大学生の「卒業・修了年度における秋・冬採用」の前向きな活用を産学などに提言
――経団連「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」の2024年度報告書
採用と大学教育
経団連(十倉雅和会長)は5月9日、「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」の2024年度報告書を発表した。同協議会は、経団連と大学側が、産業界が求める人材像や採用のあり方、大学教育への期待などについて意見交換する場。報告書は、大学での学びを充実させるとともに、大学生が自らのキャリアプランニングをふまえた就職ができるよう、「卒業・修了年度における秋・冬採用」と「既卒採用(卒後就活)」の前向きな活用を提言。すでに実施している企業には、自社のウェブサイト・SNSをはじめ様々なルートで積極的に発信することなどが期待されるとし、大学には、キャリアセンターによる既卒者向け支援策の拡充などを呼びかけている。
2019年から協議会で率直な意見交換をスタート
経団連では、2018年10月に、2021年度以降入社者を対象とした「採用選考に関する指針」を策定しないことを決定。これを契機に、わが国が目指すべき未来社会の姿である「Society5.0」(2016年閣議決定の第5期科学技術基本計画で提唱)に対応した人材の育成に向けて、産業界が求める人材像や採用のあり方、大学教育への期待などについて、大学と経団連の代表との間で率直な意見交換を行うための継続的な対話の場として、同協議会を2019年1月に設置した。
協議会のメンバーは、経団連側は副会長などで構成し、大学側は、国立大学協会、日本私立大学団体連合会、公立大学協会の各団体長ら、国公私立大学の学長約10人で構成している。2024年度の座長は、経団連の十倉会長と伊藤公平・就職問題懇談会座長(慶應義塾長)が務めている。
様々な選択に対応可能な採用とキャリア教育について深掘りの議論
協議会にはテーマ別分科会が設けられており、2024年度は「採用・インターンシップ分科会」を開催。分科会は、2023年度に議論した「2030年に向けた採用のあり方」について、産学が検討を深める課題として合意した①様々な選択に対応可能な採用(複線化の推進)②選択の多様化を実現するためのキャリア教育のあり方――について深掘りの議論を行った。なお、①の複線化とは、卒業・修了年度における秋・冬採用や、既卒採用(卒後就活)を想定している。
秋・冬採用、既卒採用について、学生・社会の認識は総じて否定的
報告書の内容をみていくと、まず、卒業・修了年度における秋・冬採用、既卒採用(卒後就活)について、「『卒業・修了年度における秋・冬採用』『既卒採用(卒後就活)』に対する、学生・社会の認識が総じて否定的(就職内定率重視、卒業即就職の風潮)、企業も採用・研修・配属等の実務の効率性を重視する傾向」があると指摘。学生は、無所属であることに不安があり、大学は、「卒業・修了年度の10月1日までには内定を得て、進路が決まっていることが当然」と考え、在学中の内定獲得を促す傾向があるとした。一方、企業については、秋・冬採用を実施しているが、春・夏採用に比して規模は限定的となっているなどと説明した。
報告書は、大学での学びの充実、自らのキャリアプランニング等をふまえ、「卒業・修了年度における秋・冬採用」「既卒採用(卒後就活)」を前向きに活用してもらいたい、との思いを産学の間で共有したと報告。また、学生・社会に対するメッセージとして、産学が以下の点を積極的に発信していくことが重要との認識で一致したと報告した。
企業は秋・冬採用、既卒採用にも門戸を開放すべき
メッセージの1つめは、企業は「卒業・修了年度における秋・冬採用」「既卒採用(卒後就活)」にも門戸を開放すること。「多くの企業は卒業・修了年度における秋・冬採用や既卒採用を実施」している点や、「採用予定数を充足している場合でも門戸を開いている企業も存在」している点などを強調した。
