者にお金を戻すという仕組みになっている。資金移動業者を第2種資金移動業に指定していることから、この要件があれば、破綻しても残高全額が支払われることが担保できる。

資金移動業者が破綻したことなどで口座残高の受け取りが困難となった場合、労働者に口座残高の全額を当該労働者に速やかに弁済することを保証する仕組みを持っていることも必要だ。

労働者の意に反する不正な為替取引や、当該労働者の責めに帰すことができない理由によって口座残高に損失が生じたときに、その損失を補償する仕組みを持っていることも求められる。

10年間は、労働者は口座残高を受け取れる

最後に口座残高が変動した日から、特段の事情がない限り少なくとも10年間は、労働者が口座残高を受け取れる措置を講じなければならない。銀行口座では、利子支払いを除いて最後に口座残高が変動した日から10年が経過すると、休眠口座預金として預金保険機構の管理下となる。この銀行口座での取り扱いもふまえて、給与のデジタル払いでも10年という期間を設定した。

1円単位で移動できる措置を講じなければならない。また、少なくとも毎月1回は、ATMの利用手数料などの負担なく、賃金の受け取りができることも条件とした。そもそも現金化ができないポイントは、この給与のデジタル払いの制度対象外となっている。

労働者が資金移動業者の口座とあわせて、銀行口座または証券総合口座も選択できることを提示する必要がある。給与の受け取り方法で仮に現金とデジタル払いの2択しか提示されない場合、受け取り方法を事実上強制されるおそれがあるからだ。

省令改正案は施行期日について、2023年4月1日としている。

連合は資金保全や損失補償を「一定整備された」と評価するも監督の徹底などを要望

改正案の公表をうけて連合(芳野友子会長)は10月26日、清水秀行事務局長名で談話を公表。「連合が主張してきた資金保全の仕組みや不正利用時の損失補償、厚生労働大臣に対する報告体制構築などについて、一定整備された」と評価する一方、「これらはあくまで労働基準法施行規則における上乗せ規制である。資金移動業者を規制している資金決済法は金融庁が所管しており、厚生労働省との緊密な連携が不可欠」と注文を付けた。

さらに、「資金移動業者の口座も例外として認めるのであれば、厳格な規制や指導監督が求められることは言うまでもない。もともと送金のための業態である資金移動業は、銀行に比べて緩やかな規制となっていることを踏まえれば、銀行と同程度の安全性と確実性が確保されるよう、金融庁は厳正なモニタリングおよび指導監督を徹底すべき」と強調。

施行に向けて、「金融庁と厚生労働省が共管する複雑な仕組みであることに加え、ポイントで支払われるのではないか、個人情報は保護されるのかなど、制度に対する誤解や不安の声もある。政府や業界団体はこうした声に真摯に対応するとともに、労使の正しい理解のために仕組みについてわかりやすく周知すべき」と要望した。

給与のデジタル払いには一定のニーズも見込まれる

同分科会の資料で示された「資金移動業者の口座への賃金支払に関する労働者のニーズ調査」(2021年5月実施、インターネット調査、4,580人回答)では、26.9%が給与のデジタル払いを「利用したい」と回答(「利用したくない」が40.7%、「わからない」が32.4%)。

給与をデジタル払いにした場合に、どの程度をデジタルマネーの口座に入れたいかを尋ねたところ、「給与の1割~3割程度」が35.2%で最も高く、以下「入れたくない」(33.4%)、「給与の4割~6割程度」(18.2%)、「給与すべて」(7.7%)、「給与の7割~9割程度」(5.5%)の順となっている。

(調査部)

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