経済の好循環の起点となる賃上げの実現が柱。リ・スキリングによる能力向上支援などに重点
 ――2024年度の政府予算と厚生労働省予算

スペシャルトピック

2024年度政府予算が今通常国会でまもなく成立する。一般会計の総額は112兆5,717億円で、2023年度から約1.8兆円減。経済関連では、経済の好循環の起点となる賃上げの実現を事業の柱に据えた。厚生労働省の予算額は33兆8,191億円で、2023年度(33兆1,408億円)を6,782億円(2.0%)上回り、過去最大規模となっている。家計所得の増大を図るための中小企業支援と非正規雇用労働者の正規化促進などに1,436億円、リ・スキリングによる能力向上支援に1,468億円を計上した。

政府予算

「変化の流れを掴み取る予算」

政府説明資料は、2024年度予算のポイントについて「歴史的な転換点の中、時代の変化に応じた先送りできない課題に挑戦し、変化の流れを掴み取る予算」と説明する。「30年ぶりの経済の明るい兆しを経済の好循環につなげるには『物価に負けない賃上げ』の実現が必要」と強調。また、2024年1月1日に発生した能登半島地震をうけ、生活・生業の再建をはじめとする被災地の復旧・復興に切れ目なく対応できるよう、一般予備費について5,000億円を増額した(一般予備費は計1兆円を計上)。

「物価に負けない賃上げ」の実現に向けた予算について具体的にみると、医療・介護・障害福祉サービスの処遇改善のほかには、「こども・子育て支援加速化プラン」にもとづくさらなる保育士等の処遇改善のため、人件費の改定率を5.2%とする等の公定価格の引き上げを実施する。教職員についても、公立小中学校等の教職員の初任給の5.9%増額など給与改善のため、義務教育費国庫負担金を大幅に増額する。

物流関係では、トラックドライバーの賃上げに向け、法律にもとづく「標準的な運賃」を8%引き上げるとともに、その浸透・徹底のため、トラックGメンによる荷主・元請け事業者への監視を強化することを盛り込んだ。また、賃上げ原資の確保や物流の生産性向上のため法改正案を国会提出する。

中小企業等への対応では、適切な価格転嫁のため、28億円を投じて下請Gメンを330人に増強し、取引実態を把握したうえで指導を徹底する。また、中小企業等の賃上げ実現に向け、5,000億円規模の省力化投資支援を実施。中小企業・小規模事業者の最低賃金の引き上げに向け、生産性向上に資する設備投資などを実施することで事業場内最低賃金を引き上げる事業者に対し、その業務改善経費を支援する。

厚労省予算

労働保険特別会計は4兆1,725億円で前年度比8.9%減

厚労省の予算額は、一般会計が33兆8,191億円で、2023年度予算額に比べ6,782億円(2.0%)増。労働保険特別会計は4兆1,725億円で同4,097億円(8.9%)減。年金特別会計(子ども・子育て支援勘定を除く)は72兆7,084億円で同2兆4,730億円(3.5%)増などとなっている。

①今後の人口動態・経済社会の変化を見据えた保健・医療・介護の構築②構造的人手不足に対応した労働市場改革の推進と多様な人材の活躍促進③包摂社会の実現――の3つを事業の柱としており、雇用関連の施策が主に該当する「構造的人手不足に対応した労働市場改革の推進と多様な人材の活躍促進」では、①最低賃金・賃金の引き上げに向けた支援、非正規雇用労働者の処遇改善等②リ・スキリング、労働移動の円滑化等の推進③多様な人材の活躍と魅力ある職場づくり――の3分野を重点事項とした(図表)。

図表:厚生労働省の「構造的人手不足に対応した労働市場改革の推進と多様な人材の活躍促進」に向けた予算の内訳
画像:図表

(公表資料から編集部で作成)

「業務改善助成金」で中小の生産性向上を支援

重点事項に掲げられた内容を詳しくみると、まず、家計所得の増⼤を図るため、最低賃⾦や賃⾦の引き上げに向けた中⼩企業・⼩規模事業者の⽣産性向上の取り組みへの支援や、非正規雇⽤労働者等の処遇改善等を⾏うとして、最低賃⾦・賃⾦の引き上げに向けた中小・小規模企業等支援、非正規雇用労働者の正規化促進、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保に総額1,436億円を投入する。

