IoTを活用した生産の「見える化」で、従業員の「向上心」も引き出す
 ――日進工業のスマート工場の取り組み

企業取材

自動車向けの精密樹脂部品を製造する日進工業(愛知県・碧南市)は、2015年に設立した新工場に、設立当初からIoT(Internet of Things)を導入し、工場の稼働状況の「見える化」を実現した。どの従業員が効率よく働いているかも見えるようになり、公平な評価とやる気・向上心の醸成にもつながっているという。

射出成形で自動車用の精密樹脂部品を製造

日進工業は、愛知県名古屋市から南におよそ40㎞離れた碧南市に本社をおく精密樹脂部品メーカー。国内の製造拠点は本社工場と、知多半島の武豊町にある武豊工場で、海外では中国の蘇州(江蘇省)、天津(天津市)、佛山(広東省)の3カ所に工場を展開している。従業員数は、国内が2工場あわせて約300人で、中国では3工場あわせて約400人が働く。

製品は、自動車向けの精密部品が主。加熱溶融させた材料を高圧で金型内に射出して成形する射出成形の技術を強みとする。具体的には、「エンプラ」「スーパーエンプラ」と呼ばれる高熱にも耐えられ、強度の高いエンジニアリング・プラスチックを材料としたエンジン周りの部品や、ドアの内側に付いているインナーハンドルなどが主要製品となっている。

同社は、現社長の長田和徳氏の祖父が、1945年に創業した。ただ、最初は織物をつくる会社だった。合成樹脂が自動車部品の材料として使われ始めた1960年代に、2代目社長だった父が自動車部品メーカーに勤務経験があったことが縁で、自動車精密部品メーカーに衣替え。スーパーエンプラを使った製品は1980年代から生産を手がけており、40年を超えるエンプラ生産実績により、大手サプライヤーを含む取引先からの信頼も厚く、行政からも度々表彰を受けている。

新工場の建設前からスマート工場化を構想

同社がIoTの技術を活用して、スマート工場化に取り組んだのは武豊工場。武豊工場は2015年に設立した工場だが、長田社長は、設立前から早くもスマート工場化を構想し、着手した。

同社はグループ会社として、「サンアドバンス」(社長は長田社長、碧南市のほか名古屋と東京に事務所)というネットワーク・システム開発企業も持つ。ちなみに、サンアドバンスは愛知県で最初のプロバイダー企業だ。長田氏は、日進工業に1985年に入ったが、入社後はサンアドバンスの社員としても働いており、ネットワークの技術とそのアイデアに長けていた。2005年に日進工業の社長に就任し、その後、武豊工場建設の計画が出た段階で、すでにスマート工場化の構想を持っていたという。また、それまでの工場での製造管理の仕方についても、非効率な面が多いと感じており、何とか改善したいと考えていた。

「昔は、例えば、作業者一人ひとりが伝票に、○時間で△個つくったという記録を手入力し、それを2人の社員で集計していた。手書きで時間もかかるので、忙しいと作業者は入力を後回しにするので、最新の生産実績の集計を見たくても2日前のものしか見られないなどということがよくあった。内心、ばかばかしいやり方をしているなと思っていた」(長田社長)

中国ベンチャーを誘い、安価で一気にシステムを導入

IoTを導入するには、まず、成形機を中心とする機械1台1台からデジタルでデータを取れるようにしたうえで、ネットワークで繋げるシステムを導入しなければならず、普通はかなりの導入経費がかかる。だが、中国に進出していたおかげで、「現地でベンチャー企業を経営する中国人の知り合いに『一緒にやろう』と声をかけて開発してもらい、市販のシステムを購入して導入するよりもかなり安く済ませることができた。だから、最初から1、2年で、武豊工場にある約300台の製造設備すべてに、一気に取り付けることができた」(長田社長)

