カスハラや感染の危険性高い業務継続を労災認定基準に追加
 ――適切認定や迅速審査に向けた厚生労働省専門検討会の報告書

労働災害をめぐる最新状況

厚生労働省は7月4日、「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」(座長:黒木宣夫・東邦大学名誉教授)がとりまとめた精神障害の労災認定の基準に関する報告書を公表した。報告書は、労災認定に用いる「業務による心理的負荷評価表」に、顧客からの威圧的な言動や迷惑行為であるカスタマーハラスメント(カスハラ)や、新型コロナウイルス禍の経験から「感染症など病気や事故の危険性が高い業務」に関する具体的な事例を労災認定時に考慮すべき要件に新たに加えることを提起。精神障害悪化の業務起因性が認められる範囲の見直しや医学意見の収集方法の効率化なども盛り込んでいる。厚労省は、「評価表の明確化等により、より適切な認定、審査の迅速化、請求の容易化を図る」としている。

同検討会は、2011年に策定された現行の認定基準全般を検証するために設置。近年の社会情勢の変化や精神障害の労災認定の請求件数の増加を踏まえ、精神障害事案の審査をより迅速かつ適切に行えるよう、最新の医学的知見や過去の決定事例、裁判例などを参考に、認定要件や業務における心理的負荷評価表の内容をはじめとする認定基準などについて、2021年12月7日から2023年6月20日まで14回にわたって検討を重ねてきた。

写真

精神障害の労災認定の基準に関する厚生労働省の専門検討会(2023年6月20日)

事実の客観的な評価と内容の明確化・具体化を

報告書は、新たな「業務による心理的負荷評価表」(以下「新評価表」)を示した。

現行の精神障害の認定基準は、発症前のおおむね6カ月以内に業務で強い心理的負荷を受けたことが要件。実際に発生した業務による出来事を評価表が示す「客観的出来事」に当てはめ、負荷(ストレス)の強さを評価し、業務起因性の有無を判断している。現行の基準は、①事故や災害の体験②仕事の失敗、過重な責任の発生等③仕事の量・質④役割・地位の変化等⑤パワーハラスメント⑥対人関係⑦セクシュアルハラスメント――の出来事の類型ごとに、具体的ケースなどを示し、心理的負荷がどれぐらいなのかを測る評価項目を設けて判断材料にしている。

新評価表は、社会情勢の変化に応じて評価対象として必要な項目を追加する一方、できる限り項目ごとの重複を避けて細分化されていた項目の一部を統合。各項目で事実を客観的に評価でき、その内容が明確化・具体化されるようにした。

そのうえで、現行の評価表と同様に、業務による強い心理的負荷が認められるケースでは負荷の総合評価を「強」と表記し、強い負荷が認められないケースは「中」または「弱」と表記した。なお、「弱」は、日常的に経験するものや一般に想定されるもの等で、通常弱い心理的負荷しか認められないもの。「中」は、経験の頻度は様々で「弱」よりも心理的負荷があるものの強い心理的負荷とは認められないものとしている。

カスハラを認定基準に追加

評価表の考え方は、まず、「心理的負荷が極度に強いもの」や、「極度の時間外労働」についても、現行認定基準同様、心理的負荷の総合評価を「強」と判断できる「特別な出来事」(特に心理的負荷となる出来事)と位置付ける。

そして、「特別な出来事以外の出来事」については、評価対象になる具体的な出来事ごとに想定される平均的な負荷の強度を強い方から「Ⅲ」「Ⅱ」「Ⅰ」の3段階で示したうえで、心理的負荷の強度について「強」「中」「弱」と判断される具体的なケースをそれぞれ例示している。

そのうえで、新評価表には、「対人関係」の類型の具体的な出来事の1つとして「顧客や取引先、施設利用者から著しい迷惑行為を受けた」(いわゆるカスタマーハラスメント)を加えた。平均的な心理的負荷の強度は「Ⅱ」とし、カスハラが労災の原因になり得ることを明確にする具体例として、顧客等から「治療を要する程度の暴行等を受けた」や、「暴行等を反復・継続するなどして執拗に受けた」場合をあげ、こうしたケースを「強」と判断。「治療を要さない程度の暴行を受け、行為が反復・継続していない」ケースは「中」と評価するとした。

感染や事故の危険性高い業務への従事も

さらに、新型コロナウイルス禍の経験を踏まえて、「仕事の質・量」の類型に関する具体的な出来事に「感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事した」を追加。カスハラ同様、平均的な心理的負荷の強度は「Ⅱ」とした。

具体例では、「新興感染症の感染の危険性が高い業務等に急遽従事することとなり、防護対策も試行錯誤しながら実施する中で、施設内における感染等の被害拡大も生じ、死の恐怖等を感じつつ業務を継続した」場合は「強」、「感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事し、防護等対策も一定の負担を伴うものであったが、確立した対策を実施すること等により職員のリスクは低減されていた」時は「中」と判断する。

性的指向・性自認に関する精神的攻撃をパワハラの評価対象に

パワーハラスメントに関しても、①精神的な攻撃②身体的な攻撃③過大な要求④過小な要求⑤人間関係からの切り離し⑥個の損害――といったパワハラ6類型全ての具体例を示すとともに、新たに性的指向・性自認に関する精神的攻撃等を評価の対象に含むことを明示。さらに、一部の心理的負荷の強度しか具体例が示されていなかった具体的出来事について、他の強度の具体例を記載した。

業務起因性が認められる範囲や医学意見の収集方法も見直し

報告書は、精神障害悪化の業務起因性が認められる範囲の見直しも指摘。悪化前おおむね6カ月以内に「特別な出来事」がなければ業務起因性を認めていなかったが、検討後は、悪化前おおむね6カ月以内に「特別な出来事」がない場合でも、「業務による強い心理的負荷」により悪化したときには、悪化した部分について業務起因性を認めるとしている。

さらに、医学意見の収集方法にも触れ、現行基準では専門医3人の合議による意見収集が必須な、業務による心理的負荷が「強」に該当するか否かが不明な事案や、精神障害の受診歴のない自殺事案などについて、発症の有無等について高度な医学的検討が必要な事案を除き、1人の専門医の意見で決定できるように変更することも記述している。

厚生労働省は報告書の内容を、「評価表の明確化等により、より適切な認定、審査の迅速化、請求の容易化を図る」ものと説明。「これを受け、速やかに精神障害の労災認定基準を改正し、業務により精神障害を発病された人に対して、一層迅速適正な労災補償を行っていく」としている。具体的には、7月12日から実施しているパブリックコメント(意見公募)を踏まえ、秋口を目途に労災認定基準を改める方針。

(調査部)