企業が不妊治療と仕事の両立支援推進の方針を明確に示し、「社員が気兼ねなく利用」できるよう、周知と社内意識の醸成を
 ――厚生労働省が「不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりのためのマニュアル」を改訂

行政の対応

多くの企業で、社員が不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりに取り組む なか、厚生労働省は今年3月 、2019年に作成した「不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりのためのマニュアル」を改訂した。不妊治療と仕事との両立については、2021年2月に次世代育成支援対策推進法(以下「次世代法」)に基づく行動計画策定指針改正にともない、一般事業主行動計画に盛り込むことが望ましい事項として追加され、2021年4月から適用されている。また、2022年4月からは不妊治療の保険適用も始まった。マニュアルは、事業主・人事部門向けに作成されたもので、企業における不妊治療と仕事との両立支援の取り組みは企業にとって大きなメリットがあると強調。両立支援制度を導入するにあたって必要なステップを、取り組み方針の明確化から実績確認・見直しまで、5段階に分けて詳解した。制度設計にあたっては、不妊治療に特化するのみではなく、広く社員のニーズに応じて柔軟に働ける制度を用意する方法もあるとして、そもそもの通常の働き方を見直す重要性を指摘する。

以下、マニュアルの概要を紹介する(マニュアルは厚生労働省HPで閲覧、ダウンロードが可能)。

企業における不妊治療と仕事との両立支援の現状と取り組む意義

マニュアルは、まず、企業における不妊治療と仕事との両立支援の現状を、調査データ等で紹介している。調査によれば、近年、不妊治療を受ける夫婦が増加しており、生殖補助医療による出生児の割合も増加しているものの、不妊治療の実態については「ほとんど知らない」「全く知らない」という労働者が8割近くにのぼる。また、企業の67%は不妊治療を行っている社員を把握していないという。

そうしたなかで、不妊治療と仕事を両立している者は約5割しかおらず、約35%は仕事を辞めたり、雇用形態を変えている。

このような状況を踏まえ、「社員が不妊治療をしながら働き続けやすい職場づくりを行うことは、安定した労働力の確保、社員の安心感やモチベーションの向上、新たな人材を引き付けることなどにつながり、企業にとっても大きなメリットがある」と強調している。

不妊治療と仕事との両立支援導入ステップ

両立支援導入に必要な5つのステップを提示

マニュアルは、企業が、社員の不妊治療と仕事との両立支援の取り組みを行うために必要なステップとして、以下の5段階をあげている。

ステップ1 取り組み方針の明確化、取り組み体制の整備

両立について企業が推進する方針を明確に示し、休暇制度・両立支援制度とともに社内に周知する。「企業が方針を示すことで、不妊治療を受ける社員は制度を利用しやすくなり、上司や同僚等の理解やサポートが得やすくなる」と指摘する。

そして、取り組みを主導する部門や担当者を決め、取り組み体制を整備する。取り組み体制の主導は、経営者や人事部門または総務部門、編成したプロジェクトチーム等が行うことを推奨している。

ステップ2 社員の不妊治療と仕事との両立に関する実態把握

取り組みの出発点として、実態把握をあげる。

不妊治療についての社内の理解度やニーズ等の現状を把握するため、チェックリスト・アンケートの活用や、社員からのヒアリングの実施、労働組合等組織との意見交換などの方法を例示している。あわせて、国の施策や他社の取組、対応について情報収集しておくことも必要としている。

また、「こうしたアンケートやヒアリングなどを実施することで、企業が不妊治療と仕事との両立を支援するという姿勢を示すことにもつながる」と示唆する。

企業内の現状を把握するための「チェックリスト」の例を示している。チェック項目は、「利用可能な現行の社内制度を整理しているかどうか」「推進を社内研修等で啓発しているかどうか」など10項目に及ぶ。

また、社員の不妊治療の実態・両立についての認識や、治療経験・予定の有無など把握すべき項目を盛り込んだ「社員用アンケート」例も掲載している。

ステップ3 制度設計・取り組みの決定

1.制度の設計・取り組みの決定

ステップ2の実態把握を踏まえて、各企業の実態に応じた取り組みを検討し、制度設計を行う。マニュアルでは、不妊治療と仕事との両立に特化した制度だけではなく、広く社員のニーズに応じて柔軟に働ける制度を用意する方法もあるとして、「そもそもの通常の働き方を見直す」重要性を指摘する。そして、社員のニーズに応じて働く時間や働く場所など、多様な選択肢を設けることも望ましいと助言している。

