【賃上げの全体状況】
賃上げ率が1991年以来、33年ぶりとなる5%台に到達の見通しも
――労働組合の回答集計でみる賃上げ額・賃上げ率の最新状況
春闘取材
今春闘での賃上げ率は目下のところ5.17%と、30年ぶりの高水準となった昨年(3.58%、連合の最終集計)を大幅に上回っており、5%超を維持している。最終集計までこのまま5%台を維持すれば、1991年以来、33年ぶりのこととなる。ベアや賃金改善分だけみた賃上げ率も、5月に入っても3%台半ばで推移し、物価上昇分を上回る水準にある。現時点での賃上げの全体の状況を眺める。
<2024春闘を取り巻く情勢と政労使の動き>
賃上げ回答の最新状況をみる前に、今春闘をとりまく情勢について、簡単に振り返ってみたい。
物価上昇は継続するも、国内経済と企業業績はコロナ禍前の水準に
経済動向は、コロナ禍の影響をようやく乗り越え、改善の局面となった。世界経済は、ロシアのウクライナ侵攻や中東地域の地政学リスク、エネルギー・原材料価格の高騰などで先行き不透明感があるものの、日本経済は、実質GDP(国内総生産)がコロナ禍前(2019年平均)の水準を超えた。
物価の動向については、国内企業物価(日銀)は2023年春までは前年同月比で5%を超える上昇が続いていたが、11月には同プラス0.5%に落ち着いた。一方、消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、総務省統計局)は、2023年8月まで前年同月比で3%超のプラスで推移。ただ、その後はほぼ2%台後半で推移した。
企業業績の動向は、産業によってばらつきはあったものの、日銀短観の2023年度の経常利益は80兆円を超えて過去最高の水準となった。
ほぼ1年間、構造的賃上げの必要性を訴えた岸田首相
こうしたなか、春闘のアクターである労使、そして政府の交渉までの動向を振り返ると、この1年ずっと、政労使をあげて賃上げの必要性を社会に訴えるという構図となった。
政府の動きからみていくと、2023年4月29日に行われた連合系メーデーの中央大会に岸田文雄首相が政府代表として出席。岸田首相は、30年ぶりとなった賃上げ水準を受け、「力強いうねりが生まれている。このうねりを地方へ、そして中小企業へ広げるべく、全力を尽くす」などとあいさつした。
政府が6月にとりまとめた「経済財政運営と改革の基本方針2023」(2023骨太方針)にも、賃上げ実現が強いトーンで盛り込まれ、方針は「『成長と分配の好循環』と『賃金と物価の好循環』の実現の鍵を握るのが賃上げ」だと強調。人への投資の強化と、労働市場改革を進めることで、「物価高に打ち勝つ持続的で構造的な賃上げを実現する」とうたった。
物価上昇を超える賃上げの必要性も強調
10月23日の第212回国会所信表明演説で岸田首相は「30年ぶりに新たな経済ステージに移行できる大きなチャンスが巡ってきた」と強調する一方、「新しい経済ステージに向けた確かな息吹が生まれてはいるものの、国民の消費や投資動向は力強さに欠ける状況にある。外生的な物価上昇が急激に生じたため、足元の賃上げが物価上昇に追い付いていない」とも指摘し、物価上昇を超える賃上げの必要性に言及した。
2024年1月30日の第213回国会での施政方針演説でも「本丸は、物価高を上回る所得の実現だ」と強調。「あらゆる手を尽くし、今年、物価高を上回る所得を実現する、実現しなければならない」と訴えた。
政労使の意見交換は11月以降では3回開催
政府、経団連、連合による政労使の意見交換も、今年は早くから設定されることになった。また、2023年3月の集中回答日の会合以降、11月15日、2024年1月22日、そして集中回答日の2024年3月13日と、計3回行われた。
11月の会合では、岸田首相が「デフレ完全脱却の千載一遇のチャンスが巡ってきている」「このチャンスをつかみ取り、デフレ完全脱却を実現する。そのために、経済界においては、足元の物価動向を踏まえ、来年の春闘に向け、今年を上回る水準の賃上げの御協力をお願いする」と経団連に要請。1月の会合でも岸田首相は、経済界に対して、物価動向を重視した「昨年を上回る水準の賃上げ」を呼びかけた。
連合は賃上げ分「3%程度」から「3%以上」に方針を強める
連合は、12月1日に開いた中央委員会で、賃上げの要求指標について「賃上げ分3%以上、定昇相当分(賃金カーブ維持相当分)を含め5%以上の賃上げを目安とする」とする2024春季生活闘争方針を決定した。2023年方針は「賃上げ分を3%程度、定昇相当分(賃金カーブ維持相当分)を含む賃上げを5%程度とする」としており、「程度」から「以上」に文言修正することで、要求目標を引き上げた。芳野友子会長は「今度は、『賃金が上がった』というステージにとどまるのではなく、経済の成長とともに、『賃金は上がり続ける』ということを根付かせ、次のステージへと転換する社会経済をつくらなければならない」と中央委員会であいさつした。
