労働問題リサーチセンター創立40周年記念シンポジウム
  「労働の未来図――新時代の労働法・労働政策の課題と展望」

第2部 シンポジウム

紹介

シンポジウム第2部全景
コーディネーター 山川 隆一明治大学法学部 教授
シンポジスト 水町 勇一郎早稲田大学法学部 教授
坂爪 洋美法政大学キャリアデザイン学部 教授
川口 大司東京大学大学院経済学研究科 教授
首藤 若菜立教大学経済学部 教授

はじめに

山川隆一氏
山川隆一教授

山川 本日のシンポジウムは、労働問題リサーチセンターの創立40周年を記念し、「労働の未来図―新時代の労働法・労働政策の課題と展望―」というテーマで開催するものです。このテーマは、労働問題リサーチセンターの活動あるいはその意義とも大きな関わりを持つもので、このシンポジウムでは、荒木先生の分析あるいは提言された課題も踏まえ、経済学、法学、人事管理論、労使関係論など様々な領域の研究者の先生方にご登壇いただき、多角的な観点から、労働法や労働政策の展開あるいはそこでの課題についてご議論をいただきたいと考えています。

これからの議論は、労働法・労働政策の重要論点として、それぞれのご登壇の先生方の問題関心に応じて、特に重要と思われる政策、法制度あるいは現状、そこでの課題等についてまず概括的にご発言をいただきたいと思います。それを受けて先生方でご議論いただき、さらには今後の労働政策あるいは労働法のあり方といったテーマについてもご議論いただきたいと考えています。最後に、各先生方から全体的な感想や労働研究というものの重要性、あるいは今後の労働研究の課題、そうした点についてもご発言をいただければと考えています。

では、まず、労働法・労働政策上の重要論点として、それぞれの先生方の問題関心に応じて、それぞれ、特に重要と考えておられる現状あるいは政策、法制度等についてご発言をいただきたいと思います。

水町氏の問題関心

水町勇一郎氏
水町勇一郎教授

水町 大きく2つだけお話しし、具体的な話はまた後半、具体的な論点に即してお話しできればと思います。

1つ目は、歴史の中で労働法がどういう位置づけを持って、どういう役割を果たしてきたのか。歴史上、近代的なわれわれが念頭に置いている労働法というのは、産業革命後の工業社会に起きたいろいろな弊害を克服するためにできた法の枠組みです。それが今、デジタル社会、AI社会になるときにどう変わるべきなのかというのが大きな視点としてあります。

イノベーションが起こるたびに格差が広がる。イノベーションが起こるたびに、それを利用している利用者、支配層とそのイノベーションの下で働かされている労働者の間の情報格差の下で、格差が広がる。今回新たにAIによるイノベーションで働き方が大きく変わるとすると、そこで格差問題が大きく言われる可能性があって、それに対して労働法や社会保障法など法がどう対応するかというのが1つ。また、実際の働き方、働かせ方で、AIアルゴリズム社会になると監視社会になる。監視しているのはアルゴリズムになる。人間がつくったソフトが末端にいる人間を一番効率的な形で、労働時間とか関係なく、どんどん効率化させて使うという可能性があり、その監視社会の中で果たしてわれわれが今労働法と言っているものが、働いている人の人格や生活を守るためにどうあるべきかというのがこれからの大きな意味での課題というのが1つです。

もう1つ、日本の雇用、日本固有の労働法の特徴という観点から少しお話しすると、日本の労働法は、欧米先進諸国の労働法と比べたときの大きな1つの特徴として、業法なんです。国が事業者を縛る。労働基準法とその後成立した最低賃金法までは、労働者の権利でもあるということが定められていますが、その後、労働安全衛生法ができたときには、労基法上あった、労基法13条のような、労働契約の内容になるという転換規定がなくなって、その後は基本的に政府政策、立案立法として国がつくって、国が事業主をどう縛るかということを定める立法になって、労働者は、適用対象としての対象、間接的に利益を被る対象です。国が労働者に使用者、会社との関係でこういう権利や義務を付与していますよというタイプの法律になっていない。そこが日本の労働法の1つの大きな特徴ではないかと考えていますが、その「国が事業主を縛る」というやり方が、今からの雇用の転換、働き方の転換の中でうまくいくのか。

坂爪氏の問題関心

坂爪洋美氏
坂爪洋美教授

坂爪 基本的に従業員の能力開発・人材育成というのは、企業が人材管理として自分たちの戦略に基づいて行うものですが、この間、働き方改革、働き方の多様化ということで、これまでの方法が問われる場面が増えてきた。例えば、残業削減の中、より短い労働時間の中でどういうふうに能力を高めるのか、有期でいわゆる正社員と同じような仕事をしている人たちに対して能力開発をするのかというような新しい問題や、働く側にキャリア自律が求められるようになる中で、どう人材育成方法を変えていくかといった課題が生じてきています。

