各都道府県の地域別最低賃金の改定額の答申が出揃う。最高額の東京都は1,072円に
 ――2022年度の地域別最低賃金改定

スペシャルトピック

2022年度の各都道府県における地域別最低賃金の改定額答申が8月23日、出揃った。25の都府県で目安と同じ額の引き上げが答申された一方、22の道県は、目安を1~3円上回る引き上げとした。改定後の最高額(東京都の1,072円)と最低額(10県の853円)の金額差は、昨年度より2円縮小して219円となる。今年は、厚生労働省の中央最低賃金審議会は、消費者物価の上昇や地域間格差への配慮も踏まえ、A・Bランクの都道府県で31円、C・Dランクの都道府県で30円の引き上げを目安とすることを答申していた。

<今年の審議での労使の主張>

今年は小委員会で5回の議論

地域別最低賃金の改定審議は、厚生労働大臣からの諮問をうけた中央最低賃金審議会(会長:藤村博之・法政大学大学院教授)が調査審議を行い、改定の目安を答申のなかで提示する。各都道府県の地方最低賃金審議会は、その目安を参考にして調査審議を行い、それぞれの地方での改定額を答申し、改定額が決定する。

今年は6月28日に、大臣からの中央最賃審への諮問が行われ、同日に「中央最低賃金審議会目安に関する小委員会」を設置。小委員会は5回にわたって議論を重ね、8月1日に、「目安に関する公益委員見解」を含む「中央最低賃金審議会目安に関する小委員会報告」をまとめた。それをうけた中央最賃審が翌2日に、今年度の地域別最低賃金額改定の目安についての答申を公表した。

急激な物価上昇を考慮した引き上げと、円滑な価格転嫁の支援を/労働者側

小委員会報告によると、労働者側委員は、「経済は回復基調にある」との認識を示したうえで、「今後重要なことは、経済をより自律的な成長軌道にのせていくことであり、そのためには、経済・社会の活力の源となる『人への投資』が必要で、その重要な要素の1つが最低賃金の引上げにほかならない」と主張した。

また国際比較の観点から、「現在の最低賃金の水準では、年間2,000時間働いても年収200万円程度と、いわゆるワーキングプア水準にとどまり、国際的にみても低位である」ことを指摘。連合が公表している最低限必要な賃金水準に基づき、「最も低い県であっても時間単価で950円を上回らなければ単身でも生活できないとの試算結果が出ている」として、「最低賃金は生存権を確保した上で労働の対価としてふさわしいナショナルミニマム水準へ引上げるべき」と訴えた。

さらに、急激な物価上昇の影響については、「最低賃金近傍で働く者の生活を圧迫している」と指摘するとともに、「この実態を直視し、生活水準の維持・向上の観点から消費者物価上昇率を考慮した引上げが必要」と述べた。そのうえで、企業物価も上昇していることを踏まえ、「中小企業において円滑に価格転嫁をできるよう強力に支援を図り、もって最低賃金引上げに向けた環境を整備することが重要」とも主張した。

労働市場で募集賃金の上昇が見られていることについては、「企業が存続・発展に向けて賃上げを通じた人材確保に重きを置いていることの現れ」と指摘したうえで、「この点も本年度の目安の決定にあたり考慮すべき」と付け加えた。

地域間の最低賃金の額差については、「これ以上放置すれば、労働力の流出により、地方・地域経済への悪影響がある」との懸念を示すとともに、「昨年度、目安を上回る引上げが行われたのは全てDランク県であり、これは人材確保に対する地方の危機感の現れであって中央最低賃金審議会としてもこの点を受け止めるべき」との認識を示した。

こうした見解を踏まえ労働者側委員は、「本年度は『誰もが時給1,000円』への通過点として、『平均1,000円』への到達に向けてこれまで以上に前進する目安が必要」「併せて地域間格差の是正に向けてC・Dランクの底上げ・額差改善につながる目安を示すべき」と主張した。

企業の「通常の事業の賃金支払能力」を最も重視した審議を/使用者側

一方、使用者側委員は、まず中小企業を取り巻く現在の経営環境について、新型コロナウイルス感染症の影響による景気の低迷、エネルギー問題などから「予断を許さない状況」との認識を提示。加えて、「近年の最低賃金は、過去最高額を更新する引き上げが行われ、影響率も高止まりしており、多くの中小企業から経営実態を十分に考慮した審議が行われていないとの声がある」ことも報告した。

そのうえで、今年度の目安について、「中小企業の経営状況や、地域経済の実情を各種資料から的確に読み取り、各種データによる明確な根拠を基に、納得感のある目安額を提示できる」ようにするため、最低賃金の決定で考慮する事項を①賃金②労働者の生計費③通常の事業の賃金支払能力――の3要素とした最低賃金法第9条第2項に基づき、「慎重な審議を行うべき」と主張した。

