時間外の連絡ルールの制定・協定化や創造性を高める環境整備を春闘要求に掲示
――柔軟な働き方のデメリットをカバーする労働組合の取り組み
つながらない権利
近年、リモートワークやチャットツールなどの普及・定着に伴い、時間や場所を選ばずに働ける環境の整備が進んでいる。その一方で、仕事とプライベートの境界が曖昧になり、長時間労働や健康不安を懸念する声も高まっている。こうしたなか、テレワーク実施率が高い情報通信・情報サービス産業の組合を中核とする情報労連(北野眞一委員長、19万2,000人)は、2024年の春闘から「つながらない権利」の確立を方針化して、勤務時間外の連絡ルールの制定・協約化を要求。26春闘ではガイドラインを策定し、加盟組合に積極的な取り組みを呼びかけている。他方、電機連合(神保政史会長、56万5,000人)は、リモートワークやオンライン会議などが絶え間なく働くことを余儀なくさせていることに着目。2026年の闘争で、会議やミーティングを実施しない時間帯の設定や余白を意識したスケジュール設計など「創造性を高める働き方に資する職場環境の整備」につなげるための労使論議を行う方針を打ち出した。
誰もが仕事と生活の両立を果たせる「時間主権の確立」の実現を
情報労連は、労働運動を取り巻く環境や時代の変化をふまえ、運動の方向性と政策の基本的なスタンスを明確にするために「情報労連21世紀デザイン」を策定。新たな時代にふさわしい政策の1つに、誰もが仕事と生活の両立を果たすための「時間主権の確立」の実現をめざすことを掲げている。同デザインは、時間主権を「暮らしやすさや生きがい・自分らしさを実感して生きていくために『時間』を捉え直し、まず『時間』の内実(時を過ごすこと、時間を消費すること自体)に価値を置くこと」だと説明。そのうえで、具体的には、「組合員の生活実感、ライフスタイルに関わる調査・分析」や「ワーク・ライフ・バランスの理解浸透」、「年間総労働時間の短縮に向けた産別目標の設定」などを行い、時間創出に対する意識改革と条件整備を進めている。
長時間労働抑制などの観点で勤務時間外の連絡ルールの確立を方針化
こうした背景をふまえ、情報労連は2024年の春闘から「つながらない権利」の確立を方針化。デジタル化の進展に伴う働き方の多様化などをふまえ、「心身の健康維持」と「長時間労働の抑制」、「生活時間の確保」などの観点で、「つながらない権利(勤務時間外の連絡ルール)」の確立に向けて取り組むこととした。
「つながらない権利」とは、一般的に労働者が勤務時間外や休日・休暇等に、上司・同僚・顧客等からの仕事に関するメールや電話、チャットアプリなどの業務対応を拒否する権利を指す。わが国の法制度には、現時点で「つながらない権利」を直接的に規定した法律は存在しないが、厚生労働省が公表している「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」では、長時間労働を防ぐ有効な手法として、①役職者、上司、同僚、部下等から時間外等にメールを送付することの自粛を命ずる②所定外、深夜・休日は事前に許可を得ない限りアクセスできないよう使用者が設定する③労使の合意により、時間外等の労働が可能な時間帯や時間数をあらかじめ使用者が設定する④テレワークにより、長時間労働が生じるおそれのある労働者や、休日・所定外深夜労働が生じた労働者に対して、使用者が注意喚起を行う――ことをあげている。
職場実態をふまえた労使間論議を推進
そこで方針は、職場実態をふまえつつ、①使用者、従業員ともに勤務時間外のメール送付等の原則禁止②原則外(緊急性の高いもの等)の場合の扱い③従業員が勤務時間外におけるメールや電話等に、原則応対する必要がないこと、および対応しなかったことを理由に人事評価等において不利益扱いしないことの確保④勤務時間外における社内システムへのアクセス制限⑤時間外・休日・深夜労働に対する使用者による許可制の徹底⑥勤務間インターバルの確保⑦年次有給休暇の取得促進⑧長時間労働等を行う労働者への注意喚起――について労使間で論議を進める考えを打ち出した。
25春闘の総括では、24春闘以降の継続論議の末に「勤務状況をツール等で見える化し社内で共有する」ことや、「連絡を行う場合は相手が勤務時間内であることを必ず確認する」こと、「やむを得ず勤務時間外に業務を行った場合は必ず時間外労働として取り扱う」などのルール化を図った組織があったことを記載。25春闘でも「一部組織において職場実態を踏まえたルール整備を要求し継続して論議していく旨の見解を引き出している」という。
職場の具体的なルールなしに拘束力ある運用はできない
26春闘では、さらに一歩踏み出して「『つながらない権利』確立に向けたガイドライン(第1版)」を策定。加盟組合に対し、ガイドラインに基づく勤務時間外における連絡ルールの制定・協定化に向けた取り組みの推進を求めることとした。
