適所適材を実現する役割基軸の人事制度を導入
 ――積水化学工業

企業ヒアリング

積水化学工業は2020年、「社会課題解決に取り組み、個人と社会のLIFEを土台から支え、未来の世代を含めたあらゆる世代に対し、持続性を高める製品やサービスを通じて、安心とそこから発展する価値を創造・提供していく」などとする長期ビジョン「Vision 2030」を策定。「ESG経営を中心においた革新と創造」を戦略の軸に、業容の倍増、新領域への挑戦の目標を掲げている。

人事制度については、2000年以前は職能資格制度で年功的な処遇を行っていたが、2000年代に入って職能資格と成果主義の二本立ての制度に変更し、公正な視点で成果に応じた処遇を実施してきた。さらに2019年度からは、長期ビジョン実現のための人事戦略として、「適所適材」と「挑戦を生む組織・風土」の検討を開始し、2022年4月に役割基軸の新人事制度をスタートさせている。

長期ビジョンの実現に向けて役割に基づく評価を実施

同社の人事制度の変遷は、シート1のとおり。

<シート1>
画像:シート1

(同社提供)

2000年以前は職能資格制度で年功的なマネジメント・運用だったが、赤字になった時点で「成果主義と職能資格制度」の二本立てに変更。2000~2010年代には、業績へコミットさせることで事業が立ち直り、人の成長が事業の成長を後押しするようになった。

2020年代に入ると、「現状からもう一段、突き抜けていかねばならない」として、2030年に目指す姿を描き出してドライブをかけていく長期ビジョン(Vision2030)を策定。その実現に求められる人事の考え方として、①まずビジョンをきちんと伝えて一人ひとりに理解・浸透を図り、②あわせて適所適材や後継候補の育成などの人の配置を適切に実践する仕組みをつくり、③処遇や風土づくりを制度化して進めていく――ことを軸に取り組む方向性を示した。人事制度については、「ビジョンの実現には成果主義と職能資格制度の延長では辿り着かない」と判断して、役割に基づく評価を実施していくことになった。

人事制度改定の課題設定

人事制度の改定に際しては、2019年度時点での問題として、①労務構成や社会環境を踏まえた、全世代が持続的に活躍できる環境作り②ビジネスリーダーの確保(数・質)が求められているなかでの計画的に育成・獲得する体制③年功・属人的要素が大きく、育成視点も弱いことから、コンセプトの転換(全世代/役割)――の必要性について検討し、労務構成や定量的な分析を行った。

その一方、長期ビジョンから抽出される課題として、①「既存事業の弛まぬ構造改革」と「新規事業創造」をリード可能な人材の継続的育成と供給、社員の挑戦引き出しによる巻き込みが不可欠②長期ビジョン達成には、今までとは異なるリーダーが求められ、入れ替えが必要③単体の基幹職が今後減少。若手の抜擢や海外含むグループ人材の育成なしにはスピードに追い付けない――ことをあげた。

課題について、長期ビジョンの実現に責任を持つ経営陣に「2030年までにビジネスで何を実現したいのか」を外部の第三者にも加わってもらうなかで聞き取り、その内容をまとめて、「実現のために必要な人材像」を浮き彫りにし、それを踏まえて①ビジネスリーダーの確保②従業員一人ひとりの積極的参画と挑戦を促す評価制度とキャリア開発の仕組み③65歳までの定年延長――を重要施策として掲げ、22年度までに制度としておおむね確立した。

人材マネジメント構築コンセプト

そのうえで、同社はVision2030実現に向けた経営計画・配置・育成を結びつける人材マネジメントを構築。具体的には、3年間の中期経営計画に連動した人材マネジメントをしていこうと、シート2の1番上にある中計と連動した役割グレードの構築を行った。

<シート2>
画像:シート2

(同社提供)

