キャリア相談や自己啓発を行うと能力活用目的で転職しやすくなることなどを明らかに
 ――「2022年版労働経済白書」

労働経済白書

2022年版労働経済白書(2022年9月公表)は、「労働者の主体的なキャリア形成への支援を通じた労働移動の促進に向けた課題」をメインテーマとし、労働者の主体的な転職やキャリアチェンジの促進において重要な要因や、主体的なキャリア形成に向けた課題などについて分析した。キャリアチェンジする場合、転職の準備としてキャリア相談(キャリアコンサルティング)や自己啓発を行っていると、仕事内容や自らの能力活用といった目的での転職を行いやすく、前職でキャリアの見通しができている人は転職後の仕事の満足度も高くなりやすい傾向があると指摘。また、キャリアコンサルティングを受けた人はキャリアを設計するうえで主体性が高い人が多いことなどを明らかにしている。

第Ⅱ部「労働者の主体的なキャリア形成への支援を通じた労働移動の促進に向けた課題」の主な内容を紹介する。

日本の労働力需給の展望と労働移動をめぐる課題

労働力供給の大幅な増大は見込めず、人材移動を促すことも重要

日本の労働力需給を展望するため、白書は、人口の推移と今後の見通しを確認した。

少子化の進行により、若年人口、高等学校以上学卒者数ともに、1990年代をピークに減少傾向がみられ、日本の人口動態を考慮すると、今後も当面は減少傾向が続くと考えられると指摘。短期的には生産年齢人口の増加による労働力供給の大幅な増大は見込めないと考えられることから、「労働市場の機能をいかすことで、労働力需要の大きい分野に、円滑な人材の移動を促すことも重要となる」と述べた。

特に確保すべき人材として、介護人材をあげた。2040年度には、「2019年度の介護職員数である約211万人から約69万人増となる約280万人の介護職員が必要となることが見込まれる」と指摘。また、IT関連市場が急速に拡大していることから、IT人材の需要も、中長期的に高まっていくことが予想されると言及した。

こうした労働力需要に、「新規学卒者等による労働力供給の増加のみで対応することは困難であると考えられる」とし、引き続き、「女性や高齢者等の労働参加を進めていくとともに、労働者の主体的な意志に基づく転職などの外部労働市場を通じた労働力需給の調整が今後更に重要になると考えられる」と指摘した。

あわせて白書は、労働移動の活発さとTFP(Total Factor Productivity、全要素生産性)や労働生産性の上昇には、弱い正の相関がみられるとのデータも提示。「労働移動による技術移転や会社組織の活性化が行われることで生産性の向上につながる可能性がある」ことにも言及した。

日本の労働移動の動向

長期的に転職者は増加傾向も、労働移動の大きな活発化はみられず

次に白書は、日本の外部労働市場を通じた労働移動の動向や転職者の実態について概観した。

日本の労働移動の動向を、転職入職率や転職者数、離職者数といった基本的な指標でみると、転職入職率は2005年以降、10%前後をおおむね横ばいで推移しており、男女別にみると、男性よりも女性の方が高い割合で推移している。転職者数は長期的には増加傾向にあるが、離職者数は、近年は横ばい。いずれも女性で長期的に増加傾向がみられるとしている。

就業形態別に転職入職率、離職率をみると、いずれも一般労働者よりもパートタイム労働者のほうが高い。転職入職者数、離職者数のいずれもパートタイム労働者で増加しているが、白書は「労働者全体では、労働移動が大きく活発化している傾向はみられない」と指摘した。

入職者に占める転職入職者の割合では、1991年~2006年にかけてやや上昇した後、6割程度を横ばいに推移。近年は大企業でも上昇傾向がみられる。

年齢階級別に入職者の職歴別割合の推移をみると、入職者に占める転職入職者の割合は、「60歳以上」の年齢階級では長期的な上昇傾向にあるが、「34歳以下」の年齢階級では2007年以降緩やかに低下している。ただ、入職者に占める転職入職者の割合の年齢階級による違いは、少子高齢化による年齢階級別の人口構成の変化による影響等も考えられることから、各年齢階級別の入職者に占める転職入職者の割合の推移についてもみると、35歳以上の年齢層において、男女ともに上昇傾向にあり、特に、女性で大きく上昇していると紹介した。

産業間の労働移動は学歴が高い層でやや活発化

介護・福祉分野やIT分野における労働力需要の増大をはじめとして、今後の労働力需要の変化に対応していくためには、産業や職業といった分野間をまたぐ労働移動を促進していくことが重要であるとの視点から、白書は、産業や職種が変わる労働移動を「キャリアチェンジ」を伴う労働移動ととらえ、その動向をみた。

