労働問題リサーチセンター創立40周年記念シンポジウム
  「労働の未来図――新時代の労働法・労働政策の課題と展望」

第1部 基調講演

紹介

荒木尚志氏

荒木尚志 東京大学名誉教授/中央労働委員会 会長

Ⅰ 労働法・労働政策の展開と日本型雇用システム

労働問題リサーチセンターが創立された1985年は、日本の労働法政策にとっても大きな転換点でした。その転機の意味を確認するためにも、戦後の労働法政策の展開を整理しておきます。日本の労働法制は、戦前には工場法はあったものの、労働組合法すら存在せず、戦後になって、西欧モデルを参照しながら、労働基準法・労働組合法・労働関係調整法など主要労働立法が整備されました。

その後しばらくは、最低賃金法(1959年)、労働安全衛生法(1972年)など、既存の労働基準法の一部を独立・発展させる立法はありましたが、基本的枠組みの変更はなく、西欧モデルの法制度の中で、労使が試行錯誤を重ねて日本型の雇用・労使関係を模索していきました。

長期雇用システム(内部労働市場)の確立と判例の展開

労働法の観点から見ると、1985年までは「判例法の時代」でした。高度成長期に日本型雇用システムが形成され、それに借り物の外国から来た法制をどう適合させていくか、その役割を担ったのが判例法(裁判所が判例を積み重ねて形成した、法律の条文とはなっていないルール)だったと言えます。

1950年代から解雇権濫用法理が形成され、1970年代のオイルショック時には、経済的解雇に関する解雇権濫用法理が、「整理解雇法理」として形成され、日本の雇用システムにおける雇用保障を法的に支えることとなりました。しかし、雇用保障だけだと雇用システムは硬直的となります。そこで、最高裁は1968年の秋北バス事件最高裁大法廷判決で、就業規則の合理的変更は、それに反対する者をも拘束するという、労働条件の調整も合理的なものであれば柔軟に認めるという法理を形成しました。

集団的な労働関係も長期雇用システムに適合的なものとして発展しました。企業間移動が盛んな国では産別交渉・産別協約が重要ですが、一企業内でキャリアを展開する長期雇用システムの中では、むしろ企業内の様々な問題に迅速に柔軟に対応してくれる企業別組合のほうが効率性が高いということで主流となりました。企業別交渉は同一企業内の当事者による「繰り返しゲーム」となるので、機会主義的行動を控え、信頼と協力を重視する行動が合理的となり、協力的労使関係が定着していきます。

労働市場政策も戦後すぐはいったん失業者が出た後、どう救済するかという事後的・救済的な労働市場政策から、オイルショック以降は、雇用調整助成金などを通じて失業者を出さない事前的・予防的な積極的労働市場政策にシフトしました。

フレキシビリティ、セキュリティとフレキシキュリティ

私は労働政策で最も重要なのは、フレキシビリティ(柔軟性)とセキュリティ(安定性)を適切にバランスさせることだと考えています(図1)。そういう観点から見ると、アメリカはいまだに解雇が差別にならない限り自由、とりわけ経済的解雇は自由で、雇用保障がありません。労働条件変更に同意しない労働者は解雇され得るので、雇用維持を望む労働者からは簡単に労働条件変更の合意が取り付け可能。企業にとっては労働量・労働条件の調整が極めて柔軟に行える一方、労働者にとっては安定性に乏しく、格差や貧困など深刻な社会問題を生みます。アメリカは、典型的な「フレキシビリティ・モデル」です。

図1:
画像:図表1

これに対して、伝統的なヨーロッパ・モデルは対照的に「セキュリティ・モデル」でした。解雇には正当事由が必要で、労働条件、例えば勤務地にしても、職務内容にしても、個別契約で合意をしていると解釈されているため、労働者の個別同意がなければ使用者が一方的には変更できません。すでに雇用されている労働者にとってはセキュリティに手厚いシステムですが、この背後で雇用に参入できない高失業問題、とりわけ深刻な若年失業問題が生じました。この反省から、欧州では21世紀に入ると、フレキシビリティとセキュリティをバランスさせるべく、両語を合体させた欧州造語フレキシキュリティ(Flexicurity)が労働政策の目指すべきものだという議論が有力になりました。そのときにモデルとされたのがデンマークで、経済的な解雇は原則自由に認める代わりに、いったん失業した人たちに国家が失業給付や、職業訓練などの外部労働市場におけるセキュリティを提供するというものです。私はこれを「外部市場型フレキシキュリティ」と呼んでいます。

日本は、解雇権濫用法理による雇用保障と、就業規則の合理的変更法理による労働条件の柔軟な調整を組み合わせ、一企業の内部労働市場の中でフレキシキュリティを実現してきました。日本は1985年以前の段階から「内部市場型フレキシキュリティ」を判例法の展開で形成してきたと言えます。アメリカ・モデル、ヨーロッパ・モデルと比較すると、よりバランスの取れた雇用システムとして国際的にも評価されました。