当初は、システムを通してあがってくる製造数と、実際の製造数が食い違うといった苦労もあった。また、従来のやり方に慣れていた現場の従業員は、まだ数台の機械にしか導入されていなかった最初の段階では新システムに「見向きもしなかった」(長田社長)が、すべての機械に導入されて効果が見え始めたとたん、「見る目が変わった」という。

リアルタイムで機械ごとに生産数量を把握

では、同社のIoTの取り組みはどのような仕組みなのか。工場では、成形機が成形品を製造する際の金型のショット信号を取得し、そのデータがウェブを通して生産管理システムに吸い上げられる。簡単に言うと、リアルタイムで、PC画面上で、機械ごとの生産数量を把握することができる。

また、1台1台の機械が、稼働中なのか、休止しているのか、段取り替え中なのか、修理中なのかも、リアルタイムで把握できる。もちろんそれだけでなく、休止していれば合計の休止時間、段取り替えならそれにかかった時間も表示される。

機械ごとに、生産計画の情報(例えば、今月は何台生産しなければならないか)も入力していることから、計画に対する現在の生産実績のデータをもとにして、生産が計画どおりに進んでいるのか、遅れているのかなども一目瞭然となっている。累積生産数や出荷数もデータ化されているので、それらを計算して、在庫がどれだけあるかなども瞬時に分かる。

休止・停止要因もリアルタイムで表示

何らかの理由で機械が停止した場合は、停止している状態にあることに加え、その要因もすぐにPC画面上に表示される。要因がすぐに分かるのは、全従業員がスマートフォンを持ち、すぐにスマホアプリに要因情報を入力できるようにしてあるからだ。

例えば、計量のために一時的に機械を止めたなら、従業員は「計量時間」とアプリに入力し、それが反映される。トラブルや修理が必要な要因が出てくれば、管理者が表示を見て、その機械にすぐにかけつけ、不具合の潰しこみを行う。

「6、7年前に自社の製造機の稼働率を調べたことがあり、その時は60%だった。それがこのシステムを導入したことで、いまは稼働率が90%まで向上した。工場というのは必ず『ムダ』があるが、それが見えないから改善の手を打てない。新システムでそれが『見える』ようになったことが大きい」と長田社長は言う。

従業員の働きぶりの差も鮮明に

従業員の働きぶりも「見える」ようになった。誰が最も効率よく仕事をしているかが分かるようになったのだ。

具体的に言うと、従業員はタイムカードで出社登録すれば、その日の勤務開始時間が、持ち場の製造機にも自動入力される。そして、何時まで作業して、その日にいくつ作り、1つの製品あたりの製造時間(製造スピード)がどれくらいだったか、また、目標に対する達成率は何%なのかも、常にデータ・グラフで表される。そのため、これらの数値をもとに業績評価したり、次の班長候補選びなどにも活用することができる。評価結果は、ボーナスの支給額決定に反映しており、昇給を決める際の一要素にもしている。

実際の工場の生産ラインに足を運ぶと、機械の上にモニターが設置してあり、そうした数字が大きく表示され、リアルタイムで変動していく。作業者自身がそれを見て作業の進捗を確認できるとともに、現場にいる管理者だけでなく、となりで作業している同僚もその人の作業状況を確認できる。

公平な評価とやる気の向上という副産物も

IoTが導入されても、従業員の作業の仕方などで大きく変わった点はないというが、仕事への姿勢や意欲の面では、いい意味で予想外の効果があった。

同社には、技能実習生も含めた外国人従業員も働いているが、日本人・外国人の区別なく、これらのデータをもとに公平に査定できるようになり、評価への納得性が高まった。また、特に外国人従業員に当てはまるのだが、自分と同僚の仕事ぶりを数値で比較して見ることができるようになり、「数値をあげよう」と仕事に対する意識・やる気にも高まりが見られるようになったという。

「数字で見えてくるので、誰が見ても公平な評価となる。また、自分で数字が上がっていくことを見ると、嬉しくなるようで、同僚どうしで、『今日、俺は達成率が95%なのに、お前は90%だ』などという会話をするようになった」(長田社長)