また、経済の好循環が重要としたうえで、「スムーズな好循環の実現のため、中小企業に対する一層の支援を含め、産業構造上の上流から下流まで、企業規模にかかわらない、さらなる生産性の向上や価格転嫁も含む取引環境の適正化への支援等の充実が不可欠」と訴えた。

審議のありかたについては、2020年度、2021年度の過去2年間について「コロナ感染症という未曾有の影響があり、もはや通常の経済活動ができる状況とは言えない特殊な事情であった」ことから、「『賃金改定状況調査結果』の第4表に重点を置いた議論ができなかった」と振り返ったうえで、「今後も第4表を重視しつつ、他の指標も勘案して目安審議を進めていくスタンスに変わりない」ことを明言。そのうえで、今年度は「コロナ禍においても雇用を維持しながら、必死に経営を維持してきた企業の『通常の事業の賃金支払能力』を最も重視して審議していく必要がある」と主張した。

<公益委員の見解>

全国加重平均の引き上げ額は31円で、目安制度開始以降で最高

こうした労使の意見の隔たりから、2022年度の地域別最低賃金の改定目安も例年通り、公益委員見解の形で示された。

それによると、引き上げ額の目安はAランク(埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪)とBランク(茨城、栃木、富山、山梨、長野、静岡、三重、滋賀、京都、兵庫、広島)の都府県が31円。Cランク(北海道、宮城、群馬、新潟、石川、福井、岐阜、奈良、和歌山、岡山、山口、徳島、香川、福岡)とDランク(それ以外)の道県が30円。

全国加重平均の上昇額にすると31円で、昨年度の28円を上回った。改定額の全国加重平均は961円となり、1978年度に目安制度が開始されて以降での最高額となった。

政府の最賃引き上げ方針や消費者物価上昇も踏まえて審議/公益委員

とりまとめに至った経緯について、公益委員見解は、最低賃金の引き上げに言及している「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」「新しい資本主義実行計画工程表」「経済財政運営と改革の基本方針2022」も踏まえつつ、最低賃金法第9条第2項の3要素を考慮した審議を行ってきたことを説明。そのうえで、①賃金②労働者の生計費③通常の事業の賃金支払能力――の3要素について、それぞれの状況を細かく説明した。

賃金に関する指標では、ここ数年低下してきた賃金引き上げの水準が反転していることを指摘。また「賃金改定状況調査結果」については、継続労働者に限定した賃金上昇率も2.1%となっていることなどを指摘した。

労働者の生計費については、消費者物価指数の必需品的な支出項目は4%を超える上昇率となっていることを指摘。そのうえで、「最低賃金に近い賃金水準の労働者の中には生活が苦しくなっている者も少なくないと考えられる」としたうえで、「今年4月の『持家の帰属家賃を除く総合』が示す3.0%を一定程度上回る水準を考慮する必要がある」とした。

通常の事業の賃金支払能力については、法人企業統計における企業利益(売上高経常利益率)がコロナ前の水準に回復していることを指摘。また業況判断DIを見ても、コロナ禍からの改善傾向が見られるとした。

最高額に対する最低額の比率を上昇させることも意識

公益委員は以上の3要素のほか、最低賃金について政府が「できる限り早期に全国加重平均が1,000円以上」を目指していることも踏まえれば、可能な限り最低賃金を引き上げることが望ましいことにも言及。総合的な勘案として、「今年度の各ランクの引上げ額の目安を検討するに当たっては3.3%を基準として検討することが適当」との見解を示した。

各ランクの目安額の理由については、①賃金改定状況調査結果第4表における賃金上昇率はDランクが高いものの、今年1~6月の消費者物価の上昇率は、A・Bランクがやや高めに推移している②昨年度はAランクの地域を中心に雇用情勢が悪化していたこと等も踏まえて全ランク同額としたが、今年度はAランクにおいても足下では雇用情勢が改善していることから、A・Bランクは相対的に高い目安額とすることが適当③地域間格差への配慮の観点から少なくとも地域別最低賃金の最高額に対する最低額の比率を引き続き上昇させていく必要がある――の3点をあげた。

政府に対する要望にも言及し、「今年度の目安額は、コロナ禍や原材料費等の高騰といった企業経営を取り巻く環境を踏まえれば、特に中小企業・小規模事業者の賃金支払能力の点で厳しいものであると言わざるを得ない」と認め、中小企業が継続的に賃上げしやすい環境整備を政府に要望した。

<各都道府県の最賃審の答申の内容>

22の道県で目安を上回る引き上げ

中央最賃審の答申を参考に、各地方の最低賃金審議会(都道府県労働局に設置)で、地域における賃金実態調査や参考人の意見等も踏まえた調査・審議が行われ、8月23日までに全ての都道府県で、改定額答申が出揃った。