産業間の労働移動は、男女ともに大学・大学院卒以上の学歴が高い層でやや活発化している可能性があると指摘。転職による産業間の労働移動が産業間の労働力配分の変化に及ぼす影響については「影響が大きくなっている傾向はみられない」とした。

産業間の労働移動の動向を労働移動性向という指標で観察している。まず、同一産業内における労働移動について白書は、「とりわけ『情報通信業』でその水準が顕著に高く、『建設業』『運輸業、郵便業』においても比較的高い水準となっており、これらの産業においては同一産業内における労働移動が特に行われやすい傾向にあることが分かる」と指摘。次に、産業間での労働移動の行われやすさについては、「卸売業、小売業」や「宿泊業、飲食サービス業」「生活関連サービス業、娯楽業」といった対人サービス業の相互の労働移動性向は2019年以前から比較的高いとし、また、各産業から「情報通信業」「医療、福祉」への労働移動性向の顕著な高まりはみられないことも指摘した。

職種別の労働移動性向は「『販売従事者』と『サービス職業従事者』」の間などで高い

職種間の労働移動の動向についても確認した。全体として、産業間移動と同様、男女ともに大学・大学院卒の学歴が高い層でやや活発化している可能性があると指摘。職種間の労働移動性向は、「販売従事者」と「サービス職業従事者」の間や、「生産工程従事者」と「運搬・清掃・包装等従事者」の間で比較的高いなどとした。

介護・福祉分野における労働移動の状況についても言及し、「介護・福祉職における労働移動の状況をみると、介護・福祉職への転職者数及び介護・福祉職からの転職者数は、近年やや増加傾向にあるものの、2020年の感染症の影響下には停滞がみられた」としている。

女性は転職先を選んだ理由として働き方や労働環境を重視

ミクロな視点から、労働移動をする転職者の実態についても焦点をあてた。

リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」や厚生労働省「2020年転職者実態調査」のデータから、転職経験者は、雇用形態を問わず女性で割合が高いと紹介。女性は「労働条件(賃金以外)がよいから」「転勤が少ない、通勤が便利だから」など、働き方や労働環境、家庭の事情を理由にした転職が多く、また、パートタイム労働者からパートタイム労働者への転職が多いとしている。一方、男性は、「自分の技能・能力が活かせるから」と、転職理由に能力発揮をあげる割合が高い。

キャリアチェンジ(職種間移動)を伴う転職について、前職と新職のタスク距離(職種間の仕事内容の類似性を算出したもの)を用いて、前職の職業経験が転職先の選択に及ぼす影響について分析したところ、就業経験年数が長いほど、タスク距離が近い職種へ移動する傾向があり、就業経験を重ねるにつれ、就業経験から把握した適職に類似する職種に転職する傾向がうかがえる。特に、「専門職・技術職」で働く人は、専門知識を活用して同一・類似の職種へ移動する傾向が強い。

一方、タスク距離が近い職種への転職をする場合でも、「事務系職種」では同じ事務職の範囲内で移動をする傾向が強いのに対し、「営業販売職」と「サービス職」では、相互の移動も多いなど、前職の職業経験によって職種間移動の態様が異なる傾向がある、と分析している。

主体的な転職やキャリアチェンジの促進において重要な要因

白書はさらに、労働移動に関する状況をより詳細に分析し、労働者の主体的なキャリア形成の意識に基づく労働移動を促進するうえで重要と考えられる要因について明らかにした。分析は、主にリクルートワークス研究所の「全国就業実態パネル調査2019・2021」を独自集計した。

転職希望者の状況を概観すると、転職希望者は就業者の37.6%と4割弱で、このうち実際に転職活動に移行するのは15%程度で、2年以内に転職する割合は2割程度だった。転職希望は年齢が高くなるほど低くなる傾向にある。

産業別にみると、転職希望は「飲食店、宿泊業」「医療、福祉」で高く、実際に転職活動に移行した割合は「飲食店、宿泊業」「教育・学習支援業」で高い。職種別にみると、「サービス職」で転職希望や転職活動移行の割合が高く、「管理職」では低くなっている。

子どものいる男性や正社員・役職者・中堅層は転職を実現しづらい

転職活動への移行や2年以内の転職の割合を分析したところ、子どもがいる男性や正社員、役職に就いているなど中堅層の場合に、転職活動への移行や転職を実現しづらい傾向がある。男性についてみると、「役職なし」と比較して、「係長・主任クラス」「課長クラス」「部長クラス」といった役職者では役職が上がるにつれて転職希望者の割合が低下している。男性では末子の年齢が上がるにつれて転職希望者の割合は低下しており、転職活動移行者についてみると、男性では末子が「15歳以上」の場合に、割合が低いという。

