生成AIを活用したDX推進のためには主体的に学び続ける姿勢とその環境整備が重要だと指摘
 ――経済産業省「デジタル時代の人材政策に関する検討会」報告書

政府の報告書

デジタル人材の育成について議論してきた経済産業省の「デジタル時代の人材政策に関する検討会」(座長:三谷慶一郎・株式会社エヌ・ティ・ティ・データ経営研究所主席研究員エグゼクティブコンサルタント)はこのほど、「生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキルの考え方」と題する報告書を公表した。生成AIが人材育成やスキルに及ぼす影響について、報告書は、技術進化のスピードが速いなかで、主体的に学び続ける姿勢と、それが実現できる企業による環境の整備が重要だと指摘。一方、業務を通じて経験を積み重ね成長する機会が失われ得ることに対する懸念も示した。

<議論の背景と経過>

デジタル人材の育成・確保は「喫緊の課題」

報告書によれば、企業経営へのDX(デジタルトランスフォーメーション)の有用性は広く知られるようになったものの、デジタル投資の内訳は、引き続き既存ビジネスの維持・運営が大半を占めており、DXを成長につなげている企業は全体からすると、いまだ一部に過ぎない。

デジタル人材育成の現状については、企業内での取り組みが徐々に進みつつあるものの、DXの進展に伴う人材需要の高まりに追いついていない状態で、リスキリングによる企業内人材の活用や職種転換への期待が高まっている。

デジタル人材は都市部やIT企業に偏在しており、特に地域のユーザー企業では、人材獲得が困難な状況にあり、デジタル人材の育成・確保が喫緊の課題となっているのが現状だという。

こうした状況にあることから、経済産業省では2021年から「デジタル時代の人材政策に関する検討会」を開催して、新たな時代に即したデジタル人材政策の方向性について検討を行ってきたが、2022年末からChatGPTをはじめとする生成AIが登場・流行してきたことから、生成AIの登場やその進化をふまえたデジタル人材育成策について、①デジタル人材育成に係る生成AIのインパクトをどのように捉えるか②デジタル人材育成・デジタル人材のスキルに及ぼす具体的な影響③生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキルの考え方――の3点を主な検討事項として議論を進めた。

<生成AIがもたらすインパクト>

生成AIの特徴はその使いやすさ

今回とりまとめられた報告書は、生成AIがもたらすインパクトについて、その使いやすさから年代を問わずに利用できるという特徴があるとし、専門的な業務の代行にも寄与することが予測されるとしている。また、ホワイトカラーの業務を中心に、生産性や付加価値の向上等に寄与し、大きなビジネス機会を引き出す可能性もあるとしている。

企業側の視点では、生成AIの利用によるDX推進の後押しが期待されるが、そのためには経営者のコミットメント、社内体制整備、社内教育のほか、顧客価値の差別化を図るデザインスキルなどが必要になると指摘した。

<人材育成やスキルに及ぼす影響>

従来の人材育成では生成AI技術のスピード感に合わない

デジタル人材育成・デジタル人材のスキルに及ぼす具体的な影響については、前提として、これまでのような数年単位の人材育成と、1カ月単位で状況が変わる現在の生成AI技術ではスピード感が合っていないことに留意が必要だと指摘。

そのため、DXを推進する人材には環境変化に応じて主体的に学び続ける姿勢が求められるとし、また、そのような人材が技術スピードや環境変化に応じて学び続けることを可能とするために、企業における環境整備などが不可欠となると述べた。

具体的なスキルとしては、生成AIを適切に使うスキル(指示の習熟)だけでなく、批判的考察力といった従来のスキルも重要になると述べるとともに、自動化で作業が大幅に削減され、専門人材も含めて人の役割がより創造性の高いものに変わることから、人間ならではのクリエイティブなスキル(起業家精神等)やビジネス・デザインスキルなども重要になると指摘した。

生成AIの利用で、業務経験による成長の機会が失われるおそれも

生成AIの利用による懸念については、業務の効率化等が進む一方で、生成AIに頼りすぎることにより、社会人が業務を通じて経験を積み重ね成長する機会が失われ得ることに懸念を示した。

