災害時の報告、防止措置、教育、健康診断などでの労働者同様の適用を求める
 ――厚生労働省「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」報告書

スペシャルトピック

個人で業務を委託されて作業するフリーランスなど、労使関係のもとにある労働者以外の就労形態である「個人事業者等」に関する業務上の災害の実態把握と、その実態を踏まえての災害防止のために有効と考えられる安全衛生対策のあり方について検討していた厚生労働省の「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」(座長:土橋律・東京大学大学院工業系研究科教授)は2023年10月、報告書をとりまとめた。検討会は、労働者が行う作業と類似の作業を行う者については、労働者であるか否かにかかわらず、労働者と同じ安全衛生水準を享受すべきとの考え方をもとに議論。個人事業者等についても、死傷災害の報告や災害防止措置、安全衛生教育、健康診断の受診を労働者と同じように適用していくことなどを提言した。

<検討の背景>

同じ場所で働く労働者以外の者も保護する趣旨の最高裁判決

労働安全衛生法では、「職場における労働者の安全と健康を確保する」ことを一義的な目的としており、同法のもとで、労働安全衛生行政では、労使関係のもとにある労働者の安全衛生の確保を目的として施策が講じられてきた。しかし、近年、デリバリーサービスなど個人事業者として働く人が増えてきており、個人事業者などの安全衛生対策については、関係省庁が連携し、交通事故防止対策など個別分野での対策が講じられている。

一方、2021年5月に出された石綿作業従事者等による国家賠償請求訴訟の最高裁判決では、有害物質等による健康障害の防止措置を事業者に義務付けている安衛法第22条の規定について、労働者と同じ場所で働く労働者以外の者も保護する趣旨であるとの判断がなされた。これをうけ、厚生労働省では省令を改正し、請負人や同じ場所で作業を行う労働者以外の者に対しても労働者と同等の保護措置を講じることを事業者に義務付けることにした(2022年4月公布)。

労働災害データをみると個人事業者等の災害も相当数発生

省令改正を検討した労働政策審議会安全衛生分科会では、安衛法第22条以外の規定についても、労働者以外の者に対する保護措置をどうするべきか、業務を個人事業者等に注文する注文者による保護措置のあり方などについて、別途検討するとした。また、これまでの安衛法では、個人事業者などを対象とした具体的な保護措置は設けられておらず、業務上災害の実態も十分に把握できていない状況にあるが、労災保険でのデータをみると、個人事業者などについても業務上の災害が相当数発生している状況がみられる。

こうした背景から、厚生労働省では、労働者以外の者も含めた業務上の災害防止を図るため、学識経験者、労使関係者をメンバーとする「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」を開催。個人事業者等に関する業務上の災害の実態把握と、実態を踏まえての災害防止のために有効と考えられる安全衛生対策のあり方について検討し、今回、報告書をとりまとめた。

<検討にあたっての基本的な考え方>

類似の作業を行う者は労働者と同じ安全衛生水準を享受すべき

検討会では、個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方について、労働者と同じ場所で就業する者や、労働者とは異なる場所で就業する場合であっても、労働者が行う作業と類似の作業を行う者については、労働者であるか否かにかかわらず、労働者と同じ安全衛生水準を享受すべきであるという基本的な考え方のもとに、3つの論点に分けて検討を行った。

論点は、①危険有害作業にかかる個人事業者等の災害を防止するための対策のうち、個人事業者自身、注文者等による対策②危険有害作業にかかる個人事業者等の災害を防止するための対策のうち、事業者による対策③危険有害作業以外の個人事業者等対策(過重労働、メンタルヘルス、健康管理等)――の3つ。

1つめの論点では、個人事業者自身による措置やその実行性を確保するための仕組みのあり方や、個人事業者以外も含めた災害防止のための発注者による措置のあり方などを検討することにした。2つめの論点では、現在、労働者保護規定が設けられている機械、作業などについては、同じ機械、作業などにかかる個人事業者等にも同様の危険有害性があることなどから、安全確保の観点から、同保護規定を踏まえた規制などを検討する必要があるのではないかという点を議論した。3つめの論点では、過重労働などの健康障害防止のための措置とその実行性を確保するための仕組みのあり方などについて議論した。

<報告書の内容>

報告書は、「個人事業者等の業務上の災害の把握等」→「個人事業者等の危険有害作業に係る災害を防止するための対策」→「個人事業者等の過重労働、メンタルヘルス、健康確保等の対策」→「個人事業者等や小規模事業者に対する支援」の順で検討結果をまとめた。

