多くの組合が物価上昇への対応を方針に織り込む。人手不足で労使の対話が進んだ面も
 ――「物価上昇」「人手不足」の下での要求策定と労使の議論

ビジネス・レーバー・モニター定例調査

「物価上昇」「人手不足」という状況を、要求方針でどのように考慮したか、また、それらを巡って労使でどのような意見交換があったかなどについて尋ねた結果を産別の報告からみると、生活への影響を重要視する産別もあり、多くの組織が、「物価上昇」について要求の検討段階で議論し、要求にも反映していた。人手不足への対応では、労使で問題意識を共有する動きがあったほか、人材についての将来的な話し合いにつながった産業労使もあった。一方、単組でも、「物価上昇」は多くの組合で考慮すべき重要な要素となり、物価上昇手当を要求した組合もみられた。

<産別からの報告>

生活防衛のための賃上げに取り組む必要がある(ゴム連合)

ゴム連合は、産別方針のなかで、「足元では食品やエネルギー価格の急騰などにより組合員の生活が厳しさを増しており、生活防衛のための賃上げに取り組む必要がある。そのうえで、労働者全員で生産性向上に向けて取り組み、積み上げた利益を適切に人へ投資していくという好循環を目指し労使で協議を進める必要がある」と明記し、物価上昇から組合員の生活を守る姿勢を鮮明にした。

その結果、賃金に関しては、「急激な物価上昇によって組合員の生活の苦しさが増していることを各労組で訴えてきたこと、また政労使で人への投資の必要性について認識が揃ったこと等から、2000年代で最大となる賃上げ妥結結果を実現」したと回答。ゴム連合では、今春闘では要求以上の会社回答を受けた組合が複数あったが、その多くは「初任給や若年層の賃金課題について会社として改善を行いたいという理由だった」としている。

日建協は、「生活を維持・向上という大前提に基づき、物価上昇の影響を考慮した賃金は必要不可欠ということを賃金交渉の基本方針とした」と報告した。加盟組合の交渉状況をみると、「世間の賃上げ機運もあり、物価上昇への対応に後ろ向きの企業は少ない」という。将来的な賃上げについても「会社は担い手確保や社員のエンゲージメントの向上などのために賃上げが必要という認識をもっていることを確認した」としている。

同じ建設業界の全建総連は、物価上昇の方針への勘案について、公共工事で予定価格を積算する際の単価となる公共工事設計労務単価(国土交通省が毎年公表)が11年連続で引き上げられ、平均値が過去最高額の日額2万2,227円となったことなどを考慮したと回答した。

全組合で物価動向を注視(生保労連)

生保労連は、本格的な春闘論議に先立ち、各組合と、2023春闘の方向性として、上昇基調にある消費者物価への対応も必要な視点であることを共有したと報告。全組合で物価動向を注視していくこととした。

要求策定時において、物価上昇に対し積極的に対応を行う加盟組合のスタンスとしては、「『物価の上昇基調が続くなかで、賃金の上昇が追い付いていない』との主張を展開する」「新型コロナや足元の世界的な物価上昇等が、引き続き経営に与える影響は大きいことを踏まえて、世間一般の動きや世間との相場を踏まえた処遇の確認を行う」などがあったと回答した。

基幹労連は、要求方針において、「物価上昇による実質賃金の低下、経済成長の鈍化、それに伴う企業業績の影響などを勘案」することとしたとし、物価上昇については、「至近で上昇しているものの、過年度・当年度・次年度といった3年間のトレンドをふまえ冷静に判断を行った」とした。

人手不足への対応については、中堅・中小で構成する業種別組合において、「人手不足が顕著」になっていることから、「これまで以上に格差改善に注力していく必要がある」とし、「職場活力の維持・向上、現場力の強化や採用力の強化の観点など、将来に向けて労使で十分話し合い、『賃金』『退職金』等の具体的な成果を引き出すことにこだわった取り組みを強力に展開している」などとした。

航空連合は、「産別としての賃金要求の目標を策定する際に、物価上昇については議論を行うなかでも参考とした」と報告。人手不足への対応については、産別として「圧倒的な生産性向上」を掲げ、そのための取り組みとして、「生産性向上に関する認識を労使で合わせる」ことや、「必要人員について労使で確認する」ことなどを春闘方針で掲げたとしている。

JEC連合では、労使交渉において組合側から、物価高による生活負担の増加の影響は、職務等級にかかわらず等しく被るといった主張や、「離職率が高まっているなかで、労使で争っている場合ではなく、しっかりと協議を重ね、お互いに協力して課題を解決すべきだ」といった主張を経営側にぶつけたという。

経営側も物価上昇に伴う賃上げが必要だと発言(紙パ連合)

紙パ連合は、物価上昇や人への投資には経営側は理解を示したとし、実際に「物価上昇にともない賃金引き上げが必要だ」などの発言があったという。人材確保の観点でも経営側から、「足元の経営環境は厳しいが、人材確保など要求を真摯に受け止め回答したい」との発言があったと報告した。

先行組合以降の決着では、賃上げやインフレ手当などで波及効果があったと考えるとした。

セラミックス連合は、人材確保の観点からも一層の底上げの必要性を経営側に対して強調するとともに、会社側が、会社の将来や従業員の将来をどう考えているかを確認することも交渉のポイントの1つとしたと報告。交渉では、会社側には人手不足、人員の流出を懸念しているところも多く、それが、組合要求より上積みした回答につながった面があるとしている。

