基本手当の給付日数の延長や自己都合離職の給付期限期間の撤廃には慎重な見方も
 ――厚生労働省「雇用保険制度研究会」が中間整理を公表

スペシャルトピック

雇用保険の給付と負担のあり方などを議論してきた厚生労働省の「雇用保険制度研究会」(座長:山川隆一・明治大学法学部教授)は中間整理をまとめ、このほど公表した。基本手当については、所定給付日数を延ばすことには慎重になるべきとの見方や、自己都合離職での失業給付の給付制限期間について、期間の撤廃には慎重であるべきなどの考え方を示した。今後の制度運営に向け、雇用政策的な色彩を強めていくのか、それとも制度をスリム化していくのか、引き続き議論が必要と進言した。

<研究会設置の背景>

2022年の法改正時に給付と負担のあり方の検討の必要性を指摘

雇用保険制度を巡っては、2020年に新型コロナウイルス感染症がまん延し、雇用にも大きな影響を与え、雇用保険制度の附帯事業である雇用調整助成金による支出増が、雇用保険財政のひっ迫を招いた。そのため、2022年に雇用保険法が改正され、雇用保険財政の安定運営が図られたが、その際、労働政策審議会の議論の過程や法案の国会審議のなかで、給付と負担のあり方などについて検討する必要性が指摘された。

そのため、厚生労働省は昨年5月、学識経験者をメンバーとし、給付と負担のあり方などについて現状の分析や論点整理を行い、雇用保険制度のあり方を検討する「雇用保険制度研究会」を設置。研究会はこれまで9回の会合を重ね、5月12日に中間整理をまとめ、公表した。

現在の機能を当然の前提とせず、本来の役割などを考える視点を整理

中間整理は、「雇用保険制度は、雇用保険が適用される労働者と、その労働者を雇用する事業主が負担する保険料に加え、税財源である一般会計の国庫負担を財源として運営されている」が、「労使、国民という雇用保険制度のステークホルダーが、安心して働くためのセーフティネットとして雇用保険制度の現状を理解し、納得して運営していけるよう、複雑な制度を紐解いていくことが求められる」としたうえで、失業等給付の積立金や雇用保険二事業を支える資金が枯渇するなか、「真に雇用保険制度が果たすべき機能は何で、雇用保険制度の役割を超えた機能は何か、改めて問い直されている」と強調。

そのうえで、現在の雇用保険制度が果たしている機能を「当然の前提とせず、働き方・家族の在り方など社会の現状や将来の変化の方向性も見据えながら、本来雇用保険制度が果たすべき役割や保護すべき対象は何か、考えるための検討の視点を整理したい」と提起した。

記載内容の構成としては、最初に、雇用保険制度を構成する考え方や構造、雇用のセーフティネットとしての雇用保険制度のあり方などについて説明し、その後、基本手当などの各論について、課題や検討の視点を列挙。最後に、今後の雇用保険制度の運営の方向性についての提言を行っている。

<総論>

【雇用保険制度を構成する考え方、構造】

雇用保険制度を構成する考え方や構造に関する記述内容からみていくと、中間整理はまず、雇用保険について、「自らの労働により賃金を得て生計を立てている労働者(いわゆる「生計維持者」)が失業した場合の生活の安定等を図る制度」として、保護の対象とする労働者を一定の者に限っていると説明。「具体的には、同種類の危険にさらされている人々として、週の法定労働時間が40時間であること等を考慮し、週所定労働時間20時間を適用の下限としている。この適用対象者が、保険事故が生じる前にあらかじめ保険料を拠出し、保険事故が生じた時に拠出額に応じて給付を受けることを中核とする保険方式をとっている」と現在の制度構成を説明した。