個別の施策をみていくと、全国加重平均で1,004円となった最低賃金の引き上げに向けた環境整備を図るため、先述したとおり、事業場内最低賃⾦(事業場内で最も低い時間給)の引き上げを図る中⼩企業・⼩規模事業者の⽣産性向上を支援し、「業務改善助成金」に8.2億円を計上。事業場内で最も低い時給額を引き上げ、生産性向上のために設備投資を行った中小企業事業主等に、経費の一部を支援する。

1,106億円を計上して非正規のキャリアアップを包括的に支援する。企業内で非正規雇用労働者を正社員化したり、処遇改善の取り組みを実施した事業主を「キャリアアップ助成金」で支援し、有期から正規に移行した場合は1人あたり80万円、無期から正規では40万円を支給する。有期雇用労働者等の基本給を3%以上増額改定すれば、1人あたり5万円以上を助成する。

求職者支援制度の拡充に259億円を充てる

所得の増大を視野に、非正規雇用労働者の処遇改善にも注力する。ステップアップをめざす非正規雇用労働者等を支援するため、求職者支援制度の拡充に259億円を充てる。雇用保険を受給できない求職者を対象に、雇用保険と生活保護の間をつなぐ第2のセーフティネットとして、無料の職業訓練や、月10万円の生活支援給付金を支給し、早期の再就職を後押しする。

非正規雇用の処遇改善には、中小企業・小規模事業者が働き方改革を着実に実施することが重要になることから、中小企業等を対象に、同一労働同一賃金の遵守を徹底。「働き方改革推進支援センター」を各都道府県および全国に設置し、働き方改革に関する窓口相談やコンサルティングの実施、セミナーや情報発信し、働き方改革を広く中小企業等にも浸透させる(31億円)。

パートタイム・有期雇用労働者均衡待遇推進事業にも7.1億円を充て、基本給・賞与の差の根拠が不十分な企業等に文書で要請し、待遇の点検・見直しを推し進める。

非正規雇用労働者等の職業訓練試行事業を新設

経済・社会環境の急速な変化に対応し、持続的成長を図るためには、教育訓練の強化とともに、労働者の自律的・主体的かつ継続的なリ・スキリングの促進が一層重要となるとして、「人への投資」を最重点施策に据え、総額1,468億円を投入し、労働者の主体的なリ・スキリングと円滑な労働移動の推進を強力に後押しする。

個別に施策をみると、新しい事業として、非正規雇用労働者等が働きながら学びやすい職業訓練試行事業を実施する(3.1億円)。正社員に比べ非正規等労働者の能力開発機会が少ないことから、働きながらでも学びやすいよう、柔軟な日時や実施方法で、非正規労働者等720人を対象に職業訓練をスクーリング形式とオンライン形式を組み合わせるなど試行的に実施し、効果的な訓練について検証する。

同じく新規事業として、デジタル人材育成のための「実践の場」を開拓するモデル事業の実施に15億円を計上した。生成AIなど新技術に対応するデジタル人材の育成が急務のなか、他職種からの転職をめざす中高年や、DXを推進するコア人材はOFF-JTではなく実践の場で育成する必要があるとされるため、「実践の場」を創出するモデル事業を実施。中高年1,300人程度、企業のコア人材40人程度を、受託法人を介して企業に派遣して「実践の場」でデジタル業務に従事させ、より効率的・効果的な支援のあり方を検証する。

9.4億円で「産業連携人材確保等支援コース」を新設

産業雇用安定助成金に「産業連携人材確保等支援コース」を新設し、9.4億円を計上する。経済上の理由により事業の縮小等を余儀なくされた中小企業事業主が、生産性向上のスキルを持つ労働者の雇用を助成する。

従来の産業雇用安定助成金の「スキルアップ支援コース」には87億円を投入し、スキルアップを目的とした在籍型出向を支援する。

同助成金の「事業再構築支援コース」に67億円を充て、中小企業等が必要な人材を雇うため1人280万円を限度に助成する(中小企業以外は200万円)。

経済社会の変化に応じた労働者の学び直しの支援には、128億円を投じ、「教育訓練給付」の充実と支援の拡大を図る。デジタル分野など成長分野の訓練機会をニーズと踏まえて拡大するとともに、給付金の受給手続きをオンライン化するなど、働きながら受講しやすい環境を整備する。