転職の意思や転職活動への移行を促進する要因については、仕事の満足度が低かったり、ワークライフバランスが悪化している場合に、転職希望者の割合が高い。また、「今後のキャリアの見通しが開けていた」とする場合にも、転職活動に移行する割合が高くなっている。これについて白書は、転職希望がある場合、「自らのキャリアの展望が明確である場合の方が、転職活動に移行することができていることを示唆している」としている。

総じて、自己啓発を実施している場合のほうが、実施していない場合よりも転職を考えている割合が高く、「学校に通った」「単発の講座、セミナー、勉強会に参加した」「通信教育を受けた」など、より積極的な学習活動では、転職活動移行者の割合が高くなっている点も指摘した。

男性について子どもがいる場合や、正社員・中堅層である場合に転職活動に踏み切りにくいこと、キャリアの見通しができている場合などに転職活動への移行が促進される可能性があることから、より詳細な分析(回帰分析)を行ったところ、正社員や役職者である場合、キャリア見通しができている者のほうが転職を実現しやすい傾向があることが分かったと白書は指摘。「一般的にキャリア見通しができていることや自己啓発を実施していることで、転職希望者が転職活動に移行しやすくなったり、転職が実現しやすくなったりする可能性が示唆される」とした。

職種間移動ではWLBに関する条件を重視傾向

異分野へのキャリアチェンジを促進するための課題についても分析した。

職種間移動をした転職者の、転職先を選んだ理由と職業生活全体の満足度を分析したところ、転職先を選ぶにあたっては、「労働条件(賃金以外)がよいから」や「地元だから(Uターンを含む)」など、ワークライフバランスに関する条件を重視する傾向がある。

また、職業生活の満足度は、ワークライフバランス関係の理由で転職先を選んだ場合のほか、「賃金が高いから」「自分の技能・能力が活かせるから」「仕事の内容・職種に満足がいくから」など、自らの技能・能力の発揮、仕事内容、賃金の増加といった、積極的なキャリアアップを目的とした場合にも、向上しやすくなっている。

キャリアコンサルティングや自己啓発でキャリア見通し明確に

職種間移動者のキャリア見通しと転職後の満足度等を分析したところ、キャリアチェンジにおいても、前職でのキャリア見通しが開けているほど、転職後の仕事の満足度、ワーク・エンゲイジメント(「生き生きと働くことができていた」)、成長実感、いずれも高い傾向がみられた。

職種間移動者の自己啓発と転職後の職業生活の満足度についても、転職準備として自己啓発を行った方が、転職後の満足度が高くなりやすい傾向があった。さらに、転職の準備としてキャリア相談を行ったり、自己啓発をしている人は、能力を活かせる、満足がいく、などの理由で、転職をしやすいことも明らかになった。

これらの結果を総合して、白書は、異職種への転職にあたっては「キャリアコンサルティングの活用、自己啓発などの転職前の準備が、転職後のワーク・エンゲイジメントを高める上でも重要である可能性がある」と示唆している。

前職の専門的・技術的な知識が賃金増加につながる

キャリアチェンジと賃金の変動についても考察した。分析によると、「専門的・技術的な仕事」から「販売の仕事」「管理的な仕事」に移動した場合や、「サービスの仕事」「事務的な仕事」から「専門的・技術的な仕事」「管理的な仕事」に移動した場合に、賃金が増えた割合が高くなっている。白書は、前職で培った専門的・技術的な知識を異職種でも活用し、仕事の付加価値を高めて賃金の増加につながっている可能性がある、と指摘。また、新たに専門知識を身につけ、専門的な仕事にキャリアチェンジしたり、キャリアアップし管理職に昇進することで、賃金が増加しているのではないかと分析している。

キャリア見通しを明らかにしたり、自己啓発に取り組むことで、自らの能力を発揮できる適性のある仕事に転職することができ、賃金の増加につながっている可能性についても指摘。前職でキャリア見通しのスコアが高いほど、転職後の賃金増加率が高い傾向にあり、また職種間移動をした場合、転職の準備として自己啓発を行った人の方が、賃金が増加する確率が高くなっていると説明した。

介護・福祉分野やIT分野にキャリアチェンジする人の特徴についても分析した。介護・福祉職に他分野から転職する人は女性が多く、就業経験年数は比較的長い。一方、IT職に他分野から転職する人は男性が多く、就業経験年数は比較的幅広い。前職の産業は「情報通信業」や「製造業」が多く、前職でも専門的な技術職などで働いていた人が比較的多いとしている。

主体的なキャリア形成に向けた課題

キャリアコンサルティングを受けると職業生活設計が主体的に

キャリアコンサルティングの効果や自己啓発に取り組むうえでの課題についても分析した。JILPT調査結果(「キャリアコンサルティングの実態、効果および潜在的ニーズ」)を分析したところ、キャリアコンサルティングを受けた人は、職業生活の設計に主体性が高く、現在の仕事内容や職業生活全般の満足度が高い。

