「しなやかな労働市場」の構築に向け、ワーク・エンゲージメント強化やキャリア形成・人材育成の促進などを政策の方向性として提示
 ――厚生労働省が雇用政策研究会の「議論の整理」を公表

スペシャルトピック

厚生労働省は7月7日、コロナ後を見据えた今後の雇用政策の具体的な方向性を検討してきた雇用政策研究会(座長:樋口美雄・労働政策研究・研修機構理事長)の「議論の整理~コロナ禍の経験を踏まえた、不確実性に強いしなやかな労働市場の構築に向けて~」を公表した。「議論の整理」は、わが国の労働市場はコロナ前から、労働生産性の伸び悩みなどの構造的課題を抱えていたが、コロナ禍の影響により、それらに加えて雇用のミスマッチの悪化や、テレワークの導入・不本意な非労働力化の影響など、新たな課題が健在化していると指摘。「しなやかな労働市場」の構築に向けて、ワーク・エンゲージメントを高めたり、労働者のキャリア形成と企業の人材育成を促進するなどの仕組みに向けた政策の方向性をまとめた。

〈検討の経緯〉

アフターコロナを見据えて雇用政策の方向性について整理

雇用政策研究会は、様々な経済構造の変化等の下で生じている雇用問題に関して、効果的な雇用政策を実施するため、現状分析を行うとともに雇用政策のあり方を検討することを目的として開催している。

前回の2020年度の議論では、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により顕在化した課題について議論。「コロナ禍における労働市場のセーフティネット機能の強化とデジタル技術を活用した雇用政策・働き方の推進」と題した報告書を取りまとめた。だが、その後も新型コロナウイルス感染症の感染が続き、雇用情勢にも様々な影響が生じていることから、2022 年度は、アフターコロナを見据えた雇用政策の方向性についての「議論の整理」を行った。

〈労働市場を取り巻く変化と課題〉

宿泊、飲食で雇用機会が失われ、女性や高齢者で非労働力化がみられた

「議論の整理」はまず、コロナ禍でみられた労働市場を取り巻く環境や、新たにみえてきた課題について、2022年3月までのデータに基づき整理を行った。

労働市場を取り巻く環境については、コロナの感染拡大による影響に対して、企業の雇用保障に加え、政府が雇用調整助成金の特例措置等の対策を講じてきたこともあり、経済活動が大きく停滞するなかにあっても、先のリーマンショック時のような高水準の完全失業率には至っていないとした。一方、コロナ禍では、感染症への忌避などのため、宿泊業、飲食サービス業の非正規雇用労働者を中心に多くの雇用機会が失われたことなどから、女性や高齢者を中心とした非労働力化の動きもみられていると分析。

こうした動きは、日本社会が抱える人手不足という構造的課題を深刻化させる懸念があるとして、「社会全体の労働供給量確保の観点からも、コロナ禍のため労働市場を離れた人が、希望に応じてスムーズに労働市場に戻れるよう、支援を充実していくことが求められる」と指摘した。

企業のデジタル化の動きが加速も、中小・地方の格差拡大に懸念

一方、企業の取り組みや労働者の働き方については、テレワークの活用や企業のDXへの認識が高まるなど、多くの企業でデジタル化に向けた動きが加速しているとし、テレワークの活用により、「柔軟な働き方の広がりによるウェル・ビーイングの向上なども期待される」とした。

しかし、全ての労働者がこうした柔軟な働き方を実現できているわけではないとも言及。中小企業や地方ではテレワークの導入に遅れがみられ、テレワークが難しい職種もあり、働き方について労働者間で差が生じてきていると指摘し、ウェル・ビーイングの向上を伴った柔軟な働き方の在り方についても議論が必要となっている、と提起した。

5つの構造的課題に着目して整理――人手不足、多様化、デジタル化と生産性など

こうした現状認識のもと、「議論の整理」は、コロナ禍での労働市場の環境変化や働き方への影響等の現状について、これまで雇用政策研究会で指摘されてきた、①労働供給制約とそれに伴う人手不足②働き方の多様化③デジタル化への対応と労働生産性の向上④豊かな人生を支える健康的な職業生活の実現⑤都市部と地方部における地域間格差――の5つの構造的課題に着目して、より具体的に整理した。