しかし、このバランスの取れたモデルは正社員にのみ適用され、バブル崩壊以降、非正規雇用の活用が拡大し、非正規雇用問題が社会問題となります。また、最近は、ジョブを特定したいわゆるジョブ型雇用が議論となっています。従来、正社員型のフレキシキュリティ・モデルで想定していなかった象限で、非正規雇用やジョブ型雇用という新たな政策課題が提起されているという状況です。

Ⅱ 「立法の時代」(労働法制再編)の背景:雇用システムを取り巻く環境変化

1985年以降、日本の労働法は「立法の時代」と呼ばれるほど頻繁に新規立法や法改正が行われることになります。その背景には、雇用システムを取り巻く環境の大きな変化があります。

労働市場の構造変化、労働者の変化

人口構造がピラミッド型から逆ピラミッド型へと変化し、労働力不足が深刻化しました。そこで、労働市場への参加が限定的だった女性、高齢者、外国人の活用が重要な政策課題となりました。彼らはパートタイム、嘱託、再雇用、期間限定の就労など、いわゆる非正規の形態で働くことが多く、非正規雇用の増大と正規との格差、労働市場の二重構造が大きな問題となりました。また、正社員についても価値観が多様化し、一律の保護を前提とした議論が困難となってきています。

企業(使用者)を取り巻く環境変化、労使関係と労使紛争

他方、グローバル経済の中で、日本企業は先進国との付加価値競争と新興国との価格競争の双方にさらされています。バブル崩壊後、企業組織再編が進まないことが日本経済の停滞要因と指摘され、商法・会社法の分野ではコーポレートガバナンス改革が議論されました。従来、日本企業は「従業員主権企業」とも言われ、株主より従業員の利益を優先するステークホルダー・モデル的な運営が行われてきましたが、これは法によって担保されたものではなく、株式持ち合い、経営陣の内部昇進、長期雇用、企業別組合などの慣行に依存したもので、私は「慣行に依存したステークホルダー・モデル」と呼んでいます。このようなモデルは、株主価値を最大化する方向に法制度が変化すれば、容易に変容しかねません。そういう中で労働法政策はどう対応すべきかという課題も生じてきました。かつてソフトローたるCSR(企業の社会的責任)として議論されていた事柄が、現在はSDGsとか「ビジネスと人権」として、一部はハードローとしても議論されるようになってきています。

労使関係と労使紛争

日本の労使関係と労使紛争も変容しています。かつての対決的労使関係の経験を通じて、日本の労使は協力的労使関係を選び取っていきました。その結果、集団的な労使紛争は僅少となり、個別紛争が増加してきて、その紛争処理システムが課題となっています。

Ⅲ 環境変化への労働法の対応(1985年~)

規制緩和(deregulation)と再規制(re-regulation)

環境変化への対応の1つは規制緩和です。1985年の派遣法の制定は、新規立法ですが、内実は、職業安定法が労働者供給事業を禁止していたところ、派遣法によって派遣事業を規制しつつ解禁するという規制緩和でした。その後、有料職業紹介対象業務の自由化、派遣対象事業の自由化など、労働市場規制は規制緩和が進行しました。しかし、同時に、労働時間規制など、戦後の規制で時代に合わなくなった規制の再規制・現代化も進行しました。

新規制:新たな価値・政策目標への対応

戦後労働法システムが想定していなかった新しい価値を実現するための新立法が次々に制定されました。すなわち、雇用平等法制(1985年の男女雇用機会均等法、同1997年、2006年改正、2013年障害者雇用促進法改正による障害者差別禁止の導入)、ワーク・ライフ・バランス法制(1991年育児休業法制定と育児介護休業法への発展)、高齢化雇用法制(1986年高年齢者雇用安定法の制定とその後の改正)、非正規雇用法制(2007年パート法改正から2018年パート有期法制定まで)の展開には目覚ましいものがありました。

企業組織再編への対応

企業組織再編促進を目指した会社分割制度導入の際には、労働者の適切な保護をはかるべく労働契約承継法が制定されました。また、判例法理でしかなかった解雇権濫用法理が2003年労働基準法改正では条文化され、2007年の労働契約法16条に引き継がれます。労契法自体も、判例法理を明文化することを通じて労働者利益を考慮した企業ガバナンスを要請する制度整備と言えます。

紛争処理システムの整備

バブル崩壊後、個別労働紛争が増加したことへの対応として、2001年に個別労働関係紛争解決促進法の制定、2004年に労働審判法の制定(2006年施行)など、個別労働紛争処理システムの整備が進みました。