今後の能力開発・人材育成の方向性としては、個々に合わせるような形での個別化や、複数の会社を経験しながら能力形成する場面が増えることを踏まえた職務経験や獲得される能力スキルの見える化といったことが必要になりそうです。人材開発・能力形成というのは、労働者本人と企業の課題ではありますが、労働政策としてそれをどういうふうに下支えしていくかということは非常に重要なことなのではないかと感じています。

もう1つは、能力開発・人材育成に取り組むことが企業にとって利益につながる、能力開発をすることが個人にとって賃金を上げていくというところにつながるようにすること、なおかつそれに向けて動けるようにしていくということが非常に大事であり、そのあたりが今後のこの分野の課題ではないかなと感じています。

川口氏の問題関心

川口大司氏
川口大司教授

川口 労働法が労働市場に与えるインパクトが大きくなってきているなということを感じます。例えば最低賃金ですが、速いペースで最低賃金が上がっていて、最低賃金近傍で働いている人の割合が増える。実際に賃金を決定する力として、最低賃金という法律で決まっているものが果たす役割というのが大きくなってきているということは感じます。

そのことがいったい実体経済にどういうインパクトを与えているのか。例えば、雇用は言うに及ばず、消費者が買っている商品やサービスなどの価格にいったいどれぐらい転嫁されているのかとか、資本の投資への影響はどうなのかなど、様々な影響を見るということが実際にはできるわけですが、そういったものを見ながら政策形成に生かしていくという動きというのは、労働政策が重要になっている割には、実体経済への影響というものを見ながら政策形成に生かしていくというフィードバックのループの部分というのはまだ弱いのかなと思います。

もう1つは労働時間規制です。労働時間の上限規制は、やはり長時間労働の人々の数を明らかに減らしていて、その影響はいったい、例えば若い人の能力形成にどういうインパクトを与えているのか、あるいは雇用に対してどういうインパクトがあるのかなどを見ながらさらなる労働時間規制のあり方というものを議論していくことが必要になっている。よくエビデンスに基づく政策形成ということが言われますが、そもそも労働政策がやっていることが実体経済に影響を与える大きさが大きくなっていて、その影響がいったいどういうふうな形になっているかということを調べていくことの重要性というのがますます上がっているのだろうなと感じています。

首藤氏の問題関心

首藤若菜氏
首藤若菜教授

首藤 まず、労使関係の環境は非常に大きく変化してきたと思います。戦後から今日まで見たときの最大の変化は、やはり組合組織率の低下にあるだろうと思っています。賃金、労働条件を労使交渉で決めるという構造自体は極めて弱くなってきています。グローバル化や労働者の多様性の推進などが進む中で、なかなか従来の労使関係の枠組みでは対応し切れなくなっているということが共通の背景にあるのだと思っています。

国内の状況に目を向けると、経済政策の一環としての賃上げというものも重視されるような風潮が強まってきている。ただ、なかなか実質賃金がプラスにならない理由については、近年では交易条件の悪化が非常に大きな要素としてあることが分かっていて、これに対してどういうふうな対応をしていくのかということが今、非常に大きな問題だと思っています。

もう1つの近年の変化としては人手不足です。深刻な人手不足で、私が研究しているような、例えばエッセンシャルワークと呼ばれるような分野、特に介護などのケア労働の現場では、AIに代替できる仕事も非常に限られており、人間の役割が重要性を増しているというようなところもあるかなと思っています。

こうした中で近年、労使関係の中で重要な論点としてあるのが、やはり、組織率の低下が進んでいく中で、労働法では労使協定を条件にデロゲーションを認めるという法体系を持っているわけですが、その労使協定自体が、組合にカバーされない人が増えていく中でかなり形骸化してしまっている。ある種、法律の底が抜けているような状況というのが、問題視されてきており、最近の労基法改正の検討の中では、過半数代表者の選出の適正化や、労使コミュニケーションをどのように制度的に支えるのかというような模索が始まっている。そういう中で労使関係をどのように構築していくのかということが問われているのだろうと思っています。

意見交換

山川 4人の先生方から重要なご指摘をいただきました。先生方の中でご質問、あるいは、この提起された事項について、私としてはこういうふうに考えるといったようなご発言あるいはご質問等があればおうかがいしたいのですが、いかがでしょうか。

