【賃上げの全体状況】
賃上げ率は30年ぶりの高水準。5月時点でも3%台後半を維持
 ――労働組合の回答集計でみる賃上げ額・賃上げ率の最新状況

春闘取材

今年の賃上げ交渉も終盤にさしかかるなか、物価上昇や人手不足などへの対応を背景に、賃上げ回答額、賃上げ率はともに、依然として高水準を維持している。労働組合ナショナルセンターの連合(芳野友子会長、組合員683万7,000人)が集計する加盟組合の平均賃上げ率は、賃上げが復活した2014年以降、一度も3%を超えたことがなかったが、最新の集計結果では3.67%となっており、最終集計まで3%台を確保するのは確実な状況にある。パートタイム組合員の時給引き上げ率も人材獲得競争を背景に、正社員の賃上げ率を大きく上回る水準を記録している。現時点までの全体の賃上げ状況を眺める。

<2023春闘を取り巻く情勢>

物価上昇率が3%や4%に及ぶなかでの交渉に

回答状況を見る前に、今春闘を取り巻く情勢をあらためて確認する。今春闘は、久々の物価上昇局面での賃上げ交渉となった。総務省統計局が発表する「消費者物価指数(CPI)」の2022年4月~2023年3月までの各月の前年同月比をみていくと、「総合指数」はプラス2.5%~プラス4.3%で、「生鮮食品を除く総合指数」はプラス2.1%~プラス4.2%の幅で推移。2022年度平均の対前年度比は、「総合指数」で3.2%の上昇、「生鮮食品を除く総合指数」では3.0%の上昇を記録した。

物価の上昇により、実質賃金指数はマイナスに転じた。厚生労働省が5月9日に発表した「毎月勤労統計調査」の2023年3月分結果速報をみると、「きまって支給する給与(定期給与)」も、賞与・一時金なども含む「現金給与総額」も、この1年間の各月の対前年比はすべてマイナス。2022年10月以降はマイナス幅が2%以上となることが多くなり、2023年1月には「きまって支給する給与(定期給与)」はマイナス4.0%、「現金給与総額」はマイナス4.1%を記録した。

労使それぞれの新年会で首相が賃上げを要請

こうしたなか、政府側の春季労使交渉に向けた言及のタイミングも、昨年に続き早かった。「新しい資本主義」の実現に向け、分配戦略として「所得の向上につながる『賃上げ』」の必要性を訴える岸田文雄首相は、1月5日に開かれた経済3団体の新年祝賀会で「ぜひ、インフレ率を超える賃上げの実現をお願いしたい」と要請。同日の連合の新年交歓会でも、同趣旨の発言をするとともに、「政府としてもその取り組みを後押しする」とエールを送った。

岸田首相は1月23日の第211回国会の開会にあたる施政方針演説でも、賃上げの必要性を訴えた。「企業が収益を上げて、労働者にその果実をしっかり分配し、消費が伸び、さらなる経済成長が生まれる。この好循環の鍵を握るのが、『賃上げ』だ。これまで着実に積み上げてきた経済成長の土台の上に、持続的に賃金が上がる『構造』を作り上げるため、労働市場改革を進める」と述べたうえで、「まずは、足元で、物価上昇を超える賃上げが必要だ」と話し、ここでもインフレ率を超える賃上げに向けた決意をあらわにした。

経営側も賃金と物価の好循環の必要性を強調

経営側も物価上昇を強く意識しながら、賃上げの実施を明確に支持する方針を打ち出した。経団連(十倉雅和会長)が毎年発表し、経営側の春闘方針とも言うべき『2023年版経営労働政策特別委員会報告』は、序文のなかで、2023年交渉のポイントとして「物価動向を重視した賃金引き上げ」をあげた。

報告は、「今回の物価上昇を契機に、デフレマインドを払拭し賃金引き上げの機運をさらに醸成して消費を喚起・拡大することが必要である」「物価上昇が働き手の生活だけでなく、企業収益への影響が懸念されることも承知している。しかし、賃金引き上げのモメンタムを維持・強化し、賃金と物価が適切に上昇する『賃金と物価の好循環』へとつなげていかなければ、日本経済再生は一層厳しくなるとの危機感を強く抱いている」と記述し、政府の方針に呼応する姿勢を示した。