「人材開発支援助成金」事業に645億円を計上。労働者の職業能力開発を後押しし、企業内の労働者のキャリア形成を効果的に促進する。職務に関連した専門的な知識や技能を習得するための職業訓練を実施する事業主に、訓練経費や訓練中の賃金の一部を助成。企業内の人材育成を支援し、雇用者のキャリア形成を効果的に促す。

「成長分野等への労働移動の円滑化」などに619億円

リ・スキリング、労働移動の円滑化のための推進策ではまた、デジタルやグリーンなどの成長分野や、一定の技能が必要となる未経験分野への就職を希望する労働者を円滑に労働移動させ、人材を確保するニーズが高まっていることから、成長分野等への労働移動の円滑化と人材確保の支援に、総額で619億円を盛り込む。

個別に施策をみると、成長分野など新しい分野での就業を希望する就職困難者を雇い入れる事業主に、通常の1.5倍の高額助成を行う「特定求職者雇用開発助成金(成長分野等人材確保・育成コース)」に143億円を充て、労働移動の円滑化を図る。

副業・兼業に関する情報提供をモデル的に実施

副業・兼業は離職せずに別の仕事に就きスキルや経験を得られるため、労働者の主体的なキャリア形成に資することが期待されることから、副業・兼業の事例集の作成(1,900万円)や、副業・兼業を希望する企業や中高年齢者のキャリア情報を収集・提供する副業・兼業に関する情報提供モデル事業(2,900万円)を実施し、副業・兼業を促進する。

新規事業として、ハローワークの業務のオンライン化に伴う環境の整備に34億円を計上する。ハローワークに来所せずとも職業相談・紹介業務等のサービスが受けられるよう利便性を高める。

人材確保対策総合推進事業(人材確保対策コーナーにおける就職支援の強化)には48億円を計上し、ハローワークの専門窓口で医療・介護分野等の人材不足分野への就職支援を強化。全国の人材確保対策コーナーを117カ所に拡充し、地方自治体や業界団体と連携し、求職者の拡大を図るとともに、事業所の雇用管理改善などを支援し、マッチング機会を拡充する。

多様な人材の活躍と職場整備に総額2,190億円

生産年齢人口や就業者数の大幅な減少が見込まれるなど深刻な人手不足が続くなか、全ての人々がそれぞれの希望に応じた多様な働き方で、能力を活かして活躍できる社会の実現が求められているとして、多様な人材の活躍と、魅力ある職場環境の整備を図る。

個別の施策をみると、5.3億円を投じ、フリーランス・事業者間の取引適正化など、法の周知啓発や、相談支援の環境を整備するとともに、労災保険の特別加入者も利用できるメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」で相談の充実を図る。

「多様な正社員」制度の普及促進や、ワーク・ライフ・バランスの促進に全部で158億円を充てる。主な施策をあげると、5,400万円を投じ、セミナーや事例収集とともに、課題分析ツールを作成するなどして、短時間正社員制度、勤務地限定正社員制度、職種・職務限定正社員制度などの「多様な正社員」制度の導入拡大を図る(「多様な正社員」制度導入支援等事業)。

テレワーク導入企業のために総合的な相談支援

テレワークを適正な労務管理のもと推し進めるため、テレワーク・ワンストップ・サポート事業に1.2億円を計上。テレワークを導入しようとする企業にワンストップで総合的な相談支援を行う。特に、テレワークの普及が進んでいない地方圏や業種に積極的に働きかけコンサルティングを強化する。人材確保等支援助成金(テレワークコース)には2.2億円を投じ、テレワークを適正に導入し人材確保に効果をあげた企業を助成する。

長時間労働の抑制と選択的週休3日制度等の普及推進に向けた支援には6.5億円を投じる。年次有給休暇や選択的週休3日制などの好事例を収集・提供するとともに、コンサルティングを実施し休暇等の普及を促す。

「働き方改革推進支援助成金」には71億円を充当。時間外・休日労働の上限規制が適用される中小企業等に、時間外・休日労働時間の削減に向けた支援を行う。生産性向上のために取り組んだ費用を助成し、環境整備を進める事業主を支援する。