水町氏からの質問

水町 労働法・労働政策の観点からそれぞれ1つずつ、少し大きな話も含めて質問させていただきます。

1つは坂爪先生に対してで、人材形成、リスキリングについてです。働いている人自身が自分でキャリアを考えて、転職することも視野に入れながらという動きの中で、坂爪先生の、個人のキャリアオーナーシップという考え方と、やはりOJT(On the Job Training)で企業が企業の将来のことを考えて、企業が計画しながら個人を育てるということも大切だということとのバランスや、それとも、こういう方向でいいんだということがあれば教えていただきたいです。

川口先生には、少し大きな話になるのですが、エビデンス・ベースド・ポリシー・メイキング(EBPM)はとても大切で、やはり数量で検証するということはとても大切だと私も思いますが、実際の政策を考える上で、もう数量的な計算ができるとかデータが揃っている場合はいいのですが、新しい変化に対しては何もない。例えば科学的に数量によって分析するという政策立案ももちろん大切ですが、それと並行して、政策立案のときに並行する何か政策立案上の価値、こういうことも併せて考えなければいけないということがあり得るのかどうかというのが質問です。

首藤先生には、組織率低下が世界的に起こっているということはそのとおりで、どこの国でも課題になっていますが、労使関係と法律・政策との関係について、労使は労使で自律的にやっていくべきであって、憲法28条の保障するもので、国があれこれ手出すのはおかしいということなのか、日本のことを考えれば国があれこれ手出して企業を越えた形で労使関係を育てていくという法律や政策があり得るのかというところを、お聞かせいただければと思いました。

キャリア形成における企業主体、個人主体のバランス

山川 それでは、水町先生からのご質問を受けて、それぞれの先生方からお話をうかがいたいと思います。坂爪先生には、個人経由と企業経由の教育訓練・能力開発のバランスをどう考えるかということです。私のほうで触発されての質問は、教育訓練給付など個人ベースでの教育訓練の支援の動きがあるのですが、川口先生のお話と関連させて言うと、それが実際上効果があったかどうかという実証的な研究があるかという点もあわせておうかがいできればと思います。

坂爪 実証ベースの研究で言えば、大規模なものは私は確認していません。給付を使った人たちの就職率状況を把握したデータを見たことがある程度です。

個人給付を増やしていくという方向性自体は、非常にロングスパンで見れば、あるかと思いますが、現時点では、相談できるところがあっても利用者が来ないというのが一番の問題であることを考えると、個人に給付の額を増やしていっても難しいだろうという気がしています。おそらく、長期的なトレンドでは個人給付を増やしていかなければいけないということに関してはそうだと思いつつも、現時点では企業を経由するということのほうが実効性が高いのではないかと思っています。

企業を通してということになっていったときに、例えば有期雇用の人たちに向けて、企業経由の場合に情報が届きにくいといった課題をどういうふうに補っていくのかが、短期的には大事になってくると考えています。

EBPMの活用

川口 この政策を新しく始めますという場合、それを実際にこれから実行する中で、どういう振り返りをするのかというのをあらかじめ決めて政策を行うということが必要です。KPI(重要業績評価指標)のようなものをしっかりと立てて、あらかじめ、5年たったらこういう指標で見てみて、もしもずれていたらそれは政策を見直すんですよというようなこと、測定の手法やデータの整備や見直しのプロシージャーのようなものも全部決めた上で政策を実行して試しにやってみるということも重要なのかなと思います。

企業の中での人材育成の役割

山川 今の点について、企業の中で人を育てるということの価値がどのぐらい重要なのか、企業の中での人材育成の役割についてもおうかがいできればと思いますが、いかがでしょうか。

坂爪 企業の中での人材育成の重要性は変わらないと考えています。ただこれを個人の立場から見ると、能力向上が賃金の上昇と必ずしもリンクしない難しさがあります。例えば、転職をしたときに何で賃金が決まるかというと、能力というよりは、わりと前職の賃金で決まることも多い。そうすると、能力の向上を図る意義が曖昧になってしまう部分があります。人材育成・能力開発の価値ということは、労働市場横断の給与テーブルというものをどう作るかということと非常にリンクしているかと思います。

企業は能力開発のメリットを実感しにくくなるでしょう。教科書的に言うと、従業員の能力向上は、仕事の質を上げることで、パフォーマンスの向上につながるのですが、離職等によりこのパスが成立しない場合が出てきます。

川口 会社の中から外に、あるいは労働者主体での技能形成が大切だという方向に政策を転換したときに、補助金を出すわけです。そうすると、職業訓練をしてくれる機関への需要というのが増えるわけですが、供給を同時に増やすような政策を考えないと、スキルを身につけられる機会が一定の中で、労働者はスキル形成の機会を探していくというようなことになってしまうと思います。

