非正規労働者が働きながらでも学びやすい職業訓練を提供し学び直しの支援を
 ――厚生労働省の「公的職業訓練の在り方に関する研究会」報告書

政府の報告書

DX(デジタルトランスフォーメーション)の加速化など、企業や労働者をとりまく環境変化に対応するため、労働者の自律的・主体的な学び・学び直しの支援が不可欠となるなか、非正規雇用労働者などが働きながらでも学びやすい職業訓練の具体的な制度設計を検討してきた厚生労働省の「公的職業訓練の在り方に関する研究会」(座長:今野浩一郎・学習院大学名誉教授)は9月5日、報告書をとりまとめ、公表した。正社員に比べ能力開発機会の少ない非正規雇用労働者が主体的に学び直しを進めるため、具体的な制度設計の4つの視点を提示。職業訓練の通所日の思い切った柔軟化や、通所不要なオンライン訓練などを提言した。

非正規雇用労働者に公的な支援が必要

報告書ではまず、非正規雇用労働者の能力開発の現状と課題を整理。企業を通じた能力開発の課題としては、OFF-JTや計画的OJTといった能力開発機会が雇用形態によって差が生じていることをあげ、雇用開発機会が乏しい非正規雇用労働者に対して公的な支援が必要だと強調した。

在職者個人が主体的に行う能力開発については、自己啓発に関して「忙しくて時間が確保できない」「費用がかかりすぎる」という声があがっている点や、「どのようなコースが自分の目指すキャリアに適切なのか分からない」など、情報不足も課題となっている可能性を指摘した。

公的職業訓練のうち、既存の離職者向けの職業訓練制度については、平日昼間の決まった時間の受講が基本になっていることなどから、在職者にあまり利用されていない現状を紹介。また、教育訓練給付は、受講者自らが一旦費用を負担しなければならないことがネックになっているとし、「時間的制約、経済的制約」を課題としてあげた。

時間面、経済面に加え、情報や相談機会の制約の解消を指摘

これらの課題をふまえた支援の方向性について、報告書は、非正規雇用労働者の中には不本意に非正規雇用に甘んじている人も1割程度おり、「時間的制約」や「経済的制約」に加え、将来のキャリア、雇用の見通しや職業能力開発に関する情報・相談機会にアクセスする機会が乏しいと言及。「非正規雇用労働者については、こうした制約を解消し、将来にわたるキャリアアップがより効果的に実現されるため、新たな支援の枠組みを実現することが適当である」と強調した。

また、現行の公的職業訓練について、離職者向けの訓練は、経済的制約は少ないが、平日昼間開催など時間的制約があり、働きながらの受講が難しいとする一方、在職者向け訓練は、原則として労働者個人による受講を想定しておらず、特に非正規雇用労働者には十分に情報が届かない懸念があると指摘。このため、非正規雇用労働者が職業訓練を活用するには、十分に情報提供を行い、制約を解消するとともに、日程や開催時間を工夫し、時間的制約を解消するとともに、自主的な利用が可能となる仕組みを取り入れることが必要だと提言した。

なお、報告書では、こうした制約のない新しい制度の設計の参考として、兵庫県豊岡市、佐賀県、東京都、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の先行事例を検討し、掲載した。

制度を「内容」「周知」など4つの視点から検討

こうした現状と課題、先行事例などをふまえ報告書は、時間的制約、経済的制約、情報などに関する制約があることに配慮した非正規雇用労働者などが働きながらでも学びやすい職業訓練について、①働きながらでも学びやすい職業訓練の内容②対象となる者への周知方法、受講勧奨、受講申込方法③職業訓練を実施する訓練機関(訓練コース)の選定方法④成果指標――の4つの視点から検討を進めたうえでの制度設計を提言した。

「働きながらでも学びやすい職業訓練の内容」からみていくと、まず、「訓練の水準」について、「非正規雇用労働者の職業訓練の受講目的が現職での正社員化または現職と異なる職種での正社員化というキャリアアップであることを勘案し、現行の離職者向け職業訓練と同様の水準で、速やかな再就職及び早期のキャリア形成に必要な技能・知識を習得するレベルとすることが適当」だとした。

「職業訓練の実施方法、受講日程」については、①勤務時間外の受講であること②非正規雇用労働者の場合は勤務曜日・時間が多様かつ不定であること――をふまえた訓練日程等にすることが適当だと主張し、具体的な方策として、毎日の受講を求めないなど通所日の設定の思い切った柔軟化や、通所が不要なオンライン訓練、受講時間が自由に選択できるオンデマンドのeラーニングの利用を認めることが考えられるとした。