連合は闘争方針で要求指標を1%積み増す

これらの強い追い風が吹く環境下で、労働側である連合は、今春闘では「春季生活闘争方針」における賃上げ要求指標を改定。2023闘争方針は、「賃金も物価も安定的に上昇する経済へとステージを転換し望ましい未来をつくっていくことが必要だ」と訴え、各構成組織が春闘方針を策定する際の指針とする賃上げの要求指標について、「賃上げ分を3%程度、定昇相当分(賃金カーブ維持相当分)を含む賃上げを5%程度とする」と設定。1%という差ではあったが、「賃上げ分」(ベアや賃金改善など)の要求水準を2022闘争方針から積み増しした。

なお、連合に加盟する産別組織では、最大組織であるUAゼンセンが、物価上昇分の確保だけでなく、他産業との格差是正も意識するとし、「2023労働条件闘争方針」における賃金の引き上げ要求基準を、連合の要求指標を1%上回る「6%程度」に設定するといった動きもあった。

<要求状況>

要求集計では賃上げ率が25年ぶりに4%を超える

政労使をあげて賃上げを期待する社会全体のムードと、連合の要求指標の引き上げなどをうけて、全体でみた労働組合の賃上げ要求水準が、2022春闘に比べて大幅に上昇した。

連合が発表した3月1日時点の加盟組合の要求集計をみると、平均賃金方式での定期昇給相当分込み賃上げ要求額(加重平均)は、昨年同期よりも4,860円高い1万3,338円で、1万円を大きく上回った。率でみると、昨年同期比1.52ポイント増の4.49%となり、1998年闘争以来、25年ぶりに4%を超える水準となった。

ベアや賃金改善などの「賃上げ分」が明確に分かる組合でみた「賃上げ分」の要求額についてもみていくと、加重平均は昨年同期比4,595円増の8,432円で、率にすると同1.52ポイント増の2.83%。連合が2023闘争方針で示した「賃上げ分」の要求指標の3%には届かなかったものの、要求額は2倍以上に増加した。

パートタイム労働者や契約社員などの「有期・短時間・契約等労働者」の賃上げ要求額も大幅にアップ。時給の引き上げ要求額(加重平均)は同25.21円増の66.14円、月給は同4,142円増の1万1,525円となり、それぞれ昨年同期を大幅に上回った。

<回答状況>

妥結組合の6割で賃金改善を獲得

では、交渉の結果、回答額はどうなったのだろうか。物価上昇をカバーできる水準を労働組合は獲得できているのか。

連合が5月8日時点の状況をまとめた第5回回答集計結果(5月10日発表)によると、ベアや賃金改善など月例賃金の改善を要求した4,833組合のうち、3,686組合が妥結。妥結した組合の58.2%にあたる2,146組合が賃金改善を獲得した(図表1)。連合によると、賃金改善を獲得した組合の割合は2014闘争以降で最も高い。賃金改善を獲得した組合数の昨年同期の数字は1,532組合(妥結した組合の46.0%)であり、獲得組合数、獲得割合ともに大幅に増加していることから、より多くの組合に賃上げの波が届いたと言えるだろう。

図表1:連合の2023春季生活闘争での加盟組合の要求提出状況
画像:図表1
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注1:2014年、2015年は、公表資料のなかで集計組合の数以外、同種の数値がないため、表から省略した。

注2:2023年第1回の公表資料には同種の数値の記載がないため、斜線を引いた。

注3:要求提出組合(月例賃金改善限定)の提出率は、集計組合に対する要求提出組合(月例賃金改善限定)の割合。

注4:賃金改善分獲得率は、妥結済組合(月例賃金改善限定)に対する賃金改善分獲得の割合。

(出所:連合公表資料)

賃上げ率3%台を維持すれば、1994年以来30年ぶり

回答額・率の水準はどうか。平均賃金方式での定期昇給相当分込みの賃上げ額の加重平均は1万923円と1万円を上回る水準となっており、昨年の最終結果である6,004円を約5,000円も上回る(図表2)。