経団連も2023年以上の水準を設定した連合の要求目標に理解
経団連も、連合が方針を決定する前の空中戦の段階から、賃上げへの前向きな姿勢を見せた。十倉雅和会長は、10月25日の定例記者会見で「経団連は今年、賃金引き上げのモメンタムの維持・強化、物価に負けない賃金引き上げの継続的な実現を目指し、かつてない熱量で賃金引き上げを呼びかけた」と2023春闘を振り返りながら、「来年は今年以上の熱量をもって働きかけたい」と、2023年に勝る積極的な姿勢を披露。
12月の定例会見では、連合の2024方針について「昨今の物価上昇を踏まえれば、連合が『5%以上』という今年以上の高い目標を掲げたことは、労働運動として理解できる」と言及した。
経団連の春闘に向かうスタンスは毎年、1月に公表する「経営労働政策特別委員会報告」で明確となる。2024年1月に公表された同報告は、十倉会長の序文で「2023年は『構造的な賃金引上げ』の実現に向けた起点・転換の年となった。しかし、これに満足することなく、今年の春季労使交渉にあたっては、昨年以上の熱量と決意をもって物価上昇に負けない賃金引上げを目指すことが経団連・企業の社会的責務と考えている」と記述。
そのうえで、「各企業においては、『賃金決定の大原則』に則った検討の際、特に物価動向を重視し、ベースアップを念頭に置きながら、自社に適した方法でできる限りの賃金引上げの検討・実施を強くお願いしたい」と呼びかけた。
「労使は同じベクトル」と経団連の十倉会長
こうした内容に、連合は経労委報告についての見解で、2024春季生活闘争の歴史的な意味に関する認識が労使で「基本的に共通している」と評価した。
経団連の十倉会長は2月1日に開催された連合と経団連の春季労使交渉をめぐる懇談会のまとめのあいさつで「労使は同じベクトルに向かって進んでいる」とし、「2%程度のモデレートな物価上昇を前提として、ベースアップと生産性向上で物価を上回る賃金引き上げを目指すべき」などと述べた。
<賃上げ要求の状況>
こうした社会をあげての賃上げムードは、組合側の要求状況にすぐにあらわれることとなった。連合が3月7日に要求集計結果(3月4日時点)を発表すると、要求水準は昨年を大幅に上回ったことが判明した。
要求での定昇込みの賃上げ率は5.85%で30年ぶりに5%を超える
集計結果(3,102組合、組合員240万5,789人について集計)では、平均賃金方式での定期昇給相当分込み賃上げ要求額(加重平均)が、昨年同時期を4,268円上回る1万7,606円となり、1万円台後半に及ぶ水準となった。率では、昨年同期を1.36ポイント上回る5.85%となり、6%には届かなかったものの、1994年の闘争(5.40%、最終結果)以来、30年ぶりの5%超えとなった。
組合規模別にみると、「300人未満」が1万5,459円(5.97%)、「300人以上」が1万7,836円(5.84%)となり、率では、格差改善の意識や人手不足感が強い「300人未満」の組合が「300人以上」の組合を上回った。
「賃上げ分」でみても要求での賃上げ率は300人未満のほうが高い
ベアや賃金改善などの「賃上げ分」が明確にわかる組合でみた「賃上げ分」の要求額(加重平均、2,479組合・196万6,239人)は、昨年同時期を4,460円上回り、1万2,892円と1万円台に乗った。率では、昨年同時期を1.47ポイント上回る4.30%となり、要求段階から、十分に物価上昇を超える水準となった。
規模別にみると、「300人未満」が1万1,455円(4.38%)、「300人以上」が1万3,040円(4.30%)となり、「賃上げ分」でも、率については「300人未満」の組合のほうが高くなった。
時給引き上げ要求額は昨年同時期を9円以上上回る
パートタイム労働者や契約社員などの「有期・短時間・契約等労働者」の賃上げ要求額も、昨年同時期を大幅に上回った。
時給の引き上げ要求額(加重平均、216組合・72万1,613人)は昨年同時期を9.25円上回る75.39円となり、月給引き上げ額の加重平均(122組合・2万4,397人)は昨年同時期を3,255円上回る1万4,780円となった。
