地方・中小企業の魅力向上に向け、AIの活用や賃金相場の明確化、インフラ職種での処遇改善などを提言
 ――厚生労働省の労働政策審議会労働政策基本部会が報告書をとりまとめ

スペシャルトピック

AI(人工知能)の進化による社会構造の変化や人口減少社会を見据えた地方・中小企業の課題や労働政策などについて議論していた厚生労働省の労働政策審議会労働政策基本部会(部会長:守島基博・学習院大学教授、一橋大学名誉教授)は4月25日、「急速に変化する社会における、地方や中小企業での良質な雇用の在り方」と題する報告書をまとめた。報告書は、地方・中小企業の魅力向上に資する労働政策として、AIの活用や、職務に必要なスキルと賃金の関係(賃金相場)の明確化、社会インフラ維持に必要な職種での処遇改善による労働生産性の向上などを提言した。

<地方・中小企業における現状と課題>

労働政策審議会労働政策基本部会は2024年1月から1年あまりにわたり、地方公共団体、中小企業、有識者などへのヒアリングを含めて議論を重ねた。同部会が報告書を公表するのは、2023年5月以来、これで4回目となる。報告書は5月8日の労政審に報告され、了承された。

地方で大きい生産年齢人口の減少傾向

報告書ははじめに、地方・中小企業における現状と課題を整理している。

現状からみていくと、日本の生産年齢人口は減少傾向にあり、その減少の程度は地方(東京都、神奈川県、埼玉県、愛知県、大阪府、京都府、兵庫県以外)が都市部(地方以外)を上回っている。その要因として、地方では生産年齢人口が転出超過となっている道県が多いことがある。

また、地方が人口ベース、就業者ベースの双方でわが国の6割弱を占めているなかで、全国平均による所得は、雇用者報酬、1人あたり所得ともに名目では増加しているものの、地方によっては上昇率が弱く、なかには下降している県もある。

大企業より中小企業で強い人手不足感

労働市場については、日本銀行の短観で雇用人員の過不足感の状況をみると、大企業・中堅企業よりも中小企業で人手不足感が強いことが確認できる。非製造業では2023年度に、「北海道」「甲信越」「四国」「九州・沖縄」の雇用人員判断のマイナス幅が過去最高の水準となるなど、各地域で人手不足感が強まっている。

地方の人手不足の克服には魅力を感じ働ける環境の整備が重要

こうした現状から報告書は、「中小企業は大企業と比較して人手不足が深刻になっており、地方では中小企業が多く占めていることを考えると、地方においては、人手不足が成長制約となっている」とし、「この状況に対応するには、生産年齢人口が今後減少し、都市部でも人手不足がより進む可能性があることを踏まえると、地方において、労働者が都市部と同様の魅力を感じながら働くことのできる環境を整備していくことが重要」だと指摘。

そのうえで、地方・中小企業における課題を、①地方における賃金等の労働条件の低さや情報発信の不足②社会インフラ維持に必要な産業・職種における賃金等の労働条件の低さ③地方・中小企業における多様で柔軟かつ安心な働き方の不足④固定的な性別役割意識を背景とした若年女性等の都市部への流出⑤専門的な人材のミスマッチ――の5点に整理して、それぞれについて詳述した。

地方には少ない専門性の高い職種や生産性の高い分野での雇用機会

まず、「地方における賃金等の労働条件の低さや情報発信の不足」については、地方では労働条件が「良質な雇用」が、不足していると指摘。その背景として、地方では専門性の高い職種や成長産業等の生産性の高い分野での雇用機会が少ないことがあるとした。

情報発信のあり方についても、「地方の若年層を中心に、地方には自分がつける職種がないというイメージが強いという声が多く、一度東京などに出てしまうと地方の情報に触れる機会も少ない」との見方を示すとともに、「地方で『良質な雇用』を提供している企業があってもその存在が労働者に知られていない状況がある」と指摘した。

生活関連サービスの維持のためにも現場人材のキャリアに応じた処遇改善を

2つめの「社会インフラ維持に必要な産業・職種における賃金等の労働条件の低さ」については、社会インフラの維持に必要な職種で、需要に見合った労働力を確保できない場合、住民へのサービス提供が困難になることから、「生活の質が低下し、地方の魅力が減少することで、地方で働く魅力も薄れていく可能性があると考えられる」ことを懸念。

こうした職種では、スキルの向上に応じた賃金の上昇がみられないことも多いとしたうえで、「身近な生活関連サービスの供給体制を維持し、我が国全体の経済社会の持続可能性を確保するためには、社会インフラ維持に必要な現場人材(建設・採掘従事者、輸送・機械運転、運搬・清掃、保健医療、介護等の職種)のキャリアに応じた処遇の改善が必要」とした。

3つめの「地方・中小企業における多様で柔軟かつ安心な働き方の不足」については、労働者のニーズに対応した職場環境の整備が、地方・中小企業で不足していることを指摘した。

