デジタル技術に精通する専門人材を内製化して各部署で領域に沿ったデジタル課題解決を行う組織づくりを
 ――丸紅の「デジタルチャレンジ」の取り組み

企業・教育機関取材

総合商社の丸紅(東京・千代田区)は、DX化に対応するためのデジタル人材育成の取り組みとして、2020年から「丸紅デジタルチャレンジ(通称:デジチャレ)」を開始。社員のデジタルスキルの深化を図り、各職場でそれぞれの専門領域に沿った課題を解決し、活躍できる人材を育成することで、丸紅全体のデジタル・イノベーションの進化・推進を目指している。

<「デジチャレ」の概要と導入の背景>

自社業務に関連したビジネステーマについてモデル等を構築して解決する

デジチャレは、AIやデータサイエンスなど、業務で活用できるデジタル技術を「理論的に分かる」から「具体的・技術的に分かる」状態に深化させることを目指した技術実践型の研修プログラムとして、2020年から開始。参加者は、AI等のビジネス・技術研修を学びつつ、研修冒頭で提示されたビジネステーマに対し、各自でモデルやアルゴリズムをコーディングして課題解決に取り組む。

使用するビジネステーマは、社内で募集している。これまでに、AIモデル構築を用いる「電力の需要予測」や、データ利活用を用いる「資源回収の配車最適化」といった内容で実施。総合商社である同社の業務に合わせて、データを収集・可視化して予測・最適化するといったテーマが多く用いられている。

期間は、事前に行う基本知識を身につけるためのAIビジネス研修や自主学習もふまえて、約半年間実施。最終的に、全員がビジネステーマに対する成果物を提出し、そのなかで優秀な成果を上げた社員は、全社向けの最終発表会で成果を発表する形式となっている。全社向けの発表で最優秀賞に選ばれると社内人事制度で展開する「クロスバリューコイン」が30コイン、優秀賞では10コイン贈呈される(1コイン=1万円の価値に当たる)。また、最後まで修了した社員はデジチャレの修了者として、人事管理にも記録される。

解決策を即時実行できるよう専門人材を内製化できる基盤整備を

同社ではデジチャレ導入の前の2017年から、徐々に社内のデジタル活用の取り組みを推進。2019年には全社のデジタル戦略とイノベーション戦略を立案して実行する「デジタル・イノベーション室」を設置しており「デジタル・イノベーションの進化・推進」をミッションに掲げて運営してきた。

全社にかかるデジタル面の課題については、同室が一括して担当している。これまで、AIやデジタルマーケティングに強い人材を総合職として中途採用し、アプリ開発やAIを用いた分析・マーケティングなどを実施してきた。一般的なデジタル技術に関する研修も当初から提供しており、eラーニングやライブ研修を用いて、最新のデジタル技術や利用事例などを発信してきた。取り組みを通じて、社員のデジタル技術に対する認識は高まっていった一方、各現場から同室に対して、デジタル技術を活用した処理や効率化の問い合わせが増加するようになり、同室は従来の方法に課題を感じたという。

「社員に一通り受講してもらって、みんなが頭ではデジタルのことは分かっているけれど、本当に使えるのかというところに問題意識を持った。丸紅がデジタルカンパニーになるためには、頭だけでなく、実際に手を動かして使えるようにしなければいけないと痛感した」

これからは、組織が抱える課題に対し、デジタル技術を使って解決できるかを考え、それをすぐに実行できるような人材が必要だと認識。専門人材を自社で内製化するために、デジタル人材基盤の整備を進めていくことが重要だと捉えており、その一環として、「デジチャレ」も開始したのだった。

また、同社では2021年2月に「丸紅のDX戦略」を社内外に公表しており、全社的な観点からも、デジタル人材基盤・IT基盤の整備・充足と、その人材が必要なデジタル技術を活用していくことの2点を重要視している。

<これまでの「デジチャレ」の実施内容と改善点>

幅広い年代が受講するも各参加者のレベルにより学習進捗に差が発生

第1回デジチャレ(2020年度)は、応募した約70人の社員全員を受け入れて実施。当初は若手や中堅の年代が多くなることを想定していたが、実際はさまざまな年代の社員が参加し、「最終成果に選ばれた6人のなかには50~60代の社員もいて、高い成果をあげていた」(デジタル・イノベーション室)という。

一方、社員のなかにはこれまでコーディングやプログラミングをやったことがない初心者も多く、自身のパソコン上に開発環境を構築する基本段階から苦戦する人や、各参加者のレベルによって、学習の進捗にも差が出るようになった。

「できる社員は自分でどんどん進めてレベルアップできる一方、内容についていけず途中でドロップアウトしてしまったり、業務で時間が取れない社員も出てきた。できる人にはモチベーションを維持できる環境が必要だったし、できない人はデジタル技術が難しいという印象でこのプログラムが終わらないようにしたいと考えた」