Ⅳ 新時代の労働法・労働政策の課題と展望

規制緩和と再規制(規制の現代化)・新規制

規制緩和とは、市場調整に委ねて、それが望ましい帰結に至るのであれば、法規制をしないという考え方です。これに対して、市場における契約弱者としての労働者の存在が否定できない以上、労働者を保護する労働法の必要性がなくなることはありません。そうだとしても、規制のあり方の現代的見直しは必要となります。

労働者・働き方の多様化に対してどのような法規制or政策を行うべきか

最大の課題は、労働者あるいは働き方の多様化に法規制がどう対応すべきかです。

1つには、労働法の規範の多様化が考えられます(図2)。これにもいくつかのパターンがありますが、①伝統的な強行規定を労働者の多様化に対応して法規制も多様化することも考えられます。しかし、これだと規制が極めて複雑化し、当事者もよく認識できない法規制となり、実効性が疑われます。そこで、②集団的合意によって国家レベルの規範を現場レベルで調整することを認める考え方(いわゆるデロゲーション)も考えられます(現行法では36協定など)。ここでは、デロゲーションの担い手が適正な主体であることが要請されます。さらに③任意規定や個人によるオプトアウト可能な規定や、④適用除外という手法もありますが、どこまで活用すべきかは議論となるでしょう。これらのハードローによる対応のほかに、⑤ソフトローの活用も考えられます。

図2:

【労働法規範の多様化】

①強行規定(伝統的労働保護法)→労働者の多様化に対応した規制内容の多様化:複雑化した規制の実効性?

②集団的合意によって逸脱可能な強行規定[半強行規定]:国家規範を労使合意によって現場の実情に適合調整させる手法(Derogation)→調整手続の担い手問題

③任意規定or個別合意によってOpt-out可能な規定

④適用除外

⑤ソフト・ローの活用

国家規範を現場の実情に適合調整する手続の集団的担い手:現行制度(過半数代表者)の問題

今、議論になっているのは、②の現場レベルで法規範を調整する担い手の問題です。36協定が典型ですが、過半数組合がない場合、過半数代表者が協定の締結当事者となります。しかし、2018年の労働政策研究・研修機構(JILPT)調査では、その約3割は適法性が疑わしいとされており、大きな問題です。

また、選出が適法であっても、現行制度の下では、事業所の全員の意見を集約する仕組み、締結した協定が締結時の了解どおりに運用されているのかをモニターする仕組みも用意されていないという課題があります。こうした課題も含めて、2025年1月8日公表の「労働基準関係法制研究会報告書」は、労使コミュニケーションのあり方について議論を展開しています。

集団的コミュニケーション・チャネルの重要性

労働関係を規律する重要なルールは、就業規則変更の「合理性」、正規・非正規格差の「不合理」、解雇権、配転命令権、懲戒権等の「権利濫用」といった抽象的な基準に依拠しています。裁判所は様々な事情を総合考慮して判断しますが、現場の労使にとっては、事前に結果の予測がつかないという問題があります。この問題を克服するために、公正な従業員代表と合意した施策であれば、その合意を尊重しようという議論もあります。これにより、判定規範としての法的安定性が高まるだけでなく、使用者に対しても「従業員代表が納得・合意するような合理的な提案を行う」インセンティブ、合理的な行為規範を与えることにもなります。このような施策の前提として、労働者側当事者が適正妥当な主体であることが必要となります。

規制の実効性確保メカニズム

国家による刑事罰や行政監督だけで、すべての法違反を把握・是正することは不可能です。そこで、労使当事者が紛争処理システムを活用して法の実現をはかることが重要となります。通常訴訟のほかに、労働局のあっせん、労働審判制度、労働委員会の個別紛争解決サービスなど、多様な制度が整備されていますが、労働者が自らの権利や法違反状態を認識できなければ、これらの制度を利用することもできません。その意味で、労働法の教育も非常に重要です。

さらに、法の所期した目的を達成するために、法規制だけでなく、市場機能の活用が考えられます。企業、内部市場にとどまっている限りは、そこでの発言権を強化しよう、Voiceの効力を高めていこうということになりますが、もう1つの選択肢としてExit、退出できることによって個人の労働者の交渉力が高まることがあります。流動的な外部市場の整備により個別の労働者の交渉力を高めることも考慮に値します。

また、行政指導に従わない企業名の公表、くるみん・えるぼし・ユースエールなどの認定制度、女性管理職比率などの情報公開を通じて、企業のレピュテーションを市場で評価させる仕組みはすでに活用されています。ハードローによる規制は副作用を伴うことも少なくないので、このような市場機能の活用によって政策目的を達成できるとすれば有効な手法となります。

自動化技術(ロボット・AI)による労働・雇用の削減?

