デフレ完全脱却に向け、中小企業が持続的に賃上げできる環境整備など盛り込む
 ――政府が「総合経済対策」を閣議決定

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政府は11月2日、「デフレ完全脱却のための総合経済対策~日本経済の新たなステージにむけて」を閣議決定した。足元では賃金や設備投資が上昇し、賃金と物価が好循環する「新たなステージ」への光が差しつつあるとして、「このチャンスを活かし、物価上昇を乗り越える構造的な賃上げと脱炭素やデジタルなど攻めの投資の拡大によって消費と投資の力強い循環につなげる」と強調。労働分野では、中堅・中小企業が持続的に賃上げできる環境の整備に向けて、賃上げ促進税制での赤字法人への繰越控除制度の創設などを盛り込んだほか、「年収の壁」対策、人手不足への対応なども掲げた。財源として2023年度の補正予算案に13兆1,000億円を計上し、臨時国会での成立を目指す。税制措置は2023年末の税制改正で検討し、結論を得たうえで次期通常国会に法案を提出する。

縮小均衡のコストカット型経済の悪循環の一掃が必要

岸田文雄首相は閣議後の会見で、「バブル崩壊後の30年間、わが国はデフレに悩まされてきた。日本企業、特に大企業は、短期的な業績改善を優先して値下げをし、そして利益を確保するためにコストカットを進めてきた。あえて単純化すれば、賃金・投資を抑え、下請企業に負担を寄せてきた。総理に就任した際、私が『新しい資本主義』を掲げたのは、この縮小均衡のコストカット型経済の悪循環を一掃しなければ、日本経済が再び成長することはできないと考えたからだ」と述べた。

この2年間で、30年ぶりとなる春闘における大幅な水準の賃上げや、過去最大の民間投資、30年ぶりの株価水準、50兆円のデフレギャップ解消などが実現したものの、経済政策の進捗について「まだまだ道半ばだ」と発言。「賃金が上がり、家計の購買力が上がることで消費が増え、その結果、物の値段が適度に上がる、それが企業の売上げ、業績につながり、新たな投資を呼び込み、企業が次の成長段階に入る。その結果、また賃金が上がる。そうした好循環はまだ完成していない」とし、「鍵を握るのは、賃上げと投資だ」と強調した。

最大の課題は賃上げが物価に追いついていないこと

岸田首相は、足元における最大の課題として「賃上げが物価上昇に追いついていないことだ」と指摘。その背景として「余裕のある一部の大企業は賃上げができても、多くの中小・零細企業では、まだまだ賃上げをする余裕がないという事情がある」との点をあげ、「デフレから完全に脱却し、賃上げや投資が伸びる、拡大好循環を実現するためには一定の経過期間が必要だ」と述べた。

そのため、今回の総合経済対策では2段階の施策を用意したと岸田首相は説明。「第1段階の施策は、年内から年明けに取り組む緊急的な生活支援対策だ」とし、「第2段階の施策は、来春から来夏にかけて取り組む、本格的な所得向上対策だ」と説明した。特に第2段階の施策については、「まず、来年の春闘に向けて、経済界に対して、私が先頭に立って、今年を上回る水準の賃上げを働きかける」と強調。また、労働者の7割は中小企業で働いていることから、「賃上げ税制を拡充するとともに、価格転嫁対策の強化など取引適正化をより一層進めるなどにより、中小企業の賃上げを全力で応援する」と意気込みを語った。

いまが30年ぶりの変革を果たす、またとないチャンス

総合経済対策は、経済の現状認識について、「30年ぶりとなる高水準の賃上げや企業の高い投資意欲など、経済の先行きに前向きな動きがみられ、税収も増加している」としつつも、その一方で「輸入物価の上昇に端を発する物価高の継続は、国民生活を圧迫し、回復に伴う生活実感の改善を妨げている」ことから、「今こそ、成長の成果を国民に適切に『還元』するべき時である」と主張。さらに、「低物価・低賃金・低成長に象徴される『コストカット型経済』から30年ぶりの変革を果たすまたとないチャンスを迎えている」との認識を示した。

足元の状況については、「設備投資に続き、物価や賃金が上昇し、賃金と物価が好循環する『新たなステージ』への光が差しつつある」としたうえで、「このチャンスを活かし、物価上昇を乗り越える構造的な賃上げと脱炭素やデジタルなど攻めの投資の拡大によって消費と投資の力強い循環につなげていく」とした。

