【賃上げの全体状況】
大手には及ばないが4.66%と1992年以来の高い賃上げ率を達成し、物価上昇分を上回る
 ――中小企業の賃上げに向けた環境整備と回答状況

春闘取材

今春闘では、中小企業がどれだけ賃上げを実現できるかも注目点の1つだった。昨年の春闘後、岸田首相は早くから、賃上げを中小企業にも広げる決意を表明。昨年11月には、中小企業の賃上げに向けた原資確保を支援するため、政府は発注者などの行動指針を明示した価格転嫁に関する指針も策定した。現在までの回答状況をみると、連合集計では中小組合(300人未満)も4.66%の賃上げ率を達成。大手の賃上げ率には及ばないものの、1992年以来の高い水準となっている。

昨年のメーデーで「賃上げのうねりを中小に広げる」と岸田首相

2023年4月に行われた連合系メーデーの中央大会で岸田首相が、賃上げのうねりを「地方へ、そして中小企業へ広げるべく、全力を尽くす」と述べたとおり、2024春闘に向けては、中小企業が賃上げできる環境整備にも力が注がれた。

政府は中小企業の賃上げを支援するため、2023年11月に「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(内閣官房と公正取引委員会の連名)を策定。「発注者」「受注者」「発注者・受注者の双方」に求められる12の行動指針を提示した。

指針は、発注者に対し、労務費の上昇分について取引価格への転嫁を受け入れる取り組み方針を具体的に経営トップまで上げて決定することなどを盛り込んだ。受注者に対しては、労務費上昇の理由の説明や根拠を発注者に示す場合に、公表資料を用いればよいことなどを明確にした(※指針の内容については本誌2024年1・2月号で詳報)。中小を多く抱える産業別労働組合のJAM(安河内賢弘会長)では一部の加盟組合が、要求書に指針のコピーを添付して、経営側に対して指針の内容を発注者に訴えることもあわせて求めた。

経済界は3団体が連名で取引適正化を要請

経団連、日本商工会議所、経済同友会の経済3団体は2024年1月17日、連名で「『構造的な賃上げによる経済好循環の実現』に向けて~価格転嫁など取引適正化の推進」と題する要請をとりまとめた。

要請は、①経営者自らが先頭に立った、取引適正化への取り組み強化②労務費を含む適切な価格転嫁の推進③サプライチェーン全体の成長に向けた取り組み――の3つを柱として立て、企業が「代表権のある者の名前」で「発注者」の立場で自社の取引方針を宣言(コミット)する「パートナーシップ構築宣言」の積極的な公表や、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」で示された行動指針の徹底などを呼びかけた。

政労使の意見交換でも労務費の価格転嫁を通じた賃上げ原資確保が話題に

2024年1月22日の政労使の意見交換では、岸田首相は「わが国全体で賃金を引き上げていくためには、全従業員数の7割が働く中小企業・小規模企業における賃金引き上げが不可欠」とし、「そのためには、労務費の価格転嫁を通じて、賃上げの原資を確保することが鍵になる」と発言。「労務費の価格転嫁対策に全力で取り組む」と強調するとともに、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」に盛り込んだ行動の徹底を産業界に強く要請すると述べた。

なお、こうした取引適正化についての意識が社会的に高まるなか、春闘の交渉期間中には、日産自動車が自社の原価低減を目的に下請代金の額を減じていたとして、3月7日に公正取引委員会から「下請代金支払遅延等防止法」違反の勧告を受けるという出来事もあった。なお、自動車総連によれば、日産労使は勧告を受けたことを受けて賃金交渉を一時中断し、グループも含めた価格転嫁に対する対応を話し合ったという。

連合集計では300人未満の定昇込み賃上げ額は1万1,889円

このような状況下での今春闘の中小の賃上げ回答が、どのような水準となっているのかを確認する。

連合が5月8日に発表した第5回回答集計結果(5月2日時点)から、定期昇給相当分込みの賃上げ額の加重平均を組合規模別にみると、「300人未満」が1万1,889円(率は4.66%)、「300人以上」が1万6,029円(同5.22%)で、300人未満の組合でも4%台後半を維持している。別記事「労働組合の回答集計でみる賃上げ額・賃上げ率の最新状況」(以下、別記事)で用いた図表2および図表3を再掲したとおり、「300人未満」の賃上げ率4.66%は、1992年(5.10%)以来の高い水準であり、4%以上も同年以来のことだ。

図表2:連合の春季生活闘争の賃上げ額・率の2014年からの推移(再掲)
〈平均賃金方式 定昇相当込み賃上げ〉

画像:図表2

注1:2014年~2023年は最終集計。

注2:2024年の日付は公表日。

(出所:連合公表資料)

図表3:連合の春季生活闘争における加盟組合の最終賃上げ率の推移(再掲)
画像:図表3
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注:数値はいずれの年も、上の四角囲みが全体賃上げ率で、下が中小賃上げ率。

(出所:連合公表資料)

また、「300人未満」の賃上げ率は通常、賃上げ環境が厳しい組合ほど交渉・解決時期が遅くなることから、集計時期が遅くなるにつれて低下していく傾向にあるが、図表2をみるとわかるように、今春闘では第5回集計で前回から微減とはなったものの、それまでは上昇を続けたのが大きな特徴と言える。