賃上げの相場形成で大きな役割を果たす、自動車総連、電機連合、JAM、基幹労連、全電線の5つの金属産別でつくる金属労協(JCM、組合員200万7,000人)の最新の要求状況(4月22日現在)でも、要求額の平均は昨年を大幅に上回った。ベアや賃金改善などの「賃上げ」を要求した2,322組合の「賃上げ」要求額の単純平均は1万1,983円で、昨年同時期の7,799円よりも4,184円高くなった。規模別にみると、「299人以下」が前年同月比3,738円増の1万1,430円、「300~999人」が同4,955円増の1万2,985円、「1,000人以上」が同5,398円増の1万3,378円で、「1,000人以上」では前年要求実績を5,000円以上、上回った。
<賃上げ回答の状況>
では、最新の回答状況をみていくことにする。
妥結した組合の62%が賃金改善を獲得
連合が5月2日時点の状況をまとめた第5回回答集計結果(5月8日発表)によると、ベアや賃金改善など月例賃金の改善を要求した4,940組合のうち、3,733組合が妥結している。そのうち、2,323組合が賃金改善を獲得しており、これは、妥結した組合の62.2%にあたる(図表1)。また、今年の各回の結果をみると、賃金改善獲得割合が当初から60%台を維持している。
図表1:連合の2024春季生活闘争での加盟組合の要求提出状況
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注1:2014年、2015年は、公表資料のなかで集計組合の数以外、同種の数値がないため、表から省略した。
注2:2024年第1回の公表資料には同種の数値の記載がないため、斜線を引いた。
注3:要求提出組合(月例賃金改善限定)の提出率は、集計組合に対する要求提出組合(月例賃金改善限定)の割合。
注4:賃金改善分獲得率は、妥結済組合(月例賃金改善限定)に対する賃金改善分獲得の割合。
(出所:連合公表資料)
賃金改善分を獲得した組合の割合を過去と比べると、昨年の最終結果(53.2%)をほぼ10ポイント上回るレベルにあり、賃上げの裾野は昨年よりもさらに広がったとの見方ができる。
定期昇給相当分込みの賃上げ額は1万5,000円を超える
回答額・率の水準はどうか。平均賃金方式での定期昇給相当分込みの賃上げ額の加重平均は、昨年の最終結果である1万560円を5,000円程度上回り、1万5,616円となっている(図表2)。
図表2:連合の春季生活闘争の賃上げ額・率の2014年からの推移
〈平均賃金方式 定昇相当込み賃上げ〉
注1:2014年~2023年は最終集計。
注2:2024年の日付は公表日。
(出所:連合公表資料)
賃上げ率は、昨年の最終結果(3.58%)を1.59ポイント上回る5.17%となり、5%台に乗せた。最終集計までこのまま賃上げ率5%超を維持すると、5.66%を記録した1991年以来、33年ぶりのことになる(図表3)。
図表3:連合の春季生活闘争における加盟組合の最終賃上げ率の推移
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注:数値はいずれの年も、上の四角囲みが全体賃上げ率で、下が中小賃上げ率。
(出所:連合公表資料)
中小組合の状況は別記事で詳述するが、定期昇給相当分込みの賃上げ額の加重平均は300人未満の組合でも4%台後半を維持しており、300人未満が現在のレベルの率を維持できれば、1992年の5.10%以来の高い賃上げ率を達成することになる。
「賃上げ分」の回答は物価上昇分を超える水準
ベアや賃金改善だけの賃上げ水準の相場感を把握するために、ベアや賃金改善などの「賃上げ分」が明確な組合(2,860組合)での「賃上げ分」の加重平均をみると、1万778円(率にすると3.57%)となっており、昨年の最終結果(5,983円、2.12%)を大きく上回るとともに、物価上昇分を超える賃上げを維持できている(図表4)。連合によると、「賃上げ分」の賃上げ率が4月末時点で3%を上回ったのは、「賃上げ分」の集計を開始した2015闘争以降で初めてのことだ。
図表4:連合の春季生活闘争の賃金改善額・率の2014年からの推移
〈平均賃金方式 賃金改善分が明確にわかる組合の集計(加重平均) 賃金改善分〉
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注1:2014年~2023年は最終集計。
注2:斜線のセルは、連合公表資料に該当の数値がないため記載できず。
(出所:連合公表資料)
金属労協の賃上げ額も昨年を大きく上回る
金属労協の直近の回答集計(4月22日現在)についても確認すると、賃金改善の回答額は9,415円(1,672組合の単純平均)で、昨年の最終結果(5,391円)を大きく上回るとともに、2014年以降で飛び抜けて高い水準であることがわかる(図表5)。
