相談対応者、対応体制、方法などをあらかじめ決めておくこと、被害を受けた従業員に対する配慮を行うことなどを助言
 ――厚生労働省作成の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」から

行政の動き

顧客などが威圧的な言動や不当な要求をする「カスタマーハラスメント」対策に企業が自主的に取り組めるよう、厚生労働省は今年2月に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を策定・公表している。マニュアルは、カスタマーハラスメントを想定した事前の準備と、実際に起こった際の対応とに分けて、企業が取るべき取り組みを提示。相談対応者、対応体制、方法などをあらかじめ決めておくことや、起きた場合にはカスタマーハラスメントに該当するか確かな証拠・証言に基づいて確認すること、被害を受けた従業員に対する配慮を適正に行うこと、などをアドバイスしている。「企業が具体的に取り組むべきカスタマーハラスメント対策」について書かれている内容に絞って、概要を紹介する(マニュアルは厚生労働省HPで閲覧、ダウンロードが可能)。

カスタマーハラスメント対策の基本的な枠組み

事前の準備、実際に起こった際の対応に分けて8項目の取り組みを推奨

マニュアルはまず、カスタマーハラスメントを想定した事前の準備、実際に起こった際の対応として、以下の8項目の取り組みを実施することをすすめている。

具体的には、①事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発②従業員(被害者)のための相談対応体制の整備③対応方法、手順の策定④社内対応ルールの従業員等への教育・研修⑤事実関係の正確な確認と事案への対応⑥従業員への配慮の措置⑦再発防止のための取り組み⑧①~⑦までの措置とあわせて講ずべき措置――といった内容だ。

各項目について、具体的に企業が取るべき措置などを示している。

事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発

トップ自ら、方針の発信を

「事業主の基本方針・基本姿勢の明確化」と「従業員への周知・啓発」ではまず、「企業のトップは、カスタマーハラスメント対策への取組姿勢を明確に示す必要がある」とトップの役割の重要性を強調。「企業として、職場におけるカスタマーハラスメントをなくす旨の方針を明確にし、トップ自ら発信することが重要」と指摘する。

方針や姿勢を明確にすると、「企業が従業員を守り、尊重しながら業務を進めるという安心感が従業員に育まれる」とアドバイスする。

基本方針に含める要素としては、▽カスタマーハラスメントの内容▽カスタマーハラスメントは自社にとって重大な問題である▽カスタマーハラスメントを放置しない――などがあるという。

従業員(被害者)のための相談対応体制の整備

相談対応者を決めておく

相談体制の整備では、気軽に相談できるように「相談対応者」を決めておき、相談窓口を設置して従業員に広く周知することを推奨している。

「相談対応者」に対しては、カスタマーハラスメントが実際に発生している場合だけでなく、発生のおそれがある場合やカスタマーハラスメントに該当する判断がつかない場合も含めて、幅広く相談に応じるよう、アドバイスする。また、相談者の心身の状況や受け止め方など認識にも配慮しながら慎重に相談に応じることを求めている。

これらを実現できるようにするため、人事労務部門や法務部門、弁護士など外部関係機関が連携できるような体制を構築するとともに、マニュアル整備や定期的な研修もすすめる。

カスタマーハラスメント対策を推進する組織を別に設ける

また、「カスタマーハラスメントに対応する体制を構築する上では、従業員からの相談を受ける相談対応者、相談窓口とは別に、カスタマーハラスメント対策を推進し、取組全体を所管する組織があるとよい」ともアドバイスしている。

対応方法、手順の策定

(1)現場での初期対応の方法、手順

あらかじめ対応方法例を準備しておく

現場での初期対応の手順としては、「カスタマーハラスメントを受けた際に慌てず適切な対応が取れるように、対応方法等を決めておくとよい」と助言する。

たとえば、職場で、カスタマーハラスメントを受けた場合の顧客・取引先への対応では、業種や業態、企業文化、顧客等との関係などによって各社で対応が異なると思われるものの、「各社の業務内容、業務形態、対応体制・方針等の状況にあわせて、あらかじめ対応方法例を準備しておくことが重要」とアドバイスする。