厚労省のテレワークガイドラインは、前述したような長時間労働を防ぐ手法が示されていることに加え、業務時間外のメール等の連絡に対応しなかったことを理由に不利益な人事評価を行うことは不適切といった労務管理上の留意点を指摘しているが、これは「指針」で法的な強制力はない。そこで情報労連のガイドラインには、「企業がこのような措置を講じるかどうかは任意であり、職場に具体的な『ルール』がない限り、拘束力のある運用はできない」として、連絡ルールの必要性を明記。そのうえで、「生命に関わる医療職や大規模なシステム障害の復旧を担うエンジニアなど、緊急時の即座な対応が求められる職種がある」として、「一律に連絡を禁止する法律は、現実的ではない」とも付言している。
労使が協議して現場の実情に合わせたルールを定める
また、ガイドラインは労働者が抱く心理的な不安についても言及した。2023年12月に連合がまとめた「“つながらない権利”に関する意識調査」によると、62.4%が「つながらない権利があっても、今の職場では勤務時間外の連絡拒否は難しい」と回答。ほかにも、調査結果からは、連絡を拒めない背景に、「(解雇、賃金減額、労働契約の一方的な変更などの)不利益な取り扱い」(「非常に心配」+「やや心配」・51.1%)や「勤務評価等への影響」(同49.8%)、「昇進・昇格など今後のキャリア形成への影響」(同47.2%)といったことを不安視する状況も浮かび上がっている。ガイドラインは、これらの壁を乗り越えるためには、「単に『つながらない権利』という原則を確認するだけでなく、労使が協議し、現場の実情に合わせた『勤務時間外の連絡ルール』を定める」必要性を強調している。
ちなみに、連合は、2020年9月の中央執行委員会で「テレワーク導入に向けた労働組合の取り組み方針」を確認している。方針は長時間労働対策の一環として、生活時間帯の「つながらない権利」の確保のために、①使用者、従業員ともに時間外、休日、深夜のメール送付等の原則禁止②従業員が時間外、休日、深夜におけるメールや電話等に、原則応対する必要がないこと、および対応しなかったことを理由に人事評価等において不利益扱いしないことの確保③深夜、休日における社内システムへのアクセス制限④時間外・休日・深夜労働に対する使用者による許可制の徹底⑤勤務間インターバルの確保⑥年次有給休暇の取得促進――について、労使で協議のうえ、労使協定の締結や就業規則等での規定の整備に取り組むことを盛り込んでいる。
ルール確立までのプロセスと労使協議の4つの論点を明示
情報労連のガイドラインは、実効性ある「勤務時間外の連絡ルール」の確立に向けて、①実態調査の実施②労使協議③協約締結・規程策定④周知徹底⑤定期的な見直し――のプロセスに基づいて、労使で話し合うことを求めている。
具体的な手順をみると、まず「実態調査の実施」で、職場内にどのぐらい勤務時間外の連絡があって、労働者がどういったストレスを感じているのかなどの現状を把握。調査結果をふまえて、「どのようなルールが必要か」「例外をどうするか」などの具体的な論点を「労使協議」する。そして、労使が協力して話し合い、合意した内容を、労働協約や労使協定、就業規則等の正式な文書として「締結・策定」。そのルールを、管理職や連絡を取り合う可能性のある取引先を含め、全従業員に「周知徹底」し、理解を求める。ルールについては、「形骸化していないか」や「業務実態に合っているか」、「効果が出ているか」を労使間で確認。「定期的な見直し」により、必要に応じて改定する。
さらに、ガイドラインは「労使協議」の際の論点として、①原則の確立と例外(緊急時)の定義②不利益な取り扱いの禁止の徹底③労働時間の明確化と代償措置④運用上の具体的な取り組みと環境整備――をあげて、それぞれの議論すべき内容とポイントを列記している。
論点1:原則の確立と例外の定義
最初の論点の「原則の確立と例外(緊急時)の定義」については、「『つながらない権利』は健康確保の観点から、管理職や裁量労働制の適用者も適用対象とし、勤務時間外の連絡は原則禁止」とする。そのうえで、例外的に連絡を許容するのか、その線引きを具体的に定める」。
ここでの議論の内容およびポイントは、①全従業員に対して、勤務時間外、深夜、休日のメール、電話、メッセージ送付などを原則禁止する「原則の明確化」②業務上の必要性や対応要否を踏まえ、原則外として連絡が許容される緊急性の高い状況を具体的に定義する「緊急時の定義」③例外的な緊急時に、誰が誰にどのような手段で連絡を取るかの「連絡ルールの整理」④(原則、全従業員を対象とすべきだが)どうしても必要な場合にルール適用を除外する労働者の範囲を明確にする「適用対象者の範囲」――などとしている。
論点2:不利益な取り扱いの禁止の徹底
2つめの論点の「不利益な取り扱いの禁止の徹底」は、「労働者が安心して『つながらない権利』を行使できるように、不利益な取り扱いを受けないことを明確にする」もの。議論の内容およびポイントは、①労働者が勤務時間外の連絡に応対しなかったことを理由とする「不利益取り扱いの禁止」②「具体的な不利益の範囲」を人事考課(人事評価)上の引下げ、賃金減額、昇進・昇格への影響、労働契約の一方的な変更などと示す③万が一、ルールが守られなかった場合やその疑義がある場合に、「違反時の措置」として、労使協議を通じて是正措置を講じる使用者義務を定める――などとしている。
