裁量労働制を適用する際の制度説明後の本人同意の徹底や、始業・終業の決定の裁量の明確化などを対応の方向として提示
 ――厚生労働省の「これからの労働時間制度に関する検討会」が報告書をとりまとめ

スペシャルトピック

厚生労働省が2021年6月にとりまとめた「裁量労働制実態調査」の結果をふまえ、裁量労働制を含めた労働時間法制のあり方を検討してきた「これからの労働時間制度に関する検討会」(座長:荒木尚志・東京大学大学院教授)は7月、報告書をとりまとめた。現在の労働時間法制について「労働者の健康確保という原初的使命を念頭に置きながら、常に検証を行っていく必要がある」と強調。裁量労働制について、労働者が理解・納得したうえでの制度の適用に向け、制度を確実に説明したうえでの本人同意や、同意撤回の場合に適用外となることの明確化、始業・終業の決定が労働者に委ねられていることの明確化などを、これからの対応の方向として提示した。

<検討会設置の背景>

「働き方改革関連法」の国会審議で再調査のうえ検討することに

裁量労働制については、「制度の趣旨に沿った対象業務の範囲や、労働者の裁量と健康を確保する方策等についての課題が以前より指摘」(報告書)されていたこともあり、「働き方改革関連法」(2018年成立)の検討にあわせ、見直しに向けた検討が進められた。しかし、国会審議で政府側の答弁のなかで調査結果について言及があった「2013年度労働時間等総合実態調査」について、裁量労働が適用されている労働者の労働時間の長さを巡って、「公的統計としての有意性・信頼性に係る問題が発生」(同)。

こうしたこともあり、「働き方改革関連法」の法案に当初盛り込まれていた裁量労働制の改正にかかる部分が削除されることになるとともに、裁量労働制については、「現行の専門型及び企画型それぞれの適用・運用実態を再調査した上で、制度の適正化を図るための制度改革案について検討する」(同)ことになった。

こういった経緯があったことから、統計学や経済学の学識者や労使関係者をメンバーとする検討会(2018年9月~2021年6月)が立ち上げられ、同検討会で再調査の内容などについて検討。検討を経て、「裁量労働制実態調査」(総務大臣承認)が実施されることになり、厚生労働省は同調査の結果を2021年6月25日にとりまとめ、公表した。

調査結果をもとに、今度は裁量労働制を含めた労働時間法制のあり方を検討するため、厚生労働省は労働法学者や経済・経営学者などの有識者で構成する「これからの労働時間制度に関する検討会」を2021年7月に設置した。検討会は16回の会合を開いて議論を重ね、この7月に報告書をとりまとめた。

<報告書の概要>

報告書は、まず「労働時間制度に関するこれまでの経緯と経済社会の変化」について整理したうえで、「これからの労働時間制度に関する基本的な考え方」を提示。その後、裁量労働制も含めた各労働時間制度の現状と課題について述べ、特に裁量労働制については、「対応の方向性」を詳しく記述した。最後に、労働時間制度全体に対する「今後の課題」を論じている。

労働時間制度に関するこれまでの経緯と経済社会の変化

これからの変化として、人材獲得競争の激化や就業ニーズの多様化等を指摘

これまでの経緯についてはすでに触れたことから、「経済社会の変化」についての記述から報告書の具体的な内容をみていくと、①少子高齢化・生産年齢人口の減少②多様な人材の労働参加③労働者の意識や企業が求める人材像等の変化――という変化やその影響を考慮して、労働時間法制を見直していく必要があると主張している。

少子高齢化・生産年齢人口の減少では、「これから更に現役世代の減少が進む中で、産業や就業形態を問わず人材が必要とされると考えられる」として、「企業間の人材の獲得競争が激化することが予想される」と指摘。