2つめは、「卒業=即就職」の固定観念を見直すことが必要だということ。「卒業後の就職活動(卒後就活)も主要な選択肢と認める社会的意識の醸成(卒後就活も十分受け入れられる社会の実現)が求められる」と指摘し、また、企業の採用スケジュールに学生生活を合わせるのではなく、学生自身の学業や挑戦に応じた就職活動のタイミングを尊重すべきだと強調した。既卒者については、学生時代に力を入れて取り組んだことや、卒後就活を選んだ理由を自分の言葉で主体的に説明できる力が重要だと述べた。
弊害の最小化に向け、各主体が取り組めることから着手することで産学が合意
報告書はまた、①卒業・修了年度における秋・冬採用/既卒採用(卒後就活)の拡大②採用をめぐり現在生じている弊害の最小化に向けて、各主体が取り組めることから着手推進することに意義がある――の2点で、産学の間で合意したと報告した。
そのうえで、企業、大学、政府、就職情報会社それぞれに対する「取り組むことが期待される内容」を提示。
企業に対して期待することとしては、「秋・冬採用/既卒採用を実施している企業は、引き続き門戸を開いている旨を自社のウェブサイト・SNSをはじめ様々なルートで積極的に発信するなど、採用選考活動における透明性の向上」「学生の負担軽減・学修時間の確保・学事日程等に十分に配慮した時期での採用活動の実施。具体的な選考日程等を学生と調整する際には、企業側から学生に対して学事日程等への支障がないかを積極的に確認し、必要に応じて柔軟に対応」「求める人材の一層の明確化」「長期インターンシップから採用する方式(非正規雇用から正社員化)の普及・定着」「主に修士・博士課程学生の応募を念頭に置いた、専門性・総合知を重視した採用方式の拡大(ジョブ型採用、オファー型採用の推進を含む)」などをあげた。
大学には「戦略的休学」に対する学内環境整備などへの期待も
大学に対して期待することとしては、「キャリアセンターによる既卒者向け支援策の拡充」「学生に卒業・修了年度における秋・冬採用/既卒採用を積極的に活用するよう呼びかけ」「『戦略的休学』(留学や起業をはじめ自らが取り組みたいことに挑戦するために敢えて休学を選択するケース)に対する学内環境整備の推進(休学制度・支援策の拡充)」「修士課程進学予定者を対象とした学部4年(例えば、卒業前の春休みの時期等)での産学連携インターンシップの拡充」「就職先決定後の学生の行動に関するデータの収集(就職先をいつまでも決定しない学生が一定数存在する中で、学生の就職先決定時期と学業への取組み姿勢の関係について把握する必要)」をあげた。
政府には「新卒者の就職率だけではなく、既卒者の就職率やマッチングに関する多様なデータ(統計)の公表」をあげ、就職情報会社には「卒業・修了年度における秋・冬採用/既卒採用に関する情報発信の強化」をあげた。
キャリア教育の重要性を産学で再確認
協議会で議論したもう1つのテーマのキャリア教育についても、報告書は、現状と課題を整理したうえで、学生・社会に対するメッセージと、産学官に期待される取り組みを提示した。
まず、「産学は、キャリア教育の重要性を再確認し、キャリア教育を一層推進する必要性で一致」したと述べたうえで、現状の課題について、「企業は働き手に自律的なキャリア形成を期待する傾向。しかし、大半の学生は就職活動に向けた準備を意識した頃から、自らのキャリアについて本格的に考え始めるため、学生が自らを見つめ直し、キャリア意識を醸成する機会が不足。そのため、学生の就職活動に対する焦り・不安や内定後・入社後の自らのキャリア選択に対する不安が増大」していると指摘。
