リ・スキリングでの国による在職者個人への直接支援の拡充などを提言
 ――新しい資本主義実現会議が「三位一体の労働市場改革の指針」をとりまとめ

スペシャルトピック

政府の「新しい資本主義実現会議」(議長・岸田文雄首相)は、リ・スキリングによる能力向上支援、個々の企業の実態に応じた職務給(ジョブ型人事)の導入、成長分野への労働移動の円滑化に向けた「三位一体の労働市場改革の指針」をとりまとめた。指針の内容は6月16日に閣議決定された骨太方針2023、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」にそれぞれ反映された。リ・スキリングでは、在職者個人に対して国が直接支援する制度の拡充などを盛り込み、成長分野への労働移動に向けては、自己都合離職が不利にならない税制への見直しや退職金支給での企業慣行の見直しなどを提言した。職務給については、年内に事例を整理し、企業が導入する際に参考にできる多様なモデルを示すとした。

自分の意思でリ・スキリングを行い、職務選択できる制度が重要

指針がまとまった5月16日に開催された第18回新しい資本主義実現会議で、岸田首相は「キャリアは会社から与えられるものから、一人ひとりが自らのキャリアを選択する時代となってきた。個人が、雇用形態、年齢、性別、障害の有無を問わず、生涯を通じて自らの働き方を選択できるような社会を作っていく。三位一体の労働市場改革では、構造的な賃上げを通じ、同じ職務であるにもかかわらず、日本企業と外国企業の間に存在する賃金格差を、国ごとの経済事情の差を勘案しつつ、縮小することを目指す」と述べた。

指針は、「基本的な考え方」のなかで、「働き方は大きく変化している。『キャリアは会社から与えられるもの』から『一人ひとりが自らのキャリアを選択する』時代となってきた」との時代認識を示したうえで、「職務ごとに要求されるスキルを明らかにすることで、労働者が自分の意思でリ・スキリングを行え、職務を選択できる制度に移行していくことが重要」と指摘。そうすることで、内部労働市場と外部労働市場をシームレスにつなげ、「労働者が自らの選択によって、社内・社外共に労働移動できるようにしていくことが、日本企業と日本経済の更なる成長のためにも急務」と訴えた。

また、わが国の賃金水準の長期低迷や、企業が人に十分な投資を行わず、個人は自己啓発を行ってこなかった状況の背景にあるのは、「年功賃金制などの戦後に形成された雇用システム」と指摘。そうしたシステムの下で、「職務(ジョブ)やこれに要求されるスキルの基準も不明瞭なため、評価・賃金の客観性と透明性が十分確保されておらず、個人がどう頑張ったら報われるかが分かりにくいため、エンゲージメントが低いことに加え、転職しにくく、転職したとしても給料アップにつながりにくかった」などと問題点を指摘した。

労働移動機会の実現のために主体的に学び、報われる社会を

さらに、今後、人口減少で労働供給が制約されるなか、こうしたシステムを変革し、「希望する個人が、雇用形態、年齢、性別、障害の有無を問わず、将来の労働市場の状況やその中での働き方の選択肢を把握しながら、生涯を通じて自らの生き方・働き方を選択でき、自らの意思で、企業内での昇任・昇給や企業外への転職による処遇改善、さらにはスタートアップ等への労働移動機会の実現のために主体的に学び、報われる社会を作っていく必要がある」と、労働者が主体的に働き方の選択や能力開発を行い、企業間移動していく社会をめざすべきとの考え方を提示。企業に対しても、人への投資を抜本強化する必要があると強調した。

労働市場の変革にあたって、「一人ひとりが自らの意思でキャリアを築き上げる時代へと、官民の連携の下、変えていく必要がある」とし、三位一体の労働市場改革を行うことで、「客観性、透明性、公平性が確保される雇用システムへの転換を図ることが急務」だと力説するとともに、これによって「構造的に賃金が上昇する仕組みを作っていく」と力説した。

転職で賃金が上がる人を増やすことが目標

具体的な施策の提言内容をみていくと、指針は、①リ・スキリングによる能力向上支援②個々の企業の実態に応じた職務給の導入③成長分野への労働移動の円滑化――という3つの改革を三位一体で進めるとし、それぞれについて、具体策を列記した。

【リ・スキリングによる能力向上支援】

リ・スキリングによる能力向上支援では、①個人への直接支援の拡充②日本企業の人への投資の強化の必要性③「人への投資」施策パッケージのフォローアップと施策見直し④雇用調整助成金の見直し⑤デジタル分野などの認定講座の拡充⑥給与所得控除におけるリ・スキリング費用の控除の仕組みの柔軟化――といった取り組みの方向性を提示。

個人への直接支援の拡充については、現在の国の在職者への学び直し支援策は企業経由が中心となっているが、これを「働く個人が主体的に選択可能となるよう、5年以内を目途に、効果を検証しつつ、過半が個人経由での給付が可能となるようにし、在職者のリ・スキリングの受講者の割合を高めていく」とした。

その際は、業種を問わず適用可能な科目についてのリ・スキリングが、労働者の中長期的なキャリア形成に有効であるという先進諸国での経験をふまえ、「民間教育会社のコースや大学の学位授与プログラムなどを含め、業種・企業を問わずスキルの証明が可能なOff-JTでの学び直しに、より重点を置く」としている。

また、雇用保険の教育訓練給付について、高い賃金が獲得できる分野や、高いエンプロイアビリティ(雇用可能性)の向上が期待される分野(IT、データアナリティクス、プロジェクトマネジメント、技術研究、営業/マーケティング、経営・企画、観光・物流など)について、リ・スキリングのプログラムを受講する場合の補助率や補助上限について、拡充を検討し、具体的な制度設計を行うとした。