供給の部分をいったいどういうふうにやっていくのかという話もセットにしながら政策を考えないと本当はいけないのですが、おそらくそういうふうになっていない。供給部分に関して全くインセンティブが働かないような仕組みを残しておいて、労働者主体の技能形成をやってくださいと言っても、主要なプレーヤーがそこでプレーできないような状況になってしまっている。こういうことも考えながら、労働政策というのはこれから考えていかなければいけないのかなと思います。

労使関係に関する政府の役割

山川 首藤先生のお話について、水町先生から、労使関係の重要性は各国で共通しているが、それに対して政府としてどういう役割を果たすべきか、そういうご質問があったかと思いますが、いかがでしょうか。

首藤 従来、労働組合が果たしてきた役割が、組織率がどんどん下がっていって、その機能が十分に果たせなくなったときに、その機能をどうにかして補完していこうというような力が社会的に働くのではないかと私は見ています。例えば、労働基準関係法制研究会の報告書の中で、過半数代表者が36協定等を結ぶときの活動の保障を法的にサポートしたらどうかという議論をしました。もちろん、組合の独立性や自律性、会社からお金をもらっていいのかみたいな話はあるのですが、労使の話し合いを法的にサポートするというような動きは、日本でも議論としてはあるかなと思います。

もう1つ、国際労働機関(ILO)が2019年に報告書を出していて、労働組合の今後みたいなタイトルなのですが、組合が縮小していったときに、その機能を何らかの形で代替する動きが起こるだろうということが、いくつもの事例で挙げられています。それがどういう形で起きるのか、どういうのが望ましいのかというのは、各国のあり方によっては違ってくるのかなと思っています。

山川 今のお話は、労使関係にとってはかなり根本的なものを含んでいるような感じがしました。最初に申しましたように、政府の関与が賃上げにしても最低賃金にしてもかなり強まる方向に行っており、組織率の低下を受けた、労使自治の代替的な作用かなという感じもしています。

そうすると、それを進めることが労使関係にとってどういう意味をもたらすのか、逆に、労働組合による労使自治を政府としてどこまで促進していくかという点が、いわば労働運動の自律性や自主性との関わりで出てくる。労使関係の基本的な原理は労使自治ですが、そこに政府がどの程度、肩入れないし促進していくかという問題があります。それは、労使関係の持つ経済社会での意義にも関わるのか、労使関係をある種、公共財的なものとして捉えるのかどうかということもあると思いますが、その点について、質問された水町先生から何かございますか。

水町 労使関係と国による強行的な規律とのバランスをどう取っていくか。国が例えば罰則を背景に命令するような規制のあり方がこれからの働き方によりなじむようになるのか、それとも、国は大きな方向性や原則、目標を決めて、具体的なその適用のあり方、運用のあり方は、やはり現場で労使に任せなければいけないものになるのか。おそらく、どちらかになるわけではなくて、ある程度は、やはり基本的な生命に関わることや身体に関わること、人格の本質部分に関わるようなことについては、国が非常に重い罰則を科しながら規制するということも必要です。

ただ、現場の中で、新しいオートメーションやアルゴリズムが入ってくる中でどういう働き方をするか、細かいところまで命令で決めて罰則の適用をすることはできなくなってくるので、そこはおそらく労使関係がきちんと機能していなければいけない。ですので、相対的には後者の労使関係のあり方が強まるけれども、現場で今労使関係があるのかというと、日本には労使関係のないところがとても多いので、どう育てていくか。また、国の規律と労使関係の自律とのバランスをどう取っていくかというのが、これから重要になると思います。

首藤 労使関係を研究している観点から言うと、国が法律で様々なことを決めたとしても、現場で労使が話し合わなければならないことは必ず残ると思っています。ですので、やはり労使自治や労使関係の構築は、どんな法律ができたとしても、やはり促していくことは必要だと思います。労使対話をよりスムーズにできるようなサポートを国が促すことはあり得るのかなと考えています。

坂爪 私は労使関係はそんなに詳しくないのですが、労のほうのバリエーションがとても多様になってきているときに、過半数代表者の選び方もそうなのですが、ばらばらなニーズをどういうふうに酌み上げていくのか、それは企業の努力なのか、それとも何らかの法律・政策があればやりやすいものなのかというところで、この労の多様化をどういうふうに受け止めていらっしゃいますか。