図表5:金属労協・2014年以降の賃金改善分の獲得額(単純平均)の推移(単位:円)
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注:2024年は4月24日公表の集計。その他の年は最終集計。
(出所:金属労協公表資料)
金属労協の大手での賃金改善獲得率は96%超
賃金改善を獲得した組合の回答・集約組合に占める割合も86.2%に達しており、「300人~999人」では95.2%、「1,000人以上」では96.6%と、300人以上になるとほとんどの組合が獲得していることがわかる(図表6)。「299人以下」の中小組合でも8割以上に達している。
図表6:金属労協加盟組合での賃金改善分を獲得した組合の割合(対回答・集約組合比)(単位:円)
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注:2024年は4月24日集計。その他の年は最終集計。
(出所:金属労協公表資料)
パート時給の賃上げ率は6%台に乗せる
有期・短時間・契約等労働者の賃上げについては(同じく連合の第5回回答集計結果から)、時給の賃上げ額の加重平均が65.72円(率にすると6.02%)で、昨年同時期を9.24円上回るとともに、昨年の最終結果(52.78円)をほぼ13円上回っている。月給は、昨年同時期を4,034円上回る1万2,883円(同5.76%)。賃上げ率を一般組合員と比べると、時給も月給も一般組合員より高い(図表7)。「有期・短時間・契約労働者」の時給・月給についても、例年とは大きさのレベルが異なる賃上げ額・率となっている。
図表7:連合の春季生活闘争における有期・短時間・契約労働者の時給等引き上げの2014年からの推移(加重平均)
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注1:2024年第2回集計では、時給と月給の集計は行われていない。
注2:最低賃金全国加重平均額のカッコ内の数値は前年比(%)。
(出所:連合公表資料、厚生労働省公表資料)
<ここまでの賃上げ結果に対する労使、政府の評価と反応>
「ステージ転換に向けた大きな一歩」(連合の芳野会長)
こうした回答状況に対する政労使の評価や反応についてみていくと、連合の芳野会長は3月14日、中央闘争委員長としてのヤマ場の回答引き出し状況に対するコメントで、「労使が、デフレマインドを完全に払しょくし、新たな経済社会へ移行する正念場であるとの共通認識のもと、物価高による組合員の家計への影響、人手不足による現場の負担増などを踏まえ、産業・企業、さらには日本経済の成長につながる『人への投資』の重要性について、中長期的視点を持って粘り強く真摯に交渉した結果と言える」とし、「有期・短時間・契約等労働者の賃上げ結果も、格差是正に向けて前進できる内容と受け止める」とした。
また、4月18日の会見では「ヤマ場から1カ月が経過したが、高い賃上げ率を維持しており、ステージ転換に向けた大きな一歩と受け止めている」と話した。
連合は5月31日に確認する2024春季生活闘争中間まとめで、「ステージ転換に向けた大きな一歩として受け止める」と評価することにしている。
「嬉しく思うとともに、安堵感を覚えている」(経団連の十倉会長)
経団連の十倉会長は、3月の集中回答日の回答結果について「製造業を中心に多くの大手企業で、1万円以上のベースアップや5%超の賃金引き上げなど、昨年を大きく上回る水準の回答が出されたことを嬉しく思うとともに、安堵感を覚えている。今年は、賃金引き上げの必要性を労使ともに強く認識し同じベクトルを向いて取り組んでいる。労働組合の要求通りの満額回答やそれを超える水準で早期に回答・妥結する企業がみられるなど、企業労使が真摯な議論を重ねた結果が表れていると感じている」とコメントした。
「昨年を上回る力強い賃上げの流れができていることを心強く思う」(岸田首相)
岸田首相は、大手組合の回答が出揃った3月の集中回答日に行われた政労使の意見交換で「昨年を上回る力強い賃上げの流れができていることを心強く思う。30年続いたコストカット型経済からいよいよ次のステージに移行していくために、良い動きを確認できた」と、感想を述べた。
4月27日に開かれた連合系メーデーの中央大会では、岸田首相は「今年、物価上昇を上回る所得を必ず実現する、そして、来年以降に、物価上昇を上回る賃上げを必ず定着させる。この2つを必ず果たすため全力を挙げる」と述べるとともに、「今年の春季労使交渉において、昨年を大きく上回る力強い賃上げの流れができていること、大変心強く思う。連合の皆さんの御努力に心から敬意を表し申し上げる」と感謝した。
(荒川創太)