2.規定等の整備

就業規則には、始業・終業の時刻、休憩時間、休日、休暇、賃金、昇給、退職等に関する、いわゆる絶対的必要記載事項を必ず記載しなければならない。上記の検討を経て制度を導入するにあたり、その内容が就業規則の当該事項に該当する場合、就業規則を整備し、労働基準監督署に届け出る必要がある。適宜、必要な規定等を整備することを指摘している。

ステップ4 運用

1.制度等の周知と意識啓発

運用にあたり、制度の利用を希望する社員がスムーズに申出できることが必要である。まず、「不妊治療のための休暇制度・両立支援制度」についての情報等を企業内の全社員に広く周知することが重要と指摘する。

また、不妊治療に対し理解のある職場風土づくりを行い、制度を利用しやすくすることが不可欠である。不妊や不妊治療を理由としたハラスメントが生じることのないよう、意識啓発を行うことが重要だと強調する。

(1)自社の方針の明確化と制度の周知

企業トップの方針やメッセージを伝えるとともに、制度についての情報を企業内の役員、管理職も含め全社員に周知する。

(2)社内意識の醸成

制度運用の要は、「社員が気兼ねなく利用できること」だとして、不妊治療と仕事の両立には職場の理解が不可欠だと強調し、不妊や不妊治療についての正しい知識の周知と社内意識を醸成することが大切、としている。

(3)ハラスメントのない職場づくり

不妊治療を受ける社員に、不安を感じさせたり、制度利用を躊躇させてしまうことのないよう、ハラスメント防止の方針等を広く周知することをアドバイスする。

嫌がらせや否定的な言動は当然のこと、からかう・軽々しく扱うといった振る舞いについても慎むよう意識啓発が重要とアドバイスする。

(4)プライバシーの保護

不妊や不妊治療に関する社員のプライバシーが、本人の意思に反して職場全体に知れ渡ってしまうことのないよう、プライバシーの保護に十分配慮する必要がある、と助言する。治療についても、相談内容を担当部署のどの範囲まで情報共有するかについて確認をすべき、としている。

(5)周知等すべき事項

周知すべき項目として、①不妊治療と仕事との両立支援についての自社の方針②制度の内容、利用要件や適用範囲、申請方法、申請事項、申請時期――などを例示している。

(6)周知方法

周知の方法としては、①通達、社内報、パンフレット、ハンドブック、イントラネット②上司から部下への説明③説明会、研修会、eラーニング等の実施――があるとする。

2.管理職や人事部の役割

マニュアルは、管理職や人事部の役割についても言及している。管理職や人事部の担当者は、制度の周知や社内意識の醸成のために重要な役割を果たす必要があるとともに、もし社員から不妊治療や不妊治療と仕事との両立について相談を受けた場合、社員の現状を把握しなければならない、と指摘する。

ステップ5 取り組み実績の確認、見直し

制度や取り組みの実施後は、毎月、半年、1年等、一定の期間が経過した後に、取り組み実績を確認し、評価や見直しを行うといったプロセスが必要であると指摘する。

見直しに当たっては、まず活用実績の確認やアンケート等による実態把握の実施を推奨している。見直しを行う際に確認すべきポイントは、「趣旨や内容が社員に周知されているか」「利用要件が分かりやすく、手続が煩雑でないか」「制度が社員のニーズに対応しているかどうか」をあげている。

そのうえで、制度を利用した社員へのアンケートやヒアリング結果を踏まえ、見直し・改善していくことが有効だとアドバイスしている。

両立支援に取り組む20社の事例を掲載しポイントを紹介

このほか、マニュアルでは不妊治療と仕事との両立に取り組んでいる企業の20社について事例を紹介している。各社の①制度や取り組みの導入理由・経緯②主な制度や取り組み③制度等の利用者や周囲の声④導入・運用のポイント――をコンパクトにまとめている。

また、参考情報として、不妊治療と仕事との両立に関する問い合わせ機関、不妊治療についての問い合わせ機関などを掲載している。

(調査部)