図表2:連合の春季生活闘争の賃上げ額・率の2014年からの推移〈平均賃金方式 定昇相当込み上げ〉
画像:図表2
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注1:2014年~2022年は最終集計。

注2:2023年の日付は公表日。

(出所:連合公表資料)

また、賃上げ率は3.67%と3%を超えるだけでなく、3%台後半の水準を維持。ここまでの結果は、賃上げが復活した2014年以降で段違いに高い水準であり、もし、このまま賃上げ率が3%台を維持できれば、1994年以来30年ぶりのことになる(図表3)。

図表3:連合の春季生活闘争における加盟組合の最終賃上げ率の推移
画像:図表3
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注:数値はいずれの年も、上が全体賃上げ率で、下が中小賃上げ率。

(出所:連合公表資料)

中小組合も現時点では3%を大幅に上回る賃上げ率を維持

定期昇給相当分込みの賃上げ額の加重平均を組合規模別にみると(図表2)、「300人以上」が1万1,220円(率は3.70%)で、「300人未満」は8,328円(同3.35%)。中小組合は、額は「300人以上」の組合に見劣りするものの、率でみれば、3%を大幅に上回る率を維持できている。

ベアや賃金改善だけの賃上げ水準の相場感を把握するために、ベアや賃金改善などの「賃上げ分」が明確な組合(2,180組合)での「賃上げ分」の加重平均をみると、6,047円(率にすると2.14%)となっており、300人未満の中小組合でも、5,104円(同2.00%)と5,000円台を確保している(図表4)。

図表4:連合の春季生活闘争の賃金改善額・率の2014年からの推移〈平均賃金方式 賃金改善分が明確に分かる組合の集計(加重平均) 賃金改善分〉
画像:図表4
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注1:2014年~2022年は最終集計。

注2:斜線のセルは、連合公表資料に該当の数値がないため記載できず。

(出所:連合公表資料)

すでに紹介したとおり、連合が今春闘方針(「2023春季生活闘争方針」)で示した賃上げ要求指標は、ベアや賃金改善などの「賃上げ分」について3%程度だったことからすると、要求指標には届かなかったことになるが、「賃上げ分」の集計を開始した2015年以降で最も高い率となるだけでなく、2015年以降の各年の「賃上げ分」の3倍以上に相当する率となっている。なお、連合によると、4月末ごろまでの集計時点で、「賃上げ分」の率が2%を上回ったのは、「賃上げ分」の集計を開始した2015闘争以降で初めてだという。

金属労協の賃上げ額も例年になく高い数字に

自動車総連、電機連合、JAM、基幹労連、全電線の5産別組合でつくり、賃上げ相場に大きな影響力を持つ金属労協(JCM、組合員199万9,000人)の直近(4月24日現在)の賃金改善の回答額についても確認していくと、5,502円(1,630組合の単純平均)となっており、こちらも2014年以降の最終結果と比べると、飛び抜けて高い水準であることが分かる(図表5)。

図表5:金属労協・2014年以降の賃金改善分の獲得額(単純平均)の推移
画像:図表5
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注:2023年は4月24日集計。その他の年は最終集計。

(出所:金属労協公表資料)

組合規模別にみると、「1,000人以上」が6,812円、「300~999人」が5,895円、「299人以下」が5,066円となっており、額は規模の小さい組合ほど低くなるものの、中小でも5,000円台をキープしており、2014年以降の各年とはレベルが異なる高水準の賃金改善を獲得できていることが分かる。

賃金改善を獲得した組合の回答・集約組合に占める割合も80.3%と8割に達しており、300人以上規模では9割以上(図表6)。299人以下の中小組合でも7割以上に達している。

図表6:金属労協加盟組合での賃金改善分を獲得した組合の割合(対回答・集約組合比)
画像:図表6
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注:2023年は4月24日集計。その他の年は最終集計。

(出所:金属労協公表資料)

パート時給の賃上げ率は5%台に乗せる

一方、パートタイム労働者や契約社員など「有期・短時間・契約労働者」の賃上げ状況をみていくと(同じく連合の第5回回答集計結果から)、時給については、加重平均(68万1,188人)で引き上げ額が56.48円(5.35%、平均時給1,102.55円)、月給については、加重平均(1万7,674人)の引き上げ額が8,849円(3.96%)となっている(図表7)。

