若者・子育て世代への所得支援で少子化の反転めざす
 ――「こども未来戦略方針」

政府の方針・提言、研究報告

政府は6月13日、こども・子育て政策の強化に向けた具体策を盛り込んだ「こども未来戦略方針」を閣議決定した。方針は、若者や子育て世代の所得を伸ばさない限り、少子化を反転させることはできないことを明確に打ち出した点が特徴。若い世代の所得を増やすことや、切れ目のないこども・子育て世帯への支援などを基本理念に掲げ、今後の3年間で集中的に取り組む施策として、リ・スキリングの訓練期間中の生活を支えるための新たな給付や融資制度の創設などの検討や、いわゆる「年収の壁」を超えても手取り年収が逆転しない取り組みに対する企業支援などを盛り込んだ。

少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンス

同日に記者会見した岸田文雄首相は「少子化はわが国の社会経済全体にかかわる問題であり、先送りのできない、待ったなしの課題であるとの思いから、不退転の決意で取り組んできた」と述べたうえで、「急速に進む少子化、人口減少に歯止めをかけなければ、わが国の経済社会は縮小し、地域社会、年金、医療、介護などの社会保障制度を維持することは難しくなる。若年人口が急減する2030年代に入るまでが、少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンスだ」と強調。

「未婚率の上昇、出生率低下の大きな要因は、若い世代の所得の問題」と指摘しながら、「若者・子育て世代の所得を伸ばし、若い世代の誰もが、結婚や、こどもを産み育てたいとの希望がかなえられるよう、将来に明るい希望を持てる社会をつくらない限り、少子化トレンドを反転することはかなわない。また、社会全体の構造や意識を変えて、家庭内において育児負担が女性に集中している実態を改め、子育て世帯を職場が応援し、地域社会全体で支援する社会をつくらなければならない」などと語った。

若い世代が結婚・子育ての将来展望を描けない

方針は、少子化が進むなか、特にこども・子育て政策を抜本的に強化していくうえでの課題を3点あげた。

1つ目として、若い世代が結婚・子育ての将来展望を描けないことをあげ、「若い世代が結婚やこどもを生み、育てることへの希望を持ちながらも、所得や雇用への不安等から、将来展望が描けない状況に陥っている」などと指摘した。

2つ目には、子育てしづらい社会環境や子育てと両立しにくい職場環境があることをあげた。方針は、社会環境については、電車内でのベビーカー問題や、公園でのこどもの声に対する苦情などを具体例として明示。一方、職場環境での例としては、女性の正規雇用における「L字カーブ」(正規雇用比率が20代後半をピークに低下)の存在などを紹介し、「理想とする両立コースを阻む障壁が存在している」と言及するとともに、共働き夫婦の女性が育児負担の「ワンオペ」を強いられている状況や、男性が育児休業制度を利用しづらい職場環境、今も根強い固定的な性別役割分担意識なども、両立を阻む例としてあげた。

3つ目には、子育ての経済的・精神的負担間や子育て世帯の不公平感が存在することを指摘。経済的理由が第3子以降を持ちたいと希望することの阻害要因となっているとともに、子育ての悩みや不安を話せる人がいないなどの「孤立した育児」の状況があることや、教育費の負担の問題などを課題視した。

所得アップや将来の見通しを持てるようにする

こうした実態をふまえ、方針は、基本理念を3点に整理。第1に、「若い世代の所得を増やす」ことを掲げ、学びや就職・結婚・出産・子育てなど様々なライフイベントが重なる時期において、現在の所得アップや将来の見通しを持てるようにすることが必要だなどと述べた。

第2に、「社会全体の構造・意識を変える」ことを打ち出し、家庭で育児負担が女性に集中している「ワンオペ」の実態を変え、夫婦が相互に協力しながら子育てし、それを職場が応援し、地域全体で支援する社会をつくらなければならないと強調した。

第3の理念としては、「全てのこども・子育て世帯を切れ目なく支援する」ことをあげ、親の就業形態にかかわらず、どのような家庭状況にあっても分け隔てなく、ライフステージに沿って切れ目なく支援を行い、多様な支援ニーズにはよりきめ細かい対応をしていくことの必要性を強調した。

今後3年間で前倒し実施する加速化プランを提起

そのうえで、方針は、出生数が2000年代に入って急速に減少している点などに触れたうえで、「このままでは、2030年代に入ると、我が国の若年人口は現在の倍速で急減することになり、少子化はもはや歯止めの利かない状況になる」と強調。「2030年代に入るまでのこれからの6~7年が、少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンスであり、少子化対策は待ったなしの瀬戸際にある」と訴え、今後の3年間の集中取組期間で、できる限り前倒しで実施する「加速化プラン」を打ち出した。