失業の発生について一定の推定を行うのは困難

備えるべき「失業」についても基本的な考え方を説明した。中間整理は、「失業」の発生について、発生率や発生時期、発生地域、対象となる年齢、業種、職種などについて「事前に一定の推定を行うことが困難」だとする一方、「失業の発生はその時々のマクロ経済情勢の影響を受けており、好況時・不況時といった一定の時間経過の中でリスクが分散されているとも考えられる」と説明。また、労働契約の終了や定年、自己都合離職のように、「被保険者個人が事前に失業の発生の推定を行うことができる場合もある」ことにも触れた。

失業給付が受給できるために失業状態から積極的に脱却しようとしないモラルハザードを招くおそれがあることにも言及。さらに、雇用保険における「失業」とは、単に職業に就いていないという事実のみならず、「労働の意思・能力があるにもかかわらず」職業に就くことができない状態にあることを意味しているとし、だからこそ、原則4週間に1回の失業認定日に、ハローワークで求職活動実績などの確認を行っていることなどを説明した。

【雇用保険制度をとりまく労働市場や社会経済情勢の変化】

次に、中間整理は、雇用保険制度をとりまく労働市場や社会経済情勢の変化を説明した。まず、雇用保険制度のあり方は、その時々の社会における労働者の働き方や家族観のあり方、経済雇用情勢の動向の影響を強く受けていると述べた。

現在、影響を与えているものとして、第1に、新型コロナウイルス感染症の労働市場への影響を指摘。コロナ禍では、雇用調整助成金の助成内容を拡充したり、異例の対応として、雇用保険二事業では通常実施していない個人からの申請を可能とする休業支援金制度を創設したほか、被保険者以外に対しても一般会計による雇用調整助成金などと同様の支援を行う助成金・給付金も創設。

コロナ禍では非適用対象の労働者もセーフティネットの必要性があった

その利用実績について、企業が休業手当を支払わない場合に労働者個人が申請できる休業支援金・給付金では「週20時間以上労働者を対象とする休業支援金と週20時間未満労働者等を対象とする休業給付金が1:2の比率で支出されている」ことを例にあげて、「雇用保険の適用対象となっていない労働者についても、有事におけるセーフティネットの必要性があったことが示唆される」と指摘するとともに、「こうした労働者へのセーフティネットを整備するために、平時から雇用保険の適用対象に包含し、保険事故が生じる前にあらかじめ保険料を徴収する保険方式によって対応することが適切か」という点を争点として掲げた。

コロナ禍以外の影響としては、過去20~30年の労働市場の動きとして、女性や高齢者の労働参加率が高まったことや、共働き世帯が増加していること、また、テレワークや兼業・副業といった多様な働き方が広まりつつあることをあげた。

【雇用のセーフティネットとしての雇用保険制度のあり方】

こうした労働市場への影響や産業構造・労働市場の変化などをふまえ、中間整理は、雇用保険制度が雇用のセーフティネットとしてどうあるべきか、雇用保険制度がカバーすべき労働者の範囲をどう考えるかについての視点を、①社会保険方式でセーフティネットを整備することの意義②「同種類の危険にさらされている集団」の範囲 (生計維持思想の具体化としての週所定労働時間20時間以上要件の妥当性)③現行の適用対象労働者への影響④失業以外の保険事故に対して支給される給付――の4項目に分けて列記した。

事前拠出の制度では保険料の負担能力は無視できない

①社会保険方式でセーフティネットを整備することの意義

まず、社会保険方式でセーフティネットを整備することの意義については、「事前の拠出を必要とする社会保険制度で制度を運営する観点からは、保険料の負担能力は無視できない。雇用保険の適用対象とすることで、いざという時には保障があるが、保険料負担によって毎月の手取り賃金は減ることについて、国民の合意が得られるか」という視点を提示。

また、「セーフティネットの手厚さを評価する際には、①適用労働者の範囲の大きさという要素のみならず、②給付の受給者割合、③給付額・給付日数等の給付水準という3つの評価軸が必要ではないか」という点もあげた。