論点3:労働時間の明確化と代償措置
3つめの論点の「労働時間の明確化と代償措置」では、例外的に勤務時間外の連絡に対応した時間が「労働時間であることを明確にする」とともに「労働時間にあたらない場合も整理」する。また、「その労働に対する適切な代償をどのように確保するのかを定める」。
議論の内容およびポイントは、①緊急時などに連絡に対応した時間が労働時間と見なされる場合、その時間をどのように記録・算定するかの「労働時間としての算定方法」を定めることとあわせて、労働時間と見なされない場合の判断基準も定める②連絡対応時間など、やむを得ず勤務時間外に労働が生じた場合、その時間に応じた「代償休息時間の付与」など労働からの解放を確保するための措置について議論する③在宅勤務などの事業場外での勤務、かつフレックスタイム制勤務等を適用している場合の「事業場外での労働時間の明確化」の義務と周知方法を議論する④勤務間インターバル制度の導入・推進および導入済みの場合の起算の考え方を整理する「勤務間インターバルの確保」――などとしている。
論点4:運用上の具体的な取り組みと環境整備
論点の最後の「運用上の具体的な取り組みと環境整備」に関しては、「ルールを実効性あるものとするために、技術的な対策や企業全体の意識改革のための取り組みを定める」。議論の内容およびポイントは、①所定外深夜や休日には、従業員が社内システムにアクセスできないよう、使用者が技術的に「システムへのアクセス制限」を設定することの是非を議論する②勤務時間外の連絡について、社外のあらゆる関係者へ周知することについて議論する「顧客・取引先への発信」③全従業員を対象に、勤務時間外の連絡ルールの必要性や、お互いのつながらない権利を尊重することの有用性について「啓発・教育活動」の実施を議論する④策定したルールが、業務の実態や技術の変化に合っているか、効果が出ているかを労使間で「定期的に見直す」仕組みを定める――などとしている。
26春闘方針を決めた今年1月の中央委員会で、春川徹書記長は「原則論では、勤務時間外において仕事に関する連絡に応じる義務はないが、実態としては、責任感や有形無形の圧力によって対応せざるを得ない状況も多々存在する」などと述べて、職場実態をふまえた「つながらない権利」を確立する大切さを指摘。そのうえで、「ルール化に向けては、労使間の熟議が何より重要であり、その論議を加速するためにガイドラインを策定した」として、勤務時間外の連絡ルール制定の取り組みの一層の前進を訴えた。
要求書や労働協約書のひな形も掲載
なお、ガイドラインは、労使協議を円滑に進めるために、「『つながらない権利の確立』が労働者保護のみならず企業の持続可能性と競争力強化にも役立つと強調することが不可欠」だとして、労働者の健康確保とストレス軽減による生産性維持やコンプライアンス遵守などの観点からの企業側のメリットも記載。このほか、企業への要求書や労働協約のひな形、組合員を対象とするアンケート調査の設問例も示している。
「創造性を高める働き方に資する職場環境の整備」につながる労使論議を――電機連合
一方、電機連合は、今年1月に確認した「2026年総合労働条件改善闘争方針」のなかに、統一推進項目として「柔軟な働き方に関する制度の導入や環境整備」を設定。このなかに、「創造性を高める働き方に資する職場環境の整備」を盛り込んだ。常に接続していることが求められるリモートワークや、隙間時間のないまま続くオンライン会議などが普及している状況のなか、「思考の切り替えや深い思考へつなげる意図的な余白時間を設定するため、会議やミーティングを実施しない時間帯の設定や余白を意識したスケジュール設計など環境整備へつなげるための労使論議を行う」ことをうたっている。方針を確認した中央委員会で、橋本修平事務局長は「働いている時間であっても、なかなか自分の業務に集中できる時間が取りにくい」ことを指摘。「勤務間インターバルの休息時間も含め、労働の質を高めることに取り組んでいきたい。集中して業務ができ、生産性を上げる取り組みを労使で議論していくべき」だと話した。
なお、金属労協が3月4日に発表した「2026年闘争要求・回答状況」をみると、電機連合の12の中闘組合のうち、東芝グループ連合、OKIグループ連合、明電舎の3組織が産別重点項目として、「会議やミーティングを実施しない時間帯の設定や、余白を意識したスケジュール設計など、創造性を高める働き方の環境整備へつなげるための労使論議の実施」などの要求を掲げている。
(新井栄三)
2026年4月号 つながらない権利の記事一覧
- 時間外の連絡ルールの制定・協定化や創造性を高める環境整備を春闘要求に掲示 ――柔軟な働き方のデメリットをカバーする労働組合の取り組み
- 約7割が社内の人から勤務時間外に連絡があると回答 ――マイナビの「つながらない権利をめぐる個人の本音と企業の実態調査」集計結果