あわせて、「適切な価格転嫁を進め、賃上げの流れを地方・中堅・中小企業にも波及させ、賃上げのモメンタムの維持・拡大を図る」ことや、「収益を継続的に生み出し、成長と分配が持続的に回っていく、物価上昇を十分に超える持続的な賃上げが行われる経済の実現を目指す」ことも明記した。

考え方の5本柱は「物価高から国民生活を守る」など

基本的考え方としては、①物価高から国民生活を守る②地方・中堅・中小企業を含めた持続的賃上げ、所得向上と地方の成長を実現する③成長力の強化・高度化に資する国内投資を促進する④人口減少を乗り越え、変化を力にする社会変革を起動・推進する⑤国土強靭化、防災・減災など国民の安全・安心を確保する――の5本柱を掲げた。そのうえで、「予算、税制、制度・規制改革など、あらゆる政策手段を総動員する」とした。

総合経済対策は、この5本柱に沿ったとりまとめにあたっては、明るい将来に向けた国民へのメッセージ性や施策間の相乗効果を高める観点から、①フロンティアの開拓=経済社会を大きく変革する可能性のある新技術、市場の飛躍的な成長が期待される分野など、いわゆるフロンティアの開拓を目指すこと②実証から実装のフェーズへの移行=人口減少下における人手の代替だけでなく、革新的なサービスの提供にもつながるデジタル技術等の社会実装の促進を目指すこと③府省庁・制度間連携の徹底=各府省庁が所管・実施する財政措置、制度等について、それぞれの有機的な連携を図り、経済対策全体の効果の最大化を目指すこと――の3点を重視したと説明した。

扶養家族1人あたり4万円の減税を打ち出す

具体的な施策をみていくと、賃金上昇が物価高に追いついていない国民の負担を緩和するとともに、デフレ脱却のための一時的な措置として、2024年分所得税と2024年度分個人住民税の減税を実施することを盛り込んだ。

納税者および配偶者を含めた扶養家族1人につき、所得税3万円、個人住民税1万円の計4万円の減税を行う。さらに、減税の実効性を高めるため、2024年分の所得税額を所得税減税額が上回る場合は、2025年度分の個人住民税で、残りの額を控除できる仕組みを設けるとしている。

スケジュールは、源泉徴収義務者の事務負担にも配慮し、2024年6月から減税をスタートできるように2024年度税制改正のなかで検討し、結論を得るとした。なお、この減税によって生じる2024年度・2025年度の個人住民税の減収額は、全額国費で補填するとしている。

賃上げ促進税制で赤字法人への繰越控除制度を創設

中堅・中小企業の賃上げ対策では、賃上げの環境を整備するために、税制上の優遇措置や価格転嫁対策を掲げた。

現状の中小企業向けの「賃上げ促進税制」では、給与等支給額が前年度と比べて1.5%以上増加した場合、増加額の15%を法人税(個人事業主は所得税)から税額控除できる。給与等支給額が2.5%以上増加した場合は、さらに15%が上乗せされて、増加額の30%を税額控除できる。さらに、教育訓練費が前年度から10%以上増額した場合は税額控除率が10%上乗せできるため、最大で40%の税額控除となる。

これについて総合経済対策は、「物価高に負けない賃上げを実現できるよう強化する」とし、赤字法人においても賃上げを促進するための繰越控除制度を創設するとともに、措置の期限のあり方などを検討するとした。

労務費の適切な転嫁のために価格交渉の指針を年内に策定

また、中小企業・小規模事業者の賃上げの原資を確保するため、原材料費・エネルギーコストの価格転嫁対策を推進するほか、内閣官房と公正取引委員会で、労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針を年内に策定する。その指針では、発注者側は転嫁に関する取り組み方針を経営トップの関与の下に決定・運用するとともに、受注者側との定期的な協議の場を設けることや、受注者側がその協議のために準備する根拠資料が負担とならないよう、賃上げに関する公表資料を用いることを盛り込む。

最低賃金額については、2023年の改定でこれまで目標としていた全国加重平均1,000円を超えた。今後は、公労使三者で構成する最低賃金審議会で毎年の最低賃金額についてしっかりと議論を行い、その積み重ねによって2030年代半ばまでに全国加重平均が1,500円となることを目指すとした。また、今後とも地域間格差の是正を図ることのほか、最低賃金の継続的な引き上げに対応して事業再構築や業務改善などの支援措置を充実することも盛り込んだ。

