手取りを減らさない取り組みを行った事業主に労働者1人あたり最大50万円を支給
 ――厚生労働省が「年収の壁・支援強化パッケージ」を10月から実施

スペシャルトピック

厚生労働省は、年収が106万円以上など一定額を超えると社会保険料負担によって手取り収入が減るいわゆる「年収の壁」に対応するため、当面の対応策である「年収の壁・支援強化パッケージ」をまとめ、10月から実施することにした。「106万円の壁」への対応では、手取りを減らさない取り組みを講じた企業に対し、労働者1人あたり最大50万円を支援する。「130万円の壁」への対応では、収入が一時的に上がっても、引き続き被扶養者認定が可能となる仕組みを用意した。

厚労省調査では就業調整している人の57%が「130万円の壁」を理由にあげる

会社員や公務員の配偶者で扶養され、社会保険料の負担がない「第3号被保険者」でも、厚生労働省によれば約4割が就労している。しかし、収入が増加し一定以上(106万円以上または130万円以上)となると、社会保険料負担などによる収入の減少が発生することから、労働時間を減らして収入を減らす「就業調整」を行う人が出てくる。そのため、この「106万円の壁」「130万円の壁」のことを「年収の壁」と呼ぶことがある。

具体的に説明すると、従業員100人以上(2024年10月以降は50人以上)の企業に勤務する者で、年収が106万円以上、週労働時間20時間以上になると、「第2号被保険者」となり、厚生年金・健康保険の保険料を払わなければならなくなる。また、年収が130万円以上になると、「第1号被保険者」となり、配偶者の健康・厚生年金保険の被扶養者から外れ、自分で加入しなければならなくなる。

厚生労働省「2021年パートタイム・有期雇用労働者総合実態調査」によると、配偶者がいる女性パートタイム労働者のうち、就業調整をしていると回答した人(21.8%)はその理由として、57.3%が「130万円の壁」をあげ、21.4%が「106万円の壁」をあげた。

最賃引き上げ、賃上げのパートへのために対応が急務に

今年は地域別最低賃金が30年ぶりの高い水準での引き上げとなり、全国加重平均も1,004円となったため、就業調整する人がさらに増えるとの懸念がある。しかし、賃上げの流れを短時間労働者にも波及させていくためには、本人の希望に応じて可能な限り労働参加できる環境をつくることが重要になってくる。

こうしたなか、「いわゆる106万円・130万円の壁を意識せずに働くことが可能となるよう、短時間労働者への被用者保険の適用拡大、最低賃金の引き上げに引き続き取り組む」ことと、当面の対応として、「支援強化パッケージを本年中に決定した上で実行し、さらに制度の見直しに取り組む」ことが、政府のこども未来戦略方針ですでに打ち出されていたこともあり、今回の迅速な決定での政策打ち出しとなった。

岸田文雄首相は9月25日の会見で「『130万円の壁』については、被用者保険の適用拡大を推進するとともに、次期年金制度改革を社会保障審議会で検討中だが、まずは『106万円の壁』を乗り越えるための支援策を強力に講じていく」と述べたうえで、「具体的には、事業主が労働者に『106万円の壁』を越えることに伴い、手取り収入が減少しないよう支給する社会保険適用促進手当を創設する。こうした手当の創設や、賃上げで労働者の収入を増加させる取り組みを行った事業主に対し、労働者1人当たり最大50万円を支給する助成金の新メニューを創設する。こうした支援によって、社会保険料を国が実質的に軽減し、『壁』を越えても、給与収入の増加に応じて手取り収入が増加するようにしていく。政府としては『106万円の壁』を乗り越える方、すべてを支援していく」と強調した。

賃金の15%以上分を支給すると1年目に1人あたり20万円

「年収の壁・支援強化パッケージ」に盛り込まれた対応の中身を見ていくと、「106万円の壁」への対応では、企業への支援策として、「キャリアアップ助成金」のコースを新設する。コース名は、「社会保険適用時処遇改善コース」。

具体的には、短時間労働者が新たに被用者保険の適用を受けた際に、労働者本人負担分の手当支給や賃上げなどにより労働者の収入を増加させる取り組みを行った事業主に対して、労働者1人あたり最大50万円の支援を行う。事業所あたりの申請人数の上限はない。対象は2025年度末までに被用者保険を適用した事業主で、申請にあたっては提出書類を簡素化するなど事務負担の軽減をはかる。

手当などにより収入を増加させる場合の支給メニューをみていくと、賃金の15%以上分を労働者に追加支給(社会保険適用促進手当)すると、1年目に1人あたり20万円を助成する(図表)。賃金の15%以上分を労働者に追加支給(社会保険適用促進手当)するとともに、3年目以降に、賃金の18%以上を増額させることを条件に、2年目にまた1人あたり20万円を助成する。そして、3年目に賃金の18%以上を増額させることの要件を満たせば、3年目に1人あたり10万円を助成することから、最大50万円の助成となる。

労働時間を延長させることでも助成を受けることができる。具体的には、①週所定労働時間を4時間以上延長する②週所定労働時間を3時間以上4時間未満延長し、賃金を5%以上増額する③週所定労働時間を2時間以上3時間未満延長し、賃金を10%以上増額する④週所定労働時間を1時間以上2時間未満延長し、賃金を15%以上増額する――のいずれかを満たせば、1人あたり30万円助成する。なお、収入を増加させる場合の手当等支給メニューと組み合わせて最大50万円の助成を受けることも可能としている。

図表:「106万円の壁」への対応 企業への支援【キャリアアップ助成金「社会保険適用時処遇改善コース」】

(1)手当等支給メニュー
画像:図表(1)手当等支給メニュー

(2)労働時間延⾧メニュー
画像:図表(2)労働時間延⾧メニュー

注1:助成額は中小企業の場合。大企業の場合は3/4の額。

注2:1年目に(1)の取り組みによる助成(20万円)を受けた後、2年目に(2)の取り組みによる助成(30万円)を受けることが可能。

(公表資料から編集部で作成)

社会保険適用促進手当は社会保険料の算定対象としない

「106万円の壁」への対応の方策のもう1つは、事業主が被保険者の保険適用に伴い、手取り収入を減らさないように手当(「社会保険適用促進手当」)を支給した場合に、本人負担分の保険料相当額を上限として、社会保険料の算定対象としないという内容。

対象は、標準報酬月額が10.4万円以下の労働者。報酬から除外する手当の上限額は、標準報酬月額が8.8万円の場合は年額で15.9万円、標準報酬月額が9.8万円の場合は年額で17.7万円、標準報酬月額が10.4万円の場合は年額で18.8万円と設定した。最大で2年間の措置とする。

事業主が一時的な収入変動であることを証明すれば認定

「130万円の壁」への対応では、事業主の証明による被扶養者認定を円滑化させる。

被扶養者の認定では、年間収入が130万円未満であることなどが要件となっているが、130万円以上となるとただちに被扶養者認定が取り消される訳ではない。一時的に収入が増加し130万円以上が見込まれる場合には、総合的に将来の収入見込みを判断することとなっており、認定には、過去の課税証明書、給与明細書、雇用契約書などを確認する。

今回、こうした手続きに加え、事業主が人手不足による労働時間延長など、一時的な収入変動であることを証明することでも被扶養者認定できるようにした。ただし、あくまでも一時的な事情による認定のため、労働者1人につき連続2回を上限とする。

今後、配偶者手当の見直しの手順も公表する予定

企業の収入要件のある配偶者手当も、就業調整の一因となっているが、パッケージは、見直しの手順をフローチャートで示すなど、分かりやすい資料を作成・公表するとしている。

(調査部)