企業経由の支援策についても、企業内でも訓練機会に乏しい非正規労働者などについて、「働きながらでも学びやすく、自らの希望に応じたキャリアアップにつながる柔軟な日時や実施方法によるリ・スキリング支援を実施する」ことなどを盛り込んだ。

企業自身が個人への支援強化を図る必要があることを肝に銘じるべき

日本企業の人への投資の強化に向けた施策では、人への投資を行わない企業はますます優秀な人材を獲得できなくなるなどの見解を示し、「企業自身が、働く個人へのリ・スキリング支援強化を図る必要があることを肝に銘じる必要がある」とアドバイス。

「人への投資」施策パッケージのフォローアップと施策見直しに向け、指針に盛り込んだパッケージの実施状況のフォローアップと翌年度の予算への反映、受講後の処遇改善や昇進などに与える効果の計測などの実行を政府に対し求めた。

雇用調整助成金の助成率を見直してリ・スキリングの強化を

雇用調整助成金の見直しについては、同制度がリーマンショック、コロナ禍などの急激な経済情勢の悪化に対する雇用維持策として重要な役割を果たしたものの、「助成が長期にわたり継続する場合、労働者の職業能力の維持・向上や成長分野への円滑な労働移動を阻害するおそれがあるとの指摘もある」と述べ、そのため、休業よりも教育訓練による雇用調整を選択しやすくするよう、「助成率等の見直し」を行い、在職者によるリ・スキリングを強化することを提言。

具体的な取り組みとして、「教育訓練・休業による雇用調整の場合、給付期間は1年間で100日まで、3年間で150日までであるが、例えば30日を超えるような雇用調整となる場合には、教育訓練を求めることを原則」としたうえで、「例外的にその日以降に休業によって雇用調整を行う場合は助成率を引き下げる」などの見直しを検討することを提案した。

デジタル分野などの認定講座の拡充では、専門実践教育訓練におけるデジタル関係講座数の2025年度末までの300講座への拡大などを求めた。

多様な職務給モデルを年内に示す

【個々の企業の実態に応じた職務給の導入】

職務給の導入に向けては、今後、年内の取り組みとして「職務給(ジョブ型人事)の日本企業の人材確保の上での目的、ジョブの整理・括り方、これらに基づく人材の配置・育成・評価方法、ポスティング制度、リ・スキリングの方法、従業員のパフォーマンス改善計画(PIP)、賃金制度、労働条件変更と現行法制・判例との関係、休暇制度などについて、事例を整理し、個々の企業が制度の導入を行うために参考となるよう、多様なモデルを示す」とした。

ただし、個々の企業の実態は異なることに配慮し、その際は「企業の実態に合った改革が行えるよう、自由度を持ったものとする」とし、「中小・小規模企業等の導入事例も紹介する」とした。

さらに指針は、導入目的、人材の配置・育成・評価方法、ポスティング制度、導入方法などの項目別に、企業事例を紹介した。

リ・スキリングを条件に自己都合離職での失業給付の給付制限期間を緩和へ

【成長分野への労働移動の円滑化】

成長分野への労働移動の円滑化に向けた施策では、指針は、①失業給付制度の見直し②退職所得課税制度等の見直し③自己都合退職に対する障壁の除去④求人・求職・キャリアアップに関する官民情報の共有化⑤副業・兼業の奨励⑥厚生労働省関係の情報インフラ整備――といった項目を掲げた。

このうち失業給付制度の見直しについては、現在の制度では自己都合離職の場合、会社都合の場合とは異なり、受給までに2カ月または3カ月の給付制限期間が発生していることについて、「失業給付の申請時点から遡って例えば1年以内にリ・スキリングに取り組んでいた場合などについて会社都合の場合と同じ扱いとするなど、自己都合の場合の要件を緩和する」方向で具体的設計を行うとした。

自己都合離職で退職金が減額となる慣行は見直しを

退職所得課税制度等の見直しについては、現在の制度では「勤続20年を境に、勤続1年あたりの控除額が40万円から70万円に増額される」ことから、「自らの選択による労働移動の円滑化を阻害しているとの指摘がある」とし、そのため、「制度変更にともなう影響に留意しつつ、税制の見直しを行う」とした。

自己都合離職に対する障壁の除去に関しては、「民間企業の例でも、一部の企業の自己都合退職の場合の退職金の減額、勤続年数・年齢が一定基準以下であれば退職金を不支給、といった労働慣行の見直しが必要になりうる」とし、さらに、そうした取り扱いが例示されている厚生労働省が定める「モデル就業規則」を改正することにも言及した。

求人・求職・キャリアアップに関する官民情報の共有化を図るため、「求職・求人に関して官民が有する基礎的情報を加工して集約し、共有して、キャリアコンサルタント(現在6.4万人)が、その基礎的情報に基づき、働く方々のキャリアアップや転職の相談に応じられる体制を整備する」ことも打ち出した。

指針はこのほか、最低賃金の今年の全国加重平均1,000円の達成に向けた議論や、中小・小規模企業の価格転嫁の取り組み、同一労働・同一賃金の徹底なども盛り込んだ。国家公務員の育成・評価に関する仕組みの改革も打ち出しており、専門性もふまえたキャリア形成を支援する取り組みを行うなどとしている。

(調査部)

2023年7月号 スペシャルトピックの記事一覧