〔個人事業者等の業務上の災害の把握等〕

報告対象は「休業4日以上の死傷災害」

個人事業者等の業務上の災害の把握等についてはまず、業務上災害の報告の仕組みについて言及している。

報告対象について報告書は、労働者死傷病報告での現在のルールを意識して「休業4日以上の死傷災害」とし、脳心・精神事案が疑われる事案は、報告の仕組みとは別に措置するとし、被災者が業務と関係ない行為で被災したことが明らかな事案は対象外とするとした。

報告主体は、①被災時に個人事業者等が行っていた業務の内容を把握している者②災害発生場所の状況を把握している者――が適当だとし、①と②のいずれも満たす者の範囲は、「被災者である個人事業者等自身」のほか、個人事業者等が行う仕事の注文者で、災害発生場所(事業所等)で業務を行っている人のうち、個人事業者の直近上位のもの(「特定注文者」)が該当するものと考えられるとした。

本人が報告不可能な場合は特定注文者が報告

個人事業者等が死亡した場合や、入院中などで報告が不可能な場合には、特定注文者が把握可能なものについて報告するとした。ただし、注文者が災害発生場所に来ることが一切ない場合など「特定注文者が存在しない場合」には、災害発生場所管理事業者を報告主体とするとしている。

個人事業者等が報告することが可能な場合は、個人事業者等自身が、特定注文者または災害発生場所管理事業者に報告を行い、報告を受けた特定注文者または災害発生場所管理事業者は、必要に応じ、注文している業務の内容や災害発生場所の状況を踏まえ必要事項を補足したうえで、労働基準監督署に報告するとした。

「遅滞なく」報告を求め、罰則なしの義務規定に

報告時期については、労働者死傷病報告のルールと同様に、災害の発生を把握した後、「遅滞なく」報告を求めることとするとし、罰則の適用については「罰則なしの義務規定」とするとしている。報告を行ったことによる不利益取扱いを行ってはならないことも言及している。

脳・心臓疾患、精神障害事案では労基署に報告できる仕組みを整備

業務上の脳・心臓疾患、精神障害事案の報告の仕組みでは、まず、他の業務上災害とは区別して、個人事業者自身が労働基準監督署に報告することができる仕組みを整備するなどとして、その理由として、①脳・心臓疾患や精神障害の原因の特定が困難な場合があること②発注者等、仕事の受託に関わる者による報告を想定した場合、個人事業者に対する不利益な取扱いにつながる懸念があること③特にメンタルヘルスに関しては個人情報の保護に留意する必要があること④個人事業者は労災保険に特別加入していない者も多いこと――を理由にあげた。

報告できる項目としては、報告者に関する情報のほか、被災者の氏名、年齢、性別と業種、また、発症日時や死亡・休業見込み、発症原因、就業時間数、ストレス要因などをあげている。

〔個人事業者等の危険有害作業にかかる災害の防止対策〕

安衛法第20条は個人事業者等についても適用

危険有害作業にかかる災害の防止対策では、まず、個人事業者等自身による措置や、その実効性を確保するための仕組みについて考え方を整理している。

機械などの安全の確保について、安衛法第20条では事業者に対して、機械、器具などによる危険や、爆発性の物、発火性の物などによる危険、電気、熱その他のエネルギーによる危険を防止するために必要な措置を講じなければならないとしているが、同条等にもとづく構造規格を具備していない機械などの使用禁止などについて、事業者と同様に、個人事業者等についても適用することなどを盛り込んだ。

安全衛生教育の受講などは個人事業者等にも修了を義務付け

また、安衛法第59条などにもとづく安全衛生教育の受講や危険有害業務にかかる健康診断の受診などについて、労働者と同様に、該当する業務に従事する個人事業者等にも修了を義務付けることとするとしている。

さらに、特定の危険有害な業務で、労働者であれば事業者に実施が義務付けられている特殊健康診断について、個人事業者に対しても国が、特殊健康診断と同様の健康診断を受けることを促すことも盛り込んだ。また、国は、個人事業者等に対する安全衛生教育や健康診断などに関する情報提供や受講・受診機会の提供について配慮を求めることとするとした。

安衛法第3条第3項の規定が建設工事以外の注文者に適用される趣旨を明確に

注文者の措置については、注文者の責務の範囲の明確化について述べており、建設工事の注文者など仕事を他人に請け負わせる者は施工方法や工期などについて、安全で衛生的な作業の遂行をそこなうおそれのある条件を付さないように配慮しなければならないとしている安衛法第3条第3項の規定について、建設工事以外の注文者にも広く適用される趣旨を明確にするとした。また、無理な工期・納期の設定や、当初予定していなかった条件の注文後の付与など同項の趣旨にそぐわないものであることを明記することも提言している。