サービス連合は、「人手不足は、この産業も顕著なため、人への投資の必要性について、今回の春闘では、労使でしっかり向き合い、協議をおこなうことを、春闘方針で確認した」としている。また、人への投資については、「足元の状況のみならず、21世紀の基幹産業になるべく、やりがい・働き甲斐をもって働きつづけることができる労働条件、環境の必要性は、一定、労使で認識あわせができた労組もある」と報告した。

<単組からの報告>

【自動車】のA社労組では、評価に基づく賃金制度を導入していることから、ベアや一律配分の概念がない。しかし、物価上昇への対応には「特別の配慮が必要」だとして、要求書では「賃金改定にあたっては、組合員一人ひとりのモチベーション維持・向上に加え、急激な物価上昇から労働の価値を棄損させない配分を行う必要があるため、納得性の高い配分となるよう、検討を要請する」という文言を盛り込んだ。

団体交渉で会社側は、「企業物価の上昇が事業運営に大きな影響を与えている」と主張する一方で、消費者物価上昇による組合員の生活への影響にも理解を示し、「不透明な事業環境を乗り越えていくためにも、組合員が業務に集中できる環境を構築することが重要」と理由を述べて、早期に満額回答を示した。

B社労組は「議論したい項目」として、産業全体の魅力向上、競争力向上に向けて自分たちができることは何かという観点を織り込んだ。具体的には、「サプライチェーン全体の適正取引の推進」「仕入先で不足している人材の異動・出向等」「グループ全体での寮・社宅・託児所等のアセットの有効活用による魅力向上」を春闘の場で議論したという。

【電機】の単組では、上部団体の電機連合が毎年、賃金に関する三要素(生計費・生産性・労働力市場)から春季交渉における要求内容を決定していることから、生計費の観点で消費者物価の上昇を配慮した要求額としたと報告。ただし、「単純に物価の上下にのみ、賃金が連動することを望むわけではない」ことから、「要素のうちの1つであることを意識した交渉」になったと報告した。

春闘では人手不足についても協議を行ったと回答した。「人材獲得競争力を高めることの重要性に関しては労使で思いが一致」したとし、「グローバルで見た同業他社との比較という観点での議論が続き、今回の回答を得た」と交渉経緯を報告した。

【造船・重機】のA社労組は、組合員の生活水準や実質賃金の維持・向上の観点から、物価上昇分を要求に盛り込んだとした。B社労組は、賃金改善において従来からの「人への投資」に加えて、「物価上昇分」を加味して要求したと報告。C社労組は、「物価上昇については会社も一定の理解を示した」ことから「要求には前向きな姿勢を示して交渉が推移した」と報告している。

急激な物価上昇に対応するため物価上昇手当を要求し、1万円の回答

【非鉄金属】の単組は、通常の春闘とは異なる急激な物価上昇に対応するため、「物価上昇手当」を要求した。また、報道等で取り上げられている物価上昇率は3~4%とばらつきがあることから、連合が掲げる賃上げ分3%を意識しつつも、上部団体である金属労協の「賃上げ6,000円以上」を要求額として会社の回答を求めた。交渉の結果、要求を4,000円上回る1万円で妥結している。この手当は基準外手当で1年間の限定支給という扱いだが、今後については、「次回の春闘までに、世のなかの物価や賃金水準等を労使で検証」したうえで、「(春闘要求として)基準内賃金に入れ込むか否かを判断する予定」としている。

人手不足については、「本春闘に限らず、喫緊の課題」と捉えており、春闘交渉のなかでは特別に議論はしなかった。その理由として、「足もとで総合職の人事制度改正を会社と協議している」ことに加えて、「一般職についても、労使で課題を整理したうえで、改正について協議することも予定している」ことをあげた。

【陶業】の単組は、要求に際して「先進国との賃金格差や物価変動を含めた社会情勢、上部団体の方針、当社業績や賃金水準」をふまえたとし、人手不足については、世界規模で人材の獲得競争が激化していることから、要求で「考慮せざるを得ない」ものだったとしている。

【化繊】の単組は「過年度物価上昇率と実質経済成長率に見合った賃上げの実施」を要求したと報告。経営側との議論では、「今後に向けた事業の構造改革への対策や、将来の企業人材力の確保を労使共通の軸に置いた」としている。

【ゴム】の単組は、物価上昇はあくまで「賃上げをする上での後押し」という考えをベースに労使協議を行ったとし、物価が下がった際に賃下げとならないようにすることや、企業存続に配慮して要求方針を固めたとした。

人手不足については、「さまざまな場において労使で議論している課題」であることから、「春の交渉でするという視点は持っていない」と報告。ただし、賃金に対する価値として、「賃金改善において初任給の改定と中途採用者に関わる点は意識したうえで労使交渉を実施した」という。

世界的な物価上昇に対応するため春闘前に職務給を引き上げ

【医薬品】の単組は、世界的な物価上昇による人材獲得競争の激化への対応として、春闘の時期を待たず早期に賃上げを実施すべく、1月に職務給の引き上げが行われたと報告した。春季要求を待つと対応が4月以降になるため、組合としても「社員の賃金を上げるという点で、早い方が、メリットがある」と判断し、1月の賃上げを了承したという。

【精密機器】の単組は、「物価上昇の影響」「一時金での成果報酬では、生活が安定しないこと」「自社株買いによる従業員還元への期待が高まっていること」を要求の根拠にしたと報告した。

(調査部)