2010年代からの人手不足は過去に比べ「長期かつ粘着的」。広範な産業・職業で労働力需給ギャップ
――厚生労働省の「2024年版労働経済白書」
政府白書
厚生労働省が9月に公表した2024年版労働経済白書は、「人手不足への対応」をメインテーマとして取り上げ、過去半世紀の人手不足局面の背景を整理するとともに、2010年代以降の人手不足の特徴を分析した。そのうえで、人手不足の解消に向けて必要な取り組みを確認した。2010年代からの人手不足は過去の局面に比べ、「長期かつ粘着的」だと指摘。また、2010年代以降は、広範な産業や職業で労働力需給ギャップが生じていることや、労働市場のマッチング効率性が低下していることを指摘した。今後必要な取り組みについては、女性、高齢者、外国人の多様な労働参加の重要性を強調するとともに、介護分野などでの人手不足の緩和に効果的な取り組みを分析した。
人手不足局面などを分析・報告した第Ⅱ部に絞り、主な内容を紹介する。
1.人手不足の背景
1-1 これまでの人手不足局面とその背景
過去50年で3度ある人手不足局面
白書は、過去半世紀におけるわが国の人手不足局面を振り返りながら、まず、人手不足が生じた期間を高度経済成長期末期の「1970年代前半」と、バブル景気の時期にあたる「1980年代後半~1990年代前半」、「2010年代以降」の3期間に区分して、背景やその違いなどを整理した。
有効求人倍率の動きを振り返ると、有効求人倍率が1倍を超えたのは1970年代前半、1980年代後半~1990年代前半、2000年代後半、2010年代半ば以降の4期間。特に1970年代前半には1.76倍にまで上昇したほか、2010年代後半にも1.61倍に達した。
完全失業率をみると、経年的に上昇傾向にあるものの、有効求人倍率とはおおむね逆の動きをしており、1970年代前半、1980年代後半~1990年代前半は1%ポイント程度、2010年代後半は2%ポイント強、それぞれ前後の期間に比べて低くなっている。
また、完全失業者に占める非自発的な離職割合をみると、完全失業率と同じく1980年代後半~1990年代前半と2010年代後半に低下している。2000年代後半も低下しているが、水準は高いものにとどまっている。この期間は1990年代後半以降続いた雇用環境の悪化の直後であり、2008年にリーマンショックが起こると雇用指標は軒並み悪化し、2000年代後半の雇用情勢の改善は短期間だったことがうかがえた。
雇用人員判断D.I.は4期間ともマイナスだが2000年代後半は幅が縮小
企業の人手不足感については、日銀短観の雇用人員判断D.I.がマイナス、つまり人手が「不足」と感じている企業が「過剰」を上回っているのは1970年代前半、1980年代後半~1990年代前半、2000年代後半、2010年代以降の4期間となっている。ただし、2000年代後半は、他の3期間と比較するとD.I.のマイナス幅が小さくなっている。
これらの雇用関連指標の推移をふまえ、白書は、傾向の異なる2000年代後半を除き、高度経済成長期末期の1970年代前半、バブル経済期の1980年代後半~1990年代前半、そして2010年代以降の3期間の人手不足の特徴を分析した。
1970年代前半は経済成長が労働力需要を喚起、80年代後半以降はサービス産業化も影響
1970年代前半については、GDP成長率が1973年には前年比20%超に達し、有効求人数の前年比が約40%増加となったことも示しながら、「極めて高い経済成長率が労働力需要を短期間に強力に喚起し、求人の大幅増をもたらし、これが労働力需給の引き締まりにつながったものと考えられる」と整理した。
1980年代後半~1990年代前半については、第3次産業がGDPに占める割合が1990年に約62%に達するなど、経済のサービス産業化が進み、サービス産業は雇用吸収力が高いことから、「短期間で労働力需要が高まった」ことを指摘。また、フルタイム労働者のうち、週35~48時間の者の割合が上昇するなど、フルタイム労働者の労働時間の短縮が進んだことも労働供給減少に寄与したと分析した。