児童手当の所得制限は撤廃する

プランに盛り込まれた具体策をみていくと、まず、ライフステージを通じた子育てにかかる経済支援の強化や若い世代の所得向上に向けた取り組みを並べている。児童手当の所得制限を撤廃するとし、「全員を本則給付とするとともに、支給期間について高校卒業まで延長する」ことを提起。また、多子加算について、第三子以降を月3万円とするとし、2024年度中に実施できるよう検討するとした。

高等教育費の負担軽減も打ち出している。貸与型奨学金について、奨学金の返済が負担となって結婚・出産、子育てをためらわないよう、減額返還制度が利用可能となる年収上限について、325万円から400万円に引き上げることなどを講じるとしている。

リ・スキリングの訓練期間中の生活を支えるための新たな給付や融資制度の創設などを検討する。また、いわゆる「年収の壁(106万円/130万円)」への当面の対応として、被用者が新たに106万円の壁を超えても手取り収入が逆転しないよう、労働時間の延長や賃上げに取り組む企業に対し、必要な費用を補助するなどの支援強化パッケージを今年中に決定したうえで実行し、制度の見直しに取り組むなどとしている。

子育て世帯に対する住宅支援の強化も盛り込んでおり、まずは公的賃貸住宅を対象に、すべての事業主体で子育て世帯等が優先的に入居できる仕組みの導入を働きかけるとしている。

「伴走型相談支援」の制度化の検討を進める

すべてのこども・子育て世帯を対象とする支援の拡充に向けた具体策としては、妊娠期からの切れ目ない支援を拡充するため、妊娠期からの「伴走型相談支援」について、継続的な実施に向けて制度化の検討を進めるとし、「産後ケア事業」について、利用者負担の軽減措置を今年度からすべての世帯に対象を拡大して実施するなどとした。

また、保育における1歳児および4・5歳児の職員配置基準について、1歳児は6対1から5対1へ、4・5歳児は30対1から25対1へと改善するとともに、民間給与動向をふまえた保育士などのさらなる処遇改善を検討するなどとしている。

このほか、就労要件を問わず、時間単位などで柔軟に利用できる新たな通園給付「こども誰でも通園制度」(仮称)の創設などを盛り込んだ。子育てに困難を抱える世帯やヤングケアラーなどへの支援強化や、地域における障がい児の支援体制の強化、ひとり親を雇い入れた企業に対する支援強化なども盛り込んでいる。

男性の育休取得率の政府目標を大幅に引き上げ

共働き・共育ての推進に向けた具体策では、男性育休の所得促進を掲げている。制度面ではまず、男性の育児休業取得率について、2025年までに30%としている現行の政府目標を、「2025年公務員85%(1週間以上の取得率)、民間50%」「2030年公務員85%(2週間以上の取得率)、民間85%」に大幅に引き上げるとした。また、2025年3月末で失効する次世代育成支援対策推進法を改正し、期限を延長したうえで、一般事業主行動計画について、男性の育児休業取得を含めた育児参加や、育児休業からの円滑な職場復帰支援などに関する行動が盛り込まれるようにするとともに、育児・介護休業法における育児休業取得率の開示制度の拡充を検討するとしている。

一方、給付面での対応では、いわゆる「産後パパ育休」(最大28日間)を念頭に、出生後一定期間内に両親ともに育児休業を取得することを促すため、給付率を現行の67%(手取りで8割相当)から、8割程度(手取りで10割相当)に引き上げるとしている。

また、男女ともに、職場への気兼ねなく育児休業を取得できるようにするため、育児休業を支える体制整備を行う中小企業に対する助成措置を大幅に強化するとしている。

「親と子のための選べる働き方制度」「育児時短就業給付」の創設を検討

育児期を通じた柔軟な働き方の推進を図るため、好事例の紹介を進めるとしている。また、こどもが3歳以降小学校就学前までの場合に、労働者が短時間勤務やテレワーク、フレックスタイム制などのなかから働き方を選択できる制度(「親と子のための選べる働き方制度(仮称)」)の創設を検討するとした。

さらに、男女ともに、一定時間以上の短時間勤務をした場合に、手取りが変わることなく育児・家事を分担できるよう、こどもが2歳未満の期間に時短勤務を選択したことに伴う賃金の低下を補い、時短勤務の活用を促す「育児時短就業給付(仮称)」を創設するとした。

このほか、自営業・フリーランスなどの育児期間中の経済的な給付に相当する支援措置として、国民年金の第1号被保険者について、育児期間における保険料免除措置を検討するとし、2026年度までの実施をめざすとした。

こうしたプランを支える財源については、「国民的な理解が重要である」とし、2028年度までに徹底した歳出改革などを行い、実質的に追加負担を生じさせないことをめざすとした。また、消費税など、こども・子育て関連予算充実のための財源確保を目的とした増税は行わないと記述。企業を含む社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み(「支援金制度(仮称)」)を構築することを打ち出し、詳細について年末に結論を出すとしている。

(調査部)