大手企業は新領域のビジネス創出を推進するなかでIT人材を育成。中小企業は業界団体がDX推進事業や動画による学びのコンテンツを用意
 ――日本印刷産業連合会、全日本印刷工業組合連合会

業界事例

印刷産業を取り巻く環境は、ペーパーレス化・デジタル化に伴う需要の低下で厳しくなっており、事業所数や出荷額は減少傾向にある。デジタル技術への対応や次世代を担う人材の確保・育成に迫られるなか、技術革新を進める大手企業は新領域のビジネス創出を進めてIT人材を育成。中小企業では、業界団体の主導で地域の印刷会社がプラットフォーム上で連携する「DX-PLAT」事業で業務効率化・見える化を図る取り組みが模索されている。人材育成や働き方改革の取り組みでは、業界団体が会員企業に対して動画による学びの機会を提供したり、女性経営者どうしがSNSで交流して会社経営や働き方の悩みを共有する動きもある。印刷産業10団体を束ねる日本印刷産業連合会(日印産連)と、日印産連の会員で主に中小の印刷会社を組織する全日本印刷工業組合連合会(全印工連)を取材した。

<印刷産業の動向>

事業所数はこの20年で3分の1近くにまで減少

近年、印刷産業の事業所数は減少傾向にある。経済産業省「経済センサス活動調査」「工業統計調査」をみると、2000年時点では4万83事業所が存在していたが、2020年には1万3,335事業所と、約3分の1にまで減少している。日印産連はその要因について、「印刷産業はペーパーレス化・デジタル化で厳しい状況が続いてきた。ここ3年ほどは、コロナ禍での在宅勤務、ペーパーレス、電子行政、押印廃止などが一気に進んだことで、さらに厳しくなっている」と説明する。

従業員「19人以下」の中小零細企業が約8割を占める

同調査によると、印刷産業の事業所の従業員数は「3人以下」が30.2%で全体の3割となっているほか、「19人以下」が78%と、中小零細の企業が大半を占めている。「100人以上」は2.7%にすぎないが、出荷額ベースでは38.9%と4割弱を占める。

印刷産業の出荷額は、2000年時点では8兆1,378億円にのぼっていたが、2020年は4兆6,630億円で、2000年の約6割の水準に落ち込んでいる。分野別では、出版・商業印刷・証券・事務用品印刷等の紙媒体は縮小傾向が続いている。ただし、パッケージや建装材といったデジタルでは置き換えられない分野は比較的安定している。

人件費やエネルギーコストは価格転嫁が厳しい状況

日印産連によると、最近の物価高騰のなかで、「報道によって、原材料費が高騰しているという事実が浸透しており、仕入価格の上昇分を見積書で根拠として計上しやすくなっている」ことから、原材料費については比較的、価格転嫁が進んでいる。

しかし、エネルギー価格や人件費については、価格転嫁が難しい状況。中小零細企業が大半の印刷業界では、単品管理やコスト計算が十分にできていない企業もみられるほか、実態として「発注者の言い値で仕事を請け負っている」ケースもあるという。

デジタル・マーケティングなどの「新領域」のビジネス創出を推進

こうしたなか、長年にわたり培ってきた情報管理・加工の技術とノウハウをもとに技術革新を推進している大手・中堅企業では、企画・デジタル分野や産業資材、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)などの「新領域」でのビジネス創出を推進。たとえばBPOでは、コロナ禍での自治体の行政手続きのデジタル化支援や、ワクチン接種券の発送などを印刷会社が請け負った。これまではチラシ等の紙での販促活動をサポートしてきた印刷会社が、インターネットを活用したデジタル・マーケティングに事業を拡大する例もある。さらに大手企業のなかには、メタバース事業に参入する動きもみられる。

このように印刷会社は、従来の印刷産業の枠から「高付加価値コミュニケーションサービス産業」への転換を図っている。そのため日印産連は「新領域での売り上げを含めれば、産業として右肩下がりとはならない」との見方を示す。

<人材の動向>

労働者数は20年前の約6割の水準に

事業所数の減少傾向に伴い、印刷産業で働く人も減少している。先述の調査によれば2000年時点では42.8万人が従事していたが、2020年には24.4万人と、20年前の約6割の水準になっている。