2010年代以降については、経済回復に伴う雇用情勢の改善による人手不足を指摘。加えて、雇用誘発効果の高い第3次産業のGDPの全体に占める割合が、2022年に約74%に達したように、サービス産業化の一層の進展も背景にあるとした。
労働時間が減少したために総労働時間ベースでの労働力供給量は減少
白書はまた、2023年と1990年の労働力供給量について、総労働時間(就業者数×労働時間)ベースで比較した。
2023年は、1990年よりも就業者数は増加したが、週当たり労働時間は減少したため、結果として、2023年の総労働時間は1990年より少ない水準となった。
欠員率(常用労働者に対する未充足求人数の割合)についても観察し、2010年代における欠員率は、90年前後のバブル期など過去よりは高くないものの、充足率(新規求人に占める就職件数の割合)は2010年代以降、長期にわたり低下傾向にあり、2023年は、特にフルタイム労働者では過去半世紀で最も低い水準となっている。
白書は「特に、フルタイム労働者は、企業の中核的人材であることが想定され、採用活動も長期化しやすい可能性があることから、企業は欠員率以上に人手不足を強く実感しているものと考えられる」との見方を示すとともに、「2010年代から現在まで続く人手不足は、『短期かつ流動的』であった過去の局面と比べて『長期かつ粘着的』であり、欠員率が示す程度以上に深刻となっている可能性がある」と指摘した。
さらに、今後進展が予想される高齢化と人手不足の関係について整理。今後も高齢化や人口減少が続くと見込まれることから、社会の活力を維持していくために、労働生産性や労働参加率の上昇に向けた取り組みを進めていくことが必要となるとした。
1-2 2010年代以降の人手不足の現状
労働力需給ギャップは2022年以降、再びマイナスに
次に白書は、2010年代以降現在までの人手不足の状況を詳細に分析。具体的には、労働力供給から労働力需要を差し引いたものを「労働力需給ギャップ」と定義し、2013年以降の人手不足の分野と程度を定量的に示した。
それによると、2019年までは労働力供給がほぼ横ばいで推移したが、労働力需要が増加した結果、労働力需給ギャップは2017~2019年においてマイナスに転じた。これは、すべての求職者が就職しても、すべての企業が必要とする労働力需要より不足することを意味している。その後、新型コロナウイルス感染症の流行の影響を受けて、2020~2021年はプラスとなったものの、2022年以降は労働力需要が回復し、労働力需給ギャップは再びマイナスに転じた。
どの産業も労働力需給ギャップはプラス幅が縮小かマイナス
さらに産業別の動きをみると、どの産業においても労働力需給ギャップはプラス幅が長期的に縮小傾向にあるか、あるいはマイナスとなっている。「製造業」「情報通信業」「運輸業、郵便業」では労働力需給がほぼ均衡しているものの、「卸売業、小売業」「宿泊業、飲食サービス業」「医療、福祉」はマイナス。特に「宿泊業、飲食サービス業」は2014年以降マイナスが続く。
また「製造業」「情報通信業」「医療、福祉」においては、生産性の向上を上回る形で労働力需要が増加しており、ICT技術の発展等に伴う専門・技術人材への需要や、少子高齢化に伴う医療・介護従事者への需要の高まりなどから、今後もこうした傾向が続くとの見方を示した。
職業別では、「サービス職業従事者」「販売従事者」といった対人サービスにかかる職業のほか、「専門的・技術的職業従事者」においても不足が生じている。
より大きい規模の企業への転職が進んでいる
人手不足と労働移動・賃金の関係も観察した。近年の100~999人の企業では、同一規模や1,000人以上の企業への転職率が2000年代と比べ上昇傾向にある。5~99人の企業では一貫して同規模の企業への転職率が高いものの、その割合は長期的に低下傾向にあり、1,000人以上の企業への転職率は上昇傾向にあることも確認できる。総じて、前職と同等か、より大きい規模の企業への転職が進んでいる。こうした動きについて白書は、「相対的に賃金などの労働条件が良く、福利厚生なども充実している大企業への労働移動が進んでいることがうかがえる」とした。