男性よりも女性で進んでいる若年の都市部への流入

4つめの「固定的な性別役割意識を背景とした若年女性等の都市部への流出」については、生産年齢人口において、「特に、若年女性の都市部への転入が男性に比べ進んでいる」と指摘。その背景について、報告書は、地域間・男女間の賃金差異があることに加え、固定的な性別役割分担意識や性差に関する偏見などにより、「女性の居場所と出番を奪っていること、地方の企業経営者や管理職等の理解が足りず女性にとってやりがいが感じられない環境であることなどが考えられる」と記述した。

5つめの「専門的な人材のミスマッチ」については、地方や中小企業を中心に、専門的なスキルを持つ労働者を求めているものの、地方では都市部と比較して専門的・技術的職業従事者等の専門的な人材に対する求職者が少ないことから、企業が求める技能とのミスマッチが生じている可能性が高いと指摘した。

<地方・中小企業の魅力の向上に資する労働政策>

これら5つの課題をふまえた労働政策の施策の方向性として、報告書は、①労働生産性の向上②労働参加率の向上③ジェンダーギャップの解消④情報ギャップの解消――の4点を提示。そのうえで、それぞれについての具体的な施策を提言した。

企業のDX化やAIを通じた業務効率化の後押しを支援

「労働生産性の向上」から順にみていくと、報告書は、近年急速に生成AIが普及していることなどを紹介したうえで、「社会にAIの活用が広がっていくことで、社会構造が大きく変わっていく可能性が高いため、労働生産性の向上には、AIの進化に応じた活用が重要」だと強調。

企業におけるAI等の新しい技術の導入を促進するには、「省力化投資の促進、デジタル投資の促進の支援策など企業のDX化やAIを通じた業務効率化等を後押しする支援策を行うことが望ましい」と提言した。

また、中小企業においては「DX化やAI導入といった課題を設定する以前に、そもそも自社の課題が明確化されていないことも多い」ことから、中小企業の課題を明確化し、その解決を図るため、「様々な経営課題を気軽にワンストップで相談できるようにするとともに、そうした課題解決に向けて適切な支援機関を紹介できるよう、国や地方公共団体が中心となって相互連携できる体制を構築することが重要」だと述べた。

転職しやすくするために賃金相場の明確化を

主要国と比べて転職回数が少なく、また、転職時に賃金が上昇する割合が少ない現状を鑑み、報告書は、企業と労働者との間でのスキルと賃金に関する情報の非対称性を解消するため、「職務に必要なスキルと賃金等との関係のいわゆる『賃金相場』を明らかにすべき」と提言した。これにより、希望する賃金に必要なスキルが明らかになるため、「労働者にアップ・スキリングやリ・スキリングの意識の涵養が期待される」としている。

スキルの明確化に向けては、職業情報を提供するサイトとして、すでに厚生労働省が運営する「職業情報提供サイト(job tag)」があるが、報告書は「更なるスキルの明確化を図るとともに、賃金とスキルの関係に係る情報を掲載するなど求人企業、求職者、求職者支援サービスそれぞれの立場の方が使いやすい形でスキル・賃金等の見える化を進め、アップ・スキリングやリ・スキリングに向けた機運を醸成するべき」と提案した。

社会全体でインフラ維持に必要な職種の処遇改善に取り組む

社会インフラ維持に必要な職種について、処遇が要因で働き手不足となる状況から脱却する必要があることから、「国・地方公共団体や企業などを含む社会全体で、賃金、雇用形態を含めた処遇面の改善に取り組むことにより、雇用の安定化を図り、一人一人が活躍できる力を高めていくことが重要」だと強調した。

また、現場人材の処遇向上に向けては、求められるスキルと労働者のスキルの両方の見える化が必要だが、「これらのスキルの見える化が進んでいない」という課題があることから、企業横断的なスキル評価として「技能検定制度」や2024年に創設された「団体等検定制度」の枠組みを活用し、「各業界内におけるスキルの標準化とキャリアラダーの構築を進めることでスキルを明確化する必要がある」と指摘。キャリアラダーがある標準化された評価制度の整備を行うとともに、賃金との関係を明らかにすることで、個々の企業の採用や昇給の場面でも活用できるメリットが生じるとした。

また、「賃金相場」を明らかにする取り組みと労働者のスキルの見える化は独立して行うのではなく、より効果的に進めるためには、業界ごとにスキルと賃金が連動する形の仕組み作りを行っていくことが必要だとした。

企業規模や雇用形態で差異が出ない人材育成環境の整備を

企業が労働生産性を向上させ、競争力を強化するためには、先端的な設備投資等有形資産の投資とともに DX 投資、研究開発投資、人材育成等無形資産の投資を行うとともに、時代の変化に合わせた事業モデルや業務プロセスの見直しが重要だと強調。

そのため企業の人材育成について、報告書は、「企業規模や雇用形態により機会の差異が出ないよう、人材育成を行う環境を整える必要がある」とし、「支援制度については、人材の育成が労働生産性の向上につながるよう、助成金の支給効果の高いところに集中的に支援することが望ましい」と提案した。