とりわけ、従来は基礎的な業務をこなしながら仕事仲間との対話を通じて経験値を培ってきた新卒社員など、経験が浅い社会人に与える影響が大きいとの見方を示し、そのため経営者などは、人材育成の観点から、経験を積む機会の代替などの対応を検討していく必要があると述べた。

<生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキルの考え方>

生成AIをビジネススキルと掛け合わせて適切利用することも重要に

生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキル(リテラシーレベル)について、報告書は、①マインド・スタンスやリテラシー②指示(プロンプト)の習熟、言語化の能力、対話力等③経験を通じて培われる「問いを立てる力」「仮説を立てる力・検証する力」等――の3つに区分して整理した。

マインド・スタンス(変化をいとわず学び続ける)やデジタルリテラシー(倫理、知識の体系的理解等)については、普遍的な要素であることから本質は大きくは変わらないとしている。しかし、生成AIの利用に際しては補足的に、マインド・スタンスでは「生成AIを、『問いを立てる』『仮説を立てる・検証する』等のビジネスパーソンとしてのスキルと掛け合わせることで、生産性向上やビジネス変革へ適切に利用」することや、「生成AI利用において、期待しない結果となりうることや、著作権等の権利侵害・情報漏えい、倫理的な問題等に注意することが必要であることを理解」していること、それに「生成AIの登場・普及による生活やビジネスへの影響や近い将来の身近な変化にアンテナを張りながら、変化をいとわず学び続けている」ことが重要だとしている。

基本的なデジタルリテラシーについては、知識⾯では、⽣成AIの仕組みや⽣成AIのメリット・デメリットなどの基本的な知識を学ぶことが重要になると指摘。また、生成AIの適切な利用、とりわけ生成物の適切な評価には、普段から既存の知識を体系的に理解し活用する意識を持つことが必要になるとした。

他方、生成AIは敷居が低い反面、手軽に使えるために情報漏えいといったリスクも表裏一体であることから、倫理や教養がますます重要になると言及。そのため企業は、ガイドラインの整備に加えて、従業員が理解して安心して生成AIを使える組織文化の育成が必要となると強調した。

新たな職業として、生成AIが最適な答えを返すように指示を開発・改良する、いわゆるプロンプトエンジニアへの注目が集まり需要が高まっているが、生成AIは言語を使って対話するものであることから、スキルとしての指示の習熟、言語化の能力、日本語力を含む対話力が重要となるとも言及した。

「問いを立てる力」を培う社内教育が重要に

生成AIを効果的に利用するためには、「どのような場面でAIを利用するべきなのかを自分で分析して考える力」「問いを立てる力」「生成AIが返してきた生成物に対しての評価をする力」「生成物をそのまま使うのかどうかを判断するための物事を批判的に考察する力」などがあらためて重要になると指摘。

これらの力は経験を通じて培われるもので、職種や役割に関係なくベースのスキルとして必要なものとなるとし、生成AIの利用により、社会人が業務を通じて経験を蓄積する機会が減少しうるため、こうした力を培うために社内教育で実践的なトレーニングの場を設けていくことが重要だと提起した。

<中長期的な検討課題>

DX推進スキル標準や情報処理技術者試験は今後の見直しも検討

報告書は、DX推進に向けたより専門的なレベルでの人材育成やスキルに対する生成AIへの影響について、「現時点では明確になっていない」ことから、「生成AIの進展を注視しながら、今後の中長期的な課題として議論を続けたい」とした。

具体的には、DXを推進する5つの人材類型の役割や習得すべきスキルを定義した「DX推進スキル標準」(2022年12月策定)について、生成AIの技術動向なども勘案しつつ、有識者の意見等もふまえて、その見直しを検討していくとしている。

また、情報処理促進法にもとづき、情報処理業務を行う者の技術の向上を目的として実施されている国家資格の「情報処理技術者試験」についても、生成AIの登場をふまえた見直しの検討が不可欠となっていることから、有識者の意見等をふまえつつ、その出題内容等の見直しを検討していくなどとした。

(調査部)

2023年11月号 政府の報告書の記事一覧