一方、産業では「製造業」「医療、福祉」、職業では「運搬・清掃・包装等従事者」「保安職業従事者」を除き、産業・職業をまたぐ転職は活発化していない。
マッチング効率性(求人と求職のマッチングのしやすさ)も全体的に低下。2010年代以降では、充足率が低下し続け、採用に結びつかない求人も多い。白書はそれをハローワークの求人・求職および就職のデータを用いて示すとともに、マッチング効率性の低下は有料職業紹介事業所でもみられることも指摘した。
日本は欠員率に対する賃金上昇率の感応度が高い
人手不足と賃金の関係について、日本・ドイツ・イギリス・アメリカの4カ国で比較した。それによると、アメリカと比較して他の3カ国は、欠員率の上昇に対する賃金上昇率の感応度が高い。同様に、アメリカと比較して他の3カ国は、生産性上昇率に対する賃金上昇率の感応度が低い。また、日本は欠員率と賃金上昇率の相関が強く、生産性上昇率と賃金上昇率の相関が低い。
これらの国際比較の結果をもとに白書は、「我が国では、欠員率に対する賃金上昇率の感応度が高いことから、欠員率の高まりに応じて、高い賃金上昇率が実現していく可能性があると考えられる」と指摘した。
2.人手不足への対応
2-1 誰もが活躍できる社会の実現
就業希望だが求職していない無業者が約460万人
人手不足の現状の確認と分析をふまえ、白書は人手不足に対応するため、まず、わが国全体での潜在的な労働力の現状を確認した。
総務省「2022年就業構造基本調査」をもとに、潜在的な労働力の状況を確認すると、就業希望はあるが求職していない無業者は約460万人で、うち女性は200万人近くになる。求職活動を行っていない理由をみると、「病気・けが・高齢のため」が高年齢層を中心に多く、男性では約60万人、女性では約70万人となっている。「出産・育児・介護・看護のため」は59歳以下の女性で約60万人。
また、これらに比べると数は少ないものの「仕事を探したが見つからなかった」「希望する仕事がありそうにない」「知識・能力に自信がない」とする人も男女・年齢階級別にそれぞれ数万人程度いることから、ハローワークでのマッチングにおける丁寧な相談支援、公的職業訓練などのリ・スキリングの支援を通じて、就業希望を求職活動につなげていくことが重要だとした。
正規・非正規雇用として働いており、労働時間を増やしたい人は約300万人で、現在の仕事を続けながら他の仕事もしたいと思っている追加就業希望者は約500万人にのぼる。一方、労働時間を減らしたい人が約750万人となっている。
正規雇用労働者について白書は、「引き続き、働き方改革や、仕事と家庭の両立支援などを着実に進める一方で、追加的な就業の希望には、副業・兼業への支援も含めて、心身ともに無理のない範囲で生き生きと働けるような環境づくりに取り組む必要があるだろう」とした。
非正規雇用労働者で労働時間の増加を希望する人については、いわゆる「年収の壁」を意識せずに働けるようにすることが、人手不足の緩和にも一定の効果があるとした。
女性の就業率は上昇傾向だがパートタイム比率も上昇
次に、近年、就業者の増加が著しい女性、高齢者、外国人について現状を分析しつつ、多様な人材の労働参加に向けた課題を示した。
女性の活躍推進の状況をみると、わが国の女性の就業率は上昇傾向にあるが、25~54歳女性のパートタイム比率も上昇しており、他の先進国と比較しても高い水準にある。女性の正規雇用比率は若い世代を中心に上昇しており、育児休業を利用した就業継続率とともに上昇している。非労働力・失業からの再就職等は非正規雇用が中心となっている。
新卒から同一企業に勤め続けている、いわゆる「生え抜き」とそれ以外の人を比較すると、特に40歳以降に賃金差がみられ始め、おおむね55~59歳で最大となっている。