役員で構成する「人材コミッティ」を新設

ここで、シート2右上の「人材コミッティで審議」に触れておくと、役員で構成する審議体として新たに構成した「人材コミッティ」は、役員が職群の上位グレードの候補者にどんな人がいて、将来、どういうふうに育成・登用していくかなどの情報をオープンにして議論する場。人事は、そこに必要な情報を揃えていくことが求められるため、そのための仕組みとして主にコンピテンシーとパーソナリティーを図るためのタレントレビューやヒューマンアセスメントを入れて必要な情報を整理する。具体的には、限られた情報や属人的に知り得る仕事・ポジションの中味、仕事の実績などの情報を会議体の場でオーソライズすることで、より可視化・見える化し、定量的な情報も加えて議論することにした。

旧職能資格制度の概要

同社の基幹職(管理職)の人事制度は、以前は職能資格制度(シート3)で4つの格付けがあり、いわゆる職能・能力が上がれば上位資格に上がる仕組みだった。報酬は職能に紐付いていて、例えば「主事は月給●●万円」「参事は月給●●万円」などと決まっていた。一方、職務は「課長級」「営業所長級」などと別途、任命する形。例えば同じ課長級で仕事をしている人のなかにも、主事の資格の人もいたり参事の資格の人もいたりで、結果として同じ仕事をしているにもかかわらず報酬が異なることが起きていた。

<シート3>
画像:シート3

(同社提供)

さらにいうと、上位資格に上がるためには一定の見極め期間を経る必要があった(主事4年以上で参事の昇格資格を得るなど)。また昇格の審査においては、当該資格での成果をみていくため、年功的な運用になる傾向があった。

新役割等級制度で基幹職の役割・責任・権限を3職群に

また、基幹職には部長や事業部長、工場長、支店長などのいわゆるライン長だけではなく、プロジェクトをマネジメントするような管理職や、専門技術者など、合わせて約1,400人が存在する。新制度では、組織全体の責任を持つライン長を「G職」、特定の重要課題解決に責任を持つ基幹職を「P職」、同社で定めている競争力の源泉となる専門分野の第一人者を「S職」と位置付けた(シート4)。

<シート4>
画像:シート4

(同社提供)

「制度改定では、まず担当する業務のポジションがどんな位置付けなのかをみて、3つの職群に分けて処遇することを決めた。G職と呼ぶのがいわゆる事業部長や支店長。●●部長などのポジションのライン長、高度な専門性を持っている人をS職として処遇するほかに、必ずしも部下がいるわけではないが、特定のプロジェクトやミッションにコミットするプロフェッショナルの人をP職とした」(同社人事部門)。

各職群に役割の大きさに基づく4つのグレードを設定

基幹職(管理職層)の3つの職群(G・P・S)に、役割の大きさに基づく4つのグレード分けを行った。シート5にあるように、専任担当職の制度は職能資格を維持し、基幹職は役割に応じてグレードを位置付け報酬を決めるのが同社の人事制度の枠組みになる。G・P・S職それぞれ4グレードあり、G職は約400ポジション設定している。P職は約1,000人、S職は30人ぐらいの規模。上位グレードほど裁量と責任の大きい高度なマネジメントが求められる。

<シート5>
画像:シート5

(同社提供)

G職群――組織規則に定める組織およびその実態を持つ組織のライン長

職群ごとの詳細をみると、まずG職はライン長で、そのポジションのジョブが確定しているため、それぞれの役割の大きさを外部の職務グレードを基準に測定しG1~4に位置付けた。

ただ、それだけではわかりにくいことに加え、同社が判断したいのは現行のジョブを評価することではなく、Vision2030実現に向けて、「今やらなければならないことがクリアになっていて、それに向けた取り組みができているか否か」。そこで、業務面では「既存事業(業務)の革新」と「新規事業(業務)の創造」、組織面は「組織力の強化・最適化」と「人材力の底上げ」の4つに責任を持つ人をG職と位置付け、責任の持ち方の度合いの大きさでG1~4までグレーディングし、役割設定シートで独自の4つの観点で役割を設定している。

ちなみに、G職をわかりやすく考えると、「G4=課長クラス」「G3=規模の大きな課の課長または規模の小さな部の部長クラス」「G2=部長クラス」「G1=部門長クラス」といったイメージ。G職の役割を担っている人は、必ず肩書き・タイトルを持っている。

