政府、財界、労働界は「ジョブ型雇用」にどのように言及しているのか
 ――それぞれの施策方針、報告・提言、見解から

政府、労使の『ジョブ型雇用』に対するスタンス

「ジョブ型雇用」について、その定義として共通の認識が醸成されているわけではないが、さまざまな場面で、新たな雇用システムと人事労務管理の方向性として言及されることが多くなってきている。では、最新の政府の施策方針、労使それぞれの考え方や取り組みのなかで、「ジョブ型雇用」はどう位置づけられ、また、どのように言及されているのだろうか。言及箇所のある資料から、該当部分を抜き出して紹介する。

<政府>

■経済財政運営と改革の基本方針2022

昨年の骨太方針は多様な働き方として「ジョブ型」に言及

政府の施策方針では、2022年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022」(骨太方針)の第2章「新しい資本主義に向けた改革」の「1.新しい資本主義に向けた重点投資分野 (1)人への投資と分配」で、「ジョブ型の雇用形態」についての言及がある。

同方針は、「人的資本投資の取組とともに、働く人のエンゲージメントと生産性を高めていくことを目指して働き方改革を進め、働く人の個々のニーズに基づいてジョブ型の雇用形態を始め多様な働き方を選択でき、活躍できる環境の整備に取り組む」と記述し、「ジョブ型」を多様な働き方の1つの形態として着目。

そのうえで、就業場所や業務の変更の範囲の明示などの労働契約関係の明確化や、専門知識や技能を持った新卒学生などがより一層活躍できるようにするための就職・採用方法の検討、フリーランスが安心して働ける環境の整備、良質なテレワークの推進、多様なキャリア形成を促進する観点からの副業・兼業の推進などを、これから取り組む施策メニューとして列挙した。

■岸田首相の国会施政方針演説

6月までに日本企業に合った職務給の導入方法のモデルを示すと表明

今年1月に岸田文雄首相が行った第211回国会における施政方針演説で、「ジョブ型」という単語の使用はなかったものの、「日本型の職務給」に対する言及があった。

言及があったのは、「新しい資本主義」に関する演説部分。

岸田首相は「これまで着実に積み上げてきた経済成長の土台の上に、持続的に賃金が上がる『構造』を作り上げるため、労働市場改革を進める」とし、そのために、「物価を超える賃上げ」「公的セクターや、政府調達に参加する企業で働く方の賃金を引き上げる」「中小企業における賃上げ実現に向け、生産性向上、下請け取引の適正化、価格転嫁の促進」「フリーランスの取引適正化」などに取り組む姿勢を明らかにした。

そのうえで、「そして、その先に、多様な人材、意欲ある個人が、その能力を最大限活かして働くことが、企業の生産性を向上させ、更なる賃上げにつながる社会を創り、持続的な賃上げを実現していく」とし、そのために、希望者の非正規雇用の正規化に加え、「リスキリングによる能力向上支援、日本型の職務給の確立、成長分野への円滑な労働移動を進めるという三位一体の労働市場改革を、働く人の立場に立って、加速する」と強調。

一方で、「企業には、そうした個人を受け止める準備を進めていただきたい」と要望し、「人材の獲得競争が激化するなか、従来の年功賃金から、職務に応じてスキルが適正に評価され、賃上げに反映される日本型の職務給へ移行することは、企業の成長のためにも急務だ」と訴え、今年6月までに、「日本企業に合った職務給の導入方法」を類型化し、モデルを示すと言及した。

なお、今年3月に開催された新しい資本主義実現会議(第15回)で提示された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」フォローアップにおける「今後の対応方針案」は、これに関連して、「今年6月までに三位一体の労働市場改革の指針を取りまとめ、構造的賃上げを通じ、同じ職務であるにもかかわらず、日本企業と海外企業の間に存在する賃金格差(米国・ドイツとの間には、例えばITやデータアナリスティクス分野で1.5~1.6倍、プロジェクトマネジメント分野で1.6~1.7倍といった賃金格差が存在)を、国毎の経済事情の差を勘案しつつ、縮小することを目指す」と記述した。

企業の実態に合った改革が行えるよう、指針は自由度を持ったものに

4月12日の第16回新しい資本主義実現会議では、三位一体労働市場改革の指針に向けた論点案が提示された。

論点案は、職務給の導入について、「指針では、職務給(ジョブ型雇用)の日本企業の人材確保の上での目的、ジョブの整理・括り方、これらに基づく人材の配置・育成・評価方法、ポスティング制度、賃金制度、休暇制度などについて、先進導入事例を整理し、個々の企業が制度の導入を行うために参考となるよう、多様なモデルを示す。この際、個々の企業の実態は異なるので、企業の実態に合った改革が行えるよう、指針は自由度を持ったものとするとし、「ジョブ型雇用(職務給)の導入を行う場合においても、順次導入、あるいは、その適用に当たっても、スキルだけでなく個々人のパフォーマンスや適格性を勘案することも、あり得ることを併せて示す」としている。