デジタル分野の受講者数が増加傾向にある点に留意

「職業訓練の分野」については、DXの加速化やデジタルに関する知識を有する人材が求められていること、離職者向けの公的職業訓練でもデジタル分野の職業訓練は受講者数が増加傾向にあることなどに加え、企業(産業)ニーズが地域によって異なる場合もあることにも留意が必要だと言及。また、先にあげた実施方法や受講日程を前提とすると、通所が必要な職業訓練コースは受講できる地域が限られることから、地域のニーズをふまえた分野の訓練を設定することも可能だと述べるとともに、通所が不要なオンライン・eラーニングのみの職業訓練コースの場合は、全国から受講可能であることから、全国的にニーズが高い分野を選定することが適当だと提言した。

受講費用は無料または低廉な費用負担で

「受講費用」については、対象者が非正規雇用労働者である特性から、「無料または低廉な費用負担とすることが求められる」とする一方、「現行の公的職業訓練では、離職者向けの職業訓練を除き有料となっていることを踏まえる必要がある」と付け加えた。

「受講継続支援、相談支援」などについては、「働きながら学ぶという状況下で職業訓練の効果を高めるためには、通常の離職者向けの職業訓練よりもきめ細かな支援が必要」だとし、「受講者同士や受講者・講師間のコミュニケーション機会を提供し、孤独感・不安感を払拭するなどによる受講継続勧奨、知識等の習得度合いの確認等による離脱の防止、修了後に身につけるスキルやそのスキルを活用したキャリア形成の相談等が必要」だと強調。

取り組みの例として、①スクーリング機会の設定やオンラインでのビジネスチャット等の活用によるコミュニケーション機会の提供②学習支援者の配置による、受講継続勧奨や知識等の習得度合いの確認③キャリアコンサルタントの配置によるキャリア形成に関する相談機会の提供、ジョブ・カード等を用いた習得したスキルの見える化④職業訓練開始前の説明会等による職業訓練の受講により得られる知識等に関する情報の提供等を盛り込むこと――が適当だと提案した。

周知方法の主体は職業訓練実施機関とする

2つめの視点である「対象となる者への周知方法(アクセス)、受講勧奨、受講申込方法」では、まず「周知方法」について、「対象者は、転職希望者のように必ずしもハローワークで把握できるわけではないことから、訓練コースに係る周知を行う主体は職業訓練実施機関とすることが考えられる」などとし、周知の方法はインターネット広告やSNSによる周知が特に有効だとした。

「受講勧奨」が、将来のキャリアを見据えた適切な選択をするために必要な自己理解を促すとともに、不足する可能性のある情報を補うために重要だとも指摘し、「将来のキャリアや向上すべきスキルが分からない者に対応した相談支援、職業訓練を受講することによって得られる効果等の情報提供等の実施を検討すべきである。その際には、職業能力を『見える化』するジョブ・カード等を活用し、効果的に職業訓練の受講を促すことも適当」だと提言した。

受講申込みにあたっては、対象者が、転職希望者のように必ずしもハローワークの利用を前提とはできないことから、受講者本人が職業訓練実施機関に直接申し込むことが考えられるとした。

多様な訓練分野、柔軟な実施方法・日程を提供する

3つめの視点である「職業訓練を実施する訓練期間(訓練コース)の選定方法」では、「非正規雇用労働者等のキャリアアップにつながるよう、多様な訓練分野、柔軟な実施方法・日程を提供する必要がある」とし、柔軟な実施方法、日程の職業訓練を提供する必要があることから、民間の職業訓練実施機関を実施主体とすることが適当だとした。

4つめの視点である「成果指標」では、「検討対象の事業については、在職者が対象であり、転職せずに現職でのキャリアアップのケースも十分考えられる」ことから、職業訓練の効果を測る客観的な成果指標としては、就職率のほかに、①企業内での正規雇用労働者への転換割合②賃金水準向上の状況③訓練により習得したスキルの業務活用の状況を追加すること――が考えられるとしたが、「正規雇用労働者への転換割合や賃金水準向上の状況等は把握に一定の時間を要することから、短期的に成果を把握する工夫が必要である」とも言及した。

また、ウェルビーイングの観点など、多角的評価も有益と考えられることから、「職業訓練受講により仕事に対する意欲が向上した」「キャリアに関する目標が明確化した」「仕事の幅が広がった」などの受講者の主観的評価の導入も検討すべきだと主張した。

試行事業を実施し比較分析を提言

最後に報告書は、非正規雇用労働者等が働きながらでも学びやすい職業訓練は、新しい試みであるため、検討事項をふまえ、まずは「試行事業として実施すべき」と提言。

具体的には、先行事例の取り組みを参考に、例えばSNSやインターネットでの周知や各種団体などと連携した効果的な周知、訓練実施前の説明会によるミスマッチ防止、有料・無料やオンライン・オンデマンドなどを含めた複数の訓練の実施などをあげ、そのうえで、どのような訓練手法がより効果的かを比較分析するとともに、その進捗状況・結果を随時、研究会に報告すべきだとした。

(調査部)

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