週所定労働時間20時間とする必然性はあるか

②「同種類の危険にさらされている集団」の範囲

2つめの「同種類の危険にさらされている集団」の範囲(週所定労働時間20時間以上要件の妥当性)については、「生計維持という理念の具体的な判断基準として、週所定労働時間20時間とする必然性はないのではないか」「労働時間ではなく、収入で適用を線引きすることも考えられるのではないか」「共働き世帯の増加や家計における女性の収入の位置付けの高まりを考えると、生計維持者を同種の危険にさらされている集団とする考え方を、失業した場合に生計に支障を与える生計の一端を担う者まで緩和してはどうか」「労働者として働く以上、誰しも職を失うリスクはあるので、原則はすべての労働者が雇用保険制度に加入し、保険料を払うこととしてはどうか」などと、範囲の維持・拡大の両方を含む視点も提示した。

引き下がった時間まで労働時間が減らないと給付が出ないことになる

③現行の適用対象労働者への影響

3つめの現行の適用対象労働者への影響では、「仮に適用対象となる労働時間を引き下げた場合、『適用基準=失業認定基準』という考え方を維持すると、現在適用対象となっている労働者も含めて、その引き下がった時間まで労働時間が減らなければ給付が出ないことになる」などの視点をあげた。

制度の位置付けや財源を検討する必要があるのではないか

④失業以外の保険事故に対して支給される給付

4つめの失業以外の保険事故に対して支給される給付に関しては、「教育訓練給付や育児休業給付については、いずれも労働者個々人の選択の問題で支給事由となる事項が生じるものであり、一定の要件を満たす雇用労働者だけを対象者として給付するのではなく、フリーランスの人も含めてどうするか、制度の位置付けや財源を検討する必要があるのではないか」などの視点を列挙した。

<各論>

中間整理は、①基本手当等②教育訓練給付③育児休業給付④求職者支援制度――という個別項目についても検討の視点を提示した。

基本手当の給付日数を延ばすことには慎重になるべき

【基本手当】

一般に「失業給付」「失業手当」と呼ばれている基本手当は現状、給付日数は年齢・被保険者期間・離職理由等などに応じて90日~360日の間で決定される。自己都合離職の場合は2カ月または3カ月の給付制限期間が設けられている。政府の「新しい資本主義実現会議」が、自らの選択による労働移動の円滑化という観点から、給付制限期間の見直しを求めているという状況がある。

中間整理は、給付日数を延ばすことについて、日数を延ばすとマッチングが良くなるという一貫したエビデンスはないとして、「慎重になるべきではないか」との考え方などを示した。

給付制限期間については、「安易な離職の防止の観点から給付制限期間をなくすことは躊躇するが、失業中の生活の安定も含めて考えると給付制限期間は1カ月程度でもよいのではないか」と、見直しに賛成する見方を示す一方で、「転職を望む者は在職中から求職活動しており、成長産業への労働移動を促したいなら、給付制限期間の短縮よりも在職者支援や教育訓練を充実させるべきではないか。転職を望む者を支援するのであれば、失業状態に陥ることを想定して給付制限期間を短縮・撤廃するよりも、失業状態を経ない労働移動を実現するために、在職中からの就職支援を強化する方が本筋ではないか」との考え方なども示した。

また、諸外国の失業給付制度における自己都合離職の取り扱いをもとに、「自ら保険事故を起こした自己都合離職の場合は給付しないか給付制限期間を設けており、給付制限期間を撤廃することには慎重であるべき」といった考え方も示した。

オンラインによる失業認定をどう考えるべきかについても検討すべきとした。

教育訓練給付は省庁を超えて幅広な施策でやるべき

【教育訓練給付】

教育訓練給付では、給付内容について、「セーフティネットというよりはむしろ労働市場政策の一環と捉える方が素直ではないか。人手不足分野に誘導するような訓練が良いのではないか」といった見方を提示。