転職回数が多くなる傾向も分かった。転職行動や異分野へのキャリアチェンジも積極的に行うなどの傾向もみられ、白書は、「キャリアコンサルティングにより、自らの適性や能力がいかせる可能性を幅広く検討した結果、異分野へのキャリアチェンジをしやすくなっている可能性があると考えられる」と指摘した。

キャリアコンサルティングを受けると能力をいかす可能性に気づきやすい

また、キャリアコンサルティングの経験がある者のほうが、自らの職業能力が他社で通用すると考えている者の割合が高い。自らの職業能力が他社で通用すると考えている者では、キャリアコンサルティングを企業外で受けている者の割合が比較的高い。白書はこれらの状況から、「キャリアコンサルティングを受けた者は、自らの職業能力を他社でいかすことができる可能性について気づきを得やすく、それにより転職やキャリアチェンジの実現をしやすくなっている可能性が考えられる」「自社以外の第三者の視点からキャリアコンサルティングを受けることで、企業外も含め、自らのキャリア形成の可能性についてより客観的に考えることができる可能性がある」などとした。

キャリアコンサルティングの自己啓発への取り組み姿勢への影響をみると、キャリアコンサルティングを受けた経験がある者は、「自発的な能力向上のための取組を行うことが必要」と考える者の割合が高い。白書は、自己啓発の必要性についても意識が高まる可能性があるとしている。

キャリアコンサルティングを受ける場所・機関別の効果の違いについてもみた。「企業内(人事部)」や「企業内(人事部以外)」でキャリアコンサルティングを受ける場合は、「将来のことがはっきりした」と答える者の割合が高く、「職業能力がアップした」「労働条件がよくなった」「人間関係がよくなった」と感じている者の割合も高いなどとし、「企業内におけるキャリアコンサルティングからは、キャリアの見通しの向上のほか、職業能力の向上、労働条件の改善など、現在の職場でキャリアを形成していく上で有益な効果が得られることがうかがえる」と指摘した。

自己啓発について、キャリアコンサルティングの効果との関係についても確認している。雇用形態別、キャリアコンサルティング実施状況別に労働者の自己啓発の実施状況をみると、正社員・正社員以外のいずれも、キャリアに関する相談をしている場合のほうが、キャリアに関する相談をしていない場合よりも自己啓発を行っている者の割合が高いとし、「キャリアコンサルティングを受けた者がキャリア形成意識を高めた結果、自己啓発への取組の促進につながっている可能性も示唆されている」と述べた。

転職者を受け入れる企業も適切な教育訓練や処遇を

転職者が新しい職場や業務に適応し、能力を発揮するためには、企業が教育訓練など適切な支援を行うことが重要だとも指摘した。

転職者がキャリアチェンジをする場合、受入企業がOJTやOff-JTのいずれかを実施すると、転職者の「職業生活全体」や「仕事内容・職種」に対する満足度が高くなる傾向があると紹介。

また、企業が抱える課題として、3割超の企業が「必要な職種に応募してくる人材が少ないこと」をあげた。「応募者の能力評価に関する客観的な基準がないこと」「採用時の賃金水準や処遇の決め方」の割合も高く、転職者の処遇について課題を抱える企業も多い。求職者の側でも、転職にあたり「より多くの求人情報の提供」や「職業紹介サービスの充実」「金銭面での職業能力開発・自己啓発の支援」を課題と感じている割合が高いとしている。

白書は、「『労働市場の見える化」を進めることで、転職時のミスマッチを防止し、企業・求職者の双方が安心して転職を実現できるようにすることが、円滑な労働移動を促進する上で重要になる」とまとめている。

介護職やIT分野の公共職業訓練効果をEBPMに基づき検証

公共職業訓練は、失業者がスキルを身につけ再就職を支援する社会の重要なセーフティネットだが、厚生労働省は行政記録情報を用いて、公共職業訓練の効果と課題について、EBPMに基づき自ら詳細な分析を行った。

公共職業訓練を受講することで、訓練の分野を問わず、再就職しやすくなる効果があることを数量的に示しており、分野別の分析から白書は、介護・福祉分野は他の分野に比べ応募倍率や定員充足率が低く、訓練受講者を増やすことが課題だと指摘した。介護・福祉職と遠い職種の経験者も、訓練を受けることで就職できる傾向があるため、幅広い職種から受講者を集めることが求められるとしている。

また、IT分野の訓練を受講した女性は情報技術者になりにくい傾向があると指摘。事務職への就職意向が強いことが要因の可能性があるとし、女性が情報技術者として働くことへの関心を高めるための支援が必要だとしている。

(調査部)