【課題1:労働供給制約とそれに伴う人手不足】

1つ目の「労働供給制約とそれに伴う人手不足」では、コロナ禍では、感染への忌避や宿泊業、飲食サービス業を中心として雇用機会が多く失われ、女性・高齢者の労働参加に鈍化がみられるとともに、すでに働いていた女性・高齢者についても非労働力化が進むこととなったと分析し、今後、経済活動が本格化すれば、一層の人手不足も懸念されることから、「非労働力化した方々の労働市場への復帰を促し、労働供給量を確保していくことが課題となってくる」と述べた。

また、必要な人材を確保する観点からも、賃金などの処遇改善への加速が企業に求められているとし、必要な支援を行っていくことの必要性を強調。さらに、コロナの影響で、対人サービスを伴う一部の産業への影響が大きく、そうした産業における求人の回復に遅れがみられ、失業期間の長期化や求職者数の高止まりなど、雇用のミスマッチが顕在化していると述べ、「効果的な再就職支援や能力開発支援等を行い、雇用のミスマッチを解消していくことが企業の抱える人手不足の解決のためにも求められている」と指摘した。

【課題2:働き方の多様化】

2つ目の「働き方の多様化」では、コロナ禍では、非正規雇用労働者を中心に多くの雇用が失われ、改めて非正規雇用労働者の不安定性が顕在化した一方、フリーランスやプラットフォームワーカーといった新しい働き方も注目されているとして、「こうした新しい働き方が、コロナ禍で収入が減った人の収入補填としての役割を担ったことも想定され、働き方の多様化について再評価と必要な対応が求められている」と提起した。

また、コロナ禍ではテレワーク等が活用されたが、「柔軟に働き方を変えて仕事を継続できる労働者とできない労働者といった新たな働き方の差もみられている」と指摘。今後、「そのような働き方の差を縮めることが求められる」とするともに、社会的ニーズがあり、柔軟な働き方ができないエッセンシャルワーカーへの労働市場での評価を課題にあげた。

さらに、コロナ禍でワーク・エンゲージメントが低下しているとの指摘もあるとして、ワーク・エンゲージメントを高める雇用管理の改善の必要性にも言及した。

【課題3:デジタル化への対応と労働生産性の向上】

3つ目の「デジタル化への対応と労働生産性の向上」では、コロナ禍を機にテレワークの活用が広がり、また、企業のDXへの認識が高まるなど、デジタル化に向けた動きが加速していると指摘。ただ、その一方で、デジタル化への対応の差が労働生産性、賃金、柔軟な働き方といった格差につながらないよう、「企業はテレワーク等へ対応できるよう企業内インフラへの投資が求められるとともに、企業の好事例の紹介などを通じたノウハウの共有や、政府によるリスキリングも含めた幅広い支援を行うことが重要となってくる」と強調した。

デジタル化に即した人的資本投資にも触れ、日本社会全体で、デジタル化に即した人的資本投資に社会全体で取り組んでいく必要があるとし、労働生産性の向上に資するようなOJTやOFF-JTを含む人的資本投資の見直しを求めた。

【課題4:豊かな人生を支える健康的な職業生活の実現】

4つ目の「豊かな人生を支える健康的な職業生活の実現」では、コロナ禍は労働者のウェル・ビーイングにも様々な影響を及ぼしたと指摘。多くの労働者が経験した休業は、収入の減少だけでなく、休業者のメンタルヘルスの悪化や生活の満足度を低下させることとなったとした。

生活時間と仕事の両立に対する影響についても言及。柔軟な働き方の下での家事、子育て、介護等も含む生活時間と仕事の両立の難しさや、家庭内での男女間の格差が認識されているとした。

【課題5:都市部と地方部における地域間格差】

最後の「都市部と地方部における地域間格差」 では、コロナ禍では、都市部への人口流入の緩和や、都市部から都市周辺部へと一部の求人が移行されるといった特有の動きがみられたが、地方部と都市部の働き方については大きな違いがみられていると指摘。

都市部では緊急事態宣言等の発令により、多くの企業でテレワーク制度の整備が進んだものの、地方部では都市部に比べ遅れがみられていると言及。こうしたことから、地方部でもデジタル技術を活用した柔軟な働き方が広がれば、テレワークにより地域の人手不足等の問題を解消し、地域間格差を縮小することも期待できる、と展望した。