首藤 すごく難しいところで、私もいろいろな労働組合の方とお話しすることがあるのですが、労使交渉以上に組合員間の「交渉」のほうがよっぽど時間がかかるし、よっぽど骨が折れるという話はよく聞く話です。労働者は決して一枚岩ではないので、異なる見解を持つ人たちが意見を言い合って、お互いに納得して1つにまとまるかどうかは分かりませんが、1つの方向性に持っていかなければいけない。例えば36協定を結ぶにしても、それで合意するとかしないとかを決めないといけないわけですから。

重要なのは、そのプロセスではないかと思っています。やはり集団的労使関係といったときに、労働代表は労働者側の意見をある程度まとめ上げていく、少なくとも説明を尽くし、理解を求めていくという過程こそが大事なのかなと思ってはいます。

川口 構成員が多様になってくると、やりたくないというか、それほどメリットがないよねというような人も出てくる。そうなってくると、労使自治の仕組みというものがうまく機能しなくなってくるので、対抗として、政府の介入というものが重要性を増してくる。

今首藤先生がおっしゃったように、労使関係でやっていく中で、やはりプロセスが非常に重視されているわけです。民主的な意思決定というものを経てそれが決まっているというガバナンスの仕組みというのが、結果はどうであれ、そのプロセスを重視するということだと思うのですが、仮にその役割というのを政府の労働政策がより代替するようになってくるとなると、そこの労働政策がどのように決められているのかというところのガバナンスの構造がより重要になってくるのかなという感想を持ちました。そのガバナンスを効かせるというところに、エビデンスに基づく政策形成というような話が入ってくるのかなと思いました。

山川 今のお話は、ILO等でも出てくる三者構成というものをどのように考えるかという根本的なお話とも関係することかなと思いました。

先ほど首藤先生の言われたことと同様のことですが、中央労働委員会の労働者側の委員の先生から、団体交渉は相手が使用者側であるだけに、ある意味で単純だけれども、組合内部の意見の集約が一番難しいところだというようなことをおうかがいしました。

首藤先生から、最低賃金について審議会の委員のご経験から何かございますか。

最低賃金

首藤 たしかに最低賃金の引き上げがかなり急速なので、一般の企業活動や市場に与える影響がとても大きくなっているということは私も思っていまして、川口先生におうかがいしたいのは、スピードが速いということが問題であるのか、そもそもこういう形で上げていくということが問題であるのかどうかというところをどう考えていらっしゃるのか。

また、引き上げのインパクトがとても大きく、採用時の賃金が最賃であるというような場合が増えてきており、最賃の影響率をみると、30人未満の小規模企業ではおよそ4人に1人が最賃で働いています。影響率が急速に上がってきている点をどう見たらいいのかというのは重要な論点だと思います。ただ、国際比較をすると、決して日本の水準が高いわけでもなく、かつて最賃に引っかかる人がほとんどいなかった状況自体がおかしかったという可能性はないのかと思ったりもします。

川口 やはりスピードが早過ぎる可能性はあると思います。最低賃金が賃金の中央値の何%かというと、だいたい今、日本は50%程度だと思います。世界の相場が60%ぐらいで、労働経済学者の中のかなり多くの人が、最低賃金を上げても雇用にはインパクトがないということを指摘しています。1,500円だと、60%を少し超える水準におそらくなると思いますが、それぐらいまでなら上げても大丈夫だろうというのが政策決定されている方の頭の中にひょっとしてあるのかなと思っています。

ただ、同時に、日本でいったい何が起こっているかを見ることも必要で、最近、RIETI(経済産業研究所)から工業統計を使った製造業へのインパクトをみたディスカッション・ペーパーが出ましたが、やはり、雇用減や投資減、生産規模の減少といった影響が観察されている。世界的には、最低賃金が上がると、それを製品価格やサービスの価格に転嫁するというのが広範に見られるのですが、どうも日本ではそのメカニズムがあまり働いていなかったのではないか。国際標準よりも低いというのは事実だと思いますけが、国際的に広範に観察される現象が日本では観察されなかったという事実もあるので、価格転嫁ができないと、どこかで吸収せざるを得ないので、生産規模を縮小したりするということが出てきてしまうわけです。ですので、そのあたりの日本の事情みたいなものを見ながら政策決定することが、いずれにせよ必要だろうなと思います。

首藤 先ほど私の問題意識として国際比較の話を申し上げましたが、審議会では、中央値の6割というのはほぼ議論されてなく、国際比較で低いから上げないといけないという議論はほとんどないと認識しています。審議会では、むしろ日本で何が起きているのかという統計データばかりを見ています。雇用がどこで減っているのか、投資が減っているのか。たしかに倒産件数などは増えています。しかし、厚労省の統計データに基づくと、例えば雇用保険の被保険者の数や失業率は高まっているわけではないということをデータで確認しています。