こうした統計をふまえ、引き続き、育児休業制度等の充実により、希望すれば正規雇用としての就業を継続できる環境を整備するとともに、キャリアの一時的な中断が女性の職業人生の選択肢を狭めないよう、正規雇用として復帰できる環境整備やハローワークでのマッチング支援を充実していく必要があるとした。
さらに、マッチング機能を強化するため、労働市場の見える化を図るとともに、有期雇用労働者等の正社員転換を促すため、キャリアアップ助成金等を通じた支援も重要とした。
「就業率の崖」が60歳から65歳へシフト
高齢者の状況をみると、わが国の高齢者の就業率は国際的にみても高い水準で、OECD諸国のなかでは韓国・アイスランドに次いで3番目に高い。
高齢者の雇用確保措置等が進んだ2013年以降、高齢者の就業率は60~64歳、65~69歳で特に大きく上昇しており、これまで60歳時点で存在していた「就業率の崖」は65歳へシフトしている。雇用形態については、特に男性で60歳を境に非正規雇用比率が大きく高まる傾向にある。
高齢者は、体力や身体機能の個人差があることから、「働く高齢者の特性や業務の内容等の実情に応じた施設・装置の導入や作業内容の見直しなどの配慮により、全ての労働者が働きやすい職場環境づくりにも積極的に取り組むことも重要となる」としている。
外国人については、一定の専門性・技能を有する者を対象とし、介護・建設・宿泊・外食業などの特定の産業に限った在留資格「特定技能」による就労がベトナム人を中心に増加している。日本の賃金の伸び悩みによって、送り出し国との賃金差は縮小傾向にある。ハローワークの求人を分析した結果によると、外国人求職者の応募を増やす最も大きな要素は募集賃金だが、120日以上の休日日数も応募を増やす可能性があるという。
白書は、外国人にも、権利・人権の公正な保護やキャリアアップできる仕組みなど、「処遇が総合的に確保され、働きがいのある国となっていくことが必要」などとした。
2-2 介護分野における人手不足の状況と取り組みの効果
賃金水準の確保やICT機器等の導入なども重要
さらに、深刻な人手不足に直面する産業のうち、介護分野と小売・サービス分野について分析した。
介護労働安定センターの「介護労働実態調査」(2015~2022年)をもとにした分析によれば、介護分野では都市部や規模の大きい事業所で人手不足感が強い。入職率は低下傾向で推移しており、人手不足への対応として「まずは離職率を下げていくことが重要」と指摘した。
あわせて、人手不足の緩和に効果がある取り組みとして、介護事業所の平均的な水準以上の賃金水準の確保や、相談支援の整備、定期的な賞与の支給、ICT機器等の導入も重要とした。
2-3 小売・サービス分野における人手不足の状況と取り組みの効果
採用経路の多様化や休みやすい職場環境づくりを
小売・サービス分野については、労働政策研究・研修機構(JILPT)が実施した「人手不足とその対応に係る調査」(2024年)にもとづき、小売・サービス分野の人手不足の状況を確認した。
それによると、調査に回答した事業所の半数超が正社員、パート・アルバイトのいずれも「不足」としており「適正」とする事業所を上回った。
今後の人手不足の見通しを「構造的な不足(当面解消しない不足)」とみる事業所の割合は、パート・アルバイトが不足している事業所では5割程度にとどまるが、正社員が不足している事業所では7割近くに及ぶ。また従業員の不足度は、正社員、パート・アルバイトともにほとんどの事業所で「不足感なし」か「10%未満」だが、「10%以上」正社員が不足する企業も2割超存在している。
正社員の不足については、入職よりも離職によって差が生じやすいことや、労働者の定着度が高く離職が少ない事業所は欠員補充のための新たな募集の必要性もなく、人手不足となりにくいことを指摘した。
人手不足緩和に向けては、採用経路の多様化等の人材確保に努めるとともに、まずは着実な賃上げ、時間外労働の減少、有給休暇を取得できる職場環境づくりに取り組み、研修や労働環境の整備等を通じて、人材の定着を図ることが重要と提言した。
(調査部)