賃上げ環境の整備に向けて、価格転嫁の徹底や「医療・介護等支援パッケージ」などを盛り込む
 ――政府が「総合経済対策」を閣議決定

政府の経済対策

政府は2025年11月21日、「『強い経済』を実現する総合経済対策~日本と日本人の底力で不安を希望に変える~」を閣議決定した。予算規模は21兆3,000億円で、そのうち一般会計が17兆7,000億円、減税が2兆7,000億円などとなっている。労働関連では、官公需における労務費などの価格転嫁対策や、2026年度報酬改定の効果の前倒しなどを含む「医療・介護等支援パッケージ」などを盛り込んだ。高市早苗首相は、「次の世代のためにも成長する経済により、企業収益の改善と賃金上昇に伴う個人所得の増加という経済の好循環による税収増を通じて、財政の持続可能性を実現しなくてはならない」などと強調した。

補正予算で追加歳出する一般会計は17.7兆円、減税が2.7兆円

総合経済対策の予算規模は21兆3,000億円。内訳は、一般会計が17兆7,000億円(補正予算の追加歳出)、減税が2兆7,000億円、特別会計が9,000億円。

減税2兆7,000億円の内訳は、ガソリンの暫定税率廃止が1兆円、所得税の「年収の壁」見直しが1兆2,000億円、電気・ガス代支援が5,000億円となっている。

再びデフレに後戻りしない「成長型経済」に移行する分岐点に立つ

総合経済対策は、経済の現状認識・課題について、「我が国経済は今、『デフレ・コストカット型経済』から、その先にある新たな『成長型経済』に移行する段階まで来た。まさに今、再びデフレに後戻りしない『成長型経済』に移行できるかどうかの分岐点に立っている」と指摘。

足元の景気について、「緩やかな回復局面にあるものの、潜在成長力は伸び悩み、賃金の伸びは物価上昇に追いつかず、食料品を中心とした物価高が家計の安心を揺るがして個人消費や民間需要の力強さを欠く状況が続いている」とし、「需給ギャップは0%近傍となったが、景気は十分に強くなく、地方や中小企業まで景気回復の実感はまだ広がっていない」との見方を示した。

いま必要なのは将来世代への責務を果たす「責任ある積極財政」

さらに、世界経済の不透明感や、少子化・地方の衰退など国内の構造的な課題がなお深刻であることを指摘したうえで、「こうした中、我が国が進むべき道は明らかである。日本には底力がある。そのスイッチを押し、日本列島を強く、豊かにすることを目指す。そのためにこそ、いま必要なのは、将来世代への責任を果たす『責任ある積極財政』である」と主張。

「主要各国の経済政策の潮流は、市場原理に過度に依存する新自由主義的発想から、経済・社会課題の解決を目的とする官民連携を強化し、戦略的な国内投資の拡大を通じて国力の増大を目指す新たな時代の政策へと大きく転換している」とし、「我が国もこの潮流の変化を的確に捉え、『責任ある積極財政』の下で、『危機管理投資』と『成長投資』を通じて、時代の要請に応える経済運営を力強く進めていく」と力説した。

対策は「生活の安全保障・物価高への対応」など3本柱で構成

経済対策の基本的枠組みについては、①生活の安全保障・物価高への対応②危機管理投資・成長投資による「強い経済」の実現③防衛力と外交力の強化――の3本柱で、「予算、財政投融資、税制、規制・制度改革など、あらゆる政策手段を総動員して実行する」と掲げた。

このうち、第1の柱である「生活の安全保障・物価高への対応」では、「第一に、物価高から暮らしと職場を守る『生活の安全保障』として、足元の物価高対策を最優先で実施する」と強調し、「賃上げが物価上昇を上回る状況を実現し、家計の実質所得を確保することが喫緊の課題である。そのため、企業が継続的かつ安定的に賃上げできる環境を整えることこそが、政府の役割との考えの下、税制・補助金などを総合的に活用し、人への投資を促しながら、賃上げの流れを全国に広げていく」などと明記した。

第2の柱である「危機管理投資・成長投資による『強い経済』の実現」では、「様々なリスクや社会課題に対して、官民が手を携え、先手を打って取り組む『危機管理投資』を成長戦略の肝とする。これにより、世界共通の課題解決に資する製品・サービス・インフラを創出し、日本の持続的な成長力と国際的な存在感を高める」などと述べた。

第3の柱である「防衛力と外交力の強化」では、「防衛力と外交力の強化を図り、国民の安全と繁栄を支える『強い日本』を実現する」とし、「厳しさを増す国際情勢を踏まえ、外交・安全保障環境の変化に的確に対応できるよう、防衛力の抜本的強化等を進める。人的基盤の強化等を図り、我が国を守る人々が誇りをもって任務を果たせる環境を整える」などと言及した。

物価上昇をふまえた官公需の価格転嫁を徹底する

労働政策に関連する施策に絞って、各施策の内容を具体的にみていくと、「生活の安全保障・物価高への対応」では、①足元の物価高への対応②地方の伸び代の活用と暮らしの安定③中小企業・小規模事業者をはじめとする賃上げ環境の整備――の3分野に分けて施策が示されている。