また、最低賃金は生活保障という要素がありますので、物価の上昇に対してどう上げていくのかということの議論をしているところです。ただ、そういった見解がなかなか伝わりにくいので、もう少しきちんと発信をしていかないといけないなと思った次第です。最賃だけが上がって、中小企業だけが苦しくなるのではなく、もちろん経済の循環をつくっていくという政策とセットでなければいけないと思っています。様々な政策が出されており、それがきちんと使われているかどうかは別ですが、そういう政策とセットで進めてきているところではあります。

最低賃金引上げの政策目的

山川 最低賃金については、もともと生活保障の趣旨があり、生活保護との関係が問題になったように、最低賃金法1条からみても、賃金の低い労働者について賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図ることに主眼が置かれてきたと思いますが、最近では経済の活性化策的な色彩が強まっているような気がします。

世界的に見て、そういう経済政策として最賃を使っている国がどのくらいあるか、それがある種の経済活性化策として使われているというようなことが世界的な現象なのかどうかという点、あるいは逆に、直近のことで言うと、物価がすごく上がっているから、逆にこれだけ最低賃金を上げるのも生活保障的な色彩を持つと言えるのか。最低賃金審議会に関わられている首藤先生から、何かございますか。

首藤 この間の最低賃金上昇の最大の根拠はやはり物価上昇だと思っています。最賃の審議でも物価上昇は重視せざるを得ません。特に生活の保障という観点から、例えば食料やエネルギーといったものの物価に合わせて賃金は上がっていかないといけないというのがまず絶対的な面としてあると思います。

もう1つは相対的な面で、春闘での賃上げ、社会全体での賃上げは進んでいるのに、それに追いつかなくていいのかというようなところも1つの論点だと思います。ただ、これは労使間での議論も様々ありますので、なかなか一概に言えないところではあります。

海外で最低賃金が経済政策として用いられている国があるのかについては、難しいのですが、ないわけではないかなと。労働政策と経済政策は関連する部分が大きいです。例えば労働時間の短縮も、生産性を上げるために短縮するんだというような議論がフランスでもあったと思います。私は労働政策と経済政策はかなりリンクするところがあるという印象を持っています。

水町 最賃について、ちょっとだけお話しさせていただくと、最低賃金の1つの大きな目的はもちろん労働者保護と生活保障ですが、裏に隠れた問題として、やはり経済政策と社会政策をリンクさせるということがあります。

そもそも、例えばアメリカで公正労働基準法ができたときは、40時間以上に対する割増賃金と最低賃金を国が定めるとした。ニューディール政策、1930年代の経済活性化のための政策の中で最低賃金がつくられたのですが、経済政策と労働政策、社会政策をリンクさせたという中で最低賃金は生まれてきています。戦後のフランスで最低賃金制度がつくられたときも、物価がどんどんインフレで上がっていくときに、最低賃金をスライドさせて、これは経済政策とリンクしながら労働者の生活を保障しようとした。ドイツでは、最低賃金と最長労働時間を産業レベルで1つの使用者団体と1つの労働組合で決めた、これは政策的には経済政策というよりも参入規制です。最低賃金を払えないような企業はもう参入しないでくれと。最低賃金が払えなくなったら、雇用を手放して、最低賃金を払うところに移してくれと。

最低賃金というのは典型的な労働政策ですが、そういう意味で経済政策と昔からリンクしていた。労使関係の中の参入規制、公正労働基準ですが、この参入規制は独禁法違反にならない。そういう伝統的な重い意味を持ったものが、経済政策とどうリンクするか、労使関係とどうリンクするか。実際、最賃審議会というのは、疑似労使関係的なところもあるので、日本政策のそこが今、少しいろいろな形で注目されているところかなと思います。

労働政策の手法

山川 今のお話は非常に重要なところで、古典的にもそうでしたし、現在においても、経済政策の一種としての労働政策、あるいは、労働政策としての経済政策というように、政策のあり方をより広い視点から見ることが非常に重要になっているのが現状ではないかなと私も個人的に思ったところです。

このシンポジウムでは、そもそも労働政策というものをどう考えるかという点も1つの柱にしてはどうかと考えていました。労働政策とは何か。これまでの話にありましたように、特に最近では労働政策と経済政策の区別が、もともと区別すべきかどうかという問題もありますが、それほどはっきりしなくなってきているということがあります。

