多くの企業が「パートナーシップ構築宣言」を行い、業界団体ではガイドラインの活用・周知のほか値上げ交渉の「失敗事例」の共有も
 ――【特別調査】価格転嫁の推進など取引適正化に向けた取り組み

ビジネス・レーバー・モニター特別調査

賃上げ環境の整備や中小企業の発展に向けて、商品やサービスへの価格転嫁の推進など取引適正化が重要な課題となっている。そこでJILPTでは、年4回実施しているビジネス・レーバー・モニター企業・業界団体調査の2月調査において、特別調査項目として、価格転嫁の推進など取引適正化に向けた取り組みについて尋ねた。結果をみると、多くの企業が「パートナーシップ構築宣言」を行っており、価格転嫁に向けた労使一体での取り組みや、社内勉強会の開催なども報告された。業界団体からの報告では、各省庁のガイドラインや指針の活用・周知のほか、値上げ交渉の「失敗事例」を共有する取り組みなどがみられた。企業モニター16社、業界団体モニター22組織が回答した。

建設、電機、造船・重機業界などの7社が宣言していることを報告

企業モニターからは、【建設】【電機】【造船・重機】【百貨店】【自動車販売】【鉄道】の業界に属する7社から、「パートナーシップ構築宣言」を行っているとの報告があった。

「パートナーシップ構築宣言」とは、事業者が、サプライチェーン全体の付加価値向上、大企業と中小企業の共存共栄を目指し、「発注者」側の立場から「代表権のある者の名前」で下請企業との望ましい取引慣行の遵守を宣言するもの。

業界団体モニターでも、【化繊】が「社長会をはじめとした会議体において、取引適正化やパートナーシップ構築宣言に関する動向報告および対応徹底を依頼している」としたほか、【中小企業団体】も、役員企業に対して宣言の登録依頼を行ったとした。

電機の企業では労使で価格転嫁に取り組む

また、価格転嫁について、労使一体で取り組んでいることを複数のモニターが報告した。【電機】のA社は価格転嫁の土台となる構造的な賃上げについて、グループ各社を含めて労使で議論し、賃上げを実施したとしている。

【電機】のB社は春季交渉において労使で課題を共有し、傘下の連結会社も含めて賃上げ促進ができるように労使論議を実施。また、組合側の価格改定アンケート結果を会社側と共有したという。

【港湾運輸】の業界団体モニターは、港運団体の労使間で適正料金収受にかかわるプロジェクトチームを組成し、情報交換と問題提起を適宜行っているとしている。

自動車販売は下請法の社内勉強会を開催

そのほかの取り組みをみると、【自動車販売】の企業は、下請法の社内勉強会を開催したほか、各部門に対して価格交渉に応じる必要性を説明している。また、価格交渉が発生した場合には、交渉経緯報告書などの各種書類の提出を求めている。

【百貨店】の企業は、持続可能なサプライチェーンの構築のため、2023年に行動規範を制定し、アンケートとともに周知活動を実施した。

鉄道は公正取引委員会の指針を部門長全員に周知

【鉄道】の企業は、公正取引委員会の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を周知すべく、その内容を案内するメールを部門長全員に送付し、部門ならびに所管の連結各社への周知を依頼した。さらに連結子会社を対象に追跡調査を行い、周知状況を確認している。

【造船・重機】の企業は、「調達品に関しては、サプライヤーの賃金、原材料費、輸送費などの増加を受け入れていくことが重要」と考えており、「こうした流れをお客様にご理解いただきながら、営業部門を中心に当社の製品・サービスの付加価値を真摯に説明・交渉を続けて取引条件の改善を進めている」と報告した。

介護は価格転嫁が難しいなかでも給与改定を実施

このように、さまざまな取り組みが各業種で進んでいるが、価格転嫁に難しさを抱える業種も見受けられた。

【シルバーサービス】の企業は、「当社が展開する介護、保育事業は、公的保険制度下での公定価格によるサービス提供であるため、価格転嫁が難しい」と報告。ただし、そうした環境でも介護職員については介護報酬制度の「介護職員処遇改善加算」を従業員に還元したほか、加算の対象外のサービスにおける給与改定も実施した。また、医療事務の従業員においては、最低賃金上昇分にさらに上乗せするかたちでの給与改定を行った。