規模別の構成比をみると、「100人以上」の企業で働く人が30.8%(7.5万人)で、「100人未満」は69.2%(16.9万人)。「50人未満」では50.1%となっており、2人に1人は50人未満の企業で働いている。

中小企業は採用の難しさに加え、定着も課題

中小企業では、採用の困難さが大きな課題になっている。日印産連によると、印刷所では夜勤も多く、それが敬遠される一因になる。たとえば、新規高卒者が印刷会社への就職に関心を持ち、採用試験に合格したとしても、夜勤があることに親が反対する事例もあるという。仮に採用できたとしても、短期間で辞めてしまう者もいるため、中小企業では採用・定着の双方が課題となっている。

新しい印刷産業のイメージを周知する取り組みを強化

中小企業が採用に苦戦するなか、業界全体としての人手確保の取り組みが進められている。全印工連では、以前は求職者向けの説明会を中小企業が合同で開催していたが、今年は就職希望の学生も意識した一般向けのイベントを3日間にわたり開催し、延べ1,200人が訪れたという。日印産連は「印刷産業というだけで、なかなか人が集まらない状況がある。そのため、新しい印刷産業のイメージを発信するなどの取り組みを強化していきたい」としている。

大手企業は育成したデジタル人材の定着が課題

一方、大手企業は、中小とは異なる人材面での課題を抱える。前述のとおり、大手企業は新領域のビジネスを進めるなど多角化を図っており、DXなどの従来の印刷事業の枠に収まらない事業も展開している。DX事業を進めるには、デジタル分野に精通したいわゆる「IT人材」が必要。大手企業は、その分野の経験と知見を有する人材を採用したり、社員に対して広くデジタル分野の専門知識やスキル習得の育成を行いDX事業を進めている。しかし、「IT人材」は他業界でもニーズが高く、いかにして採用・育成・定着を図っていくかが課題となっている。

<デジタル技術を活用した業務の効率化>

地域の印刷会社がプラットフォーム上で連携する「DX-PLAT」事業をスタート

印刷産業は、印刷機を含めた機械の稼働状況が経営に大きく影響する「装置産業」という特徴がある。そのため、一度購入・更新した機械の稼働率を高めることが経営の観点で重要となる。

機械は高額なため、中小企業などでは1社ですべての機械を揃えることには限界がある。地域の印刷会社が連携して機械を共有する取り組みもあるが、連絡手段を電話やFAXに頼っており、稼働状況がリアルタイムに共有できないという事態も生じていた。

そこで全印工連が主導するかたちで、地域の印刷会社がプラットフォーム上で連携する「DX-PLAT」事業を昨年からスタート。企業間の受発注をプラットフォームで行う仕組みを設けることで円滑な受発注を目指している。さらに、受注側企業の生産管理システムのデータと連動させることで、発注側が自社設備のように納期や価格を手早く確認することも可能になる。従来であれば発注側と受注側のそれぞれで発生していた入力等の事務作業や確認事項を削減できるようになった。なお、DX-PLAT事業には経済産業省の補助金が活用されている。

業界団体が各都道府県を訪ねて仕組みを説明

DX-PLAT事業の各企業への導入は、全印工連の役員が各都道府県印刷工業組合の主催セミナーで説明するかたちで進めてきた。各企業にはそれぞれの業務フローが存在するため、DX-PLATというプラットフォームを使用するには、その企業独自の業務フローを変更する必要が生じる。その点がハードルとなり、導入をためらう企業も少なくない。

そうした企業に対して全印工連の役員が、「業務をデジタルに変えれば、もっと楽になる。そこで余った時間や労働力を、違うところに向けましょう」と説得してまわっている。

プラットフォームの利用とあわせて、仕事やスキルの「見える化」に取り組む動きも

2023年9月末現在、DX-PLATには10のグループが参加している。たとえば、ダイレクトメールに関する封書や圧着はがきなどを中心に手がける企業4社で構成するあるグループでは、DX-PLATで仕事のやり取りを行いながら、圧着資材等の共同契約、研修会の開催、品質の標準化といった製品提供力の強化も進めている。

東京および埼玉の企業4社で構成する別のグループは、DX-PLATの導入のほか、各社の製造責任者が参加する技術分科会を設け、それぞれの工場視察を行っている。同グループは、手順書・手順動画の製作や、スキルマップの作成を通して技術レベルの向上も図っている。