P職群――戦略実行のプロとして組織の重要課題解決に主体的責任を負う

P職のイメージは、「1人で活躍できるような管理職としての役割」。G職の右腕のような参謀的役割で施策を考え、横串でいろいろな部署・人と連携して最終的にその戦略を実現しアウトプットを出すといったプロ人材を指す。グレードは、各P職が実際に担えている役割(実現したもの)をみて4つに格付け、それぞれに報酬を決めることにした。

チームリーダーや新製品の開発プロジェクトでP職に格付けることも

G職が自分のラインを持っていて、部署としての実行計画の作成義務を有するのに対し、P職は人によっては組織運営することもあるが、部署としての方針やビジョンを示すまでの責務は負うことはない。組織設計上も、人事や経理などの恒久的な部門のチームリーダーにもP職はいるし、新製品の開発プロジェクトなど期間や職務が限定される現業ではない仕事を担当する場合などもP職として配置することが多い。

S職群――競争力の源泉となる高度な専門性を発揮

S職は、いわゆる専門職制度の運用になる。ただし、専門性の高さだけではなく、その専門性を活かして事業への貢献がどれだけできているかで役割は変わる。さらに、積水化学工業が設定する技術領域のなかで、その技術の第一人者としてグループ全体に目を配り技術強化を牽引していくことが求められる。そうした役割の人を専門職に据え、①専門性の高さ②事業への貢献③技術強化の牽引④対外発信――を認定基準にして、役割の大きさの度合いで1~4までのグレードに格付ける。

専任担当職は職能資格制度を継続

参考までに専任担当職(一般職)層の人事制度についてもみておくと、「専任担当職についても将来的に役割軸の制度を導入できる可能性はあるものの、基幹職の制度がうまく回るのを確認してからそこに拡大するべき」との判断で、制度改定後も職能資格制度を継続することにした。現行は、いわゆる管理職を目指すビジネスキャリアコースと社内の第一人者を目指すエキスパートコースの2つのコースがあり、それぞれ初級・中級・上級の3階層で構成している。ただし今回の基幹職制度改定にあわせて、専任担当職から基幹職への登用や各資格における昇格要件のうち、従来は設けていた見極め期間(必要在留期間)は、基幹職同様に廃止した。

新たな評価要素として挑戦行動を追加

基幹職の評価制度は、各職群の等級の基準で半期と年度の評価を絶対評価で付けて、半期評価は賞与額に反映させ、年度評価はグレードの変更に活用している。

専任担当職の評価項目は業績評価と能力発揮度評価の2つであり、半期評価は賞与額に反映させている。能力発揮度は、職能資格に応じた能力について、どれだけ発揮されているかを評価している。

業績評価は、MBO(目標に対する結果の評価)と、そこまでのプロセスの2つを評価している。業績評価で結果とプロセスを指標化・評価するのは旧制度と変わらないが、プロセスの中に新たに「挑戦行動」を要素として加えた。「挑戦行動」とは、プロセスの過程で挑戦する従来とは異なる新しいやり方や取り組みのことを指し、これを評価して加点することに変更した。

具体的には、結果目標、プロセス目標、挑戦行動目標の3要素について定数評価し、その合計点を積算する。これに能力発揮度評価の結果を合わせて、評価を決定する。評点は旧制度ではS~Dの5段階評価だったが、新制度ではAとBの間にB+を設けて6段階としている。なお、新制度では、挑戦行動目標に取り組まないと、良い結果を出したりプロセス評価が高かったりしても、優れた評価(A以上)には届かない設定にしている。

評価とキャリア開発支援・能力開発を連動

新制度では評価制度とキャリア面談、能力開発を一体のものとして実施することで、業務と密接に関連した能力開発を支援する。職能資格制度では、「職能が上がること=キャリアパス」でわかりやすかったが、新制度ではG・P・Sの各職群でどのように昇格していくのか、あるいは自分のキャリアをどう考えていくのかが、人もしくは役割・ポジションで異なってくるため、上司・部下間のキャリア面談が必須になるとの考え方だ。

報酬は各グレードで固定金額を設定

報酬については、グレードごとに金額を設定している。各グレードの月次報酬は同一で、評価は賞与に反映し、月次報酬における昇給の仕組みはない。報酬額はG、P、Sの3職群ではGが一番高く、次にS、Pの順となっている。グレード間での逆転は起きないように設定しており、同じ職群では上位グレードのほうが高い。