また、顧客等に対応するときは基本的に複数の人で対応し、対応者を1人にさせないことや、行為が深刻な場合は、一次対応者にかわって現場監督者が対応するなど、従業員の安全にも配慮する必要があると強調している。

暴力行為やセクハラ行為を受けた場合はすぐに現場監督者に相談

現場対応者による初期対応では、「まずは誠意ある対応をしつつ、状況を正確に把握し、事実確認をする必要がある」とし、「ただし、顧客から暴力行為やセクハラ行為を受けた場合は、すぐに現場監督者に相談する等事案を引き継ぎ、1人で対応しないようにすることが重要」だとしている。

現場対応、電話でのクレーム対応のどちらの場合においても、①対象となる事実、事象を明確かつ限定的に謝罪する②状況を正確に把握する③現場監督者(一次相談対応者)または相談窓口に情報共有する――ことに留意しつつ、まずは顧客の主張を傾聴することが求められるなどと助言している。

(2)内部手続(報告・相談、指示・助言)の方法、手順(本社・本部との連携が必要な場合)

あらかじめ本社・本部への報告が必要な事項などを決めておく

顧客対応の状況によっては、顧客等からの犯罪行為等によって、法定な手続や、警察・弁護士などとの連携が必要な場合もある。その場合は、本社や本部と連携して対応にあたる必要があることから、あらかじめ本社・本部への報告が必要な事項、報告する場合の手続を事前に決めておくことをすすめる。

カスタマーハラスメント対応とクレーム対応とで切り離して体制を整える必要はなく、「クレーム対応の延長として、相談手続を扱うようにしておくとよい」という。

本社・本部に報告する判断基準は、訴訟手続が必要か、など

本社・本部まで報告・相談する際の判断基準の例として、▽顧客等とのやり取りにおいて訴訟手続きが必要なる▽警察、地方自治体等、社外の組織と連携が必要となる――などをあげる。

本社・本部まで報告・相談する際に共有すべき内容の例としては、▽対応日時、場所▽対応従業員▽要望の内容▽要望者の情報▽管理者の指示▽対応結果――などを示している。

社内対応ルールの従業員等への教育・研修

過去の発生事案の事例などが効果的

日頃から研修等を通して従業員への教育を行うよう促している。研修では、可能な限り全員が受講し、かつ定期的に実施することが重要だとしている。

教育する内容としては、経営層のメッセージのほか、あらかじめ定めた対応方法や手順、顧客等への接し方のポイントなどを盛り込むことが求められるとしている。

過去に職場で発生した事案、経験などを踏まえた事例やケーススタディを設けると、より効果的な内容になると考えられるとアドバイス。また、階層別に経営層や相談対応者(上司、現場監督者)への教育・研修を行うことも重要だとしている。

事実関係の正確な確認と事案への対応

クレームが正当な主張かどうかは確かな証拠・証言に基づいて確認する

クレームが正当な主張か、悪質クレームなのかを判断するため、顧客等の主張をもとに、それが事実であるかを確かな証拠・証言に基づいて確認するとしている。事実かどうかの判断では、複数の人で判断することを推奨。たとえ「今すぐ答えを出せ」と言われても、「明らかな事情がない限り、極力その場で答えを出さないように」と忠告する。

相談(窓口)対応者が事実関係を確認する際には、トラブルの状況を録音・録画されたものを、対応者が相談者(事案担当者)とともに確認すると、より状況を正確に把握できると助言。確認できた情報をもとに、要求の内容が妥当か、その手段・態様が社会通念上相当かを検討して対応方針を決めていくことになるが、「あらかじめ社内で対応方針、手順を決めておくと、スムーズにその後の対応を決めることができると考えられる」としている。