DX-PLAT事業は首都圏の企業でも活用されているが、どちらかといえば地方で活用が進んでいるという。その理由について全印工連は、「東京では親会社から下請け、孫請けというつながりが強い。それに対し地方ではエリアごとに得意・不得意があり、お互いに協力し合うという土壌があった」などと説明する。

<デジタル技術を活用した人材育成>

会員企業向けに学びの機会を提供

全印工連では2023年から、会員企業向けの教育動画サイト「印カレ」を運営している。会員企業であれば誰でも利用できるサービスで、「DTPデザイン」「パッケージデザイン」「カラーマネジメント」「印刷営業」などの印刷にかかる基礎的・専門的な内容を動画で学ぶことができる。デジタル分野のコンテンツも拡充されており、具体的には「プログラミング入門」「ロボット(RPA)」「クラウド」「ノーコード・ローコード開発」「メタバースのトレンド」といった内容の講義が提供されている。

ほかにも、印刷会社に適したWeb戦略や事業承継・M&Aに関する情報などを解説するマーケティングや経営分野の動画もあげている。

業界立の専門学校で人材育成も

そのほかの業界としての人材育成の取り組みとして、印刷産業の企業の支援で設立された業界立の専門学校「日本プリンティングアカデミー」がある。印刷業界への就職希望者を対象とした「メディア・コンテンツ学科」(2年制)と、印刷会社の後継者や社会人向けの「プリント・コンテンツ学科」(1年制)で、業界に特化した独自のカリキュラム、業界水準の印刷実習設備をはじめとする学内環境、一人ひとりが印刷業界で活躍できるようになるための様々なサポートが揃っている。

なお、これらの学科とは別に、印刷知識と工程を集中的に学ぶ2~5日間のコースや、業界知識や印刷工程を18日間で学ぶ新入社員・中途採用社員向けのコースも提供されている。

<働き方の動向>

働き方改革の動きは大手企業など一部に限られる

印刷産業では、発注者に指示された仕様・数量・納期にもとづき生産を行う。見込み生産や在庫のストックが不要な点はメリットだが、発注者の要望にあわせて対応する必要があるため、どうしても長時間労働が発生しやすい環境にある。印刷所での夜勤もあり、女性の活躍も進みにくい状況にある。

世の中で進む働き方改革の波は、印刷産業にも波及してはいるものの、そうした取り組みは大手企業など一部に限られている。コロナ禍で社会に浸透したテレワークも、現場で働くことが求められる中小の印刷会社ではなかなか進まない。また、大手企業の改革の取り組みが、下請け・孫請けなどの中堅・中小零細企業のしわ寄せになっている面も否めず、企業規模による働き方の違いが広がっている。

音声SNSを通じて女性経営者どうしが相談しあう機会を

なお、女性の活躍については、印刷会社のなかには親の会社を継いだ女性が経営する会社もあるなか、SNSを活用した女性経営者どうしの交流も進んでいる。全印工連に加盟する約3,900社のうち約240社は女性が経営している。一例をあげると、女性が経営する東京のある会社では、パートタイムで採用した子育て中の女性を、子どもが大きくなってから正社員に転換して管理職に抜擢したほか、男性社員を含めた育児休業の支援体制の整備や、外国人や障がいのある人を採用するなどのダイバーシティ経営を進めている。その女性経営者が中心になって週に1度、早朝の15分ほどを使って音声コミュニケーションSNSで交流することで、家庭との両立などの悩みを女性経営者どうしで相談しあう機会を設けている。こうした取り組みは、女性活躍を進める日印産連や全印工連の部会・ネットワークを通して他社とも共有されているという。

(岩田敏英、新井栄三)

業界団体プロフィール

一般社団法人日本印刷産業連合会

所在地:
東京都中央区新富1丁目16番8号 日本印刷会館8階
代表者:
会長 北島義斉
設立:
1985年6月
活動内容:
印刷産業における経営環境の整備並びに企業体質の強化
印刷産業の高度化・情報化の推進
個人情報保護及び環境保全活動の進展を図るための審査・認定
広報宣伝活動

全日本印刷工業組合連合会

所在地:
東京都中央区新富1丁目16番8号 日本印刷会館4階
代表者:
会長 滝澤光正
設立:
1955年9月
活動内容:
会員たる工業組合の事業についての指導および連絡
印刷業に関する指導および教育
印刷業に関する情報または資料の収集および提供
印刷業に関する調査研究