多様な人材の労働参加では、出産、育児・介護、病気治療との両立など、「様々な事情を抱えている労働者が労働市場に参加し、働き続けられるよう、多様なニーズに対応できる環境を整備することが求められる」と述べるとともに、女性・高齢者・外国人など多様な労働者の労働市場への参入も進むとして、「引き続き、多様な働き方を求める、多様な人材の労働市場への参画を可能とすることが要請される」との認識を示した。

労働者の意識や企業が求める人材像等の変化では、デジタル化やコロナ禍の影響、時間や場所にとらわれない柔軟な働き方を求める労働側のニーズが強まると予想。一方、企業側からすると、創造的思考等の能力を有する人材や、AI技術等を担う人材など、求める人材像が変化することから、「企業の求める能力を持った多様な人材が活躍できるような魅力ある人事労務制度を整備していくことが求められる」との見方を示した。

これからの労働時間制度に関する基本的な考え方

労働者の健康確保という原初的使命を念頭に置く

次に報告書は、これらの変化をふまえた「これからの労働時間制度に関する基本的な考え方」を示した。

まず、「労働時間法制の意義と課題」という視点からは、労働時間規制に対する社会的要請や担うべき政策目的が多様化してきており、罰則付きの時間外労働の上限規制の導入など新たな規制も導入されてきたが、「現在の労働時間法制が、新たに生じている労使のニーズや社会的要請に適切に対応し得ているのかは、労働者の健康確保という原初的使命を念頭に置きながら、常に検証を行っていく必要がある」との原則的な考え方を提示。

「経済社会の変化に応じた労働時間制度の検討の必要性」という視点では、これまで労働時間法制は労使の様々なニーズに対応するために改正が重ねられ、労使のニーズに沿った働き方は「これまでに整備されてきた様々な制度の趣旨を正しく理解した上で制度を選択し、運用することで相当程度実現可能になる」と述べて、「まずは各種労働時間制度の趣旨の理解を労使に浸透させる必要がある」と強調。他方、労働時間法制が新たなニーズに対応できていない場合には、「必要な検討が行われていくべき」と述べた。

これからも健康確保が土台で、主体的な働き方と両立すべき

こうした点をふまえ報告書は、これからの労働時間制度について、3つの視点に立って考えることが求められると主張した。

第1に、どのような労働時間制度を採用するにしても、「労働者の健康確保が確実に行われることを土台としていく必要がある」と明記。健康確保と主体的な働き方の実現はトレードオフの関係にあるものではなく、両立させていくことが求められると強調した。

2つ目の視点では、「労使双方の多様なニーズに応じた働き方を実現できるようにすることが求められる」と言及。労使のニーズの多様化に対応できる選択が可能となるよう、労働時間制度の整備を進めることが求められると強調した。

3つ目として、どのような労働時間制度を採用するかについては、「労使当事者が、現場のニーズを踏まえ十分に協議した上で、その企業や職場、職務内容にふさわしいものを選択、運用できるようにする必要がある」と、現場重視の考え方を提示。労使が十分に協議して設計した制度であれば、制度趣旨に沿った運用がされているかどうかについて、当該労使が適切にチェックできるなどと説明した。

裁量労働制について

調査結果では、適用労働者のほうが労働時間は若干長かった

以上の考え方をもとに、報告書は現状の各制度について言及した。

裁量労働制についてはまず、現状と課題を明示。調査結果を引用して、1日の平均実労働時間は、裁量労働の適用労働者のほうが、若干長いことや(適用者が9時間、非適用者が8時間39分)、適用労働者の制度適用への不満は少ないことを指摘した(専門型、企画型ともに約8割が制度の適用を「満足」「やや満足」とした)。

また、回帰分析の結果から、業務の遂行方法などの裁量の程度が小さい場合に、長時間労働となる確率や健康状態が悪くなる確率が高くなることも紹介。年収が低くなるにしたがって、適用されていることの満足度が低くなることや、企画型で設置が義務付けられている労使委員会(=対象業務、労働者の範囲、健康・福祉確保措置等の決議を行う)の実効性があると労働者が回答した場合、長時間労働となる確率や健康状態がよくない・あまりよくないと答える確率が低くなるといった結果なども示した。