レベル別のコース分けでさまざまな社員が参加しやすい内容に

気が付いた点を考慮し、2021年度開講の第2回デジチャレは、中級コースと初級コースに難易度を分け、レベルに合わせて幅広い社員が参加しやすい形式に変更。中級コースは前年と同様のレベルで、コーディング・プログラミングなどの専門的な内容を学ぶが、それに加えて、参加予定者向けにeラーニングなどで学ぶ2カ月間の事前学習を設け、クリアした社員のみを参加可能とした。中級コース参加者の多くは、これまでにコーディングなどを学んだことがない社員だが、なかにはすでに興味を持って学習を始めていた社員もいるといい、「実は隠れたスキルを持っていたことがデジチャレを通して見えてきた」という。

初級コースは、プログラミングなどを使わない、ノーコードでのツールを導入。モデルを自動的に構築し、そのモデルをどうやって改善していくか、モデルから何が導けるのかといった分析結果の解釈や企画の立案を中心とした内容を展開している。2021年度は定員40人に対しておよそ120人から応募があり、抽選で参加者を決めたという。

参加者には、デジタル・イノベーション室に所属する内部のデータサイエンティストがメンターとして、各社員のモデル構築や課題をサポート。全体での問い合わせに対応するほか、個人ごとにも進捗やフォローのサポートを進めている。また、全体のプログラムやカリキュラムの組み立ても基本的には自社で考案し、eラーニングなど外部研修を利用する際も、デジチャレのテーマに沿った内容でカスタマイズをしている。

「デジタル技術で解決できるポイントは各自の所属部署や関わっているビジネスによって変わる」ことから、適用領域も限定していない。「デジチャレでスキルを身につけて、社員自身が所属部署でモデルをつくって業務を効率化することができればよい効果が生まれるのではないか」と考えている。現状は現場がデジタル・イノベーション室にサポートを受けることが定着しているが、将来的には各本部で課題解決を行い、高度な課題はデジタル・イノベーション室がサポートする形式を取りたい考えだ。

<「デジチャレ」の効果と今後の課題>

修了生がスキルを活かした取り組みを部署内で実施

デジタル・イノベーション室によると、各部署では現在、デジチャレ修了者によって学んだスキルが活かされており、「優秀者になった社員が、所属している本部の社員全員に向けてAIの講習を実施していた」事例もあったという。今後は、デジタル技術の活用プロジェクトをその社員にまかせたり、取り組むうえでのアドバイスを求めたりするなど、各部署で動きがさらに広がっていくのではないかと考えている。

修了した社員からの満足度も高く、「デジタルスキルをより深く勉強したかった、活かしたかったと考えている社員には、中長期的なプログラムとして参加できるという面をポジティブに捉えてもらっている」と感じている。

参加者のモチベーションを維持しつつ脱落者ゼロを目標に

一方、ドロップアウトした社員からのフィードバックをみると、学習する時間が取れないことをあげる社員が多い。同社では、15%ルール(社員個人の意思で就業時間の15%を目安に、新たな取り組みや事業の創出に向けた活動に充てられるルール)を設けており、参加者はこの時間を利用してデジチャレに参加しているが、成果物の提出期限間近には15%の捻出も難しいと感じてしまう。デジタル・イノベーション室では、「ハードルをいかに下げて、時間や難易度の融通が利くようにもう少し柔軟化していけないか」、考えているところだ。

また、現在はコロナ禍の影響で完全オンラインのプログラムとなっているため、参加者と運営や、ほかの参加者同士での物理的な接点が取れず、競争意識や学習のモチベーションを維持することも難しくなっている。

「高度なプログラムを目指しているというコンセプトはあるが、全員が脱落するような中身では全く意味がない。意欲や興味関心をつなぎとめた状態で最後まで導いていくという点を工夫して、脱落する社員をなるべく少なくし、極論ではゼロにしていくというところが目標」

次回でデジチャレは3年目を迎えるが、プログラムを継続的に実施していけるよう、社員にとって魅力的かつ意欲が湧くようなプログラムにしていくためのアップデートも検討している。「DXのなかにもさまざまな分野があるので、対象や知識を広げていきたい」と考えている。

企業プロフィール

丸紅株式会社新しいウィンドウ

本社:
東京都千代田区大手町一丁目4番2号
拠点数:
132拠点(本社、国内支社・支店・出張所 12カ所、海外支店等 56カ所、海外現地法人 29社およびこれらの支店等 34カ所)
従業員数:
4,379人(丸紅グループの従業員数 46,100人)
事業内容:
ライフスタイル、情報・物流、食料、アグリ事業、フォレストプロダクツ、化学品、金属、エネルギー、電力、インフラプロジェクト、航空・船舶、金融・リース・不動産、建機・産機・モビリティ、次世代事業開発、次世代コーポレートディベロップメントなどの分野で、輸出入(外国間取引を含む)及び国内取引の他、各種サービス業務、内外事業投資や資源開発等の事業活動を多角的に展開

2022年10月号 企業・教育機関取材の記事一覧