はん用製品も活用し省人化・省力化投資を支援

人手不足対応や生産性向上のための財政措置も掲げている。

人手不足に悩む中小企業・小規模事業者に対しては、省人化・省力化投資について、はん用製品の導入で簡易かつ即効性がある支援措置を新たに実施するとともに、事業の実情に合わせた生産プロセスの効率化・高度化を支援するとしている。さらに、地方においても賃上げが可能となるよう、中堅・中小企業が工場などの拠点を新設する場合や大規模な設備投資を行う場合について、支援措置を新たに実施するとしている。

社会生活を支える職種で人手不足が深刻化している分野では、ハローワークの体制を拡充することで、地方公共団体と連携した地域全体の人材確保の取り組みを支援するとした。

医療・介護・障害福祉分野については、2024年度の医療・介護・障害福祉サービス等報酬の同時改定での対応を見据えつつ、喫緊の課題に対応するため、人材確保に向けて賃上げに必要な財政措置を早急に講ずるとしている。

そのほか、労働基準法第36条が規定する時間外労働にかかる労使協定(いわゆる36協定)の内容が事業場ごとに異なる場合に、管轄するそれぞれの労働基準監督署への届出が必要であったものを、本社が電子申請により一括して届け出ることを可能とする措置を速やかに講ずることも盛り込んでいる。

106万円、130万円の「年収の壁」対策を着実に実行

非正規雇用労働者の所得向上のために、いわゆる「年収の壁」への対応や、事業主を通じたキャリアアップ支援策を盛り込んだ。

「年収の壁」については、2023年9月に全世代型社会保障構築本部が決定し、すでに10月から実施されている「年収の壁・支援強化パッケージ」を着実に実行するとした。具体的には、従業員101人以上の企業で厚生年金保険や健康保険の支払いが発生する「106万円の壁」に対しては、新たに創設したキャリアアップ助成金のコースにより、事業主に対して、労働者一人あたり最大50万円の支援等を申請人数の上限なく行う。

従業員100人以下の企業で国民年金や国民健康保険の支払いが発生する「130万円の壁」に対しては、保険者が扶養認定を行うに際して、収入の増加が一時的な収入変動であることを被扶養者の就労先が証明することにより、扶養に入っていることの迅速な判断を可能とする。

そのほか、企業の配偶者手当の見直しを促進するため、見直しの手順のフローチャートを示す資料を周知するとともに、「年収の壁・支援強化パッケージ」にワンストップで対応できる相談体制を確保する。

正規雇用化を目指す非正規雇用労働者への支援としては、非正規雇用の労働者の正社員化や処遇改善の取り組みを実施した事業主を支援するキャリアアップ助成金の支給額を増額するほか、対象となる有期雇用労働者の雇用期間の制限緩和や、正社員転換制度の導入にかかる加算措置の新設、多様な正社員制度導入にかかる加算措置の拡充を行う。また、在職中の非正規雇用労働者のリ・スキリング支援を創設するとした。

三位一体の労働市場改革を早期に推進

今年6月に閣議決定した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」に基づき、①リ・スキリングによる能力向上支援②個々の企業の実態に応じた職務給の導入③成長分野への労働移動の円滑化――の「三位一体の労働市場改革」について、早期かつ着実に実施するとした。

リ・スキリングについては、「雇用慣行の実態が変わりつつある中で、働く個人にとってのセーフティネットを確保しつつ、構造的賃上げを実現するために不可欠な要素」としたうえで、対象者の利便性を高める観点から、順次、手続きのDX化を進めるとした。

国による在職者への学び直し支援策については、5年以内を目途に、過半が個人経由での給付が可能となるようにする。教育訓練給付に関しては、高い賃金を獲得できる分野、高いエンプロイアビリティの向上が期待される分野について、補助率や補助上限を拡充することについて今年末までに結論を得る。また、企業および高等教育機関による共同講座の設置等を支援する。