〈どのような労働市場を構築するか〉

柔軟に対応でき、回復力を持ち、持続可能な労働市場を目指す

以上の「5つの課題」に整理した情勢の変化を踏まえ、「議論の整理」は、こうした課題を解決するため、構築すべきこれからの労働市場について整理した。

まず、今後は、「これまでの内部労働市場の強み(企業内で安定した人材育成や多様な人材活用など)を更に強化するとともに、外部労働市場の機能(多様な教育訓練機会やマッチング機能など)も活用しながら、短期的な経済情勢の変化や長期的な産業構造の変化に対して、柔軟に対応でき、かつ回復力を持ち、持続可能な労働市場(「しなやかな労働市場」)を目指すべきである」と打ち出した。

このため、企業内では、労働者の多様性やワーク・エンゲージメントを意識し、労働者の意欲と能力を高め、引き出すことが重要だと強調。また、デジタル化への対応を始めとする新しい高度な技能を有する人材を育成していくことも重要だと指摘した。

その際は、OFF-JTや他企業・他団体での経験など、企業外の様々な人的資本蓄積の機会を活用する取り組みも含め、企業内部の人材育成を強化し、変化への対応力を高めることが重要だと言及した。

また、ウェルビーイングの観点から、ライフステージや就業ニーズに応じた教育訓練や働き方の選択肢を拡充することの重要性をあげた。

これらの考え方を支えるために、「労働市場の基盤強化」を図り、「多様性に即したセーフティネットの構築」を提言した。

〈しなやかな労働市場に向けた仕組み作り〉

しなやかな労働市場を実現するため4つの仕組み作りが必要

さらに「議論の整理」は、こうした考え方をふまえ、労働者・企業・政府が協働して「しなやかな労働市場」を構築していくため、4つの仕組み作りが必要だと提言。それぞれの仕組みにおいて、政策の方向性などを盛り込んだ。

【I. 労働者のワーク・エンゲージメントを高め、労働生産性と企業業績の向上につなげる経済の仕組み】

1つ目の「労働者のワーク・エンゲージメントを高め、労働生産性と企業業績の向上につなげる経済の仕組み」では、考え方として、「労働者のワーク・エンゲージメントを高めることが企業業績の改善につながると指摘されていることから、企業は労働者の多様化に対応しつつ、ワーク・エンゲージメントを高める雇用管理を行い、労働者の企業業績への貢献を適切に賃金等の処遇に反映させることが求められている」と言及。

労働者の高いワーク・エンゲージメントと企業の戦略的な人材育成が効果的に組み合わさることによる労働生産性の向上が望まれるとした。また、キャリア形成のミスマッチをなくすため、企業と労働者がこれまで以上に密にコミュニケーションをとり、企業側が求める人材と労働者側が実現したいキャリアの擦り合わせを行うことが求められるとした。

そのための具体的な政策の方向性として、ワーク・エンゲージメントを規定する要因やそれを向上させる方策について整理が求められると指摘。また、企業と労働者がコミュニケーションを密に行い、企業側が求める人材と労働者が希望するキャリアのすり合わせを行うことも求められるとした。

社内での人材育成にあたっては、職務等に応じて求められる能力・スキル等を明確化し、キャリア形成の目標設定を行うなど、企業内での能力・スキルの在り方とその評価について整理し、キャリアコンサルタントの効果的な活用も求められると強調。女性活躍に向けた幅広い取り組みなどもあげた。

【II. 多様なチャネルを活用した労働者のキャリア形成と企業の人材育成を促進する仕組み】

「多様なチャネルを活用した労働者のキャリア形成と企業の人材育成を促進する仕組み」では、近年、デジタル化をはじめとした技術革新の速度がめざましく、今後は、産業構造の更なる変化が見込まれるなど、技術革新が雇用に与える影響について注視が必要であるとし、不確実性が高まる中では、「多様な経験を基に新しいアイディアを産み出せる人材の育成が必要」と強調。

企業は多様なチャネルを活用した人材育成を行い、職務内容や求められる能力・スキル等を内部・外部両方の労働市場で明確化していくことが求められるとする一方、労働者は長い職業生活を踏まえた自律的なキャリア形成を図っていくことが求められるとした。

政府に対しては、幅広い人材育成の機会を提供することが必要であり、デジタル化が進む中では、ニーズに応じた職業訓練等の充実を図り、幅広い層がスキルアップ・リスキリングを行える仕組み作りが大切で、政府による積極的な取り組みが求められると述べた。