足元の物価高への対応では「物価上昇を踏まえた官公需の価格転嫁の徹底」「物価高の影響を受ける中低所得者への支援」などを掲げた。

このうち物価上昇をふまえた官公需の価格転嫁の徹底では、国・地方公共団体から民間への請負契約などの官公需において、物価上昇などをふまえた単価の見直しを行うとした。国・地方公共団体は、単価、発注における予定価格などが最低賃金の上昇やエネルギー価格の値上がりに対応できるよう、必要となる予算を確保するとともに、自治体が地域の事情に合わせて財源を活用できる「重点支援地方交付金」により、地方公共団体の公共調達における労務費を含めた価格転嫁の円滑化にも対応する。

さらに公共事業等については、労務費確保の必要性や近年の資材価格の高騰の影響などを考慮しながら適切な価格転嫁を図りつつ、必要な事業量を確保し、社会資本整備を着実に進める。

国との契約での「物価上昇に伴うスライド対応」なども徹底

あわせて、官公需についての中小企業者の受注の確保に関する法律に基づき閣議決定されている「中小企業者に関する国等の契約の基本方針」の中で実施が明記されている「物価上昇に伴うスライド対応」「期中改定」などの徹底を進める。

また、入札制度の適切な運用により受注企業の労務費、原材料費などのコスト増加分が価格転嫁され、賃上げ原資の確保につながることが必要であることから、最低制限価格制度および低入札価格調査制度について、それぞれの基準を見直すことを含め、各制度の趣旨に則った対応を徹底する。

国においては、低入札価格調査制度を適切に運用するよう改めるとともに、工事以外の請負契約にもその導入を拡大する。

給付付き税額控除は「制度設計に着手」

物価高の影響を受ける中低所得者への支援としては、給付付き税額控除の制度設計に着手する。その際は、社会保障関係費の急激な増加に対する危機感と、現役世代を中心とした過度な負担上昇に対する問題意識を共有しつつ、税・社会保険料負担で苦しむ中低所得者の負担を軽減し、所得に応じて現役世代などの手取りが増えるように制度設計に着手する。

社会保障制度における給付と負担のあり方について国民的議論を行うため、超党派かつ有識者を交えた国民会議を設置し、給付付き税額控除の制度設計を含めた税と社会保障の一体改革について議論を行う。

年収における「103万円の壁」については、2025年の年末調整では160万円に引き上げられた。今後、基礎控除を物価に連動した形でさらに引き上げる税制措置について、2026年度税制改正で検討し、結論を得るとした。

2026年度報酬改定で「医療・介護等支援パッケージ」を緊急に措置

地方の伸び代の活用と暮らしの安定に向けて施策の中で、医療・介護分野における処遇改善にも言及した。

2026年度報酬改定については、「他産業の状況も踏まえた賃上げや物価上昇を踏まえた適切な対応が求められており、医療機関や薬局、介護施設等における経営の改善及び従業員の処遇改善につなげるため、その報酬改定の効果を前倒しすることが必要である」という認識に立ち、「医療・介護等支援パッケージ」を緊急に措置する。

医療分野においては、経済状況の変化などに対応するため、救急医療を担うといった医療機能の特性もふまえつつ、診療に必要な経費に係る物価上昇への的確な対応や、物価を上回る賃上げの実現に向けた支援を行う。

さらに、賃上げを下支えして人手不足にも対応するため、ICT機器などの導入・活用や、看護師の特定行為研修修了者の加速的養成などの生産性向上や職場環境改善に率先して取り組む医療機関を支援する。

介護職員の賃金は改善してきたが「他産業とはまだ差」

介護分野の職員の処遇改善については、現状は「累次の取組を講じてきた結果、介護職員の賃金は改善してきた」ものの、「他産業とはまだ差があり、人材不足が厳しい状況」にあると指摘。そのうえで、「他職種と遜色のない処遇改善に向けて、2026年度介護報酬改定において、必要な対応を行う」こととし、「報酬改定の時期を待たず、人材流出を防ぐための緊急的対応として、賃上げ・職場環境改善の支援を行う」とした。

同様に人材不足が厳しい状況にある障害福祉分野についても、介護分野における対応もふまえつつ、その経営状況などをふまえた賃上げ措置などの支援を行うとした。

地域の実情に合った支援で賃上げ環境の整備を後押し

中小企業・小規模事業者をはじめとする賃上げ環境の整備については、「賃上げ環境の整備」と「価格転嫁の徹底、中小企業等の稼ぐ力の強化・省力化投資」を掲げた。

賃上げ環境の整備から詳細をみていくと、適切な価格転嫁と生産性向上支援などによって、最低賃金の引き上げを可能とする環境整備を進めていくとし、「重点支援地方交付金」を拡充し、「中央最低賃金審議会の目安を超える最低賃金の引上げが行われた場合の生産性向上等を図るための特別な対応を含め、地方公共団体による、賃上げを行う中小企業・小規模事業者に対する地域の実情に合った支援を後押しする」とした。