25の都府県が目安通りの引き上げを答申(表1)。Aランクに属する6の都府県は、いずれも目安通りの引き上げとしている。一方、22の道県は目安を1~3円上回る引き上げとした。最も引き上げ額が高いのは33円の岩手県、鳥取県、島根県、高知県、沖縄県で、いずれもDランクに属している。

表1:2022年度の地域別最低賃金の答申状況
画像:表1

注1:括弧内の数字は改訂前の地域別最低賃金。

注2:効力発生日は、答申公示後の異議の申出の状況等により変更となる可能性がある。

(公表資料から編集部で作成)

これにより、最高額(東京都の1,072円)と最低額(10県の853円)の金額差は、昨年度より2円縮小して219円となる。

最低賃金の引き上げ額をめぐっては2016年以降、20円超の引き上げが続いていたが、2020年度はコロナ禍の厳しい雇用状況のなかで、中央最低賃金審議会では引き上げの目安が示されず、実際の改定額(全国加重平均額)も1円の引き上げにとどまった。昨年度の28円の引き上げは、1978年度に目安制度が始まって以降で最高額となっていたが、今年度の31円の引き上げがそれを上回ることとなった(表2)。

表2:地域別最低賃金の全国加重平均額と引き上げ率の推移
画像:表2
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注1:金額は適用労働者数による全国加重平均額である。

注2:括弧内は引き上げ率(%)を示す。

注3:(※)は全国加重平均の算定に用いる経済センサス等の労働者数の更新による影響分(2012年度は+2円、2016年度は+1円)が含まれる。

(公表資料から編集部で作成)

答申された改定額は、都道府県労働局での異議申出に関する手続きを経たうえで、都道府県労働局長の決定により、10月1日から20日までの間に順次発効される見通しとなっている。

<労使団体の今回の改定目安に対する見解>

「データに基づく真摯な議論」も、支払い能力は反映されず(日商)

今回の改定目安について、日本商工会議所は8月2日、コメントを発表。「公労使の三者構成による審議会において、物価、賃上げの動向、企業の経営状況に関する客観的なデータに基づく真摯な議論がなされた」と審議のプロセスを評価した。そのうえで目安額については、「企業の支払い能力の厳しい現状については十分反映されたとは言い難い」「最低賃金の改定による影響を受けやすく、コロナ感染再拡大の影響が懸念される飲食・宿泊業や、原材料・エネルギー価格など企業物価の高騰を十分に価格転嫁できていない企業にとっては、非常に厳しい結果」との見方を示した。また政府への要望として、価格転嫁対策のほか、生産性向上に取り組む中小企業への支援をあげた。

全国商工会連合会も同日にコメントを発表。「昨今の物価高騰を受けての引上げはやむを得ない部分もある」と理解を示しつつも、現在の状況を「コロナ禍に加えてウクライナ問題等により、売上の減少や原材料費・原油価格の急激な高騰など、企業や地域経済は厳しい」とみて、「今般の過去最大の引上げにより、中小企業・小規模事業者の経営は一層圧迫され、厳しさを増す」ことに懸念を示した。

そのうえで政府への要望として、「人手不足の深刻化している地方においては、最低賃金の引上げに伴いパート従業員が就業調整を加速することが想定される」ことから、「最低賃金の引上げと併せて、税及び社会保障制度についても一体的に見直しを行い、パート従業員の就業調整の抑制を図る施策を実施」することを求めた。

過去最高の目安水準は最賃近傍の労働条件改善に資する(連合)

一方、労働側の連合は同日、「本年度の目安は、現下の情勢をしっかりと踏まえ公労使三者が真摯に議論を尽くした結果」と評価したうえで、「過去最高となる目安の水準については、最低賃金近傍で働く者の労働条件改善に資する」「労働側の主張は一定受け入れられ、連合がめざす『誰もが時給1,000円』に一歩前進する目安が示された」などとする清水秀行事務局長の談話を公表した。

全労連は8月3日、「審議で示された賃金上昇率は、Aランクで1.4%、Bで1.3%、Cで1.6%、Dで1.9%と最低賃金が低い地域ほど高く、さらに物価高騰は低所得者ほど重荷になることを考えると、地域間格差が広がる当目安は根拠も不明確であり看過することはできない」「最低賃金決定の3要素のうち『今年度は、特に労働者の生計費を重視した目安額とした』としているが、少なくとも3%程度の物価上昇を考慮すれば、昨年の28円に物価上昇分を加味しなければ現在の生計を維持することすら否定されたことになる」などとする黒澤幸一事務局長の談話を発表した。

(調査部)

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