【労働組合の取り組み事例】 組合員の抱える課題を把握しハラスメント根絶に向けた体制整備を労使で積極的に実施
 ――全労金とKDDI労働組合の取り組み

取材

今年4月からは中小企業でもパワハラ防止措置が義務化され、ハラスメントのない職場づくりに向け、職場や現場に精通する労働組合の役割が、これまで以上に重要になってきている。労働組合に何ができ、また、どのような取り組みを行うべきなのか。昨年、連合が開催したシンポジウムと、今年4月に日本労働弁護団と連合が開催したシンポジウムでの事例報告では、全国労働金庫労働組合連合会(全労金)とKDDI労働組合が取り組みの概要を紹介した。全労金では昨年3月、経営側と共同でハラスメントの根絶に向けたメッセージを発表。全国労働金庫協会(労金協会)は昨年4月、ハラスメント禁止ガイドラインを制定した。ガイドラインはILO条約の内容を盛り込み、労使協議でハラスメントを禁止する方針を明確化することを明文化した。KDDI労組では、2年前にすでに、経営側とハラスメント禁止に関する労働協約を締結。社内で働く社員にとどまらず、他社に出向中の社員も含めて労使でハラスメント防止に努めている。以下の内容は、全労金とKDDI労働組合の当日の講演内容と配付資料をもとに、編集部で再構成してまとめたもの。

連合「ILO『仕事の世界における暴力とハラスメントの根絶に関する第190 号条約』発効シンポジウム」(2021年7月13日)/日本労働弁護団・連合「シンポジウム・労働組合のためのハラスメントのない職場づくり」(2022年4月20日)から

全労金の取り組み

ILO条約の内容も盛り込んだ「ハラスメント禁止ガイドライン」の制定につなげる

全国の労働金庫などの職員を組織する全労金は、労金協会が2021年4月に制定した「労働金庫業態におけるあらゆるハラスメント禁止ガイドライン」につながる取り組みを展開。ガイドラインは、すべての役職員があらゆるハラスメントを受けることなく、安心して働くことのできる就労環境の確保に向けて方針を明確にしている。

取り組みのきっかけは、2017年に全労金から使用者側である労金協会に提出された、「組織風土改革に向けた申入書」だった。全国の労働金庫からハラスメントの発生を含む様々な問題の報告が寄せられたことから、現状の職場の課題認識を共有し、社会的役割・使命を果たすための組織・職場風土の構築に向けた具体的な対応を、労使で協議・推進していくことを申し入れた。

その後、2019年に全労金の定期大会で「あらゆるハラスメントの根絶に向けた特別決議」が確認され、労金協会で「あらゆるハラスメントの根絶」を重要課題と位置づけた基本方針が確認されるなど、労使それぞれでハラスメント対策に向けた動きを推進。

2020年には、6月の「ハラスメント対策関連法」の施行に向けて、就業規則や関連諸規程、職場内の体制整備を目的として、労使で使用するチェックリストが作成された。このチェックリストは、「ハラスメント対策関連法」の対応事項や厚生労働省の指針、連合が2020年1月に公表したハラスメントに関するガイドラインなどを踏まえた内容となっており、業態統一指針として2021年4月に労金協会が制定した「労働金庫業態におけるあらゆるハラスメント禁止ガイドライン」(以下、ガイドライン)にも反映されている。

ハラスメントは人権問題であることを明確に定義

ガイドラインのこだわりの1つが、国際労働機関(ILO)が2019年6月に採択した「仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約」(以下、ILO第190号条約)の内容を盛り込んでいることだ。具体的には、「ハラスメントは人権問題であることを明確に示す」「対象を、職場で働く従業員に留めない」「場所は限定せず、仕事と関係する場所を網羅する」――の3点を大きく取り上げている。

「ハラスメントは人権問題であることを明確に示す」については、ガイドラインの「定義」の項目で、あらゆるハラスメントを「単発的か反復的かを問わず身体的・精神的・性的・経済的苦痛を与え、人の権利及び尊厳を侵害する又はその可能性がある行為、慣行、脅威」と表現。ハラスメント行為は、「個人の尊厳や人格、性的自由、労働の権利を深く傷つけ、憲法が保証する基本的人権の尊重を侵害する行為」として、「絶対に容認できない問題」と規定している。

ハラスメントの対象者や対象時間・場所を幅広く設定

またガイドラインは、ILO第190号条約が「対象を、職場で働く従業員に留めない」としていることに関連する「対象」の項目で、全国の労働金庫や関係団体で働く、派遣労働者も含んだすべての労働者のほかに、求職者・応募者、内定者、取引先の労働者・使用者、顧客なども対象者であることを盛り込んだ。

「場所は限定せず、仕事と関係する場所を網羅する」に該当するところでは、ハラスメントが発生する時間や場所が、職場内に限らず、業務外や休日、SNS上といった事例もみられたため、ガイドラインの「対象」の項目で、時間について「平日・休日を問わず」と強調。場所については、「仕事を遂行する職場(外出先を含む)および休憩・食事をとる場所、労働者が利用する衛生、洗面所および更衣室、社宅、仕事に関係する出張、移動、訓練、行事、社会活動中、情報通信技術による連絡手段、通勤時、懇親の場等」と幅広く定めた。