また、中小企業・小規模事業者の業務改善・設備投資に対する支援を強化するとともに、企業の継続的な賃上げを後押しする賃上げ促進税制の活用を通じて、賃上げモメンタムの維持、向上を図る。

賃上げの裾野を正社員以外にも広げる観点から、非正規雇用労働者の処遇改善などを行う事業者を支援する「キャリアアップ助成金」の活用を促進する。

2026年春季労使交渉に向けて政労使で意見交換

最低賃金関連では「今後とも、地域別最低賃金の最高額に対する最低額の比率を引き上げるなど、地域間格差の是正を図る」とし、2026年の春季労使交渉に向けた、政労使の意見交換を行うことも明記した。

公務員の給与・待遇については、「人事院勧告を踏まえ、適切に対応する」とし、「職務・職責に見合った処遇の在り方について国民の理解を得るべく検討を行う」とした。

中堅・中小企業の稼ぐ力を強化

価格転嫁の徹底、中小企業等の稼ぐ力の強化・省力化投資については、中小企業・小規模事業者が物価上昇を上回る賃上げを継続するための原資の確保に資するべく、価格転嫁・取引適正化の徹底を図る。そのため、2026年1月施行の中小受託取引適正化法・受託中小企業振興法の周知広報を徹底するとともに、同法を厳正に執行する。

さらに、中堅・中小企業の稼ぐ力を強化するためには、「事業規模や成長ステージに応じたきめ細かい支援が必要」と指摘。内閣への設置が閣議決定した「地域未来戦略本部」と連携し、売上高100億円へ成長する目標を掲げる「100億宣言企業」の意欲的な投資を実現するための支援の抜本的拡充・強化を通じて、地域経済を牽引する「スケールアップ型企業」を創出する事業環境を整備する。

建設産業ではICT技術の活用などに取り組む

そのほか、人手不足感の強い飲食業や宿泊業など12業種を中心に、省力化投資を促進するため、「省力化投資促進プラン」に基づき支援策の充実を図りつつ、プランおよび施策の周知広報、優良事例の横展開、サポート体制の整備などの取り組みを進める。

建設産業においては、労務費の行き渡りの実効性確保や入職拡大に向けた魅力発信、災害対応力強化にも資するICT技術の活用などに取り組む。

生成AIの影響もふまえて幅広い労働者のリ・スキリングを支援

第2の柱である「危機管理投資・成長投資による強い経済の実現」では、①経済安全保障の強化②未来に向けた投資の拡大――の2分野で施策を示し、「未来に向けた投資の拡大」の中で「人への投資の促進」を盛り込んだ。

具体的には、リ・スキリング支援などに言及し、「生成AIが人間の業務を自動化・代替することで、将来的に一部の事務職等の労働需要が減少する可能性がある。こうした環境変化や技術トレンドも踏まえ、非正規雇用で働く者を含む幅広い労働者に対する効果的なリ・スキリング支援に取り組む」とした。

また、「リ・スキリングの各種支援策に関する関係省庁の情報の連携・一体化を進め、包括的で利便性の高いポータルサイトの構築に向けて検討する。その際、本人の状況やニーズに沿った形で支援メニューが推奨されるAI機能の整備や申請手続のデジタル化も併せて検討する」ことも掲げた。

このほかでは、非正規雇用労働者が働きながら学び、正社員就職などのキャリアアップを目指せるよう、オンラインによる職業訓練を全国展開するなどとした。

「働き方改革関連法施行後5年の総点検として、業種・規模毎の状況、労使のニーズ等について、実態把握を実施する。調査結果を踏まえ、心身の健康維持と従業者の選択を前提に、労働時間法制に係る政策対応の在り方を多角的に検討する」ことも書き込んだ。

「第一は迅速な物価高対策」高市首相

高市首相は閣議後の会見で、「今回の経済対策では、国民の皆様に迅速に物価高対策をお届けすることを第一としつつ、危機管理投資・成長投資の戦略分野への頭出しとなる予算を措置する。国民の皆様の暮らしを守り、強い経済を作るために戦略的な財政出動を行う」と説明。

「『責任ある積極財政』はプロアクティブな先を見据えた財政政策ということであり、決していたずらに拡張的に、規模を追求するものではない。ワイズスペンディングの考え方を徹底し、国民の皆様の暮らしを守り、強い経済をつくるために戦略的な財政出動を行う。日本がいま行うべきことは、行き過ぎた緊縮財政により国力を衰退させることではなく、積極財政により国力を強くすることだ」と強調した。

高市首相はまた、「成長なくして財政の持続可能性は維持できない」とし、「次の世代のためにも成長する経済により、企業収益の改善と賃金上昇に伴う個人所得の増加という経済の好循環による税収増を通じて、財政の持続可能性を実現しなくてはならない。強い経済を構築し、成長率を高めていくことと相まって、政府債務残高の対GDP(国内総生産)比を引き下げ、財政の持続可能性を実現し、マーケットからの信認を確保していく」と話した。

(調査部)