そもそも労働政策というのはいったい何のためにあるのかというお話、あるいは、労働政策の手法についても、水町先生からすでにご指摘がありましたが、古典的な、罰則で、あるいは行政指導で、こうあるべきだというのを政府が決めて強制、指導するという手法や、また、労使自治などの原理を生かして、当事者がある種ポリシーを一定の枠の下で決めていくという手法など、非常に様々なものが出てきているというのが現状かと思います。

女性活躍推進法における女性の活躍のための行動計画は、法律上使用者が策定することになっていますが、それは、法律でこういう行動をせよと言うのではなく、何をするかを一定の項目の範囲内でその企業で決めてくださいという仕組みになっています。しかし、計画の策定と公表は義務づける。そういう形のいわば新たな法政策の手法が出てきているということだと思います。こうした傾向が見られる中で、従来型の政策をどう評価するか、あるいは新しい政策の手法をどう評価するかなど、やや抽象的かもしれませんが、何か先生方からございませんでしょうか。

水町 「飴」と「鞭」で、すごく鞭を効かせなければいけない問題もたしかにありますが、いろいろな状況の中で、鞭が効きにくかったり、鞭がうまく機能しなかったり、鞭を振るうまでの問題ではないんじゃないかという中で、私の印象だと、やはり働き方や社会情勢が複雑に変わる中で、鞭をしならせて直せるような規範よりかは、各現場に近いところでの工夫と情報公表というマーケットメカニズムを生かした誘導でやっていくほうがうまくいくような政策目標が増えてきている。

これからは、伝統的な企業別の企業共同体を基にした雇用システムから超人手不足社会になっていきます。労働移動を前提としたマーケットを描いていく中で、その労働者保護のためにも、また、企業の経営のためにも、きちんと情報を公表して、そして求職者や就職する人に企業を選んでもらうということが政策の方向性として非常に効きやすくなる。情報を隠そうとしているところは情報を隠そうとしている理由がある、だからきちんと情報を外に出せるのだったら出したほうがいいよという方向で、政策の肝となったり規範的に非常に重要なものであればあるほど情報公表の項目に入れていって、誘導していくことが鞭と併用して非常に重要かなと思います。

山川 坂爪先生、特に人事管理の視点から、いろいろと法規制のあり方についてご関心があろうかと思いますが、いかがでしょうか。

坂爪 女性管理職比率や男性の育児休業取得率の上昇を見ると、政策は企業に大きく影響を与えることを実感します。そういう意味で、労働政策には効果があります。ただ、労働政策への対応を通じて企業のマネジメントが重くなり過ぎている点をどうするかというのが1つの課題だと考えます。

労働政策で求められるからそれに応えるという中で、企業には「その目的がわからない」「情報公開せよと言われているから情報を出す」など、言われているからやっていますとの姿勢が見え隠れします。労働政策はきっかけで、企業がそれをどのように自社の戦略と結びつけていくかという視点を持てるかどうかがポイントだと考えています。

一方、情報公開という方法では取り組みが進みにくいのが中堅・中小企業です。それこそ業界や産業でそういう中小の取り組みを支えるような方策をやっていくということが必要なのかなと思っています。いずれにせよ、労働政策への対応がすごく求められてきたのがこの十数年の人事管理ですので、それを少し軽くするということがもしかしたら必要なのではと考えています。

山川 川口先生、経済学の観点からいかがでしょうか。

経済政策としての最低賃金

川口 話を戻して恐縮ですが、経済政策としての最低賃金が重視されるようになったというのは、おそらく日本の文脈だとそうなのだろうなと思います。

それで、最低賃金を上げるということが経済政策としてどういう意味があるかという話ですが、ケインズ政策として、所得を上げて有効需要を刺激するというような話は、失業者があふれ、需要が足りない世界ではあり得るかもしれないのですが、今はもう失業率も低く、人手不足の世の中であり、有効需要政策としての最低賃金政策というのはあまりない。

生活水準の維持ということに関して言うと、実質賃金が下がっていて、生活水準が下がってしまっているというのは事実で、それが政治的に大きな問題になっているということだと思うのですが、それはどうして起こっているのかを考えると、目下の食料価格の高騰やエネルギー価格の高騰、あるいは金融政策などもあるのかもしれないのですが、そういったほかの経済政策の部分で生活水準が下がってしまっているということがある。ですので、これを賃金政策だけで解決するというのは結構難しいのだろうなとは思います。

経済政策としての意味が仮にあるとすると、最低賃金を課すことによって、その最低賃金を支払えないような生産性が低い事業者には退出してもらって、生産性が高い事業者のところに労働者が移っていくような、こういう流れを加速する。それによって、経済全体の生産性を上げて、賃金を上げていくんだという方向というのは希望があるように思うのですが、実際に最低賃金が上がって、ある事業所が仮に閉鎖されて、その労働者がいったい本当に高い賃金の事業所に吸収されるようになっているのかというところは、これはおそらく実証的な課題なのかなと思います。