図表7:連合の春季生活闘争における有期・短時間・契約労働者の時給等引き上げの2014年からの推移(加重平均)
画像:図表6
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注1:2023年第2回集計では、時給と月給の集計は行われていない。

注2:最低賃金全国加重平均額のカッコ内の数値は前年比(%)。

(出所:連合公表資料、厚生労働省公表資料)

「有期・短時間・契約労働者」の時給・月給についても、人材不足による人材獲得競争の激化を背景に、例年の水準を大きく超える賃上げ額となっており、また、それぞれの賃上げ率は、2023年第1回回答集計以降、一貫して一般組合員の賃上げ率を上回っている。連合によると、賃上げ率は時給・月給ともに、比較可能な2015闘争以降で最も高い水準にあるという。

<ここまでの賃上げ結果に対する労使の評価>

経団連会長は大幅ベアや満額回答を「率直に歓迎」

経団連は、今春闘の回答の最大のヤマ場となった3月15日に十倉会長のコメントを発表。「本日、自動車や電機等の大手企業が、約30年振りといえる大幅なベースアップや、満額回答を含む高い水準の賞与・一時金など、物価上昇を十分に考慮した積極的な対応を表明されたことは、賃金引上げのモメンタムにこれまで以上の力強さを与えるものであり、率直に歓迎したい」と評価した。

そのうえで、コメントは「最も重要なことは、今年を起点の年として賃金引上げの前向きな取組みを来年以降も継続し、構造的な賃金引上げを実現することである。そのためには、持続的な経済成長が不可欠である」と賃上げの継続性の重要性を訴えながら、「国内投資を活性化させると同時に、賃金引上げを通じて消費を喚起・増大させ、デマンドプル型のインフレを実現するとともに、将来への安心確保のために全世代型社会保障改革の断行が必要である」と述べた。

「2023闘争はステージ転換へのターニングポイント」(連合会長)

連合は3月17日に、回答のヤマ場と設定した3月14~16日までの回答引き出しに対する芳野会長のコメントを発表。「現時点までに示された回答は、産業による違いはあるものの、多くの組合で、連合が賃上げに改めて取り組んだ2014闘争以降で最高となる賃上げを獲得している。直近の物価高による組合員家計への影響はもちろんのこと、賃金水準の停滞が企業経営や産業の存続、ひいては日本経済成長に及ぼす影響について、労使が中長期的視点を持って粘り強くかつ真摯に交渉した結果」と総括するとともに、「有期・短時間・契約労働者」の時給・月給の引き上げ結果について「格差是正に向けて前進できる内容と受け止める」と評価した。

芳野会長は、3月17日に行われた第1回回答集計結果をうけての記者会見では、「闘争方針で、GDPも賃金も物価も安定的に上昇する経済へとステージを転換し、望ましい未来をつくっていくことを掲げた。この2023闘争がそのターニングポイントであると申し上げてきたが、本日の結果はその実現に向けた最初の一歩になり得る」と述べるとともに、「物価高が組合員の生活を直撃するなかで、組合が職場の現状をしっかりとふまえた要求を出したのに応えて、会社側も企業の中長期発展を見据えて、人への投資の観点から真摯かつ有意義な交渉が行われたことこそ、意義がある」と話した。

なお、物価上昇率と比べた引き上げ率の状況について芳野会長は、「賃上げは今年で終わるわけではない」とし、来年以降も賃上げを継続していくことへの理解を経営側に求めたいとの姿勢を示した。

連合メーデーで挨拶した岸田首相は賃上げに言及

4月29日に行われた連合系の第94回メーデーでは、岸田首相が政府代表として出席。岸田首相は「本日はお集まりの皆さんとともに、賃上げの機運を何としても盛り上げたい、こうした思いで、本日、参加した」とし、「私が進める新しい資本主義の最重要課題は、賃上げだ。今年の春闘は、30年ぶりの賃上げ水準となっており、力強いうねりが生まれている。このうねりを地方へ、そして中小企業へ広げるべく、全力を尽くしていく」などと挨拶した。

(荒川創太、田中瑞穂)