ロボット化やAIによって雇用の約半分が失われるという論文が2013年に公表され、世界中で大騒ぎになりましたが、その後の経済協力開発機構(OECD)やドイツの検討では、雇用創出も考慮すると、雇用喪失は10%前後ではないかと言われています。しかし、新たな変化への対応は不可避であることから、リスキリングこそが課題だとされています。

そうすると、AI時代にふさわしい変化に柔軟に対応できる雇用モデルは何かということになります。変化に対応するには何らかのセーフティネットが必要でしょう。セーフティネットをどこのレベルで提供するか、メンバーシップ型雇用のように企業内か、外部労働市場レベルかは、その国の雇用システムによって違い得るかもしれません。

労働者概念の曖昧化・再検討=労働法の適用外延の曖昧化

労働者・働き方の多様化に関連して、労働者概念の再検討が課題となっており、多様なアプローチが考えられます(図3)。(2)の労働者概念を拡張して、一律に労働者保護を及ぼそうというアプローチがありますが、これだと、本人の望む柔軟な働き方を阻害する過剰規制になってしまうおそれがあります。そこで、ドイツ、イギリス、カナダなどでは、(3)の労働者とは異なる雇用類似就業者のような中間概念を導入して、これらの者には、労働法の全部ではなく一部を適用するアプローチを採用しています。

図3:
画像:図3

私自身は(4)特別規制アプローチが合理的だと考えています。(2)(3)のアプローチでは、現在労働者の範疇に入らない者に、労働法を全面的あるいは部分的に適用しますが、これらの者に必要な保護が、労働者の保護と全く同じとは限らないからです。であれば、その雇用類似就業者に必要十分な、労働法の規制とは必ずしも同一ではない、特別の規制を設けることが合理的でしょう。

それから、(5)労働法以外の分野の法とかソフトローで対処することで足りるという考え方もあるでしょう。これらの多様なアプローチの中でいずれが合理的施策かを検討すべきです。ちなみに、今般のフリーランス法は、特別規制アプローチを採用したと解されます。

法人格単位の使用者概念の再検討

労働者の相手方たる使用者についても課題があります。労基法は、事業主あるいは法人格を持った使用者(個別企業)を名宛人としていますが、いまや個別企業を超えたグループ経営の時代であり、また、サプライチェーンを形成して、トップ企業から末端までの分業体制で展開しています。また、プラットフォームエコノミーでは、使用者の機能が分化され、いったい誰が使用者かよく分からなくなっています。そういう状況の中で、法人格単位の使用者概念を超えた規制のあり方が検討されており、「ビジネスと人権」や「人権デューディリジェンス」の議論が進行しています。

新時代の労働法・労働政策の展望

2023年の「新しい時代の働き方に関する研究会報告書」では、労働法・労働政策の役割として「守る」と「支える」、この2つが重要だと指摘しています。

「守る」とは、労働法政策として、市場の弱者である労働者を守る必要性はなくならないことを指します。ただし、守られるべき対象も多様化し、他の法政策との重なりも増える中で、より実効的な守り方を検討していく必要があります。

「支える」とは、労働者の望む働き方をサポートするという視点です。「守る」視点からは国家レベルでの規範設定という発想となるのに対して、この「支える」では、個別労働者のニーズから発想するという違いがあります。これまでも、個別労働者の働く上での支障に対して配慮し、サポートする法制度はありました。最も早くは、労基法の産前産後休暇、そして育児・介護休業法による休業制度がありました。その後、2013年の障害者雇用促進法では、障害者に対する合理的な配慮が入りました。今、いくつかの国で展開している立法政策は、こういった法が定める出産・育児・介護・障害といった特定の事由に限定することなく、個人が望んだ働き方、例えばライフステージに応じて、フルタイムからパートタイムに移行するとか無限定社員から限定社員に移行する、リモートで働きたいといった希望を、企業の過重な負担にならない限りで認めていこうとしています。個々の労働者の望む働き方をサポートする新たな労働法制が模索されているように思われます。

これからは個々人が多様な雇用・就業モデルの中で、自ら働き方を選択していくことになりそうですが、どんな雇用・就業モデルを選んでもディーセントワークが保障される、そのようなシステムを確保することが、労働法にとっての課題となるでしょう。先ほど労使コミュニケーションのところで議論したことは、個別的労働関係法である労働保護法の中に、集団法的なデロゲーションの考え方を組み込んでいく新しい労働法を構想するものでした。今お話ししたのは、マクロ(国家)レベルの集権的規範設定に対して、ミクロ(個人)レベルの分権的なニーズから発想する新しいアプローチを取り入れようとするものです。このように労働法全体を複合的なアプローチで再構想すべき状況にあるのではないでしょうか。