「300人未満」でもベアなどの「賃上げ分」は物価上昇を上回る

ベアや賃金改善などの「賃上げ分」が明確な組合での「賃上げ分」の加重平均を規模別にみると、「300人未満」が8,461円(3.22%)、「300人以上」が1万986円(3.61%)となっており、「300人未満」も率で3%以上を維持し、物価上昇を上回っている(別記事の図表4を再掲)。今春闘の第1回集計からの推移をみると、定期昇給相当分込みの賃上げ額・率と同様に、第4回集計までは、徐々に率が上昇した。

図表4:連合の春季生活闘争の賃金改善額・率の2014年からの推移(再掲)
〈平均賃金方式 賃金改善分が明確に分かる組合の集計(加重平均) 賃金改善分〉

画像:図表4
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注1:2014年~2023年は最終集計。

注2:斜線のセルは、連合公表資料に該当の数値がないため記載できず。

(出所:連合公表資料)

金属労協の回答集計(4月22日現在)における賃金改善の回答額を規模別にみると、「1,000人以上」が1万2,318円、「300~999人」が1万1,015円、「299人以下」が8,119円となっている。「1,000人以上」と「299人以下」との間で4,000円程度の差はついたものの、「299人以下」でも前年比3,169円増と前年の水準を大きく上回った。

連合の芳野会長は4月18日の会見で、中小組合の賃上げ回答状況について「集計を重ねるたびに賃上げ率が上昇していることを、大変心強く感じている」とコメント。連合で春季生活闘争を担当する仁平章・総合政策推進局長も「中小が頑張っていることが、数字でも表れている」と総括した。

金属中小、JAMの300人未満の組合の賃上げ額は定昇込みで1万881円

金属労協の構成産別組合で、中小を多く抱えるJAMの集計結果(5月14日公表)をみると、平均賃上げでの300人未満の組合の妥結額(賃金構造維持分込み、単純平均)は1万881円(4.22%)で、全体平均の1万1,782円(4.41%)を約900円下回ったものの、1万円超の水準は確保している。同一単組で前年と比較すると、2,411円増(0.80ポイント)となっている。

賃金構造維持分を明示している組合でみた、300人未満の組合の賃金改善分の回答額の単純平均は7,390円で、全体平均の8,071円を681円下回った。ただ、賃金改善分の額の分布をみると、300人未満の607組合のうち、「1万7,000円以上」を獲得した組合が16組合、「1万5,000円~1万7,000円未満」を獲得した組合が13組合、「1万3,000円~1万5,000円未満」を獲得した組合が24組合、「1万1,000円~1万3,000円未満」を獲得した組合が56組合あった。なお、JAMの今春闘方針での賃金改善分の要求基準は1万2,000円以上。

JAMの安河内賢弘会長は4月2日の会見で、同時点までの中小の回答状況について「力強い回答が引き出されている」とコメントした。ただ、その一方で、大手がより高い賃金改善を獲得し、大手と中小の格差は開いたことから、「価格転嫁の取り組みの裾野は広がったが、中小の賃上げ額そのものは十分とは言えず、道半ばだ」と冷静に評価した。

UAゼンセンの中小の賃上げ額は、金属中小を上回る水準

サービス業の中小の状況はどうだろうか。連合に加盟する最大規模の産別組合であり、流通業界やサービス業なども組織するUAゼンセン(松浦昭彦会長)の最新の妥結状況(4月末時点)をみると、制度昇給とベアなどを合わせた「総合計」の賃上げ妥結額(加重平均)は、「300人未満」が1万2,957円(4.78%)で、「300人以上」が1万6,131円(5.37%)。

「300人未満」の賃上げ額は、金属労協やJAMの同規模の賃上げ額より高くなっており、賃上げ率でみても、JAMの4.22%より高くなっている(なお、単純平均の数字どうしで比較してもUAゼンセンが高い)。

賃金体系維持分が明確な組合で、ベアなどの「賃金引上げ分」の妥結額(加重平均)をみると、「300人未満」が9,036円、「300人以上」が1万1,330円。率にすると「300人未満」が3.11%、「300人以上」が3.65%となっており、「300人未満」の組合でも物価上昇を上回る水準を確保している。

流通部門や総合サービス部門の組合の交渉では、「店舗運営上の相当な人手不足感が大きな課題として労使で認識され」(波岸孝典・流通部門事務局長)、総合サービス部門の原田光康事務局長によれば、フードサービス部会所属組合の平均賃上げ率(総合計)は6%を上回ったという。

これからは生産性向上もテーマに(松浦会長)

3月いっぱいまでの交渉を終えた時点での感想を述べたUAゼンセンの松浦会長は、「昨年を上回り、そして物価上昇を超える賃上げを中小まで行き渡らせることが大きなテーマだと言ってきたが、3月末までの中小の交渉状況からすると、それが実現できると認識をしている」と話すとともに、大手の賃上げ水準を逆転するところまでは及んでいないことから、「中小も賃上げを十分にできる、原資を獲得できるようにすることのほか、生産性向上といったこともこれからのテーマになる」などと語った。

(荒川創太)