賞与は業績の評価要素の積み上げで支給原資を決定

賞与は、基幹職1人あたりの原資を業績に連動した仕組みとしている。業績は、財務業績指標である営業利益額のほか、非財務指標としてGHG排出量の削減率や挑戦行動の発現度などを賞与原資の評価要素に入れ、その積み上げの合計で基幹職1人あたりの平均賞与の支給原資を決定。そのうえで、1人あたりの支給額は半期ごとの評価結果等に基づいて個別決定される。

新制度導入で報酬が下がる人は23年7月からの移行措置を

新制度への移行と運用は2022年4月実施だが、新制度の導入で報酬が上がる人と下がる人がでてきたことから、後者への格付けの説明やフィードバック面談等の対応には非常に気を遣ったという。新制度は昇格機会があるので、その時点での格付けが仮に下がったとしても挽回できることも含め説明して新グレードへの移行を実施する。

グレードの変更で賃金が下がる人への調整

基幹職の人事異動では、グレードが下がる場合、それによって賃金が低下する。その際には下限幅を決めていて、異動前のグレードと異動後のグレードの月次報酬の差額が1年あたりの限度を超える場合は、数年かけて異動後の本来のポジションの月次報酬になるまで調整する。なお、基幹職から専任担当職への降格については、今後の検討課題とのこと。

65歳定年制への移行と役職定年制の導入

65歳への定年延長の実施にあたっては「選択定年」を採用し、60歳時点で定年延長か退職かを自主的に選択できるようにした。退職金は60歳で金額を確定させ、それ以降、金額は変えずに定年退職時に支給する。

また、ライン長が65歳まで残っていると後進が育たず組織の活性化も進まないなどの課題が考えられることから、65歳定年制への移行とあわせて、基幹職には60歳で役職を後進に譲る「役職定年」の仕組みを設けた。役職定年に伴い、職群に関係なくP4の役割を担う異動を行う。それまでの経験値を活かし、引き続き基幹職として働くことになる。

月次報酬は60歳以前のP4の75%の金額となり、65歳まで固定する。なお、専任担当職が60歳を迎えた際も、60歳以前の賃金の75%としている。

専任担当職の上位に役割型制度を求める声も

労働組合との協議については、新人事制度が基幹職限定のため、労組には制度改定の考え方のみの説明にとどめた。とはいえ、基幹職を目指す組合員も多く、「関心を持って欲しい意味合いもあって、労組には基幹職の制度の話もした。『専任担当職の上位にも役割型の考え方を入れてもよいのでは?』といった意見もあった」という。

一方、前述の定年延長については、労使協議を長期間にわたって丁寧に実施し、制度の決定に至った。定年を延長すること自体は労使とも推進で一致していたものの、報酬水準については下落幅をできる限り抑えたいとの労組の要望もあり、労使で検討を重ねて現在の水準で合意した格好だ。

制度改定に伴う適切な評価や人材コミッティによる情報の広がりが

制度改定の成果については、新制度導入後のグレードごとの構成推移を21年4月と22年10月で比べると、現在担っている役割に応じたグレード任命が実施され、適切に評価されるようになったことがあげられる。例えば、ポジションに対して資格が追いついていなかった若年層が、より適切にグレード化された結果も現れている。

もう1つの成果として、人材コミッティを実施したことも指摘できるという。

「従来は、役員やカンパニー長、人事部長が将来の人事構想としてどういったことを考えているかは、その人の頭のなかにだけあって、言語化してもらわないと第三者にはわからなかった。今回、人材コミッティの場でそういった情報を共有し見える化したことで、これから実施する構想の可視化を進めることができた。これは今後に向けた構想立てをするのに非常に効果的だ」(人事部門)

(ヒアリング実施日:2023年3月14日)

企業プロフィール

企業名:
積水化学工業株式会社
設立年月日:
1947年3月3日
代表者:
代表取締役社長 加藤 敬太
従業員数:
2万6,838人(2023年3月末日現在)
業種:
化学
事業内容:
住宅および樹脂製品製造業