さらに、「企業の経営戦略や人材戦略と人材育成の方針を合致させることが望ましい」としたうえで、「経営者が将来の経営ビジョンを明確にし、経営戦略に必要な人材育成を明らかにするよう、企業に周知啓発が必要」だと提言した。

DX人材や経営戦略を行うマネジメント層などの専門的な人材の活用についても言及し、地方や中小企業においては、高度人材が多いと考えられる都市部から副業・兼業といった形で受け入れていくことが考えられるとした。

報告書はまた、労働生産性の向上には労働政策だけでは足りないため、「産業政策との両輪で取り組むことが重要」だと指摘している。

ワーク・ライフ・バランスがとれる働き方で労働参加を推進

施策の方向性の2番目の「労働参加率の向上」については、女性や高齢者のさらなる労働参加の推進が考えられると指摘。そのうえで、女性・高齢者を含めたさらなる労働参加の推進には「多様なニーズに対応し、ワーク・ライフ・バランスがとれる働き方ができるよう、長時間労働の抑制、処遇の改善、仕事と家庭の両立支援が必要」と強調するとともに、長時間労働の抑制を前提としたうえで、「労働時間や休暇等に関する労働者のニーズを踏まえ、柔軟な働き方を推進していくことが必要である」とした。

また、多くの労働者がリ・スキリングを行う際の課題として「学習時間の確保」をあげているというアンケート調査の結果をもとに、「多様なニーズに応じた働き方を推進することは、労働者のスキル獲得に向けた時間の確保につながる」とした。

人手確保につながる多様なニーズに応じた働き方

さらに、共働き世帯の増加やテレワークなどの柔軟な働き方が増えていることなどを背景に、「働き方に関する個人の価値観が多様なものとなっている」とし、特に地方において、多様なニーズに応じた働き方を推進することは、人手確保につながる可能性があると指摘。

柔軟な働き方については、2020年の新型コロナ感染症の拡大以降、テレワークの制度を導入する企業が増加したものの、2022年以降は制度の利用が減少傾向にあることをふまえ、テレワークをはじめとした制度の導入をすでに行っている企業については、「労働者がライフステージの状況等のニーズに合わせてこれらの制度が使えるよう雇用管理を行っていくことが必要」だとした。

すべての年齢層でアンコンシャス・バイアスの解消を

施策の方向性の3番目の「ジェンダーギャップの解消」については、労働政策による企業・労働者への働きかけだけでなく、学校段階からの教育政策の取り組みや、男女共同参画政策を通じた社会意識への働きかけなどを通じ、すべての年齢層に対するアンコンシャス・バイアス解消を含めた取り組みが行われることが重要だと強調した。

また、地方における企業活動、地域活動などついては、その担い手が、性別や年齢等で多様であること、すなわち、性別や年齢等により役割が固定化されないことが必要だとしたうえで、「地域に根強い固定的な性別役割分担意識等を解消し、職場や地域社会などにおいて、女性の意見を取り入れ、反映するとともに、意思決定過程への女性の参画を促進する取組みを地方社会全体で行うことが重要」と述べた。

さらに、地域に最も近い存在である地方公共団体が、商工会議所などの経済団体や地元企業、有識者や地域の労働関係団体、自治会など多様なメンバーの協力のもと、地域密着型で、職場のみならず、家庭・社会における慣習や慣行も含めて見直すことで、固定的性別役割分担意識やアンコンシャス・バイアスをはじめとした「ジェンダーギャップの解消」を進めていくことが効果的だとしている。

中小企業も男女間賃金差異などの積極的な公開を

施策の方向性の4番目の「情報ギャップの解消」については、男女間賃金差異や女性管理職比率などの情報公開の対象となっていない中小企業も、「求職者に企業を知ってもらい、人材確保につなげる観点から、これらの企業情報について、企業自らが積極的に公開を行うことが必要」とした。

また、企業の情報発信、情報開示が、求職者に効果的に伝わることが必要だとして、「このためには、求職者が、企業の職場情報等に気軽にアクセスできるようにこれらの情報を一元的に把握ができる仕組みの構築が重要だ」と提言した。

関係者に対するわかりやすいメッセージを初めて掲載

今回の報告書は、以上のような現状・課題の指摘や政策提言を盛り込むだけでなく、「労働者の多くを占める地方・中小企業の働き方について考えることが重要である」との認識の下、初めての試みとして、「地方で働いている・働こうとしている皆様」「中小企業で働いている・働こうとしている皆様」「地方の企業の皆様」「中小企業の皆様」に対し、わかりやすくメッセージが伝わるよう、それぞれに対する「本部会からのメッセージ」もあわせて掲載した。

「地方で働いている・働こうとしている皆様」「中小企業で働いている・働こうとしている皆様」に対しては、「皆様の『スキルの見える化』『リ・スキリング』『キャリア形成』のサポート体制を整備していきます」などのメッセージを盛り込んだ。「地方の企業の皆様」「中小企業の皆様」に対しては、「人材育成のために経営ビジョンを明確にしてみましょう」などと呼びかけている。

(調査部)