目標と大きくかけ離れれば、不正確さを疑える

他の面でも、IoTの導入による効果が得られた。例えば、従業員の作業の達成率が100%をあまりに大きく超えれば、逆に「何かできていないことや、抜けていることがあるので、作業が速いのではないか」と、作業の正確性を疑うきっかけにも使える。

また、メンテナンスのタイミングをデータで正確に決めることができるようになった。例えば、金型のメンテナンスのケース。「昔は、3,000回打ったら、メンテをやろうと決めて、作業者にカウンターを付けて、3,000回が近づいたら、『そろそろやろうか』というふうに行っていた。いまは、メンテを行う回数を設定しておいて、その回数が来たらアラームが表示される。メンテを行わない限り、システムからアラーム表示が消えない」

1人セル方式で行っている出荷に向けての完成品のピッキング作業でも、作業者にピッキングが1回終わるごとに棒を倒して入力させて、そのデータをシステムに取り込み、製造ラインと同様に作業効率をデータで「見える化」している。

残業がない分を人材育成に充てる

働き方への影響を尋ねると、まず、あげたのは残業の減少だ。標準的な作業時間が明確化されたために、いわゆる「生活残業」はできなくなった。また、すでに述べたとおり、作業効率のよい従業員のほうが評価されてボーナスも上がるので、残業で稼ごうという意識もなくなっている。2019年の平均残業時間は1日1~2時間だ。

残業時間が減少したこともあり、社内での研修時間をとりやすくなった。同社は、工場内に「プラの塾」という研修専用の部屋を置いている。ここで、若い従業員を中心に、プラスチックに関する基本的な知識や、製品に関する知識、製造技法などを学ばせている。

残業がなく、従業員は早く帰宅できるようになったため、資格取得のための勉強時間を確保できるようになった。現在は、DXを進めていることもあり、会社として全社員に対して、国家試験である「ITパスポート」の取得を推奨し、テキスト代を会社が支給している。同社には「資格手当」(基本的に1資格3,000円/月)があるので、社員にとっては給料を上げるインセンティブにもなっている。

従業員一人ひとりの作業効率が上がったためか、要員的にも、派遣社員など外部従業員への依存度が下がった。コロナ感染流行前は、外部従業員60人程度を含む360人程度の人員体制だった。コロナの影響で生産が停滞したときには外部従業員は休業してもらったが、結局、コロナが明けても約300人体制で生産が回るようになった。しかも、それでも毎日必ず1人は、有給休暇を取得しているような状況だという。

現場から欲しいデータのアイデアが湧く

当初は長田社長が先導した取り組みだったが、現在は、「製造現場の監督者のほうから、『こういったことができないか』『こういうデータがとれたらいい』など、むしろ率先して要望してくるようになった」。そのため、現場と、システムを管理する部門が話し合う頻度を、いまでは月1回にした。スタート時点は、取得できるデータ項目数は4つだけだったが、いまでは20超まで増えた。

すでに様々なデータが集められるようになったように思えるが、長田社長は「まだまだやりたいことがあるし、もっといろいろなデータを集められる余地がある」と話す。

同社は、武豊工場の有料での工場見学も1つの事業にしているが、見学に来た他社から、DXを進めることでの「費用対効果は?」と聞かれることが多い。長田社長は「そういう考え方ではなく、投資した分がやがて循環していくという発想が必要。短期間での結果を求めるためにやるものではないが、やることに一歩踏み出さないと、結果は得ることはできない」と強調する。

(荒川創太、田中瑞穂)

企業プロフィール

日進工業株式会社

所在地:
本社工場 愛知県碧南市港本町4番地39
武豊工場 愛知県知多郡武豊町大字冨貴字中田6番地14
代表者:
代表取締役 長田和徳
事業種目:
精密樹脂成形加工・組付、溶着など
金型設計制作
従業員数:
約300人(国内)
売上高:
90.4億円(2021年度)

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