職務給制度の事例を年内か年度内にとりまとめ

個々の企業の実態に応じた職務給の導入については、ジョブの整理・括り方、人材の配置・育成・評価方法、ポスティング制度、リ・スキリングの方法、従業員のパフォーマンス改善計画(PIP: Performance Improvement Plan)、賃金制度、労働条件変更と現行法制・判例との関係、休暇制度等について事例を整理し、2023年内または2023年度内にとりまとめるとしている。その際は、企業の実態に合った改革が行えるよう、自由度を持ったものとするとともに、中小・小規模企業等の導入事例も紹介する。

成長分野への労働移動の円滑化については、職種別・エリア別での賃金相場の前年との比較や官民の求職・求人情報の共有化を2023年度内に実施。あわせて、処遇の良い職に助言できるよう、キャリアコンサルタント等へ情報提供を行うとしている。

公的職業訓練においては、デジタル分野について委託費の加算措置を拡充することにより、デジタル推進人材を育成する。さらに、公的職業訓練や民間の職業訓練によるOff-JTでは不足する実務経験を積むために、新たに労働者派遣や在籍出向のスキームを用いて、派遣先企業において生成AIを含むデジタル人材育成のための「実践の場」を提供するモデル事業などを行う。

賃金差の根拠の説明が不十分な企業に文書で指導

多様な働き方の推進としては、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間の格差の是正に向け、同一労働・同一賃金制について、労働基準監督署による調査結果をふまえ、基本給・賞与の差の根拠の説明が不十分な企業等について、文書で指導を行い、経営者に対応を求めるなど、その施行を徹底する。

また、就職氷河期世代の実態やニーズをふまえ、地域の関係機関と連携し、相談対応、リ・スキリングなどの教育訓練、企業とのマッチングなどに取り組む地方公共団体を支援する。

物流の「2024年問題」は賃上げや人材確保で対応

人口減少・少子高齢化により各業界で深刻化する人手不足への対応については、制度・規制改革と予算措置で一体的・横断的に推進するとしている。

働き方改革関連法による残業時間の上限規制で、物流の停滞が懸念されるいわゆる「2024年問題」に関しては、10月に閣議決定した「物流革新緊急パッケージ」に基づき、賃上げや人材確保などに早期に着手するとともに、将来の輸送力不足の解消に向け、可能な施策の前倒しを行うとした。

物流の効率化として、物流DXの推進、物流標準化の推進、トラック輸送から鉄道や船舶へのモーダルシフト、農産品の流通網の強化など、物流革新の実現に向けた支援・調査を行うことも盛り込んでいる。さらに、自動車運送事業者の高速道路の利用促進による労働生産性向上のために、高速道路料金の大口・多頻度割引の拡充措置を1年間延長するとともに、高速道路のトラックの速度規制引き上げについて早急に結論を得ると記述している。

制度見直しに関するものでは、国土交通省が告示する「標準的な運賃」について、物価動向の反映や荷待ち・荷役の対価等の加算による引き上げを行うとともに、適正な運賃の収受や賃上げなどに向けて、次期通常国会での法制化を目指すとしている。

建設・建築では働き方改革や価格転嫁対策に取り組む

建設・建築分野では、「持続可能な建設業の実現に向けて、請負契約の適正化、賃金水準の確保やICTの活用といった、働き方改革と生産性を向上させる取組が必要」と述べた。そのため、賃金支払の原資となる適切な労務費の確保や適正な工期設定の徹底などの働き方改革、また、資材価格の適切な価格転嫁対策のため、法令改正や不適切な契約を是正する組織体制の整備を含めた措置の具体化を早期に行うとした。

医療・介護分野では、報酬改定にあたって、常勤または専任の医療・介護従事者の配置要件等の見直しについて、医療および介護の質の担保を前提に、柔軟な働き方を推進する方向で検討するとし、2023年度中に所要の措置を講ずるとしている。あわせて、報酬改定も見据え、ICT機器等の導入を通じた生産性向上が促されるよう検討したうえで、2023年度中に所要の措置を講ずるとしている。

女性ネットワークづくりを推進する地方公共団体を支援

女性の所得向上・経済的自立のために、地域の実情に応じた女性デジタル人材・女性起業家の育成やリ・スキリング支援のためのセミナー開催、ネットワークづくりを推進する地方公共団体を支援することも盛り込んだ。

非正規雇用労働者に女性が多いことなどをふまえ、正社員転換を希望する非正規雇用労働者を正規化する事業者を支援。また、仕事と子育ての両立や女性活躍支援を促進するため、賃上げ促進税制を強化するとした。

(調査部)