あらゆるハラスメントが「禁止」事項であると強調

また、ガイドラインでは、ハラスメントが「禁止」事項である旨を強く訴えることを意識し、「保護および禁止」の項目で、「全国の労働金庫および関係団体は、あらゆるハラスメントを断固として容認せず」と明記。すべてのハラスメントに関連する項目に対し、労使が真正面から向き合う姿勢が重要という考え方のもと、「ハラスメントが発生しない環境を全面的に整備する重要な責任があることを認識し、労使協議のうえ、ハラスメントを禁止する旨の方針を明確化」することを強調している。

労使での対応策の検討や実態把握が必要に

ガイドラインの制定や2022春闘での要求によって、全労金では全14単組において、事業体とハラスメント対策に関して協議する労使委員会が設置された。今後は「労使でハラスメント根絶に取り組んでいる姿を職場に発信し、実際に応じた具体的な対応策を検討することが必要」とみる。

一方、全組合員を対象に2021年12月~2022年2月に実施したハラスメントに関するアンケート結果では、1年以内にハラスメントを受けた、あるいは見たとする組合員も一定数存在していることが明らかになっており、「今後もガイドラインの実効性を高めるために、経年比較や詳しい実態把握が必要」と考えている。労働組合役員が適切に相談に対応できる教育の必要性も受け止めている。

※2021年7月シンポジウムでの講演者は書記長の深見正弘氏、2022年4月シンポジウムでの講演者は書記次長の原田鉄也氏。

KDDI労組の取り組み

2020年6月の時点ですでに労働協約を締結

KDDIの労使では、ハラスメント禁止に関する労働協約を2020年6月に締結した。

協約の範囲は、「KDDIの役員」と「KDDIが直接雇用する全ての社員」。ハラスメント適用の範囲としては、「職場、洗面所、休憩室など、全ての事業所内」だけでなく、「出張、研修、懇親会、イベント中など事業所外」と、「電話、Eメール、SNSなど、あらゆるコミュニケーション」を含めている。

被害者/加害者の範囲に出向中の社員も含める

被害者/加害者の範囲については、「KDDIの役員、直接雇用の社員」は当然ながら、「他社の社員、顧客、サービス利用者、KDDIへの求職者、退職者、一般の人々」も含め、出向先で被害にあっても適用されるように配慮している。

対応の内容としては、「労使で協議のうえ、ハラスメント防止・撤廃のために取り組む」ことや、発生した時には「調査、事実確認、解決処理等、ハラスメントに対処する」こと、また、これまでも取り組んでいたが、「ハラスメント防止活動の計画・推進・強化をする」「相談、救済を受けられるように体制を整える」ことを協約のなかで明確に定めた。

労働協約の締結は、KDDI労組が2020春闘で会社側に要求した。要求に踏み切った背景としては、外部要因では、ILO第190号条約(仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約)に対して日本が未批准であること、2020年6月にいわゆるパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)が施行されたことがあった。また、連合と情報労連がハラスメント撲滅に向けて運動を推進していたことや、カスタマーハラスメントが社会問題化したこと、があった。

一方、内部要因としては、auの携帯電話を売る店頭で他社スタッフや客とのトラブル・ハラスメントが少なからずあった。コールセンターでは、理不尽な要求や不毛な問い合わせがあった。出向先でのハラスメント被害の疑義も要因の1つだった。

労働協約の締結を求めた理由としては、上記の背景にあった外部要因に加え、人権侵害や心身への悪影響、企業コンプライアンスなど、あらゆる観点からハラスメント防止は労使で考えが一致するはずだ、という考えを組合は持っていたことがある。

会社も組合からの協約締結の提案に賛同

会社側からの否定的な反応はなかった。組合が会社に要求すると、会社は、「国際人権章典」とILOの「労働の基本原則および権利に関する宣言」を人権のもっとも基本的な方針としている理解している、との反応だった。要求前からすでに、「KDDI行動指針」に「KDDIグループ人権方針」を策定し、就業規則にもハラスメント行為を禁止しており、相談窓口の設置、管理職向けの研修、社員教育も積極的に実施していたことから、組合からの協約締結の提案には賛同するとの姿勢だった。

協約締結後は、会社側は、もともと毎年行っているハラスメント防止に向けたeラーニングを継続実施している。特にeラーニングでは、ハラスメントを種類ごとに分けて作っている。このなかでは、特にセクハラになるが、取引先や就活生など社外の関係者も対象にハラスメントの加害者・被害者になってしまう可能性があるということを具体的な事例で示している。管理職向けの研修、相談窓口(社内外)の設置を継続して実施している。

一方、組合としては、組合員相談窓口(電話、Eメール)を継続して、強化するとともに、年に数回、特定の期間に特設相談窓口を設け、全組合員を対象に職場での悩みや課題に対処している。相談があってからでは遅いという面もあるので、WEB機関紙などでも啓発を行っている。

※2022年4月シンポジウムでの講演者は副委員長の長谷川強氏。