これらの客観的なデータもふまえ、具体的な対応の方向性について、①対象業務②労働者が理解・納得した上での制度の適用と裁量の確保③労働者の健康と処遇の確保④労使コミュニケーションの促進等を通じた適正な制度運用の確保――の4項目に分けて論じた()。

表:裁量労働制についての【対応の方向性】の4項目とその概要
画像:図表

(公表資料から編集部で作成)

経済社会の変化や労使ニーズもふまえ検討することが適用

〔1.対象業務〕

項目ごとにみていくと、まず「対象業務」については、その範囲について、拡大を求める声と、拡大を行わないよう求める声の両方があるとしながらも、事業活動の中枢で働いているホワイトカラー労働者の業務の複合化に対応し、労働者が自律的・主体的に働くことができるようにするという裁量労働制の趣旨に沿った制度の活用が進むようにすべきとの観点から、対象業務について検討することを推奨した。

検討の際は、「まずは現行制度の下で制度の趣旨に沿った対応が可能か否かを検証の上、可能であれば、企画型や専門型の現行の対象業務の明確化等による対応を検討」し、対象業務の範囲について、「経済社会の変化や、それに伴う働き方に対する労使のニーズの変化も踏まえて、その必要に応じて検討することが適当」と述べた。

同意撤回についても明確化が適当

〔2.労働者が理解・納得した上での制度の適用と裁量の確保〕

(ア 本人同意・同意の撤回・適用解除)

「労働者が理解・納得した上での制度の適用と裁量の確保」については、まず、本人同意について、制度の濫用防止を図る観点から、「専門型・企画型いずれについても、使用者は、労働者に対し、制度概要等について確実に説明した上で、制度適用に当たっての本人同意を得るようにしていくことが適当」と指摘。同意の撤回については、「本人同意が撤回されれば制度の適用から外れることを明確化することが適当」と明記した。

また、業務量が過大であることなどにより、労働者の裁量が失われるような場合には、「裁量労働制の適用を継続することは適当ではない」と主張し、「労働者の申出による同意の撤回とは別に、一定の基準に該当した場合には裁量労働制の適用を解除する措置等を講ずるような制度設計を求めていくことが適当」だと言及した。

(イ 対象労働者の要件)

「対象労働者の要件」について企画型では、現行の指針で職務経験の目安などが示されているが、報告書は「対象労働者の要件の着実な履行確保を図るため、職務経験等の具体的な要件をより明確に定めることが考えられる」と明記。専門型については、適用にふさわしい労働者の適性について、「必要に応じ、労使で十分協議・決定することが求められる」とした。

(ウ 業務量のコントロール等を通じた裁量の確保)

「業務量のコントロール等を通じた裁量の確保」については、裁量が事実上失われたと判断される場合には、適用することができないことを明確化するとともに、そのような働かせ方にならないよう、労使が導入時点だけでなく、導入後も「運用実態を適切にチェックしていくことを求めていくことが適当」と、徹底したチェック体制を強調した。

また、あわせて、労働者側に始業・終業時刻の決定についての裁量がないことが疑われるケースがみられるとして、「始業・終業時刻その他の時間配分の決定を労働者に委ねる制度であることを改めて明確化することが適当」と明記した。

健康確保措置では、他制度との整合性も考慮

〔3.労働者の健康と処遇の確保〕

(ア 健康・福祉確保措置)

「労働者の健康と処遇の確保」では、まず、健康・福祉確保措置について、一般労働者に対する時間外・休日労働の上限規制や高度プロフェッショナル制度での休日の確保などの措置と比べると、「裁量労働制の対象労働者の健康確保措置を徹底するためには、措置の内容を充実させ、より強力にその履行確保を図っていく必要がある」と述べ、「他制度との整合性を考慮してメニューを追加することや、複数の措置の適用を求めていくことが適当」との考えを示した。