教育訓練給付を雇用保険のシステムで対応すべきかどうかについて、「政府が『人への投資』を推進しているが、その目的は就職促進や失業予防といった雇用政策にとどまらず、経済政策の側面があり、特にデジタル人材の育成はそうした側面が強い。雇用保険のみが担うのではなく、省庁を超えたもう少し幅広な施策でやるべきではないか」と提案するとともに、対象者の範囲については、「公務員、自営業者、無職の者にも学び直しニーズはあり、雇用保険の被保険者に限定されるものではない」ことから、「雇用保険被保険者だけが教育訓練の機会に恵まれているとなると格差を広げることになるため、求職者支援制度などの雇用保険の枠外の仕組みも含めて一体的に検討すべきではないか」などとした。

育児休業給付は他の社会保障政策との関係整理が必要

【育児休業給付】

育児休業給付については、まずその性格について、「当初の雇用継続のための給付から変容し、複合的な性格を帯びている」とし、「児童手当など他の社会保障政策との関係も整理する必要がある」と述べた。

給付の内容については、「日本の育児休業や育児休業給付は、実際の権利行使で男女に偏りはあるものの、労働者個人に権利付与されており、他国と比べて給付率も非常に高いことが特徴」と説明したうえで、雇用保険の目的に照らして、育児休業期間の所得保障というよりは就業継続の観点から、「時短勤務を選択した場合の給付の創設」も考えられるのではないかなどと提起した。

雇用保険のシステムのなかで対応すべきかどうかについては、雇用保険における育児休業給付の位置付けについて「制度の中心的な趣旨からするとやや外れつつある可能性がある」と指摘し、厳しい財政状況のなか、「雇用保険の中でなお維持すべきかどうか、財源の在り方も含めて見直しを必要」などとの考え方を示した。

求職者支援制度のコロナ禍での特例措置を評価

【求職者支援制度】

失業給付を受給できない人に月10万円の給付金を支給しながら、職業訓練の機会を無料で提供している求職者支援制度は、コロナ禍では、給付金の受給要件緩和などの特例措置が講じられたほか、訓練対象者について「再就職や転職を目指す者」だけでなく、「転職せずに働きながらスキルアップを目指す者」も加えた。その後、恒久的な制度の見直しも行われた。

中間整理はコロナ禍での特例措置について、「今後の制度の在り方を考える上で非常に重要な措置」と評価するとともに、「単純に特例措置の利用が少ないから廃止」という発想ではなく、「より制度を一般的に使いやすくする観点からも検討する必要がある」とした。また、リスキリングの観点から、「経験職種の中でスキルアップするために求職者支援訓練を活用することも重要ではないか」という見方も示した。

利用促進の観点から点検が必要とも指摘し、「制度の意図した効果が発揮されているのか、意図せざることが起きていないか、モラルハザードが生じていないか分析する必要がある」とした。

<今後の制度運営>

セーフティネット以外の雇用政策的な色彩を強めるのかなどの点も議論が必要

最後に中間整理は、雇用保険制度の今後の運営について、「雇用保険の基本的・根幹的な目的は何で、追加的・派生的な目的は何なのか。また、今後の方向性として、セーフティネット以外の雇用政策的な色彩を強めていくのか、それとも逆に制度をスリム化していく方向を目指すのか。こうした点も議論が必要である」と強調した。

また、持続可能な制度運営を行っていくために、「適用・給付の実務を担うハローワークなどの行政運営機関に必要なコストや、財源の種類と財政的な実現可能性、EBPMに基づく効果検証の重要性なども考慮すべき」と進言した。

雇用保険の議論は「専門的で難しい」ものの、制度運営は国民の生活に直結し、企業活動にも影響を及ぼすことから、「大切なのは、雇用保険制度が果たしている役割を幅広く国民に共有し、国民がその意味を理解し、納得した上で選択できるようにすること」と訴えた。

(調査部)

2023年7月号 スペシャルトピックの記事一覧