コンビニは業界団体が弁護士による説明会を開催

業界団体のなかには、中小企業庁からの要請を受けて取り組みを進めているところもある。

【コンビニ】の業界モニターは、中小企業庁の依頼を受けて毎年調査を実施しており、その調査結果を「取引問題小委員会」に資料として提出している。また、下請振興基準改正や下請法改正の周知を徹底したほか、会員企業を対象に「価格転嫁問題の整理」について弁護士による説明会を開催した。

【紙パルプ】の業界モニターは、経済産業省・中小企業庁の要請を受けて「下請適正取引の推進に向けた自主行動計画」を2019年に策定。その後、公正取引委員会の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を受けて2023年に改正している。自主行動計画の実施状況については、毎年のフォローアップ調査で確認している。

道路貨物は国土交通省告示の「標準的な運賃」を周知

【道路貨物】の業界モニターでは、車両費やタイヤ費などの物価高騰分や燃料高騰に伴う費用、荷待ち・荷役にかかわる費用、下請けに発注する際の手数料なども含めて、荷主に適正に転嫁できるようにするため、国土交通省が告示する「標準的な運賃」の活用を推進している。

特設ページのほかリーフレットや解説書を作成することで、会員事業者に対して「標準的な運賃」の積極的な活用を促進している。また、荷主・一般消費者向けの特設ページも作成して、広報・周知活動に努めている。

また、「経営診断受診促進事業(運賃交渉支援)」として、さまざまな経営課題を抱える会員事業者の相談ニーズに対応するため、中小企業診断士などによる経営実態に即した原価計算の実施・運賃設定を支援。さらに、取引先との交渉のための資料作成を補助し、交渉に同席しての資料説明も実施している。

そのほか実態調査として、時間外労働を規制するいわゆる「2024年問題」への対応状況や、価格転嫁の状況などについて把握・分析しているという。

パン・菓子は農林水産省のガイドラインを活用

【パン・菓子】の業界モニターは、2021年に農林水産省が策定した「食品製造業者・小売業者間における適正取引推進ガイドライン」の活用を継続するとともに、会員企業に実施した適正取引についての各種アンケート調査結果の情報を共有している。なお、個々の価格転嫁の状況などについての情報交換は、「さまざまな疑義が生じ得るため、行っていない」としている。

【食品】の業界モニターは、取引慣行や価格転嫁の状況について、会員企業にアンケート調査を実施し、その結果を関係省庁や流通団体などへ説明し、各種要請を実施した。

【金属製品】の業界モニターは、取引契約について、口頭による契約ではなく書面による取引契約の明確化を継続して呼びかけている。

【繊維】の業界モニターは、繊維産業の自主行動基準、取引ガイドラインの推進を行い、業界をあげてフォローアップ調査を行っている。

中小企業団体は値上げ交渉の「失敗事例」をセミナーで共有

【中小企業団体】は価格転嫁の現状、値上げ交渉の失敗事例、価格転嫁への対応策をテーマにセミナーを開催した。

【ホームセンター】の業界モニターは「適正取引の推進と生産性・付加価値向上に向けた自主行動計画」を策定。政府の動きに呼応した改定作業とフォローアップ調査を実施している。

情報サービスは自主行動計画を緊急で改定

【情報サービス】の業界モニターは、適正取引の推進のための自主行動計画を2024年6月に緊急に改定。主な改定内容は、①受注者からの要請の有無にかかわらず、発注者から積極的に価格転嫁に向けた協議の場を設けていくものとすることの明記②労務費については、公正取引委員会の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」に掲げられている「事業者が採るべき行動/求められる行動」を適切にとったうえで、取引対価を決定することの明記③原材料費やエネルギーコストの高騰があった場合は、適切なコスト増加分の全額転嫁を目指すものとすることの明記――の3点。

さらに10月から11月にかけて会員企業を対象に自主行動計画のフォローアップ調査を実施し、その結果を共有した。

価格転嫁の施策として運賃改定があげられる【鉄道】の業界モニターは、年に1度、会員各社における運賃改定の有無とその詳細を確認している。

このほかの内容では、経済産業省や公正取引委員会などからの案内を会員企業に周知していることを【パン・菓子】【繊維】【化繊】【紙パルプ】【ゴム】【石膏】【電力】【道路貨物】【ホームセンター】の各業界モニターが報告した。