(イ みなし労働時間の設定と処遇の確保)

みなし労働時間の設定などについては、相応の処遇を確保せずに、残業代の支払いを逃れる目的で裁量労働制を利用することは制度の趣旨に合致しない濫用的な利用と評価されるとして、まず、みなし労働時間について「対象業務の内容と、対象労働者に適用される評価制度及びこれに対応する賃金制度を考慮して適切な水準となるよう設定する必要があること等を明確にすることが適用」と強調した。

みなし労働時間と実労働時間を一致させず、例えば所定労働時間をみなし労働時間とする場合には、「制度濫用を防止し、裁量労働制にふさわしい処遇を確保するため、対象労働者に特別の手当を設けたり、対象労働者の基本給を引き上げたりするなどの対応が必要となる」と指摘し、「これらについて明確にすることが適当」とも述べた。

労使で合意した形で運用されているか労使で確認・検証を

〔4.労使コミュニケーションの促進等を通じた適正な制度運用の確保〕

「労使コミュニケーションの促進等を通じた適正な制度運用の確保」では、導入時だけでなく、導入後でも、「当該制度が労使で合意した形で運用されているかどうかを労使で確認・検証(モニタリング)し、必要に応じて制度の見直しをすることを通じて、適正な制度運用の確保を継続的に図ることが期待される」とした。

具体的には、使用者が労使協議の当事者に対し、裁量労働制の実施状況や賃金・評価制度の運用実態等を明らかにすることや、労使協議の当事者が実態を参考にしながら協議し、みなし労働時間の設定や処遇の確保について制度の趣旨に沿った運用になっていないと考えられるなどの場合には、「これらの事項や対象労働者の範囲、業務量等を見直す必要があること等を明確にすることが適当」と述べた。

裁量労働制以外の労働時間制度の課題も

裁量労働制以外の制度に対する言及内容をみていくと、時間外労働・休日労働の上限規制については、施行後5年を経過した際に検討を加え、必要があると認めるときには所要の措置を講ずることになっているため、「施行の状況や労働時間の動向等を十分に把握し、上限規制の効果を見極めた上で検討を進めていくとともに、適用猶予事業・業務については着実な施行を図っていくことが求められる」とした。

高度プロフェッショナル制度については、「施行後5年を目途とした検討が求められることから、施行の状況等を十分に把握した上で、検討を進めていくことが求められる」とした。

このほか、テレワークが普及するなか、仕事と生活の区分があいまいになることを防ぐ観点から、海外で導入されている「いわゆる『つながらない権利』を参考にして、検討を深めていくことが考えられる」と言及した。

今後の課題

将来を見据えた検討や、わかりやすい制度にすることなどを提言

今後の課題について報告書は、「働き方改革関連法」における施行後5年後の検討に加えて、経済社会の変化を認識して「将来を見据えた検討」を行っていく必要性も強調。その検討にあたっては、「その必要性が労使をはじめ社会に十分に理解され、広く受け入れられるものとすること」や、「労使双方にとってシンプルで分かりやすいものにしていくこと」、IT技術の活用などによる健康確保のあり方などについて検討を行っていくことなどが必要だとしている。

また、労使コミュニケーションのあり方について、法令に基づき、労使協議を行うことが基本となり、労使双方が納得するために適切に労使協議を行うことが前提となることから、「職場の労働者の過半数を代表する労働組合等各企業の実情に応じて労働者の意見が適切に反映される形でのコミュニケーションを図っていくことが重要」と強調。そのため、過半数制や労使委員会のあり方は中期的な課題だとした。

これまでのような法令で詳細を規定するというやり方ではなく、適切な労使協議の場の制度的担保を前提として、「労使の適切な労使協議により制度の具体的内容の決定を認める手法に比重を移していく」という新しい考え方も、検討課題の1つとして提起した。

(調査部)

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