<経済界>

◆経団連の「2023年版経営労働政策特別委員会報告」

ジョブ型雇用は主体的なキャリア形成、エンゲージメント向上につながる

経団連は「2023年版経営労働政策特別委員会報告」のなかで、「(2)円滑な労働移動に資する企業における制度整備」の項において、制度整備の1つの具体策として自社型雇用システムの確立をあげている。

報告は、グローバル化の進展やDX・GXを見据えて企業が競争力を高めるためには、社外から必要な人材を採用して定着を図るとともに、「社内においては、自社の事業ポートフォリオの組替えに合わせて、成長が見込まれる事業分野・部門等に人材を重点配置していく必要がある」と強調。

さらに、「特定の仕事・職務、役割・ポストに人を割り当てて処遇する『ジョブ型雇用』は、当該職務の遂行に必要な能力やスキル、処遇等を明確にすることで、働き手が自身の能力開発・スキルアップの目標を立てやすくなり、主体的なキャリア形成、エンゲージメント向上につながるだけでなく、社外の人材を受け入れやすく、円滑な労働移動にも資する制度整備の1つといえる。社内においても、事業方針に基づいて重点化を図る分野・部門等へ当該業務を遂行できる人材を集中しやすい面がある」として、「ジョブ型雇用」の、主体的な能力開発や円滑な人材移動との相性の良さを強調した。報告はさらに、ジョブ型雇用の導入・活用によって、「社内外で通用するエンプロイアビリティの高い働き手が増えることで、社会全体での円滑な労働移動の促進が期待される」とも指摘した。

ただ、その一方で、報告は、メンバーシップ型雇用のメリットを活かしながら、各企業が最適な「自社型雇用システム」の確立を目指していくことが望まれるとも指摘。ジョブ型雇用を導入する際の論点として、職務調査・分析だけでなく、適用範囲、処遇制度、採用・人材育成、キャリアパスを例示した。

◆経済同友会の働き方に関する提言

低迷する人的資本活用を打破するために職務・役割基準を

経済同友会は、今年1月に公表した働き方に関する提言「自律した個が『いつでも、どこでも、多くても少なくても働くことができる』社会の実現」のなかで、企業の課題として、新卒一括採用、年功序列、終身雇用など「画一的・硬直的な組織、働き方、評価」や、メンバーシップ型雇用が中心の人事制度を採用してきた結果としての「低迷する人的資本の活用力」を指摘。

これらの課題解決に向け、多様な働き方や、職務・役割・成果による評価基準(個人起点の人材マネジメント)を推奨し、特に人事制度に関しては、「年功序列型の評価体系から脱却して、職務/役割/成果に応じた評価体系を構築していくことが不可欠」とし、「このような評価体系の構築が進めば、年次や働き方に依らず、能力に応じた役職への起用、抜擢人事が進み、個人の働く意欲や挑戦によって組織の活性化にも資する」と強調している。

導入するうえでの障壁は、「職務や役割の大小に応じて処遇を下げることに対する企業・個人双方の負の意識」だとし、そのために評価基準の透明性や、説明責任を持って個人と向き合うことの必要性についても強調。役割の変更がいつでもあり、挑戦と再挑戦が共存して、上下双方向に動きのある評価を運用していくことが求められるなどと提言した。

<労働組合>

●連合と金属労協の見解

社会全体の雇用システムと企業の制度の話を峻別する必要

労働側からの発信の内容をみていくと、連合は、経団連の「2023年版経営労働政策特別委員会報告」に対する見解のなかで、ジョブ型雇用について、「ジョブ型雇用の定義や内容についての共通理解が不十分であり、言葉だけが独り歩きしていく懸念がある」と表明。「社会全体の雇用慣行を含めた雇用システムと個別企業の人事処遇制度の話を峻別する必要がある」とし、「個別企業の人事処遇制度については、それぞれの職場の実態を踏まえて労使で話し合い、合意の上で改定していくべきものだ」と注意喚起している。

経労委報告が「主体的なキャリア形成、エンゲージメント向上につながる」との考え方を示した点については、「労働者の処遇やキャリアパス等への影響について、十分に労使で検討することが必要だ」としている。

制度見直しを行う場合には労使で丁寧な議論を

自動車総連や電機連合などの金属関連の5産別でつくる金属労協(JCM)は、経労委報告に対する見解(1月18日発表)のなかで、「賃金・処遇制度は、公平性・納得性・透明性を確保することが不可欠であり、制度の見直しを行う場合には、労使で丁寧に議論を積み重ねる必要がある」としたうえで、経労委がジョブ型雇用について「円滑な労働移動にも資する」と述べたことに対し、「人事・処遇システムと雇用システムは別の問題であり、企業の雇用責任が軽減することはない。解雇の金銭解決や整理解雇の4要件の要件緩和など、労働者の雇用の安定を損なう方向に利用されることのないよう警鐘を鳴らしたい」と警戒感をあらわにしている。

(調査部)