注文者による措置は、保護対象となる者の直近上位の注文者だけでなく、災害リスクをコントロールすることができる権限を持つ者に対して求められることを明確にするとした。

安衛法第3条第3項の規定がプラットフォーマーに当てはまる場合も

発注者以外の災害原因となるリスクを生み出す者等による措置では、プラットフォーマーなど、仕組みを提供する者による措置にも言及した。

報告書はまず、プラットフォーマーが個人事業者等に行わせる危険有害業務の内容によっては、安衛法第3条第3項の規定がプラットフォーマーにも当てはまる場合がある旨を、解釈例規やガイドラインの策定といった手段を通じて明確化することによって、プラットフォーマーが配慮すべき具体的内容を明確にすることを提言。また、プラットフォーマーなどの業務形態や契約に着目した新たな規制の枠組み、諸外国の規制動向等も注視しながら、安衛法の既存の枠組みでは捉えきれない課題への対応について、将来的な検討課題の把握に努めることを求めた。

〔個人事業者等の過重労働、メンタルヘルス、健康確保等の対策〕

個人事業者等自身による健康診断の受診を国が促す

個人事業者等の過重労働、メンタルヘルス、健康確保等の対策では、まず、個人事業者等自身による健康管理について言及しており、国が個人事業者等に対し、1年に1回、一般健康診断と同様の健康診断を受けることや、その結果に基づく必要な精密検査や受診を促すとした。

また、長時間の就業による健康障害の防止のため、国が個人事業者等に対し、個人事業者等自身で就業時間を把握し、睡眠・休養の確保も含めた体調管理を促すとともに、就業時間が長時間になりすぎないようにすることを促すこととすると提言。就業時間や疲労蓄積度をチェック・記録できるツール(アプリ)等の活用や、疲労の蓄積を感じる場合には医師による面接指導の受診を促すことも盛り込んだ。

メンタルヘルス不調の予防に向けては、国が個人事業者等に対し、定期的にストレスチェックの受診を促すことや、高ストレスと判定された場合には、医師の面接指導や看護職、心理職等による健康相談を受けるよう促すことを提言した。

注文者等に長時間就業とならないよう配慮を促す

注文者等に対する措置では、注文者等が個人事業者等に業務を委託するときは、就業時間が長時間になりすぎないように、注文者等に対して、安全衛生を損なうような長時間就業とならないような期日を設定するといった配慮を求めることとするとし、就業時間が長時間になってしまった個人事業者等から求めがあった場合に、医師による面接指導を受ける機会を注文者等が提供するものとするとした。

メンタルヘルス不調を予防するため、ガイドライン等(安衛法第3条第3項関係)により、安全衛生を損なうような就業環境、就業条件とならないような配慮を求めることとするとし、パワーハラスメントを防止するための必要な措置を求めることも提案した。

注文者等が個人事業者等に健康診断の受診を促す措置も

このほかの注文者等に対する措置では、個人事業者等に健康診断の受診を促進することをあげ、国は、注文者等に、健康診断に関する情報提供や受診機会の提供の配慮を求めることを明記した。労働者であれば特殊健診が必要となる業務を反復・継続して個人事業者等に注文し、個人事業者等が常時、特殊健診が必要となる業務に就くような場合には、請負契約に当該健診費用を安全衛生経費として盛り込むことをガイドライン等により示し、促すとしている。

個人事業者等が特定の者から受けた仕事のみを行っているような場合で、契約期間が1年を超える場合や、契約期間が1年に満たなくても特定の個人事業者等と繰り返し契約を締結している場合には、請負契約に一般健診費用を安全衛生経費として盛り込むことが望ましいことをガイドライン等により示すことも掲げた。

〔個人事業者等や小規模事業者に対する支援〕

業種団体や自治体も関与することを働きかける

個人事業者等や小規模事業者に対する支援では、個人事業者等の安全衛生向上に資する取り組みに、業種・業種別団体や仲介業者、個人事業者等が就業する地域の自治体などが関与するよう働きかけることにより取り組みを促進し、国がそうした取り組みを必要に応じて支援するとしている。

相談窓口の活用も提案しており、個人事業者等の労働災害を防止するための相談窓口について、労働基準監督署だけでなく、既存の個人事業者等に対する相談窓口、業所管官庁などが連携して対応するような体制整備が必要だとし、利用者がワンストップで利用できるよう、既存のチャンネルを活用し、効果的・効率的なものとするよう求めた。

速やかに法令改正などを行うことを提言

報告書は、これらの内容のうち、制度や仕組みを見直すことや、取り組みを進めることが適当とされた事項については、厚生労働省において速やかに、必要な法令改正、予算措置等を行うべきだとしている。

(調査部)

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