また、「学生は就職活動に直接的に役立つノウハウや就職に直結する能力やスキルが高まるプログラムへの参加を希望する傾向。結果としてキャリア意識の醸成に焦点を当てたプログラムが不足」していることや、オンラインやSNSを活用した情報収集が急速に進んだことで、学生が得る情報が表面的・断片的なものに偏りがちになり、学生と社会人がじっくりと対話をする場面は相対的に減少した結果、「学生が社会人の経験や価値観に触れ、自己理解を深める機会が不足。実感を伴ったキャリア意識形成プロセスが希薄」になっていることも指摘した。
このほか、仕事と学業・学ぶことの関係性に対する理解不足や、企業がキャリア教育を目的としたプログラムを企画・運営する難しさもあげた。
「キャリア教育=就職ノウハウ」との誤解を解いて納得を高めることが重要
現状の課題をふまえ報告書は、「産学が、『キャリア教育=就職ノウハウ』と誤解している学生に対して、その本来の意義(自己理解、将来設計、学びと仕事のつながりなど)を丁寧に伝え、納得・共感してもらうことが重要、という点で一致」したとし、加えて、「大学以前の教育課程におけるキャリア教育の重要性についても認識を共有」したと報告。学生・社会に対するメッセージとして、4点を掲げた。
1つめは、「キャリア教育は、社会人になっても必要不可欠」ということ。「キャリア意識の醸成は、就職活動のみならず、就職後の自律的なキャリア形成にも極めて重要。学生はキャリア教育プログラムに積極的に参加すべき」と主張するとともに、「学ぶことと働くことの重要性に対する理解醸成を含め、小学校・中学校・高等学校・大学すべての教育課程で一貫したキャリア教育を推進すべき」だとしている。
2つめは、「就職活動の早期化・長期化に歯止めをかけるためにもキャリア教育は重要」ということ。「キャリア教育の不足は、学生の迷いや不安を助長し、結果として就職活動の早期化・長期化を招いている側面がある。キャリア教育の不足は、就職活動の早期化・長期化を助長する一因として無視できない」と主張するとともに、「学生本人のキャリア意識に照らして納得感のある就職活動を実現するためのキャリア教育を目指すべき」としている。
自身のキャリア意識を深めるためにもキャリア教育の活用を
3つめは、「就活対策用の自己分析ではなく、自身のキャリア意識を深めるために、キャリア教育を活用」するということ。「就職活動を攻略するためのテクニックを磨く意味での『自己分析』ではなく、自分自身を見つめ直し、キャリア意識を醸成する機会としてキャリア教育を活用していくことが重要」などとした。
4つめは、「学び続ける姿勢・能力は、社会人になっても必要不可欠」だということ。「キャリア教育は、こうした『学び続ける力』の土台を育む点でも、重要な役割を果たす」と報告書は強調している。
産学官は学生が専門性を高めながら、自己と向き合える環境づくりに支援を
産学官に期待される取り組みとしては、「就職活動を控えた学生が、周囲の動きに煽られることなく、専門性を高めながら、自己と向き合える環境をつくる」ことを提案。また、「産学官が連携し、業界ごと・職種ごとに『働く』ことについて伝えるプログラムを実施」することをあげた。これにより学生は仕事に対する視野を広げることが可能になるとしている。このほか、学びを活かした就職の事例を積極的に紹介することなどを提案した。
大学に期待される取り組みとしては、「大学主催でディプロマ・ポリシーに基づいた産学連携によるキャリア教育プログラムの拡充(大学間での好事例の共有、産学協働でのキャリア教育用教材の制作等を含む)」「学生に自らの学びと仕事との関係を分析する能力を高める機会を提供」「専攻した学問分野の内容と共に、当該学問分野の社会的意義(経済社会活動におけるインパクト)について、深い理解を涵養する機会の積極的創出(講義とは限らない)」「社会人と学生が共に学ぶ機会の拡充(例えば、大学のリカレント教育への取組みとの効果的な連携を図る)」などをあげた。
企業に対しては、「大学・学会等が主催するキャリア教育プログラムへの協力」と「社員をキャリア教育の講師として大学に派遣しやすくなるよう、必要な社内制度・環境の整備」をすることを呼びかけている。
(調査部)