ハラスメント防止対策などに総額122億円を投入

職場におけるハラスメントは、就業継続を妨げる大きな障害として社会的関心も高いことから、総合的・一体的なハラスメント防止対策と相談支援の充実に総額122億円を投入し、働く環境改善対策を推進する。

個別の施策をみると、総合的ハラスメント防止対策事業に6.7億円を計上。ハラスメントに関する情報提供ポータルサイトの運営やハラスメント撲滅対策を全国で集中的に実施するなどの周知啓発、企業の相談窓口担当者を対象にした研修の実施や業種別カスタマーハラスメントの取り組み支援などの企業支援、メールやSNSで相談窓口を設置するなどの相談対応を行う。

中小企業等の産業保健活動の支援や働く人のメンタルヘルス対策にも注力し、「産業保健活動総合支援事業」に49億円を計上し、メンタルヘルス対策の強化を図る。小規模事業者や産業医等の産業保健スタッフに研修や情報を提供するとともに、助成金等の支援を行う。メンタルヘルス対策を強化するため、精神科産業医や心理職を新たに配置し、両立支援コーディネーターによる支援を拡大する。化学物質の自律的管理移行に伴う相談対応も拡充する。

働く人のメンタルヘルス対策の促進にも3.2億円を計上。個人事業主等の過重労働やメンタルヘルスが課題となっているなか、働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」の電話・SNS・メール等による相談事業を拡充する。

「両立支援等助成金」で新たなコースを設置

仕事と育児・介護の両立支援の拡充強化では249億円を盛り込んだ。

具体的な事業としては、働き続けながら子育てや介護を行う労働者のため就業環境整備に取り組む事業主を助成する「両立支援等助成金」に181億円を投入。2024年度は「育休中等業務代替支援コース」「選べる働き方制度支援コース」(いずれも仮称)を新設し、育休中の業務を代替する労働者への手当支給や、育児期に柔軟な働き方の制度を複数導入した利用者に1人あたり20~25万円を支給する。

子育て中の女性支援に取り組む「マザーズハローワーク事業」には42億円を計上。専用支援窓口を設け、子連れで来所しやすい環境を整備するとともに、出張相談や出張セミナーなどアウトリーチ型の支援で子育て中の女性の就職を後押しする。

チーム支援で障がい者の雇用マッチングを強化

労働力の逼迫が続く状況下で、高齢者や障がい者、外国人など、多様な人材の就労・社会参加を推し進め、誰もが働きやすい社会を実現することが必要となっていることから、総額940億円を充て、多様な人材の就労・社会参加を推し進める。

事業の内訳をみると、シルバー人材センター等補助金に141億円を充て、運営を補助するとともに、「高齢者活躍人材確保育成事業」に15億円を計上し、センターの新規会員獲得や活用企業の増加を図る。

障がい者の雇い入れ等の支援としては、就業を希望する障がい者にハローワーク職員等がチームとなり、職場定着まで一貫した支援を実施する「障害者向けチーム支援」の実施などによるハローワークマッチングの強化に17億円を計上した。

外国人雇用支援として、外国人技能実習機構交付金に66億円を充て、技能実習制度の抜本的見直しに向けた外国人技能実習機構の体制整備を図る。日本での就職を希望する外国人留学生や専門的・技術的分野の外国人材の支援には、外国人雇用サービスセンターや、ハローワークに全国21拠点の留学生コーナーを設置し、支援体制を充実させ専門的できめ細やかな就職支援を行う(14億円)。

ハローワークの専門窓口で氷河期世代や若年を支援

バブル崩壊後の雇用環境が厳しい時期に就職活動を行い、現在も様々な課題に直面している世代や、就職にあたり様々な課題を抱える若年者の支援にも716億円を計上して充実を図る。

個別の施策をみると、ハローワークに専門窓口を設置し、キャリアコンサルティングや生活設計の相談、職業訓練のアドバイスなど就職から職場定着までチームで支援する「就職氷河期世代の就職支援のためのハローワークの専門窓口設置および担当者制による支援」に20億円を充てた。

87億円を投入し、全国55カ所にある「新卒応援ハローワーク」で約1,300人の就職支援ナビゲーターが、多様な課題を抱える新規学卒者を重点的に支援する。

(調査部)

2024年4月号 スペシャルトピックの記事一覧