従業員への配慮の措置

被害を受けた従業員の安全確保と精神面への配慮を

従業員がカスタマーハラスメントの被害を受けた場合、速やかに被害を受けた従業員に対する配慮の措置を行う必要があるとし、対応すべき事項としては「従業員の現場での安全確保」や「従業員の精神面への配慮」があるとする。

従業員の現場での安全確保については、顧客等が暴力行為やセクハラ行為を行ってくる場合は、現場監督者が顧客対応をかわり、顧客等から従業員を引き離す、状況に応じて、弁護士や管轄の警察と連携を取りながら、本人の安全を確保するなどの対応を取ることをアドバイス。一方、精神面への配慮では、顧客等からの言動によって、従業員にメンタルヘルス不調の兆候がある場合は、産業医や産業カウンセラー、臨床心理士などの専門家に相談対応を依頼してアフターケアを行う、または専門の医療機関への受診を促すことをすすめる。

再発防止のための取り組み

「事案発生時の従業員への共有」と「事例の活用」で再発防止を

発生した事案にただ対応するだけでは、最悪の場合、同じことが繰り返される可能性が残るものの、接客対応の改善によって再発防止を図ることが可能だと強調している。

接客対応の改善のためには、たとえば①事案発生時の従業員への共有②事例の活用――のような方法が考えられるとしている。

事案発生時の従業員への共有では、「事案発生時には、可能であれば、従業員に対して何らかのメッセージ・情報の発信をするとよい」とアドバイス。現場を預かる管理職が現場の従業員に注意喚起をするだけでも効果が見込まれるとしている。一方、事例の活用では、社内事例ごとに検証し、新たな防止策を検討し、毎年、トップがメッセージを発したり、クレーム対応マニュアル、研修などの見直し・改善に役立てることが望まれるとしている。

その他、カスタマーハラスメントの予防・解決のために取り組むべきこと

予兆をとらえる能動的に情報を取得する取り組みを

顧客等からのトラブル、ハラスメントを受けた場合を想定して、あらかじめ従業員からの情報収集、相談の方法を整えておく必要があるとしている。

従業員からの相談、情報収集の方法として、①ハラスメント発生状況の迅速な把握②事案発生後の振り返りのための情報の記録・管理――の2種類を提示する。

「ハラスメント発生状況の迅速な把握」では、従業員から相談を待つばかりでなく、カスタマーハラスメントの発生を迅速に把握し、またカスタマーハラスメントになりそうな予兆を捉えるため、能動的に情報を取得する取り組みや仕組みが必要になるとアドバイス。たとえば、「緊急事態報告メールを専門部署に連絡させる」「通話内容を文字化するシステムで、テキストをリアルタイムにチェックしている」などの方法があるとしている。

「事案発生後の振り返りのための情報の記録・管理」では、申し出の内容や対応の経緯、結果を正確に記録し、関係部署に共有・報告するとともに、再発防止策の検討に活用することをすすめる。

取引先から事実確認等の協力依頼があれば、応ずるよう努める

取引先企業とのトラブルについても触れ、ハラスメントは、顧客等と企業との間だけでなく、取引先企業との間でも発生する可能性があるとして、「取引先企業との間でハラスメント事案のトラブルが発生した場合、取引先と協力して事実関係の確認等を進める必要がある」と指摘する。

取引先等から協力依頼を受けたら、「自社の従業員が、取引先等でのハラスメント行為を疑われ、事実確認等の必要な協力を求められた場合は、これに応ずるように努めなければならない」と強調。

取引先等へ協力依頼を行う場合は、「自社の従業員が取引先等からハラスメントの被害を受けた場合に十分な対応を行っていないと、事業主は安全配慮義務違反として当該従業員に対して損害賠償責任を負うおそれがある」と注意を促す。

自社従業員から相談を受けた際は、①自社従業員から相談を受け、事情を確認する②事実確認を行うため、取引先に協力を依頼する③取引先と共同で、ハラスメント行為が疑われる取引先従業員から事実確認を行う――といった対応が求められるとしている。

(調査部)

2022年7月号 紹介の記事一覧