具体的な政策の方向性としては、企業における労働者の自律的・主体的かつ継続的な学び・学び直しを促進するガイドラインの活用を進めることを提案。また、キャリアコンサルタントの育成や民間人材ビジネス等の活用等により、労働者の主体的な学び直しを総合的に支える新たな仕組み作りが求められると強調した。

さらに、「人への投資」を抜本的に強化し、成長分野を支える人材の確保・育成や、円滑な労働移動を実現することも提起。特に、急速に進展するデジタル化に対応するため、デジタル分野の公的職業訓練の充実、中小企業におけるデジタル人材の育成促進にも力を入れていく必要があるとした。また、労働者の職業選択の幅を広げ、企業の多様な人材育成を促進する観点から、在籍型出向や副業・兼業を活用することができる仕組み作りについても言及した。

【III. ウェル・ビーイング向上への取組が人材確保と労働供給の増加につながる仕組み 】

「ウェル・ビーイング向上への取組が人材確保と労働供給の増加につながる仕組み」では、コロナ禍では、未曾有の事態で先行きへの不安等から労働者のウェル・ビーイングが低下したとし、「コロナ禍での経験を踏まえ、不確実性の下であっても、労働者のウェル・ビーイングの持続的な向上を図る仕組みづくりが重要である」と指摘。

企業は雇用管理改善を不断に行い、労働者にとって魅力的な職場を提供することが重要だと強調するとともに、「社会全体でウェル・ビーイングへの取組を加速させていくことは、労働供給量の確保、労働生産性の向上につながる好循環を作り出すうえでも重要」と述べた。

政策の方向性としては、テレワークなどの柔軟な働き方であっても、労働者のウェル・ビーイングを高めることができるよう、先進的な企業の取り組みの横展開や厚生労働省「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」を周知し、ライフステージに合わせた働き方が可能な社会の実現に向けた取り組みを行うことを要望。特に、コロナ禍を契機に非労働力化した女性や高齢者に対して、ハローワークを通じたアウトリーチ支援を、事業評価を行いながら、効果的に実施していくことも重要だと指摘した。

また、地方部や中小企業を中心にテレワークなどの柔軟な働き方に遅れがみられていることから、企業規模や地域にかかわらず、使用者が適切に労務管理を行い、労働者が安心して働くことができる良質なテレワークが実施できるよう、引き続き支援することが必要だと指摘した。

【Ⅳ.労働市場の基盤強化と多様性に即したセーフティネットの構築を通じ最適な資源配分を実現する仕組み】

「労働市場の基盤強化と多様性に即したセーフティネットの構築を通じ最適な資源配分を実現する仕組み」では、コロナ禍で宿泊業、飲食サービス業において多くの雇用が失われたが、足下では労働市場の調整機能を通じた円滑な労働移動は十分に行われず、求職者数は高止まりしたとの経験を踏まえ、「今後の中長期的な産業構造の変化に柔軟に対応できるよう、マーケット調整機能の向上を図っていくことが求められる」と指摘。

また、コロナ禍では、非正規雇用労働者の不安定性が顕在化するとともに、フリーランスやプラットフォームワーカーを含む新たな働き方が注目されたことから、「労働市場の機能を最大限に発揮するためには、労働市場の基盤を強化するだけでなく、どのような働き方であっても安心して働けるセーフティネットの構築が望まれる」と強調した。

さらに、こうした取り組みが効果的に最適な資源配分の実現へとつながっていくために、「常に客観的な効果検証を行っていく必要があり、効果検証のための情報の整理などが望まれる」と述べた。

政策の方向性としては、ハローワークのデジタル化を進め、求職者・求人者の利便性を高めつつ、更なる情報提供等を促進することを提言。また、民間人材ビジネスと連携を進め、再就職支援を更に強化・効果的に行い、労働市場の見える化を推進し、マッチング機能の向上を図ることが重要だとした。

そのためには、求職者に求められる経験やスキル、賃金水準等の詳細情報を充実させ、こうした情報を活用したキャリアコンサルティングが実施されることが必要だと指摘。求職者支援制度等の支援を強化するとともに、フリーランスなどのセーフティネットの整備についても、総合的に検討を進めていくことが求められると強調した。

あわせて、コロナ禍で講じた雇用調整助成金の特例措置等の政策の効果検証を引き続き進め、EBPMの観点からも、「人的投資」に関する情報の開示や男女の賃金の差異の情報公表など、必要な情報の整理が行われることが望ましいと述べた。

(調査部)

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