結論的には、経済政策としての最低賃金の重要性というのはないわけではないと思うのですが、どういうパスがあるのかというのを整理して、そのパスどおりにそれぞれが動いているのかというのを検証していくというのは、今でもすでにやられていることはあると思うのですが、もう一歩先をやっていくことが必要なのだろうと思います。

山川 首藤先生、お願いします。

首藤 最低賃金は、労働者保護という面もありますが、やはり経済政策という面もあると思っています。最賃がほとんど上がっていなかった時代と今との違いは、やはりインフレという要素が大きくのしかかっている。やはり内需をどう広げていくのかという点において、実質賃金をプラスにしていくことが重要となります。

ただ、それは賃上げだけでは追いつかないので、ほかの政策を一緒に推進していかないといけないと思います。これだけインフレが起きていて、輸入物価が上がっている中で、賃金が上がらなかったら内需はどうなるのかと、経済はどうなるのかというような危惧もある。上がることの大変さもあるけれども、上がらないことのリスクもあって、どうするべきなのかなというところは常に私も悩んでいるところです。

職場における労使対話の充実

山川 労使関係論のご専門の観点からすると、法律による規制のあり方をどのように考えるかという点はいかがですか。

首藤 先ほどのお話で、坂爪先生がおっしゃった、マネジメントが重くなっている点は、言われてみると本当そうだなと思います。それだからこそ、私は職場の労使対話を充実させていくことが重要なのではないかと思います。例えば法律でいろいろ定められて、数値だけ追っかけて、実現したかのように見えても、中はぐちゃぐちゃですよみたいな現場もあります。現場の声をちゃんと吸い上げて実効性のあるような形に変えていくためには、やはり従業員と使用者との対話を拡充していかない限り、なかなか難しいのではないかと思いながら聞いていました。

最後に

水町 人事労務管理が非常に重くなっているとの点ですが、大企業はもう、過剰コンプライアンスで対応がとても大変になっています。他方、中小企業にはコンプライアンスがほとんどない。その責任の一端は、法律が縦割りで、複雑で、分からなさ過ぎる。だから、縦割りを排して、分かりやすい法律にして、大企業には過剰なことを求めず、中小企業にも分かるよねという法律にする方向に、明日からすぐにはできないと思いますが、そういう気持ちを持って政策をつくっていただければなと思います。

坂爪 労働政策というのは当然ながら企業に向けての取り組みが中心になるのでしょうが、変わる必要があるという点では、労働者も同じです。その意味で、労働者に向けての議論もより充実させていくことが必要だと、本日のお話を聞いていてあらためて感じました。就労に向けて知識の不足等があるならば、不足しがちな人に向けてどういうふうに働きかけるかということについてもう少し議論ができるのかなと、今日皆様のお話を聞きながら考えました。

川口 労働政策という、やはり公共政策として重要な位置を占める、こういう議論の機会を持つことができたことはとても意義のあることだったと思います。そういうふうに考えると、公の議論ということになるわけですが、そういった活動を40年間にわたって、ある種の私的な財団である労働問題リサーチセンターというところが支えてきてくれているということは非常にすばらしいことだなと思います。こういったサポートを今後も続けていただいて、こういった公的な議論の場というものを提供し続けていただけるとありがたいなと一労働経済学者として思いました。

首藤 今日の議論を通じてあらためて感じたのは、私たちはそれぞれ異なる立場や現場を持ちながら、何を基準に判断するのかを常に問われているということです。より広い視野で、時間軸を長くとって物事を見ることの重要性は、皆さんと共有できたと感じます。

また、エビデンスに基づく議論は不可欠ですが、実際にはエビデンスは1つではありません。どのデータに注目し、どう解釈するかには、必ず価値観が反映されます。エビデンス・ベースという言葉が、あたかも価値中立であるかのように使われることもありますが、決してそうではなく、だからこそ、「何を根拠にするのか」「どこに軸足を置くのか」を問い続けながら、対話を重ねていくこと自体が、とても大事なのだと思っています。

山川 本日は、各分野の先生方から非常に多角的な視野でご議論いただき、様々な分野の研究者が互いに議論することの重要性をあらためて感じた次第です。労働政策は多様なディシプリンによる研究が特に重要な分野だと感じていますが、そうした多角的な研究を支援してこられている労働問題リサーチセンターに対しまして、あらためて敬意を表したいと思います。本日はありがとうございました。